146.合格発表と言いがかり
精霊たちと戯れた日。その日は森で朝まで過ごして、昼前くらいに王都内に戻った。
夜しか採れないという薬草は十分量を採れたと思う。
何故夜しか採れないのとか、この薬草がどんな薬に使われるのかとかは知らないけれど、依頼になければ魔法袋に死蔵させるだけなので問題ない。
そうして仮に門番に問われるようなことがあれば、せっかく危険を冒してまで薬草を取りにいったのに、間違って別の薬草を採ってきた者として笑い話にしてくれればいいのだと思う。
実際のところ、そんなに数が必要ない薬草だったらしく、持って帰った3分の2をハンター組合に渡して、残りは魔法袋で死蔵している。ほかにも魔法袋に入れっぱなしの薬草類はあるのだけれど、日の目を見ることはあるのだろうか?
精霊たちはほとんど皆帰って行ったけれど、変化した子についてはリシルさんが面倒を見ると言うことになったらしい。
わたしの近くにいた方がいいのだとか何とか。
力が強い精霊ではないし、精霊使いではなくても、気に入った人に精霊がついて回るということはあるらしいので、リシルさん判断で任せることにした。
朝になって森にいた事に対して、シエルは特に文句を言うこともなく「一度外に出ると戻れないのね」と納得していた。
その日以降、ハンター組合には一度だけエインセルとして向かい、中央から何も連絡がないことを確認した。そのときにA級の依頼を受けて、魔法袋の中身を少しだけ減らすことに成功したのは、また別の話。
仮面と身長のせいで絡まれそうになったけれど、全力で無視して逃げたので割愛。彼らがどうなったのかは、わたしは知らない。
あっという間なのか、暇な時間ばかりだったのかは判断に迷うところだけれど、特に大きな事件に巻き込まれずに――そのためにハンター組合に近寄らなかったのだけれど――合格発表の日となった。
合格発表は第二学園の入り口で一人一人行われるらしい。掲示板とかに張り出されるのを想像していただけに、不思議な感じがした。
「エインの知っている発表はどんなものだったのかしら?」
『各学生に受験番号が振り分けられていて、その番号を広いスペースに張り出していましたね』
「そうなのね。その後はどうするのかしら?」
『そのまま帰って、後日手続きをしていた気がします。
でもそういえば、第二学園はそのまま入寮の手続きとかありましたね』
特に平民の子となると、すぐに入寮させないと路頭に迷うかもしれないし、親が手続きをしてくれるという人も少ないに違いない。
それならば、合格者に速やかに手続きをさせるために、一人一人という方法を取っているのかもしれない。
後は本人確認のためというのもありそうだ。
なりすまし入学というのは、前世では聞いたことはないけれど、写真のないこちらの世界ではできそうな気もするし。
なんか特殊な魔道具とか、職業とかを使われないように祈ろうと思う。そういうのがあれば、入学試験の時に魔道具が使えないのはなぜか、暗に聞かれていたと思うのだけれど。
受験の時にはわたしたちだけでいったけれど、今日はミアもついてきている。
万が一不合格なら連れて帰らないといけないし、入寮するに当たってお金を払って入れる大部屋には使用人を連れていっても良いとなっているから。後から来てもらうよりも、一緒に行った方が手間がないのと、暗にエイルネージュはそれだけの経済力があることを示していこうかと思っているのだ。
まあ、使用人として働いているときのミアは、主人の邪魔にならないように気配を殺すのがうまいので、エイルネージュが引き連れていると気がつく人は案外少ないのではないかと思う。
わたしたちと同じように、使用人を連れた人もちらほらいるので仮に気がつかれても、大きく目立つことはないだろう。
その割には視線を送られている気がするけれど、ミアではなくてエイルに来ているので、理由は想像に難くない。
いくら身分や学力を偽ろうと、シエルは美人だから。珍しい上にとても長い白髪も相まって、つい目を向けてしまう気持ちは分かる。
見られる方……というか、シエルやわたしにしてみれば、今更なので気にしない。
第二学園の寮なのだけれど、ランク分けがされていて、一番下は最低限の家具が備え付けられた無料の二人部屋。お金のない平民がだいたいここを選ぶ。
それから同じ広さの一人部屋があって、ここまでは使用人を入れることはできない。
次が貴族の子息・子女向けで一人分の使用人のスペースがある。
最後に高位貴族が使うもっとも数が少ない部屋。ここなら使用人を数人連れてもいいのだけれど、何というかものすごくお金がかかる。
問題なく払えるからそこにするのだけれど。
あとは王族用にあるらしいのだけれど、わたしたちには用がないので割愛。なんでも一フロアをすべて使っているのだとか何とか。
周りを見る限り入寮までに丸一日かかりそうだなと思っていたら、「おい、お前」とエイルが声をかけられた。
面倒くさそうにシエルが声がした方を見ると、あちらこちらに傷を作った少年がこちらをにらみつけている。
どこかで見たような気がするけれど思い出せないな、と考えている間に少年はかみついてくるかの勢いで言葉を続けた。
「お前のせいで怪我したんだよ。どうしてくれる」
周りは遠巻きに見ているけれど、よくよく観察してみれば、彼の後ろには怪我した男女がうんうんとうなずいている。
それで彼らがなんなのかが想像ついた。薬草採りにこっそりついてきていた人たちか。
だとしたら、あの魔力量少年案件のような気がするけれど、彼の姿は見えず。そもそも目の前の少年たちが彼が率いていた人たちと一緒かどうかも記憶にない。たぶん、シエルにもないだろう。
「あなたは誰ですか?」
「誰……って」
「私にはあなたのような知り合いはいませんし、会った記憶もありません」
はっきり言いきるシエルに、少年が歯噛みする。
実際ついてきていることには気づいていないように振る舞っていたし、誰がついてきているのかを確認もしていない。仮に魔力少年の後ろにいたとしても、自己紹介どころか会話すらしていないので、知らない相手にカテゴライズしても怒られはしないだろう。
ただの言いがかりでしかない以上、無視するのが一番だろうか?
シエルも無視するようなので無視で良いかな、なんて思っていると、引くに引けなくなったらしい少年がほえる。
「だいたいおかしいんだよ! 結界しかまともに使えないって奴がどうしてあんなに稼げるんだよ。この……」
といったところで、結界に防音追加してシエルには聞こえないようにする。そのことに気がついたシエルが『あら、どうしたのかしら?』なんて楽しそうに聞いてくるので、『何でもないですよ』と返しておいた。
まさかあの子がわたしに暴言を吐くかもしれない、とは言えるわけないから。
正直別に言ってもいいけれど、言うと今日中に入寮できないような気がするのだ。そうなるとミアが可哀想なことになる。
それにしても、というか入試から気がついていたけれど、結界魔術というのは学生の間ではあまり受けが良くないらしい。
攻撃魔術と比べれば地味だし、人気はないのはわかる。わたしが使うには便利だけれど、常時展開するなんて普通はできないし、結界を使った状態で別の魔術を堪能に使うにはそれなりの技量が必要になるから。
だから結界に特化したエイルネージュは臆病者に見えるのかもしれない。
だとしても、少年のそれは言いがかりでしかないのだけれど。
そして無視されていることが癪なのか、どんどん少年の声が大きくなっていく。
聞こえないから何を言っているのかわからないが、少年へ向けられる視線が険しいものになっていっているところを見るに、盛大に自爆しているようだ。
そんなところで、学園側も騒ぎに気がついたのか、くってかかってきていた少年が屈強そうなお兄さんたちに連れて行かれた。
それに続いて、エイルの方へも女性が近づいてくる。
厳つい顔をしたお兄さんたちとは違い、気まずそうな顔をした女性は、そういえば数日前に学園について説明してくれた人のようだ。
「貴女だったんだね」
「私は何もしていないのですが」
「それはわかっているんだけど、ちょっと騒ぎが大きくなったから、ついてきてもらって良いかな?」
「彼女も一緒に良いですか?」
シエルがミアの方を見ると、女性がつられてミアを見る。
ミアが楚々と頭を下げると、女性は目を丸くして「彼女は……?」と尋ねてきた。
「私の使用人ですが、問題はありますか?」
「いえ、そういうことなら、大丈夫……です」
何故急に丁寧に話し出したのか。平民の子と思って話していたら、実は貴族の娘の可能性が出てきたからだろうか?
聞くこともできないし、気にしても仕方がないのでおいておこう。
「うん、うん。それじゃあ、ついてきて」
と思ったら、話し方が戻った。彼女はきっと、イレギュラーに弱いタイプに違いない。
◇
学園の教師っぽい女性に連れられて、学園の門のそばにある小屋のような建物に連れて行かれた。来客などはここで受付をするのだろう、小さいながらも、造りや調度は悪くはない。
「あたしはこの学園で魔術の基礎について教えている、クローラ。
貴女がエイルネージュさんでいいんだよね?」
「間違いないです。それで、どうして私たちは連れてこられたんでしょうか?」
「事実確認のため……かな。あとは注目されすぎて、合格発表が遅れそうだったから」
こうやって連れてこられても、目立つとは思うのだけれど、あのままいても目立っていたことには違いないか。
誰が悪いかと言えば、明らかにあの少年たちが悪いので、わたしからはなにも言わない。
シエルもその辺は対して気にしていないようで、「事実確認といわれても、あの人たちのことは知らないですよ」と返している。
「うん。そうだよね。ところでハンター組合内で、エイルネージュさんと別の受験生が話していたのは覚えてる?」
「薬草採集のやり方を教えてほしい、みたいに言われた記憶はあります。守れないからと断りましたけど」
「答えてくれて、ありがとう。こちらの持っている情報と一緒だね」
情報? と思ったけれど、事実確認とか言っていたし、わかっていることでもエイルネージュの口から言うことが大事なのだろう。
考えてみれば、受験生見守りプロジェクトを依頼したのは学園だろうし、下手な行動をする受験生がいれば学園に報告されても不思議じゃない。
つまりあの受験生たちが、わたしたちをつけ回していた事は学園側もわかっているだろう。
「連れて行かれた人はどうなりますか?」
「彼は不合格を伝えられた上で、学園外に連れて行かれることになるね」
他人の合否をそんなに簡単に教えていいのか? と思ったけれど、前世のそれとは常識が違うだろうし、こんなものかもしれない。
それに彼がいなくなってくれるなら、わたし的にも嬉しい。同じ学園に通うことになったら、無駄に因縁を付けられるに違いないから。
彼への対処を知れば、後ろでうなずいていた人たちも下手なことはしないと思う。
「さっきの話はここまでで、ここでエイルネージュさんの合格発表もしてしまうけど、良いかな?」
「良いですよ」
シエルが二つ返事で答えたけれど、クローラさん――クローラ先生は驚いた様子もなく、まじめな顔をする。
やっぱりわたしの知っている合格発表とは、雰囲気が違う。少なくともわたしは、今のシエルのように堂々とはしていられなかった。緊張で吐きそうだった。
「エイルネージュさんは一部の科目を除いて合格です。
詳しくはこの資料に書いてあるから、目を通して授業をどうするかを考えておいてね」
「わかりました。いつまでに決めればいいんですか?」
「五日後の入学式の翌日までに決めてね。
それから、エイルネージュさんが所属するのはAクラスになるから頑張って」
「わかりました」
シエルとクローラ先生の間で、あたかも「当然合格していました」と言わんばかりの早さで話が進んでいく。
わたしとしても、まず合格はしているだろうとは思っていたので、不思議ではないけれど、変な感じはする。
クラス分けだけれど、基本的にクラスによる優劣はないらしい。とはいえ、優秀であるとか、問題児であるとかを集めるクラスがあるとかないとか。
結局のところ学園の理念に反しない程度に、学園の都合が入る。
ただクローラ先生がエイルネージュに対してわざわざ「頑張って」と言うことは、レシミィイヤ姫とか、誰とかいるのだろう。
「ここまでで質問はあるかな?」
「ないです」
「あとから何か気になることがあったら、教師のうちの誰かに聞いてくれればいいからね。
次に知っていると思うけど、入学するには学園の寮に入ってもらうことになっているんだけど……」
「一番大きいところにしてください」
シエルが即答した、というか話を遮る勢いで答えたせいか、クローラ先生が言葉を失う。
それから恐る恐る「金額はわかってるの?」と尋ねてくる。
1年間の料金は金貨で100枚。大金貨で10枚。前世とはいろいろと違うので、正確な話ではないけれど、大体年間1000万円ほどになる。
この金額はだいぶ頭がおかしい。加えて授業料やら入学金が加わるのだけれど、寮のお金に比べるとおまけ程度でしかない。
まあ、授業料・入学金を高く設定すると、平民が誰も入ってこなくなるための金額設定なのだろう。
シエルが無造作に魔法袋に手を入れて、大金貨を30枚取り出し机の上に置く。
「これで大丈夫ですよね?」
「は、はいっ、大丈夫ですっ」
大金を目の前にしてか、クローラ先生の声が上ずった。