145.ミアと夜と精霊たち
昼間の活動を終えて、シエルが眠ってしまった後。
それなりの品質のベッドで、気持ちよさそうに眠っているシエルには悪いのだけれど、しばらくのあいだ体を借りることにする。
シエルにも伝えてはいるし、何ならシエルも起きているといっていたのだけれど、シエルくらいの年齢の子ならすでに眠っている時間になるため、寝ていてもらうことにした。
寝る子は育つと言うけれど、夜中にわたしが体を動かしている間は寝ていると言えるのだろうか?
もしかして、シエルが周りに比べて小さい――前世換算だと平均くらいだと思うけれど――のは、わたしがこうやって夜中に動いているせいではなかろうか?
なんて気になったので神様に聞いてみた感じ、それはないとのことだ。もしそうなら、もっと成長できていないとか。
このあたりは神様からもらった力の恩恵もあるらしい。要するにシエルが小さいのは、リスペルギアのせいであり、シエルが自分の体型に不満を持ったらエストークに喧嘩を売りに行かないといけない。そういうことになった。
シエルがやると言わないと行かないけれど。
さてどうして体を借りるのかだけれど、今日は本格的にやることがあるのだ。
何かといえば、精霊たちのご機嫌取りになる。
王都に来て以来、精霊たちにはわたしたちにまとわりつかないように言っているが、精霊的には近寄ってきたいらしい。
だから数日に一度、世間が寝静まった時間帯に近づいても良いとリシルさんに伝えてもらった。
町中だとあれなので、門の外に集まるのだけれど、この宿の部屋からわたし以外にも外に出ようとしている人がいる。
こっそりついてこようとしているにしては、堂々としすぎているのは、わたしを尾行する意味のなさを理解している人間だ。まあ、ミアなのだけれど。
「ミアも来る気ですか?」
「もちろん、お供いたします」
「来ても楽しくないですよ?」
精霊が見えないとわたしが一人で奇行を取っているようにしか見えないだろうし。
「従者が付き添うのは、楽しいかどうかでは決まりませんよ。エインセル様」
「それもそうですね。食事の付き添いとかのほうが、大変そうです」
主人たちが食事をしている中、後ろで黙って周囲の警戒等をするのだ。それよりは主人の奇行を眺めていた方が面白いまであり得る。
断る必要もないので好きにさせるとして、こうなると正面から門を抜けることにしよう。
ミアがいれば足止めは少なくいけるだろうし。
わたしの場合、こっそり出ていくのは難しいので、正面から出られるならそれでいい。
「来るなら、門でのやりとりは任せますね。
夜しか採れない薬草を取りに行くといえば、何とかなると思いますので」
「かしこまりました。行った先では、ワタクシがその薬草も採取してきましょうか?」
「はい。お願いします」
薬草を探したいのは、ミアがやりたいことだろうに。とは言わない。
薬草を取りに行って手ぶらで帰るのもなんだし、できれば精霊たちとの時間は長く取りたいので、助かる事には違いないから。
宿を出て、夜の町に繰り出す。オスエンテ王都の夜は、遠くの方が明るく、位置的に酒場やらなんやらがあるのだろう。シエルは絶対に連れて行かない。
区画整備をされているお陰か、宿があるところは静かなもので、ミアと歩いていても人がいる気配はない。
門の近くまできても、人の姿を見ないのは、もしかして夜中は王都に入れないからだろうか?
出ていくことはできる、みたいなことを聞いたように思うのだけど。
まあ、正面がダメだった時には壁を越えていけばいいから、問題はない。
ミアがついてこられるかはわからないので、最悪ミアを抱えて壁を越えよう。
攻撃ができないから自分でも忘れそうになるけれど、身体強化はできるのだ。
単純な運動能力だけなら、全力のシエルを超える事もできる。
魔力操作についてはもちろん、魔力の総量についてもわたしの方が多いから。
とはいえ普段使いしている結界や探知分を引けば、シエルの方が魔力量は多くなる。わたしは結界を解く気はないので、魔力量はシエルに負けているといえるかもしれない。
ともかく正面から出られるかどうかだ。
門にたどり着くと、どこからともなく門番っぽい人が姿を見せる。
気の良さそうなおじさんで、わたしたちの方を見ると「どうした」とまじめな顔をして声をかけてきた。
ここはミアに任せているので、視線を送るとすっとミアがわたしの前に出る。
「今から外に出ることはできるでしょうか?」
「嬢ちゃんたちみたいなのが、どうして今から外に出るんだ?」
「ワタクシたちは、これでもハンターなのです。今回は夜にしか採れないという薬草を取りに行こうと思いまして。
王都の周辺は夜でも危険は少ないと言いますから」
「なるほどなぁ……危険は少ないが、全くない訳じゃない。
特に後ろの子はまだ子供だろう?」
「彼の方もハンターですので、心配は無用です。カードをお見せしましょうか?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
ミアがわたしの方にやってくるので、エイルのカードを渡した。
ミアからカードを受け取った門番は、何かの魔道具でそれを確認するとすぐに返してくれる。
「確かに。一度外に出ると朝になるまで入れないが、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。王都に来る前に野宿は何度も経験しましたから」
ミアが答える前にわたしが答える。門番がミアの方を見るので、ミアはコクリとうなずいた。
それから諦めたように「こっちだ」と案内してくれる。
門とは別の勝手口のようなところまで案内してもらい、分かれる直前に門番から「気をつけろよ」と念を押されてしまった。
まあ、こんな風に心配されるのはいつものことだ。シエルやわたしだけだと昼間でも心配されるのだから。
外に出ると、結構な数の人々――商人が多いのか馬車が結構ある――が火を囲んで野宿の準備をしていた。
わたしたちの姿を見て何か言ってくる人も居たけれど、適当に返事して王都から離れ森の中に入っていく。
夜しか採れない薬草というのが、森の中に生えているらしい。
浅いところにはまだ人が居るので、どんどん奥に行って、人気がなくなったところで足を止めた。
「思ったより簡単に出られましたね」
「そうですね。ハンターのランクも高くないですし、もう少し足止めを食らうと思っていましたが、本当にこのあたりは夜でも安全なのでしょう」
「森のこんなところまで来ると、安全ではないですけどね」
周囲には魔物がいっぱい、とは言わないけど、闇雲に進めば魔物とはち合わせる事だろう。
あまり強くない魔物が相手でも、不意をつかれたら上級ハンターでも危険に陥りかねない。
でも今は結界で危険な距離までは近寄れないようにしているし、何より精霊たちが何かしているのか、魔物が近づいてくる様子もない。
ミアには安心して薬草を探してほしい。
どれが夜限定の薬草かを知っているのかは知らないけれど。
「改めてですが、エインセル様の結界はすばらしいですね。
きちんと認識できない事を、悔しく思います」
「わたしはシエルと違って、これだけでハンターをやっているところがありますからね。
とはいえ、弱点が無いわけではないんですよ」
「そうなんですか!?」
ミアが心底驚いた顔をする。
長年わたしたちの命を守ってきたこの結界には、それなりに自信はある。万が一壊されることがあっても、シエルの体に届かせるつもりはないし、耐久力だけに絞れば数回は即座に張り直せるから。
だけれど、前々から問題になっていた弱点はなくならない。
「わたしたちも人として生きていますから、海に長時間沈められると死にますね。同じように毒が充満した部屋や密閉空間に長時間閉じこめられると死にます」
「それは誰であれ死ぬのではないでしょうか?」
「フィイ母様は生きていそうな気がしますが、そうですね」
わたしが言っているのが、心臓に杭を打たれたら死ぬと同レベルな事なのはわかっている。
「それにそうおっしゃると言うことは、何かしらの対策を考えておられるのでしょう?」
「それはもちろん」
「前言を撤回させていただきます。エインセル様がすごいのは、その向上心なのですね」
言われてみると否定はできない。大地を破壊するレベルの攻撃でなければ壊れない結界を常時展開とか、それだけで十分すぎる防御機能だ。
魔術師でも、町にいる間に結界を使い続けている人は見たことがないし、何なら壁の外でも結界を使っている人は少ない。
そんな中、身を守ることにだけ全力を注いでいるのは、さぞ狂気じみて見えるだろう。
だけれど、一応理由はある。
「少しずつでも力は更新していかないと、人はいずれわたしの結界を破壊すると思うんですよ」
「そうでしょうか?」
「そういうものです」
現実の問題として、人が神の領域に手をかけたから生まれたのが、シエルメールだ。
仮にその事実を放置し続ければ、人は神の領域にも土足で踏み入ってくると、わたしは思う。
少なくとも前世における人は、大地のほとんどを自らの領域として作り替えていたのだから。
だとすれば、わたしの結界を軽く突き破る方法が確立する可能性もある。だからわたしは常に奥の手を残しておきたい。
どんな状況でもシエルを守るために。
単純に魔術・魔法、神力の研究が楽しいからやっている部分もあるけれど。
「では、そろそろミアには薬草を探してもらいましょうか」
「かしこまりました」
「昼間とは違う感じの魔力を感じたら、たぶんそれですので、頑張って探してください。
見つからなくても、すでにいくつか見つけているので気楽にやってみてくださいね」
そうやって送り出すと、ミアは何か言いたげな顔で、それでも黙って頭を下げて探し始めた。
そうしている間にも、精霊たちが集まり始めている。
ふわふわ浮いた小動物っぽいのから、小さい人型のもの。光の玉が浮かんでいるだけのものもいる。
大きさだけで言えば、リシルさんよりも大きいもの――ドラゴンの形をしたものとか――もいるけれど、どうやらリシルさんの方が上位らしく仕切っている姿を見受けられる。
残念ながらわたしはまだ話せないのだけれど、適当に相手をしてあげたらいいとのリシルさんの話なので、適当に歌うことにした。
歌姫としての能力は使うことなく、本当にただの歌を歌う。
夜の森なので、寂しげな曲にしようかなとも思ったのだけれど、精霊たちがわいわいしている様子だったので、楽しげな曲を歌うことにした。
◇
民族音楽風の曲はこうやって大勢で騒ぐのに向いていると、わたしは思う。豊かな自然や人々の賑わいを想像できるし、何より火を囲んで踊るような一種の儀式的な雰囲気があると思うから。
まあ、民族音楽といってもどこの民族とかわたしにはわからないのだけれど。
言葉は通じずとも何とかなるのが歌の良いところで、精霊たちも楽しそうにしていた。
チョコチョコと走ってみたり、歌っているわたしの気を引こうとしてきたり、それに対して手を振ってみれば嬉しそうな顔をしてみたりと、精霊たちを見ているとほっこりする。
シエルが気に入るのもよくわかる。
せっかくなので、リシルさんが歌っていた曲を歌ってみると、びっくりしたような顔をして、それからやはり楽しそうに今度は一緒に歌っている様子だった。
リシルさんと同格――もしくは少し下――だろうと思われる大きさの子たちが、ちょっと悔しそうにしていたのは、たぶんこの歌が森に関するものだからだろう。
歌い終わった後に、必死に何かを訴えてくるのが可愛らしくも、心苦しかった。声が聞こえるようになるまで、待っていてほしいものだ。
ミアの場所を確認しながら、だいたい10曲くらい歌った後だろうか。光の塊みたいな幼精霊の一人が姿を変えた。
中性的な顔立ちの人型で、身長がリシルさんの半分もない。
急にこんなに姿が変わるのはとても驚いたけれど、姿が変わった精霊がやけに懐いてくるので、可愛さの方が上回った。
成長したせいかほどなく眠ってしまったようなので、リシルさんにお世話を任せて、歌に戻った。
結局夜が明けるより前には解散して、今日はそのままここで野宿することにした。