閑話 レシミィイヤの苦悩(前編) ※レシミィイヤ視点
今回と次回でちょっとレシミィイヤ姫視点をやります。ご了承ください。
魔物氾濫に巻き込まれ、一人の少女に助けられた後、わたくしは彼女の意に反しないように、少なくとも反していないと判断されるように行動することにした。
一緒にいたルーニャはどこか腑に落ちないようだったけれど、その場にいた全員に硬く箝口令を敷いて、わたくしは父である国王にのみその事実を伝える。
箝口令を敷いたとしてもハウンゼンの当主に伝えないことはないだろうから、今回のことは王家とハウンゼン家にだけ知られることだろう。
父王やハウンゼン家当主の判断次第では、公然の秘密となりかねないけれど、二人ともそこまで愚かではないと思いたい。
いや二人を愚かにするかどうかは、わたくしの判断と説明次第なのか。
仮面の少女。彼女こそが愚兄が無礼を働いた張本人だろうこと。そして、その戦力はわたくし程度では計り知れないこと。そしてルーニャであってもその人物についてなにも知り得なかったこと。
争うことになれば、オスエンテは大きな被害を受けるだろう。
相手は単独であり、しかも一人で小規模とはいえ魔物氾濫を収めるだけの力を持っている。
王都で暴れられれば、彼女を討てたとしても被害は甚大にならざるを得ない。
単独の相手、しかも仮面をしているとはいえ子供にしか見えない姿形の相手に対して、簡単に騎士を向かわせることはできない。
通常、大きな被害が出て彼女の脅威が伝わったところで、ようやく動かすことができる。
国王の勅命で動かすことができたとしても、彼女は一対多の戦いに慣れていて、逃げる手段も持ち合わせている。
追い払うことはできても倒すことができず、中央に戻られれば関係の悪化は免れない。
これはあくまで可能性でしかないけれど、可能性があるうちは刺激してはいけないと思う。
これを父王に話して、後はお父様に判断を委ねる。最終的な判断はお父様だけれど、オスエンテの命運がわたくしの肩に掛かっているようで、重圧に吐き気がしてくる。
今はお父様と非公式に、個人的に話すことができる個室の中。
王都に戻りしだいお父様に緊急に話したいことがあると伝えてもらった。わたくしを護衛していた騎士達も状況は理解できているので、話はスムーズにいったと思う。
だけれど一国の王であるお父様の体が空く時間は少なく、時間が出来次第この部屋にやってくることになった。
どのように話すべきかと頭を整理していると、部屋の扉が開いたので、反射的に立ち上がる。
「レシミィイヤよ。よく戻ってきた。息災か?」
「はい。幸いに怪我一つなく帰ってくることができました」
「お前には苦労をかけるな。何か不都合があれば遠慮せずに言うといい」
久しぶりにあったお父様は元気そうで、少しばかり安心する。
わたくしに背負わせたものを心苦しく思っているところは変わらないようで、事あるごとにわたくしに何かないかと聞いてくるのもいつものことだ。
命をねらわれることがあるとはいえ、その分わたくしの守りには力を入れてくださっていることは知っているため、常であれば遠慮するところではあるのだけれど、今回は今の立場を存分に利用しよう。
「はい。今日はお父様にお願いがあって来ました」
「至急話があるという話だったな。なにがあった?」
「話もあるのですが、それを聞いた上でわたくしの願いを聞き入れてほしいのです」
「……善処しよう」
王という立場上、快諾することはできないのはわかっている。
善処するというのは、体の良い断り文句でもあるが、今回は言葉通りの意味だと判断しましょう。
「王都に戻る途中で賊に襲われまして、その賊が人為的な魔物氾濫を起こしました」
「なるほどな、それは……いや、最後まで話を聞こう」
「ありがとうございます。魔物氾濫はすでに対処されたのですが、問題は対処した人物がいたことです」
「そうだな。いかに護衛が優秀であっても、魔物氾濫の中お前を無傷で守りきることは難しいだろう。助けられたわけだな?」
冷静に話を聞いてくれるお父様に感謝しつつ、うなずいて話を続ける。
「わたくし達を助けたのは、黒髪でドラゴンの意匠の入った仮面をした少女です」
「なんだって?」
お父様が頭が痛そうに聞き返してくる。確かに言葉にすると何とも滑稽で、頭が痛くなるのもわかる。
そこだけは少し文句を言いたいけれど、すでにこちら側は彼女に対して恩を仇で返すようなことをしているため、言う権利など持ち合わせていないだろう。
「そうですね。結論から話します。わたくしを助けてくださったのは、おそらく巣窟でお兄様を助けた方と同一人物でしょう。
彼女の歌によって、向かってくる魔物が彼女の方へと進路を変えましたから。それにわたくしも彼女から目を離すことができなくなりました」
「歌姫の力の可能性があるわけだな。だがそれだけでは、魔物氾濫は収まらないだろう?」
「その後、100に迫るであろう魔物を一人で殲滅してしまわれました。
ですので彼女がA級ハンター……その中でも上位だと言われても、わたくしは納得いたします。わたくしの言葉が信じられないのであれば、同行していた騎士達にも確認していただいてかまいません」
「信じないとは言わんが……これは……」
お父様が言葉を失うのは仕方のないこと。
しかも彼女は魔物氾濫を収めたのにも関わらず、余力を残しているようだった。考えたくもないけれど、全力で戦っていなかったのかもしれない。
そんな相手に対してオスエンテ王族がすでに無礼を働いたというのは、言葉を失いたくもなる。
仮にA級ハンターだとして、身分の上ではお兄様が上かもしれないが、だからといって何をしていいわけでもない。
国王だからと我が国最強と言われる騎士団長を無意味に軽んじて、他国へと出奔されればそれだけでオスエンテは弱くなる。国王の方が身分は上だが、騎士団長に国にいてもらえるように便宜は図らないといけない。
「その後、彼女に『ここでは何もなかった』とするように言われました。
わたくしの我が侭を聞いてくださるのであれば、魔物氾濫の件はここだけの話にしておいてください。
それが叶わずとも、表立って捜索するのではなく、彼女にばれないように慎重に事を運ぶように願います」
「……このことを他に知っている者は?」
「ハウンゼン家だけかと」
「わかった」
「それからこのことは……」
「ヴィリバルトに伝わらぬように厳命しておく」
「ありがとうございます」
ヴィリバルトお兄様に伝われば、また暴走しかねない。
一応自分がやらかしたことは理解したと聞くが、今度はなんとしてでも婚約しようとしているのだとか。
あの強さ、あの優雅さ、確かに女のわたくしでも惹かれるものはある。もう一度社交ダンスとは違うあの踊りを見ることができるのであれば、聞いたこともないあの歌を聴くことができるのであれば、それはなんと幸せなことだろうかとそう思わずにはいられなかった。
◇
お父様との話を終えて――この後すぐにでもハウンゼン家と話し合うらしい――、久方ぶりの自室へと戻ろうと歩いていると嫌な人物――ヴィリバルトお兄様とちょうど出くわしてしまった。
お兄様はわたくしを見つけると、まるで獲物を見つけたとばかりに近づいてくる。
「ミィイヤ、帰ってたんだな」
「はい、お兄様。ただいま戻りました」
「良いよな、お前は。王族の責務もなしに、自由にできるのだから。
今回はどこに行っていたんだったか?」
「ハウンゼンの領地ですね」
「お気楽なことだ」
そもそもの原因が何を言っているのかと思うのだけれど、それを言うことはない。
ヴィリバルトお兄様がこのような態度なのも、わたくしのことを嫌っているからだから、言ったところで生意気だと一蹴されるから。
ヴィリバルトお兄様はわたくしの事を、不真面目な怠け者と思っている。お兄様方に比べると課題が少なく自由な時間が多いことを、ただ甘やかされているだけだと思っている節がある。
以前は誤解を解こうと言葉を尽くしていたけれど、わたくしの言葉が足りなかったのと、お兄様の性格のせいか受け入れてもらえず、以降は聞き流すことにした。
こうやってわたくしに絡んでくるのが、他のお兄様方やお父様がいないところなので、もしかしたらヴィリバルトお兄様自身うすうすわたくしの立場を理解しているのかもしれない。
「そういえば、第二学園に入学するんだってな」
「はい、その通りです」
「お前にお似合いの良いところじゃないか。せいぜいチヤホヤされてくるんだな」
それだけ言い残すと、お兄様は笑いながら去っていく。
方向的にお父様のいるところなのだろうけれど、果たして相手をしてもらえるのだろうか?
冷めた心でそんなことを考えながら、自室に戻るべく足を動かす。
こんなヴィリバルトお兄様ではあるが、国民たちからの評判は悪くない。
第四王子としてのフットワークの軽さで、人助けをしているから。
本人としては、人々に賞賛を浴びることを重視しているらしいけれど、何にしても国民に対してはいい顔をしている。
むしろわたくしの前でないとここまで高圧的な態度にはならないだろう。
そんなヴィリバルトお兄様だけれど、今更思うところはほとんどない。何かやらかして破滅してほしいと思わなくもないけど、恐らくその時にはオスエンテにも被害が及ぶ。
それなら今のまま何もせずに、人々の人気だけを取り続けてくれていたらいいと思う。
◇
一夜明けて第二学園の入学試験の日。
基本的には誰もが平等に試験を受けるのだけれど、王族であるわたくしだけは別扱いとなる。
仮にも王族であるので、試験会場に行って騒ぎになる可能性もあるから。第二学園は第一学園とは違い、入学試験が一日に詰め込まれている。そのため不要な遅延は避けるようにしたいという学園側の思惑があるのだ。
王族用に用意された部屋で筆記試験に臨み、手ごたえを感じながら終えて、しばらくした辺りでルーニャがやってきた。
勢いよく開け放たれた後に姿を見せたルーニャはとても慌てているようで、わたくしを見るなり「ミィイ様!!」と近寄ってきた。
普段では考えられない様子に注意をすることはせずに、「何があったの?」と話を促す。
「またいたのです」
「いた?」
「私の鑑定で調べられない方がいたのです!」
鑑定で調べられない……あの仮面の少女もそうだったけれど、できないわけではない。
だけれど、できる人は限られてくる。鑑定などを無効にする魔道具は希少でかつ、高価なもの。所持しているだけで、相当な家柄であるか、裏社会で強い影響力を持っているか。
そのどちらかだとすれば、オスエンテの学園に入学しようとしているという情報が入ってきていそうなものだ。
魔術でどうにかすることもできる。しかし熟練の魔術師でもなければ、ルーニャの鑑定から逃れることはできない。
それこそA級ハンター程度の魔術師が妨害しようと対策していない限りは、何かしらの情報は読み取れるほどだという。
そのような存在がそう何人も現れるものではない。
「どのような人だったの?」
「小柄な女の子です。とても長い白髪に青い瞳が印象的な人です」
「黒髪ではないのね……いえ白髪に青の瞳……!?」
つまり仮面の少女ではない。いや、思えば彼女は必要以上に髪を見せていたように感じる。
まるで自分が黒髪であることを印象付けたいかのように。現状は妄想でしかないけれど、心の端には留めておいておこう。
それ以上に白髪青目ということを無視することはできない。
その配色自体は珍しいけれど、いないわけではない。
だから可能性自体はかなり低い。それでもフィイヤナミア様の義娘になったというのが、同じ特徴を持っているというのは、無視することはできない。
フィイヤナミア様が義娘を迎えたという話はオスエンテでは広まっていないから、ルーニャは気がつかなかったようだけれど。
それが少しうらやましい。気が付かなければ、こんな風に胃が痛くはならなかっただろうから。
とりあえずは、その少女について調べてみる必要はあるだろう。お父様に指示を仰げればよかったのだが、今は時間がない。
「わかったわ、ルーニャ。あとはわたくしが対処するから、貴女は様子見に徹してもらっていていい? 今は試験の途中だもの。そちらを優先してちょうだい」
「わかりました。姫様、どうかお気をつけて」
部屋を出ていくルーニャを見送って、人を呼ぶ。
それから話に出た少女の情報を集めてきてもらう。せいぜい試験のために提出した情報と、テストの結果くらいしかわからないとしても、情報はあるに越したことはない。
あとは……何とか接触できるように手配をしておこう。





