143.人とダンスと人形魔術
「エイルネージュ様は鑑定職をご存じでしょうか?」
意を決したようにレシミィイヤ姫が問いかけてくるけれど、その問いはいけない。
おそらくこの次の問でエイルネージュの逃げ道を塞いでしまう。
ここでの問いの返事は、姫様的にはどうでもいいだろうから。
鑑定を妨害できる貴女は何者かと問われると、さすがにすっとぼけるのは難しくなる。
妨害する魔道具を持っている設定にしても、仮にエイル自身はその事に対して全く知らされていなかった設定にしても、エイルネージュの背後を問いただされる未来しか見えない。
いや、わたしは良いのだけれど。フィイヤナミアの義娘であり、それを聞き出したのだから、オスエンテ王族として便宜を図ってくれるのかと逆に問いつめればいいのだから。
母様の権力に頼るようで気は引けるが、あるのに使わないのでは意味もない。
とはいえ、当初の予定通りになるようには頑張ってみるとしよう。
わたし達の平穏な学園生活と姫様の心労が少しでも減るように。
「はい。鑑定職は知っていますよ。ですがレシミィイヤ姫。わたしはただ、平穏に学園生活を送ることができればそれでいいんです」
「……」
「おとなしいドラゴンは、変に刺激しない方が良いですよ」
わたしの言葉に考える素振りを見せたレシミィイヤ姫に対して、言葉を付け加える。
ほとんど答えを言っているようなものだけれど、あとは姫様の判断次第。このまま何もなかったと、表面的なつきあいをしてくれるなら良し。
それでも聞き出してくれるなら、先ほどのプランを実行する。
万が一にも襲ってこようものなら、シエルに満足するまで踊ってもらってから中央に帰ればいい。
「わたくしはドラゴンについては詳しくないのですが、ドラゴンとは警告もなしに襲ってくるものなのでしょうか?」
「よほどのことでもない限り、警告くらいはしてくれるかと思います」
どうやら姫様はなにもなかった事にしたそうな感じがしたので、このように答えておく。
彼女が気にしているのは、オスエンテの誰かがわたし達に不敬を働いたときにどう対応するのかなのだろう。
具体的には、わたしが他国の貴族――ではないが――である事に気がつかずに、不敬を働いた場合に国際問題に発展するかどうかを確認するため。
場合にもよるけれど、フィイヤナミアの義娘の地位を使うときにはその前に身分を明かそうとは思っている。
身分を明かす事態に陥った時点で、その相手に対してこちらから不満はでているかもしれないけれど、そこで引いてくれるのであれば叩き潰すことはしない。
引かずとも、その個人相手の問題にするつもり。
だからよほどのことがない限り、姫様の不安は杞憂で終わるだろう。
「ありがとうございます。エイルネージュ様がオスエンテでの時間を平穏に過ごせますこと、心よりお祈りしていますね」
「姫様こそ無理はなさいませんよう、ご自愛ください」
お互いに笑顔の仮面をした状態で挨拶を終えた時、ダンスの曲が止まった。タイミングの良さはたまたまかもしれないし、姫様が何か指示を出したのかもしれない。
探知で把握している限り、姫様が何かわたしに見えないところで指を動かしていたので、そういうことなのだろう。
まったくもって12歳とは思えない。王族というのは大変と言うことか。
姫様と逆の立場であれば、わたしだと胃に穴があいていた自信がある。
そうではなかったことを喜びつつ、入学試験はすべて終了した。
◇
「それにしても、レシミィイヤは何がしたかったのかしらね?」
『一応、姫をつけておいた方が良いですよ』
「レシミィイヤ姫は何がしたかったのかしらね?」
「お話を聞く限りですと、お嬢様方がオスエンテに害を成すものかどうかを探っていたのだと思います」
入試が終わり邸の部屋に似た宿に戻ると、シエルがミアに疑問を口にした。相手がわたしではないのは、シエルの会話練習の延長であるから。
ミアと別行動をしたときには、何があったのかをミアに報告するというのがある種シエルの宿題になっている。
それに政の裏側については、わたしよりもミアの方が詳しいだろうから、人選的にもわたしよりもミアに尋ねた方がいいだろう。
「基本的にオスエンテになにかしようとは思っていないのよ」
「ワタクシもそれはよく存じています。シエルメール様は、オスエンテに特別興味もないのですよね?」
「ええ、オスエンテがどうなろうと興味はないわ。邪魔をするならそれをどうにかするくらいかしら?
エインにちょっかいかけてきた、第四王子と言うのがまた何かしてきたときには、話は別だけれど」
「そのときには、お嬢様方の安全の範囲内で好きになさってください。
現状でも寛大すぎる対応をしていますから、これ以上気を使う必要もないかと思います」
何というか、物騒な感じになってきた。
ちょっかいかけられたわたしとしては、放っておいて良いんじゃないかと思うところもある。だけれどそれで舐められるのも癪だし、ちょっかい出されたのがシエルだったら、わたし単独でも王城に乗り込んでいる気がするので黙っておく。
「それでどうしてかしらね?」
「オスエンテ側はエイル様のことをよく知らないからでしょう」
「何者でも何もしなければ、放っておいていいと思うのだけれど」
「エイル様とは違い、何かがあってからでは遅いのです。おとなしそうに見えても、いきなり暴れ出すということも考えていないといけません。
せめて警戒すべき存在かを見極めておく必要があったのでしょう」
「警戒しないといけないなら、監視をつけて何かしたらすぐにでも取り押さえるため、かしら?」
「そうですね」
「オスエンテは私達を取り押さえられるのかしら?」
「それこそ、お嬢様方を知らないが故、でしょう」
「お姫様というのも、大変なのね」
他人事のように呟くシエルに、ミアが苦笑する。
シエルも事実上中央の姫のようなものだから、苦笑したくなる気持ちも分かる。
とはいえ、わたし達は形だけというか、国のトップとしての責任はない。そもそも中央が国ではないし、中央に住む人は邸を除けば居候かお客人。
要するにわたし達は自由なのだ。
レシミィイヤ姫も王族にしては自由な立場だと言っていたけれど。
その自由の中でオスエンテのために動こうとしているのは、生粋の王族故なのかもしれない。
もしくはわたし達と世間とのズレのせいだろうか。わたし達は国という括りに拘りはないから。
『何というか、人というのは周りからどう見られているのか、考えながら過ごすのね』
『だからこそ、エイルネージュという存在を生み出したわけです』
『ええ、今はその必要性が前よりもわかるわ』
シエルがそう実感できたのであれば、これもまた一つオスエンテに来てよかった事だろう。
シエルには圧倒的に周りに対する興味が欠けているから。
今のわたしもシエルのこといえた義理はないかもしれないが、それはそれと言うことで。
『とはいえ、周りを気にしすぎても問題なんですけどね。
人によっては身動きがとれなくなりますから』
『難しいのね。エインはそのあたりの見極めは得意なのかしら?』
『得意とは言い難いです』
前世を考えると、結局周りにあわせてやりたいことができなかったような人間だった気がするし。
それでも普通に生活はできていたけれど、それは学生までしか体験していないからだろう。
シエルとしてはわたしの得意不得意はどうでもよかったらしく、『それならお揃いね』と嬉しそうに言ってから、ミアの方を見た。
「ところでエインがまた私以外と初めての体験をしたのよ」
「公でのダンスでしょうか?」
「ええ、そうよ。ずるいと思わないかしら」
「一国の姫とはいえ、それは羨ましいですね。嫉妬してしまいそうです」
「そうよね、そうよね!」
どうやらというか、やはりというか、シエルはかなり我慢していたらしい。フォローする前にミアに愚痴を言い始めてしまった。
これで少しでもシエルの気が紛れるのであれば、と思いわたしは黙って見守っておくことにする。
わたしに関することを目の前で話されるのは、ものすごく恥ずかしい。
だけれどシエルが愚痴をいえる相手ができたというのは、嬉しく思う。わたしはいつでも聞くけれど、わたしに関することだと言い難い事もあるだろうから。
「それでエインセル様のダンスはどうでしたか?」
「とても愛らしかったのよ。ところどころ辿々しくて、とてもかわいいのよ!」
「シエルメール様から見るとそうかもしれませんね。ですが、エインセル様もダンスはお上手ですよ」
「ええ、ええ! それはもちろん。少ししか見えなかったけれど、エインよりも上手な人はあまりいなかったわ」
そして何故かわたしを誉め始める。わたしは口をぎゅっと結ぶ。
シエルがみれば、わたしのダンスなど可愛いものだろうし、年齢――12~13歳――にしては上手かもしれないので、言っていることは事実なのだろうけれど。
「だけれど一番ずるいのは、レシミィイヤ姫と踊っているときのエインが今までで一番綺麗に踊れていたことなのよ」
「レシミィイヤ姫が相手の女性の見せ方を心得ていたんでしょうね」
シエルが少し唇をとがらせる。それはそれで可愛い。
言われてみれば、レシミィイヤ姫とのダンスはダンスとしては踊りやすかった。
姫様が上手だったのもあるけれど、単純に今まで相手にしていた人と身長があっていなかっただけ、というのもある気がする。
だからレシミィイヤ姫が特別だった、ということはないと思うのだけれど、シエルにはそのあたり関係ないのだろう。
「ですが、シエルメール様がエインセル様と踊るときには、より綺麗に魅せることができるのではないでしょうか?」
「そうね。私がエインを一番綺麗に魅せることができればいいのよね。
どうすればエインを魅力的に魅せることができるのか、考えればいいのよね。それはなんだか、とても素敵な事ね。着飾るのとはまた違った楽しみがあるのよ!」
シエルに新たな目標ができたところで、ミアが「そういえば」と思い出したかのように呟いた。
「またとおっしゃっていましたが、以前にも似たようなことがあったのでしょうか?」
「あったのよ。エインと一緒のお風呂をビビアナに先を越されたの」
「そうですか、ビビアナが……」
ミアの声が何だか怖い気がするのは気のせいだろうか?
姉として思うところがあるのかもしれないが、シエルの言い方だと誤解を招きそうなので、後でフォローしておこう。そうしないとビビアナさんが心配だ。
「代わりにエインと体を洗いあったから、良いのだけれど」
「それは微笑ましいですね。エインセル様とシエルメール様が並んでいるところは見たことがないので、いつか見てみたいです」
「そういえば、ミアは知らないのよね。遠からず見せられるように、私も頑張ろうとは思っているのよ?」
「そうなのですか?」
「人形魔術、なんて授業があるのよね。それでエインの体を作れないかしらと考えているのよ。無理だとしても、何かのきっかけにはなると思うのよね」
シエルはそんなことを考えていたのか。考えてみれば、シエルの人形魔術に対する食いつきは初めからよかったような。
いずれはわたしも自分の体ができるだろう、と話していたように思うけれど、それまで待ちきれないと言うことなのだろうか?
わたしもできることなら、一刻も早くシエルとふれあいたいとは思っているけれど。
そういえば、シュシーさんがわたしの人形を作ったときもかなり気にしていたような。
「ワタクシは詳しくはありませんが、ゴーレムとは違って人形魔術なら見た目を好きにできますから、楽しみですね。
ですがどうして、人形魔術で1つの授業なのでしょうか?」
「何か変かしら?」
「範囲が狭いように感じます。人形魔術はゴーレムの一種としてみることもできますし、そういったものをまとめた授業であるべきではないかなと。
他の魔術で言えば、火・水・風・土などの属性ごとに授業を行っているような印象です」
わたしも気になってはいたけれど、気にしても仕方がないように思う。あるのだからある。思惑については、わたしは探れる気はしない。
わたし達が最初に手にした情報源がフィイ母様なのも気になるポイントだ。ただ人形魔術の授業があることの情報源が、フィイ母様であることを考えると、あまり心配することはないと思う。
「分けていることに何か意味があっても、私にはわからないのよ」
「確かにここで疑問に思っても解決はできませんね。申し訳ありません」
ミアはそういって頭を下げるけれど、わたしは一応頭の隅にでも残しておこうと思う。
フィイ母様がいたずらか何かで、面倒くさいところに放り込む可能性もあるかもしれないし。