140.模擬試合と観戦
模擬試合でなにを武器に使おうかと考えて、魔法袋からナイフを取り出す。
シエルの剣舞用の剣もあるけれど、あれはわたしは振るうことはできないから。武器になりそうなものの中で、最も軽いものを選んだ。
わたしが身体強化すると攻撃できないという怪事態に見舞われるだろうし、身体強化なしで戦わないといけない。それなのに鉄の塊である剣を振り回せる気がしなかった。
それにシエルが剣を使えるのは、舞姫の補正があるから。
だから仮に剣をまともに持てたとして、わたしが振るう剣は素人のそれだろう。
技量についてはナイフも同じだけれど、まだ手元に近いので扱いやすい……と思う。少なくとも素手よりも試験へのやる気は見えるはず。
「ほら、かかってきなよ」
わたしがナイフを構えたからか、好戦的な目をした試験官にそういわれるけれど、わたしが戦うのにこちらから攻めることはしない。
こちらから攻めようと思えば、何というか、かわいそうなことになるだろうから。結界に飽かせて一方的に切り刻む以外にできないのだ。
その攻撃自体は簡単に避けられるだろうけど、わずかにでもかすらせることができたら、後は長期戦でどうにでもなる。
そしてそのレベルの結界で模擬戦をするつもりはない。
だからわかりやすくD~C級用の結界を使った。
「わたしの戦い方しかできないと言いましたよね?」
「……ああ、なるほど。そういう戦い方なのか。確かに戦いが得意ではなさそうだ。
じゃあ、こちらからいくとするよ。最初から全力は出さないから安心してね」
こんなやりとりをして、試験官が距離を詰めてきた。
速さはゴブリンと同じくらいだろうか。わたしでも十分避けられるけど、避ける必要もなさそうなので結界で受ける。
単調な攻撃は簡単に受け止められて、試験官が少し感心したように「硬いね」と呟く。
そのまま結界の強度を測るためか、壊すためか、力を入れ始めたのでナイフで突き刺そうとしてみる。
試験官はそれを見て余裕だとばかりに、後ろに飛び退いた。
「なるほどね。君の戦い方はわかったよ。つまりその結界が壊れたら降参かな?」
「そうなります」
「そういうことなら、こちらも手加減がしやすくて助かるね」
言葉が終わると同時に、先ほどよりも2~3割速い速度でつっこんできた。
ということで、この模擬試合は試合たり得ない。
わたしのナイフを避けながら、試験官が結界を壊すゲームになる。
わたしの勝利条件はない。だって勝つ気はないから。
二撃目は振りが小さく、それなのに威力が上がっている。
それでも結界は壊れる様子はなく、試験官が少し驚いたような顔をする。今のはたぶんD級程度の一撃だろうから、それを耐えられるということで驚いたのだろう。
エイルネージュのランクを知っているわけではないと思うけれど、わたし達の年齢だとD級もいないだろうから――15歳でD級で速いと言われる世界だ。
とはいえ、特化すればC級程度の何かはできる人もいるらしいので、ちょっと珍しいくらいで収まるだろう。ただでさえ、結界って目立たないだろうし。
またもわたしのナイフを軽々と避けた試験官が、今度は引かずに切りかかってくる。
一撃での破壊を諦めて、手数で押してみることにしたらしい。右から左からと連続で攻撃を仕掛けてくる。
手加減はしているのか、威力が幾分か落ちたので結界は無事。隙をみてナイフを突き立てたいのだけれど、動きが速くなったので相手の動きを見るのが大変だ。
しばらくして――といっても数秒だけれど――無駄だと気がついたらしく、手に持った剣に魔力が集まりだした。
そして大振りで切りかかろうとしてくるので、ナイフを投げて牽制する。
わたしが投げた程度のナイフは簡単に剣で叩き落とされて、振り下ろされた状態から切り上げてくる。
それをじっと観察して結界とぶつかったところで、二本目のナイフを袋から取り出すように突き出した。
「っぶな」
わたしに武器がないと慢心していたのか、試験官は焦ったように言葉にして必要以上に大きく後ろに跳んだ。
距離ができたので、投げたナイフを拾いつつ結界の確認をする。
直前の攻撃の威力はかなり高かったらしく、同じ攻撃を後2回耐えられるかというところまで削られていた。
エイルネージュ換算でも魔力に余裕があるので修復すると、試験官が「はぁ?」と息を吐く。それから楽しそうに、ニヤリと笑った。
たぶん次で最後だろうなと、ナイフを構えて彼を待つ。
再度距離を詰めてくる試験官の動きは今までのなかで最も速く、わたしでは対応できそうにない。
正面から来ると見せかけて、背後に回るんだろうなとわかったけれど、それに合わせられるほど器用でも素速くもない。
あっさり後ろに回られて、カウンターもどきをする余裕もなく、魔力の篭った目にも留まらぬ一撃で結界を壊された。
パリンと割れた結界は空気に溶けるようになくなっていく。
一撃で結界を破壊されてしまったのと、今の動きを見るに、試験官はB級ハンターで間違いないだろう。なんて考えつつも、これ以上やるつもりはないので素直に両手をあげた。
「降参します」
「いやぁ、面白かったよ。周りはそうは思ってなさそうだけど」
両手をおろして周囲をうかがってみると、試験官への賞賛ばかりでわたしへの感想は特にはない様子だ。
十分に楽しんでいると思うのだけれど、試験官が言いたいことはそういうことではないだろうことはさすがにわかる。
「いいんですよ。結界は地味ですし、わたしにはこれしかできませんから」
「いや、良いハンターになると思うよ」
「それはありがとうございます。ですが目立ちたくないので、程々で十分です。ひっそり薬草採取していますから」
「目立ちたくない……ねぇ」
「見た目については諦めています。自分でも気に入っていますから」
それだけ言って、四角の中から出て行く。
これで実力がどうのと目立つことはないだろう。
間違って現役ハンターに勝ってしまったら、面倒くさそうな人たちにロックオンされかねないから。たとえば、雷魔術師の貴族君とか。
なんて思っていたら、別のグループで歓声が上がりはじめた。
隅っこに移動して、ざわめきの方に視線を向けてからシエルと入れ替わる。シエルには『替わらなくてもよかったのよ?』と言われたけれど、どうせまたわたしが動かないといけないのだから、合間合間はシエルが表にでていて良いはずだ。
そういうわけで、シエルと入れ替わって観戦してみると、どうやら魔力量姫様越えの少年が試験官と良い勝負をしていた。
わたしとは違い剣対剣で戦っているのもあって、動きがあって見ごたえがある。
見た感じ少年が職業の力をフルで使っているのに対して、試験官はほとんど使っていないけれど。
少年の一撃一撃には大雑把ながらも魔力が乗っていて、見た目以上に威力がある。
それを単調とはいえ連続で振るっているためか、何かをはかっているのか、試験官は防御に徹している。
傍目、受験生らしからぬ猛攻に周りが沸き立つ中、とうとうそのときが訪れた。
受け流していたとはいえ、高威力の攻撃を受け続けていた試験官の剣が砕け、先端が飛んでいく。
周りで見守る受験生も、少年自身も勝ちを確信したのだろう。
肩で息をしながら表情をゆるめた瞬間、試験官が懐から短剣を取り出し少年の首に突きつけた。
少年は驚いた表情を見せたかと思うと、悔しそうに顔をゆがめて降参する。
それでも現役の上級ハンターを相手に善戦――したように見える――少年をあるものは讃え、あるものは憧れ、あるものは忌々しげに見ていた。
何というか、好意的なものは女子のものが多い気がする。
よくよく見れば、少年は年齢の割に体格もよく、格好良い……んだと思う。正直興味ない。容姿は整っている。
うん、別に思うところもないし、目立ってくれるのであればわたしはそれでかまわない。
ハンター達が苦笑しているのも別にかまわない。あの試験官は剣が折れることも、そして人がいない方にそれが飛んでいくのもわかっていただろうから。本来実力の差はとても大きいのだ。
少年の才能は最高峰のものかもしれないけれど、発展途上のそれでは戦いに身をおいている現役の上級ハンターにはかなわない。
でも少年の強さはすでにD級はあるんじゃなかろうか。
試験官の最後の動きは本気だった様子だし、一対一の試合においてはC級に近いものがありそうだけれど、経験が圧倒的に足りない。
『エインは今のをどう見るかしら?』
『エイルネージュだと勝てない気がしますね。ルール次第では負けないってかんじでしょうか?』
『まあ、そんなところよね。それが普通は驚くことなのよね?』
『何でしょうね。ほら、わたし達に絡んでくる下級ハンターがいるじゃないですか』
『そんなのもいたわね』
返事はしているけれど、だいぶシエルの記憶からは薄れてしまっているらしく、反応はよくない。
本来覚えておく必要なんて微塵もないのだけれど、今だけは少しだけ思い出してほしい。
『そこで絡んでくるのは、シエルよりも遙かに年上でしたけど、あの少年よりも弱かったですよね?』
『確かにそうね。同じくらいのもいた気はするけれど、そうだとしてもさっきの受験生はすごいのね?』
『年齢にしては、ということですね。シエルも邸を抜け出したときよりも、ずいぶん強くなったのと同じ感じです』
『エインの結界がどんどんすごくなるのと同じなのね。あと何年かしたら、愚者の集いとかカロルとかのレベルになるのかしら?』
『なるだけの潜在能力はありそうですが、今後の彼次第でしょう。これから手を抜いてしまえば、ほどほどの強さで終わるかもしれません』
『そうね……わたしも気を付けないといけないわ』
『一緒に頑張っていきましょうね』
『ええ、ええ!』
説明が正しかったのかはおいておいて、シエルが納得したので良しとする。なににしても、同年代の強さを見るという点においては、こうやってオスエンテまでやってきてよかったといえるかもしれない。
そういえば、少年の試合を見ながら気が付いたのだけれど、筆記試験の時にいた人や基礎能力試験にいた人とはまた別の人がいる。
中でも目を引くのは、エルフっぽい子だろうか? 耳が長いし、精霊を連れているし、間違いないと思う。魔力測定では見かけなかったのだけれど、エルフだから別枠だったというのはありそうだ。
リシルさんに精霊からわたし達の異質性がわからないようにと頼んでいるので、大丈夫だろう。
周りに人がいるときにはわたし達には近づかないように、というのを王都付近の精霊に伝えてもらっている。
そんなことができるのかという話だけれど、リシルさんほどの上位精霊になれば、付近の精霊を統率することができるのだとか。
彼女たちの目的は世界の調整。普段は好き勝手にやっているようだけれど、何か大きな調整が必要になった時には複数で行うらしく、そういう時に必要になるという。
それをわたし達のために使っていいのかと聞いたら、別にいいみたいな反応が返ってきたので、それに甘えている。
精霊王だと世界中の精霊に指示を出せるのだとか、フィイ母様がトゥルを捕まえてきたときには、上位精霊が複数で調整をしたのだとか、そういった話も聞けた。
「諸君! この私の方があの平民よりも上であることを見るがいい」
また別の場所でそんな大きな声が聞こえてきた。
大体予想できるけれど、声がした方を見ると雷魔術師の少年が目をギラギラさせていた。
そして見せびらかすようにグローブをはめると、両手を前に突き出して魔力を込め始める。
何かと思えばグローブに魔法陣が描かれていた。
遠くてわかりにくいが、その魔方陣自体はとても興味深い。両のグローブにそれぞれ描かれた魔法陣が、2つで1つの働きをするらしい。
そのおかげで小さい魔法陣ではあるものの大魔術を使うこともできそうだ。
だけれど使う側がよろしくない。使うまでに時間がかかりすぎている。そのおかげかどうか、グローブの周りに青白い稲妻がバチバチしていてかっこよくはあるけれど、何するかばらしているようなものだ。
今回は試験なので待ってもらっているだけで、実戦だとすでに攻撃されている。
せっかくなのでどんな魔術を使うのかは観察させてもらおうと思っていたら、何やら様子がおかしくなった。
余裕そうだった少年の表情が幾分険しいものに変わっている。
『あれ、魔力使い過ぎじゃないかしら? 制御できていないように見えるのだけれど』
『わたしもそう見えますね。目立とうとして、実力以上のことをしようとしてしまったんでしょう』
貴族のプライドというやつなのかもしれないが、それで失敗しては元も子もない。
うまく発動さえできれば格上相手でも――もしかすると戦闘不能になるほどに――十分なダメージを与えられただろう魔術は、このままでは暴発して、自分はもちろん周りにも多大なダメージを与えそうだ。
その異変に気が付いた試験官が動く直前、別の場所から雷魔術師の少年に向かって走り出す存在がいた。