139.基礎能力試験と実技試験
筆記試験の次は基礎能力試験となる。ただしこの試験は受けないこともできて、受けない場合は休憩となる。
また職業判定と魔力測定がありどちらも受けることも可能で、ダメもとで受ける人もいる。ただしこの試験は半分公開しているようなものであるので、職業判定でいえば、不遇職はまず受けないだろうし、希有な職業の人も受けない人もいるに違いない。
目立つところだと、赤髪の令嬢とハンター関連に強かった男子は受けていない。
偉そうな貴族の男子は受けている。それも自信満々に。何なら自ら言っていた。上級雷魔術師らしい。魔術で電気を使える珍しい職業で、確かにそれだけで合格できそうなレベルではある。
雷は魔術として使おうと思えば、風に当たるだろうか。
多少難しさはあるかもしれないけれど、シエルはもちろん使える。
というか、舞姫は舞を絡めると割と何でもできる。ただし回復だけはできない。
回復魔術的なのが使えるのはごくごく一部の職業だけだと言われている。回復については他の魔術とは根本的に違う部分があるのだ。魔術よりも魔法に近いのだと思っている。
リスペルギアが回復魔術を使えていたということは、そういった類の職業だったというわけだ。
だから当時のわたしが頑張ったところで、使えなかっただろう。
閑話休題。
当然わたし達は職業判定は受けることはなく、魔力測定は受けることにしている。
職業判定もそうなのだけれど、別室で行われるとはいえ並んで次々に測定していくので、周りの人には自分の結果が見られる可能性がある。
特に魔力測定では水晶のような魔道具を使って、光り方の変化で調べるので、周りに結果が分かりやすい。
単純に魔力量が多けれは光りが強くなる。
魔力量がステータスである社会なので、自分の魔力量に自信があれば測定してその力を見せつけることができる場でもある。
一般的な貴族が持つ魔力量があればまずこの試験は合格できるので、平民で貴族くらいの魔力量があると思われる人ならとりあえず受けて合格させてもらうというのも一つの手だ。
この魔道具だけれど、実は邸にいくつかあった。
それで試しにシエルが触ってみたのだけれど、閃光弾になった。
いや、閃光弾は見たことがないけれど、ものすごい光りが放たれた後、壊れた。
この魔道具なのだけれど、隠蔽を使って魔力を隠すと誤魔化すことができる。
そこでわたしが貴族の平均になる程度に魔力を押さえて、触ることにした。
なぜ貴族平均なのかというと、魔力とは生まれ持ったものという認識が一般的だから。ある年齢までは増え続けるけど、それを越えると増えなくなるが正確な認識だろうか?
だから貴族平均くらいにしておかないと、今後の学園生活で必要以上に制限がかけられることとなる。
逆に貴族平均くらいの魔力があれば、使い方次第ではA級レベルの魔術を使えるので――学生でそのレベルはまずいないが――普段使い程度であれば制限なく魔術を使えることだろう。
なんて考えていたら、部屋一面が光に包まれた。
全員があまりのまぶしさに目をそらして瞑っている中で、測定している人の方を見る。
どうやら平民っぽい人が、この光を出したらしい。この後ものすごく目立つのは避けられまい。
光が収まった時、周りがざわめく中、雷魔術師の人が忌々しそうに平民の少年を見ていた。
彼も確か貴族平均よりも魔力量が多く、少なくとも同学年の中では上位に入るほどの魔力を持っている。
だからこそ、平民に抜かれたことを快く思っていないのだろう。わたしには関係ないが。
『さっきの光はすごかったわね』
『シエルが触ったときの方がすごかったですけどね』
『それなら言い方を変えるわ。あの光の中で平然としていられるなんて、さすがエインの結界ね』
『それこそ、シエルが触ったときに……ですよ』
シエルの目が悪くならないように、必要以上の光を通さないよう調整しているだけだから。
うまく調整するまでにそれなりに時間はかかったけれど、リスペルギアの邸にいる間に基礎はできていたと思う。普段から使っているのは太陽光に限定したものだけれど、今日はこういうことが起きそうだったので太陽光以外にも適用しておいた。
邸で触った時には、前もってフィイ母様に警告されていたので適用しておいたわけだ。
『ええ、そうね。それにしても、あれだけ光ったということは、それなりに魔力が多いのね』
『そうですね。レシミィイヤ姫よりも多そうな感じです。
人族の受験生の中だと一番多いんじゃないでしょうか?』
全員の魔力を調べようと思えばできなくはないけれど、さすがに人が多くて時間がかかる。
今のを見てざっと調べた感じは、人族だと今の少年が一番で、姫が二番、赤髪令嬢が三番で、雷魔術師が四番というところだろうか? 姫は昨日会ったときの印象だけど。
ついでに他の種族の受験生もぽつりぽつりと目にすることができて、エルフ族なんかは少年程度に魔力を持っている人もいる。
どちらが多いのかは正直よくわからない。あくまで大雑把な判断だから。
『一番はエインじゃないかしら?』
『それを言い出したら、シエルは二番ですね』
『エインと並べるのは何だかうれしいわね』
『そうですね』
シエルは嬉しそうにいうし、わたしも同じ気持ち。しかしながら、自分でいうのも何だが、全種族を含めたとしてもわたし達の域に達している人がどれほどいるのかという疑問もある。
母様やリシルさん、トゥルあたりはわたし達よりも上とはいえ、カテゴライズはエルフ族やドワーフ族などとは違い"人"ではない。
今の少年も多いとはいえ、初期のわたし以下ではないだろうか?
わたしは人の中でも最高峰の魔術師になるように生まれるはずだったから、例の薬がなかったとしても魔力という分野でそうそうに負けることはなかったと思うけれど。
それにあの少年の場合、職業補正がものすごいという可能性もあるわけだ。
理由はどうあれ、あの少年のおかげでわたし達が測定の結果で注目されることはなかった。
◇
休憩を挟んで試験の最後は実技試験。マナー関連もここにはいるので、それなりに時間がかかる。
わたし達が受けるのは、模擬試合と受けなければならないマナーの2つ。人形魔術や魔道具を学ぶために必要なものは筆記試験と魔力測定で終わっているので、暇つぶしのようなものだ。
あとは何というか、すでにE級ハンターとして活動しているから、エイルネージュとしてろくな後ろ盾を持たずに受験できたところがあるので、受けないわけにはいかない。
ハンターの授業もできればとっておいた方が良いだろう。
A級ハンターにもなって今更感は否めないけれど、カロルさんに教えてもらった以外はおよそ独自路線を突き進んでいた自覚はある。
だからこそ、一般的なハンターというのを体験するのも面白いだろうというのが一つ。周りとの差を確認するためというのが一つ。
そしてわたし達はエイルネージュとしては基本的な魔術――職業・魔法陣を用いないもの――以外だと結界しか使う気はない。
常に使っている、トゥルの攻撃も通さないものはいつも通り使っておくけれど、外側はD~C級程度の結界にとどめておく。D級の相手であれば攻撃されればいつかは壊れて、C級が相手なら何発かは耐えてくれるだろう、B級でも一回は耐えてくれるかもしれないみたいな防御力に設定してある。
E級ハンターがC級の攻撃を数発とはいえ耐えるというのは、なかなかすごいことだと思うのだけれど、その分攻撃力を持っていないみたいな設定。オスエンテに入ってからは、だいたいそんな風にやってきた。
職業を結界魔術師とかに誤認してもらえたらいいなというのと、シエルの守りをおろそかにするのはあり得ないのでこうなった。
さて模擬試合。大きな闘技場に移動して、同じ場所で数カ所に分かれて行われる。
それぞれにC~B級程度のハンターが受験生の相手をする。
わたし達も受験生と一緒に一人のハンターの元に集められた。
気の良さそうな男性の剣士。見た目だけなら愚か者の集いのシャッスさんに近いだろうか?
だけれど、彼ほど苦労人オーラは感じられない。きっと順風なハンターライフを送っていることだろう。
それから同じく男性の槍使い。こちらは髪の毛がつんつんしていてちょっとガサツそうだ。
10人の受験生が集まったところで、剣士の男性が話し始める。
「それじゃあ、まず簡単に説明をする。君たちは今から僕達と模擬戦をしてもらう。
勝ち負けで合否が決まる訳じゃないから、リラックスして実力を出し切ってほしい。
勝負は審判が止めるか、どちらかが負けを宣言した時点で終了。あとは場外も決めてあるから、そこに出ても負けだ。
こちらは模擬戦用の武器を使うけれど、君たちはいつも使っているものを使ってくれてかまわない。
一応いっておくと、殺しをしてしまった時点で不合格だから殺す気でかかってくるのは良いけれど、殺さないでほしいな」
剣士の男性は冗談っぽくいうが、受験生側は誰も笑っていない。むしろ顔がひきつっている人もいる。
今まで命のやりとりをしたことがない子供達なら、そんな反応になるのだろう。シエルは興味なさそうにしているけど。
「まあ、説明するよりも実際にやってみよう。
確かこの中に既にハンターをしている人がいたと思うんだけど、誰かな?」
『これは名乗りを上げるべきかしら?』
『あげないとダメでしょうね。学園側には伝わっていることではありますし、ここで名乗りを上げて多少目立っても、試験が終わる頃には忘れられているでしょうから。
というか、わたしが戦いますから替わってもらって良いですか?』
『それだけは納得していないのよ?』
わたしの言葉にシエルの機嫌が少し悪くなる。
戦うのはシエルの役目、守るのがわたしの役目。わたしが戦えばその役目を奪ってしまうわけだから、シエルの反応もわかる。
しかし、シエルは戦い慣れてしまっているので、制限を付けた戦いの中でも勝ってしまうかもしれないのだ。
対してわたしはシエルを通して戦いを経験しているとはいえ、シエルほどの動きはできない。だから勝って目立つこともないだろう。
それに模擬試合とはいえ、シエルにわざと負けてほしいなんて言いたくない。
『わたし程度の攻撃が有効な相手なんて、戦いのうちに入りませんよ』
『むぅー……わかったわ。仕方がないものね』
わたしに対してはとても素直なシエルではあるので、文句を言いつつもすでに主導権はすでに渡してくれている。
エストークにいるときであれば、シエルは意地でも自分が戦うと言ってきかなかっただろうし、わたしもシエルに任せていたと思う。
変わらないようでいて、シエルとわたしの関係も少しずつ変わっているということだろう。
でもわたしにとってシエルが何よりも大切であることだけは、変わらない。
それに「むぅ」というシエルも何だか微笑ましい。
できればシエルが体を動かしているときに言ってほしかったのだけれど、それは贅沢だろうか?
「あれ? この組じゃなかったかな?」
剣士のハンター――試験官が首を傾げ始めたので、おずおずと手を挙げる。
「一応ハンターですが、戦いに向いているわけじゃないですよ?」
「ああ、君か。でもハンターをやる以上、最低限の戦闘はやっているだろう?」
「わたしのやり方でよければできますが……」
「……なるほど。いいよ。別に僕に勝つことを求めているわけじゃないし、何なら僕と良い試合をしてほしいわけでもない」
「わかりました」
予防線はこれくらいで良いかと思い、うなずいて前に出る。
なにやらテープのようなもので仕切られた四角の中に入って、その中央付近で試験官と相対する。
審判はもう一人の槍使いがするらしい。
「それじゃあ、はじめようか」
剣士の試験官がわたしに模擬剣を向けた。