144.空き時間と受験生と薬草採取
第二学園の入学試験はとにかく急いで行われる。それでも、結果が出るまでには6日は必要で、その間受験生は王都で過ごさないといけない。決まってはいないけれど、この世界だと6日程度では実家に帰って戻ってこられる人は、限られてくる。
わたしたちでも実家に帰って戻ってこようと思うと、ぎりぎりになりそうだ。しかも帰ったとして、その日のうちに家を出るとかやらないといけない。
そういうわけで、多くの受験生は王都に残る。
この期間は格安で泊まることができる場があるため、合格発表に間に合わない人はそうそういないらしいけれど。
それでもせっかく王都にきたのだから、遊びたいとか、買い物をしたいという人は少なくないらしい。
その結果、ハンター組合に人が集まる。
いわば気軽にお金を稼ぐことができる場所だから。
ここの人たちにすれば毎年恒例の行事で、期間も入試から合格発表までの短い期間なので手慣れたように手続きをしている。
もとより10歳から登録できるところだし、第二学園に入学しようと言う人はそれなりに戦える人が多いから、断る理由もないのだろう。
学園で教える項目にハンター関連のものがあったような気がするけれど、最下級魔物退治とか、町の中でのお使い程度であればよほどのことがない限り大怪我はしないのだと思う。
それにこの時期、上級ハンター向けに受験生が無理をしないように監視をする依頼が入るのだとか。このあたり学園も把握しているのだろう。
またこの学園の受験生がこの期間にハンターになろうとした場合、期間限定の特殊な扱いになるのだという。
正式にハンターになりたければ、改めて訪れて試験を受けた後、ランクが決められる。
この辺りは、わたしたちには関係のないところだ。
何でこんなに詳しいのかと言えば、時間があるからハンター組合にやってきたところ、同年代っぽい人たちがたくさん居たから、受付でどういう事か聞いた。ついでに魔法袋に入れっぱなしだった、ランクの低い薬草を卸すととても感謝された。
大怪我をすることはなくても、怪我自体の数は増えるのだとか。
あとここまでのやりとりは、すべてシエルが行ったことを考えると、シエルも成長したんだなと嬉しくなる。
今日はミアも一緒に来ていたけれど、ミアの助けを借りることもなかった。助けが必要な時に助けを求めるのはシエルではなくて、受付の方だと思うけど。
「君は入学試験にいた子だよね?」
「……そうですが、何でしょう?」
同年代ばかりの状況の理由を聞いて、さて依頼でも見てみようかと思ったところで、エイルが声をかけられた。
シエルは自分が声をかけられたとは気がつかなかったようで、返事が幾分か遅れる。
声がした方を見れば、あの魔力が多い少年だった。後ろには何人かの男女――女子の方が多い――を引き連れていて、たぶんシエルもその中に加えたいのだろうなと予想がついた。
「せっかくだから一緒に行かない? 俺は今までもハンターの活動をしてきていたし、教えられることも結構あると思うよ。
初めてだとどうしたらいいかわからない事もあるだろうし」
後ろの少年少女をみる限り、善意での申し出なのだろう。
見守りがあるとはいえ、素人が闇雲に依頼をこなそうとしても、失敗することもあるだろうし、戦える力はあっても初戦闘ではうまく行かない事もあるだろう。
受付の方を見ると、困ったようにうなずいているので、今までハンターの活動をしていたというのも嘘ではなさそうだ。
だけれどエイルネージュであっても、その申し出はありがた迷惑でしかない。というか、一緒にミアが居るのは見えないのだろうか?
「私もすでにハンターとして活動していますし、パーティメンバーも居ますので遠慮しておきます」
「そうなんだ。確かにさっきも薬草を卸してたね。よかったら戦いが苦手な人たちを一緒に連れて行ってくれないかな?
薬草取りのコツとか、見分け方とか、教えてくれると嬉しいんだけど」
「自分の身を守るので精一杯なので、無理です。それでは」
相手をするのが面倒くさくなったのか、シエルがハンター組合を後にする。そしてわきまえたように、ミアがついてくる。
それから、そのままの流れで門の外へと歩いていった。
門を出たあたりから、いくつか後を付けてくる存在が現れた。
これが見守り依頼を受けた人なのだろうと予想ができたので、ミアに頼んで放っておいて良いことを伝えてもらう。
回りくどい方法を取ったのは、エイルの実力で見つけたのだとばれないためというのと、たぶんミアが行った方が話が早いと思ったから。
実際ミアが行ってくれたお陰で、見守り依頼の人たちとの話はすぐについた。
面倒事が一つ解決したので、シエルに『何をしましょうか?』と声をかける。
魔力少年のお陰で、依頼を受けることなく外に出ることになってしまったから、やることが決まっていないのだ。
シエルは少し考えてから『適当に森を歩いてみるわ。暇つぶしに出てきただけだものね』と返す。
ミアの訓練にもなるだろうし、反対することなく見守ることにした。
「エイル様。今日は何をするんですか?」
「適当に森に入って、薬草でも探してもらおうかしら?」
「良いんですか?」
「今日は暇つぶしだもの。ミアの訓練に使うのも悪くないわ」
「ありがとうございます」
薬草探しは本気でやれば、魔術の訓練になる。それを知っているミアは積極的にやりたがるのだ。
時間があるときにでも一人でやってみたらいいのに、と思うのだけれど、周囲への注意が散漫になるため一人ではできないとのこと。
言われてみると、魔力に富んだ草花を感じ取るのはなかなかに難しい。これを簡単にできるようになれば、魔術がどこから放たれるのか、魔法陣を使っているなら、どこに魔法陣があるのかなどがわかるようになる。
「そういえば、よろしかったのですか?」
「なんのことかしら?」
「ハンター組合でのことです」
「なにか気にすることがあったかしら?」
シエルが本気で悩んでいるのをミアが困ったように見る。
確かにあの時、手伝うという選択肢を選べば友達とは言わずとも、知り合いくらいはできただろう。
わたしもそれくらいは気がついていたけれど、シエルに興味がなさそうだったので特に指摘もしなかった。
エイルの実力だと魔物が現れても守ることはできないし、知り合いを作りたいからと慈善活動をし始めると、きりがなくなる。
今後機会もあるだろうし、今日は良いかなと思ったのだけれど、ミアが困っているので助け船は出すことにした。
『あの受験生たちの活動の手助けをしていたら、知り合いくらいできたのではないかと、ミアは思っているんですよ』
『ああ、なるほどね。だけれど、彼らを助けたいとは思わなかったのよ』
『それで良いと思いますよ。そのままミアに言ってみてはどうでしょうか』
「彼らの手助けをしたいと思わなかったのよ」
「いえ、考えが足りずに申し訳ありません」
「やっぱり、知り合いはたくさん作っていた方が良いのかしら?」
シエルが何気なく問うと、ミアは少し考えたように黙り込み、それからひとことひとこと気をつけながら話し始めた。
「貴族としては、つながりを持っておくことは悪いことではありません。思わぬつながりから、事態が好転するということも少なくありませんから。
特に学園を受験するような人だと、優秀な人が多いですので、顔つなぎくらいはしておきたいですね。
ですが、エイル様であれば人脈は無理に作る必要はないかもしれません。エイル様が気になった方とつきあうのが、一番なのでしょう」
『エイン的にはどうかしら?』
『シエルのストレスにならない人を厳選すればいいと思います』
「それなら、闇雲に知り合いを作るのはやっぱりなしね。私が疲れそうだもの」
「はい、わかりました」
学園に入学して友達は作ってほしいけれど、無理して人間関係を作り上げたところで自分に負担がくることは珍しくない。
それよりも、一人だけでも気兼ねなく話せる友人というのを作ってほしい、とわたしは思う。
そんな友人候補がいるかどうかは、運でしかないけれど。
こんな風に話している間に、王都近くの森にたどり着いた。
森とはいっても、鬱蒼とした深い森という感じではなく、木漏れ日あふれる明るい森だ。
そこら中に草花が生えていて、薬草っぽいのも結構ある。
薬草といえば、前々から気が付いていたけれど、同じ種類の野草であっても持っている魔力の量が違ったりする。
それによる違いはよくわからないけど、たぶんできる薬やポーションの効果に差が生まれるのだろう。魔力量が少ない野草は効果は低くなるかもしれないけど、訓練的にはこちらを探したい。
「とりあえず、ここに来るまでにいくつくらい群生地があったかわかるかしら?」
「えっと、3か所くらいでしょうか」
「私は5か所は見つけられたけど、エインはどう?」
『細かいのを含めると10か所はありましたよ』
「10か所みたいね。私もまだまだなのよ」
シエルが見つけられなかった5か所は距離がかなりあったので、十分だとは思うのだけど。
現段階でも大まかな魔術発動タイミングとかはわかるだろうし、隠蔽されていない魔術による不意打ちくらいなら対応できるから。
でもシエルの最終目標はわたしの本気の結界を認識することのようなので、それを考えるとまだまだかもしれない。
結界という一点に関していえば、この世界でもトップだという自負はあるし。
『それじゃあ、エイン少しだけ任せてもいいかしら?』
『わかりました』
シエルにそういわれて、色を変えずに入れ替わる。
本当は変えたいのだけれど、今は変えるわけにはいかないから。
入れ替わったのは、ミアに課題を出すため。適当な魔力量の薬草を適当に引っこ抜いて、それと同程度の魔力量の薬草を集めてきてもらうわけだ。
これが結構難しい……らしい。
「それじゃあ、今日はこれと同じのを集めてみてください」
「わかりました」
「一応わたし……というかエイルネージュの見える範囲でお願いしますね」
「それは心得ています」
「といって、夢中になってオーガを引き連れてきた人もいましたね」
「そ、それじゃあ、行ってきます」
恥ずかしそうにそそくさといってしまったミアを見送ると、『楽しそうで羨ましいわね』と楽しそうな声が聞こえてきた。
体を返すついでに『今からたくさんおしゃべりしましょうか』と返す。
『それは名案ね。でも一つ気になっていることがあるのだけれどいいかしら?』
『何でしょうか?』
『ハンター組合からついてきていた人たちは、放っておいていいのかしら?』
『注意なり、手助けなりしたいですか?』
『いえ、まったく』
『じゃあ、放置で良いでしょう。見守っている人もいますし、わたしたちには責任はないですから。
そもそもこっそりあとをつけている時点でマナー違反ですからね』
『んー、マナーを守っている相手ならどうすべきかしら?』
『話しかけられたら、当たり障りのない感じで相手すればいいと思います。
面倒かもしれませんが、だれが相手でも最初は当たり障りもない対応をするのが、後々面倒がないと思います』
この辺の人間関係は正直相手しだいなところが大きいと思う。
同時に客観的に見てどうなのかというのもある。この辺りを説明するのは、難しい。わたし自身そのあたりの感覚がズレている自覚はあるし。
『今回の場合だと、わたしたちはちゃんと連れていくことを拒否しましたし、完全についてきた人たちの自己責任でしょう』
『そもそもなんでついてきたのかしらね?』
『薬草を卸したときにもらったお金でも見ていたんじゃないですかね?
同年代ですし、何かコツさえわかれば自分たちも同じくらい稼げるんじゃないかと、夢を見ていたんだと思います』
『簡単にできれば苦労はないのにね』
『そうですね。これができるレベルなら、普通に魔物を狩っていた方が儲かると思います』
この域に達するころには、ハンターでいえばB級程度の実力にはなっていると思う。
薬草摘みは難易度自体は低いので、まじめにやればほどほどのお金にはなるだろうから、わたしたちを追いかけるよりも安全な場所で薬草を摘めばいいのに。
それからはシエルとなんてことないことを話しながら、ミアの奮闘を眺めていた。