137.王都入りと第二学園
小規模な魔物氾濫を片手間に解決した翌日。森から迂回するようにレシミィイヤ姫達を追い抜いて、昼前には王都についた。
魔物氾濫があったことを知らされていないせいか、多くの人が列をなしていて、わたし達もその列に並ぶ。こういう時、貴族や有力な商人・高ランクや王都で依頼を受けて門の外に出たハンターなどは別に扱われてほとんど並ばずに中に入れるのだけれど、残念ながらエイルネージュはそれには当てはまらない。
いや貴族令嬢のお忍び設定ではあるので貴族といえば貴族なのだけれど、身分を証明するものがフィイ母様にもらった紋章しかない。
これがあれば王城にすらアポイントなしで入れるかもしれないが、使ったが最後面倒ごとに巻き込まれそうな気がしてならない。
すでに面倒ごとに巻き込まれた――首を突っ込んだ?――身としては、それは避けなければならないし、もとより並ぶことに関しては慣れたものなので気にならない。
「こうやって見てみると、王都は規模が違いますね」
「エストークも王都は大きかったわね。ギルドの周りしか行かなかった気がするけれど」
「中央も町単位で見ると広いですが、ワタクシも行動範囲は狭かったですね」
「だからオスエンテでも、行くところは大体同じになるんじゃないかしら?」
『学園に入学する以上、基本的な行動範囲はその中になるでしょうからね』
『そういうものなのかしら?』
『前世ではそうでしたね。1日の大半を学校――学園で過ごすので、ちょっと遊びに行くくらいがせいぜいだったと思います』
具体的に何をしていたのかはぼんやりとしか覚えていないけれど、とりあえず歌を歌っていた記憶はある。
部活でやっていたこともあった気がするし、カラオケに行っていたこともあった。
今思うとあの頃はとても恵まれていた。歌う時に音楽が流れてくれたし、聞こうと思えばすぐに曲を聴くことができたし、いくらかお金を払うだけで思いっきり歌える場所を提供してもらえたから。
でも今の方が恵まれているところもある。いつでもわたしの歌を楽しんでくれる観客がいるから。
『そういえば確か、オスエンテでは学園が用意したところ――寮に住むのだったわね』
『入学できれば、ですけどね。それまでは宿暮らしです』
「入学するまでの宿はミアに任せていれば良いのよね?」
「はい、お任せください。邸でどこに行けばいいのかは聞いていますので」
「わかるものなのかしら? でも王族の顔はわかるから、わかるのね」
一人で納得するシエルをミアが微笑ましそうに眺めている。
中央の情報収集能力……というか、ハンターや商人組合であれば、かなり情報は集まっているだろうし、邸には主として情報収集を行っている者もいる。そうなれば宿屋の情報くらい簡単にわかるだろう。
試験は明日。もしかしたら――レシミィイヤ姫次第で――、今日の夕方か夜あたりから騒がしくなるかもしれないけれど、それはわたし達には関係のない事。
わたし達に前後してたくさんの人が王都を出入りしたし、情報が黒髪の小柄な人程度であれば、わたし達が目を付けられることもあるまい。
だから今日は学園の場所を確認して、宿でのんびり過ごす事になるだろう。
◇
人が多いためか、わたし達がただの女の2人組に見えるためか、オスエンテ王都には簡単に入ることができた。
むしろエストーク時代に面倒なことに遭遇しすぎていただけの気もする。
オスエンテ王都は、エストークや中央とはまた違っている。
まず道が今まで見たどの都市よりもしっかりと舗装されていて、都全体に清潔感がある。
中央もきれいなところであったけれど、あちらが自然と調和したものであれば、こちらは人工的に作り上げたものといった感じだろうか。
町としてみた場合に植物が見られず、お店や家等で個人的に育てているものだけという感じ。
何より他の都とオスエンテとの違いは、引くものが居ない馬車が走っていることだろう。
わたしに言わせれば車のようなもので、馬車の荷台が自走しているような何かが都の中を走っている。
御者台には人が座って魔石を握りしめているので、それがハンドル代わりになっているのだと思う。
ざっと移動しただけなので詳しいことはわからないけれど、その数は圧倒的に少なく、王都全体に広まっているものでもなさそうだ。
それからこの車ほどのインパクトはないけれど、様々な場所で魔道具を見ることができる。
公園にある噴水も魔道具だし、たびたび見かける時計も魔道具。
井戸が無く、代わりに水を生み出す魔道具が設置されている。
夜になればそこかしこに明かりがつき、昼間と変わらぬ明るさを見せてくれるだろう。
言うなれば魔道具大国という感じだろうか?
思い返してみれば、ここに来るまでに立ち寄った村や町でも、それなりに魔道具があった。
最大の学園があり、他国の貴族の子息も長期で滞在するオスエンテは治安がよく、同時に技術が集まり生まれていくという話を勉強中に聞いたけれど、それが間違いなかったという事だ。
これだけ魔道具があれば、さぞ魔石が必要になるだろうから、学園の科目に魔石集めの専門家――というと語弊があるが――であるハンター関連のことが入っているのも納得だ。
まだハンター組合に行っていないのではっきりはしないけれど、たぶん魔石の入手が依頼にあるのだろう。
巣窟でたくさん狩って、こっちで売ればそれだけで大もうけできると思う。しないけど。シエルがやると言わない限り。
『何というか、魔道具がたくさんあるのね。知識としては知っていたけれど、実際に見てみると不思議な感じがするわ』
『空や海もそうだったんじゃないですか?』
『そうね、そうね! ただ見て回るだけじゃなくて、知っているだけの事を自分の目で見てみるというのも面白いのね。
あのときは出来なかったけれど、海の水をいつか飲んでみようかしら』
『おすすめはしませんが、良い経験にはなるかもしれません』
『エインがそういうって事は、本当にしょっぱいのね』
『不意に飲んでしまった事もあって、大変でしたね。ですがこの世界の海がどうかまではわかりませんよ?』
潮風が吹いていたってことは、塩気は含んでいるのだろうとは思う。しかしわたしはそういった方向の正しい知識は持ち合わせていない。
生前の経験から来る感覚だけの判断だ。
何にしても、やってみないことには始まらないのは確かで、シエルが飲んでみたいというのであれば止めはしない。
せっかく海に行くのだから、海水浴とかも良いかなと思うけれど、この世界で水着ってどうなんだろうか?
海の魔物の存在を考えると、そもそも海水浴という文化が存在しない可能性もある。それならそれで、プライベートビーチっぽくてわたしはかまわないけれど。
なんて、宿でミアと分かれてシエルと話をしながら、明日行く第二学園の場所を確認しに行っている。
宿はちょうど学園がある区画の入り口当たりのこぎれいなところ。
ハンターが使うようなところでないのは確かで、宿泊客は実用性よりも見た目にこだわった服を着た人が多かった。
部屋が空いているところまでは確認して、後の手続きなどはミアにお任せしているわけだ。
曰く部屋の準備があるとかなんとか。
ここまでは、泊ったとしても一泊か長くて二泊だったので準備をしたところで無駄になりかねなかったけれど、この宿については合格発表があるまでは使い続けることになる。
特にミアは受験をするわけでもなく、わたし達の帰りを待つことになるだろうから、過ごしやすくした方がいいだろう。
何だったらお世話せずにハンター業でもやっていて良いのだけれど、ミア自身が受け入れないと思う。一応後で伝えてはおこう。
そうして歩いているのだけれど、十代ほどの若い人をよく見かける。
グループになって歩いている人もいれば、一人でひっそりと歩いている人もいる。こちらの世界に来てからは珍しいけれど、生前では割と見かけた光景。
ちらちらとシエルを見てくる人がいるけれど、シエルは全く気にしていない模様。
こうやって子供達だけで歩き回れると言うことは、この辺りは特に治安が良いのだと思う。
建ち並ぶお店はカフェや書店、文具店、魔道具屋、武器屋、魔石屋等々。価格帯的に学生向けに作られたものなのだろう。特に武器屋に関しては、模擬戦などで使う刃を潰したものが主になっている。
本格的な武器がほしい場合には、区外にあるお店に行けと言うことかもしれない。
『ここがそうかしら? とても大きな建物ね』
『いかにも学園って感じの建物ですね』
『そうなのかしら? エインが言うならそうなのね!』
道の先にたどり着いた大きな門。その先には横に長い長方形の建物がどーんと建っていて、左右にその半分くらいの大きさの建物があり、それらの向こうにもまだ敷地が広がっていそうだ。
左右の建物が学生寮だとして、中央が校舎で間違いないと思う。
あとは校庭とか、体育館とかあるのだろうか?
中に入ってみたいけれど、中に入る人は入り口で何かを確認されているので、わたし達は入れそうにない。
そうやって外から見ていたせいか、シエルに気がついたらしい学園側っぽい女の人が近づいてきた。
茶色の髪を肩まで伸ばした、たぶんカロルさんと同い年くらいの女性。カロルさんよりも親しげな印象がある。
学園の教師だろうか?
それに気がついたシエルの感情が一段階希薄になる。
「どうしたの?」
「ここが第二学園でいいんですか?」
「ああ、受験生ね。そうよ。明日の朝にここに来てちょうだい」
「わかりました」
本当にシエルは口調だけ丁寧になった感じなのだけれど、緊張していると思われているのか、それともシエルのような人が結構いるものなのか、女性は気にした様子もなく受け答える。
場所も確定したので、宿に戻るのも良いのだけれど、先ほどから少し気になっていったことをシエルに尋ねてもらうことにした。
『シエル。第一学園の生徒がこの辺りに来るのか聞いてもらって良いですか?』
「この辺りに第一学園の生徒は来るんですか?」
「絶対とは言わないけれど、来ないかな。この辺りのお店は第二学園の生徒に合わせたものだから」
「高位の貴族様がいると緊張してしまうので、よかったです」
心にもないことをシエルが言うけれど、発言が一般的な感覚からズレていないためか、女性はすぐに納得した表情を見せる。
それから少し遠い目をして「まあ、そうね……」と言葉を濁した。
わたしの知る限りでも末姫が受験予定だし、そういったことを考えているのかもしれない。
無表情のシエルが女性にお礼を言って踵を返す。
第一学園の生徒はここには来ないというのは、悪くない話だった。
だけれど考えてみれば、貴族が使うレベルのお店を平民は使えないし、分けられていて当然なのかもしれない。
第二学園に入学する高位貴族の子については、それを理解したうえで受験するだろうし、理解していなくて文句を言ってもどうにかなるものではない。
むしろ低位の貴族であれば、お金の関係で第二学園に入学させたいという人もいるだろう。ルールだから嫡子は第一学園に行かないといけないけど。
◇
宿に行くと入り口でミアが待っていた。
それから部屋につれられていったところで「お帰りなさいませ」と頭を下げられる。
対してシエルが「戻ったわ」と返していた。
「学園はいかがでしたか?」
「広いところだったわね。後は子供がたくさんいたわ」
「何事もなかったようで、何よりでした」
何かあったとしても、たぶんシエルの印象に残ることは難しいけれど、強いて悪いこともなかったので、ミアのいうとおり何よりだったと思う。
チラチラ見られていたことからもわかるが、シエルは見た目もいいから下心がある男に話しかけられることもある。
今回それがなかったのは治安のためだろうか。
それはそれとして、宿の一室なのに邸にいたときの私室が再現されている。
広さはふた周りくらい狭くはなっているが、その広さに不釣り合いの豪奢なベッドがおかれていて、机と椅子も既視感のある見た目をしている。
「それにしても邸から家具を持ってきていたのね」
「いえ、これは同じものを作らせただけですから、邸のお部屋はそのままの状態ですよ」
「そうなのね? ふふ、なんだか落ち着くのよ」
「そういっていただけて光栄です。ですが広さが足りず、再現しきれなかったことが悔やまれますね」
「学園の寮が十分な広さがあるといいわね」
「少しでもお嬢様方――エイルネージュ様が過ごしやすいお部屋を作って見せます」
なんだか微妙にかみ合っていない会話に、シエルの中でくすくすと笑ってしまいそうになる。
それはさておき、エイルネージュという名前は案外使い勝手があるもので、偽名としての他にシエルとわたしの二人を指すときにも使われる。
シエルとわたしでエイルなのだからなにも間違ってはいないのだけれど、最初は不敬ではないのかとミアが恐縮していた。
わたしは気にしないし、シエルはむしろそれで呼ばれることを良しとしている。シエルメールと呼ばれること――自惚れでないなら最もはわたしにシエルと呼ばれること――を好んでいるけれど、お嬢様方と呼ばれるよりはエイルネージュの方が良いくらいの感じ。
『そういえばお金がない人は、試験結果が出るまでどうするんでしょうね?
王都に住んでいたら大丈夫だと思いますが、第二学園は才能ある人を広く集めることを目的にしていたはずでしたよね?』
ふと気になったことを呟くと、シエルがミアに尋ねてくれる。
ミアはすこし考える素振りを見せてから、はっきりとした口調で話し始めた。
「無料で泊まれる施設が用意されていたはずです。ただし多少お金を払えば個室に泊まれますが、基本は雑魚寝になります。問題を起こせば問答無用で試験に落とされますから、安全ではあるようですが」
「そっちに泊まらなくてよかったのかしら?」
「富裕層は自ら宿を取るとのことですから、こちらでよかったと思いますよ」
「そういうものなのね」
シエルが納得したような、していないような声を出す。
そもそも大して興味もなかっただろうからの反応なのだろう。
入試のわたしのイメージでは緊張してそわそわしてしまうものだったのだけれど、今のシエルをみる限りそのようなこともなさそうだ。
それこそ周りを王族で囲まれても、平常運転で試験に臨むだろう。それがなんだかシエルらしく、同時にわたし自身も全く緊張していないことに気がついた。