135.オスエンテ王都付近と問題の発生
ここから第3部がスタートという体です。
中央を出て、いくつかの町や村を回って、次はいよいよオスエンテ王都にたどり着く。
中央にいた期間は一年にも満たず、エストークにいた時間の十分の一にも達しない。リスペルギア邸を脱出した後で考えても、半分ほどだ。
それでもどちらが故郷かといわれると、中央こそがわたし達の故郷だと胸を張っていうことが出来る。
それくらいには思い入れはあるし、安心できる。
中央を出てオスエンテにはいるとき、一悶着くらいあるかなと思ったけれど、そんなことはなくスムーズに国にはいることが出来た。
実際には黒髪で仮面をつけたせいか、わたしの身長のせいか、A級の証を見せてもものすごく怪しまれたのだけれど、グランドマスターの念書を渡したらすぐに通してくれた。
仮面は顔全体を覆う真っ白な無表情だったものに、ドラゴンの羽の意匠が入っている。
たぶんフィイヤナミア――フィイ母様の縁者であることを示すためなのだけれど、ほとんど意味がなかったことが証明されたことになる。
真っ白と比べると多少はマシに見えるので文句はないけれど。
オスエンテに入ってしまえば後は慣れたもので、ハンター業をしながら王都を目指すだけ。
ただ今度は、移動の計画にミアの存在を入れていなかったことに気がついた。
国境に向かうときからといえばそうなのだけれど、最初は空をまっすぐ向かうつもりだった。
当然だけれどミアは空を飛べないし、空を駆けないし、空を跳ねない。ましてや空で踊らない。
一応、空をいけないかと四苦八苦してみた結果、一瞬だけ空を駆けることは出来た。二歩目で落ちた。
シエルが空で踊るとき、ミアが目を輝かせていたわけだ。
カロルさんほどではないものの、ミアも魔術オタクの気があるから。
考えてみれば、歌姫と舞姫という最上級の職業2つを活用してやっているようなことを一朝一夕で出来るはずはない。
魔術があるこの世界でも、人が単独で空を行くのは非常識なことなのだと再認識する。
そうなると馬車を使うのが一般的なのだけど、馬車の旅はわたし達が慣れていないのでミアには悪いけれど徒歩での移動にした。
身体強化を使えば馬車よりもはやい速度で行くことができるし、何より馬の世話ができないのだ。
身一つであれば行けるところも、馬がいることで利用できないことも少なくない。
ミアもそのあたりは予想していたらしくすぐに受け入れてくれたし、むしろハンターらしくて面白そうだと言っていた。
できるだけ町や村で泊るようにして、野営をするときにもわたしが結界を張っていたので、危ないこともなかったので良しとする。
ハンター業に関してはミアもハンターの資格を得たので、エイルネージュとパーティを組んで活動している。
基本的には道中手に入れた薬草類や倒した魔物の素材・魔石を渡していただけで、依頼を受けるときにもすでに持っているものの採取依頼や素材回収依頼に限定していた。
本来A級のわたし達があまり下の依頼を受けないようにとはグランドマスターとの約束だから、本当に新人であるミアが主として依頼をこなしたことにしている。
わたしが夜の番をしていたことも含めてミアは恐縮していたけれど、主従であると同時にパーティメンバーなのだからと妥協させた。主人としての命令をしたともいえる。
野営にしても、ハンター組合に行くことにしても、ミアは初めは緊張しているようだったけれど、一か月弱続けたからか、わたし達が動じていないのを見てきたからか今では堂々としたものだ。
女二人ということで、ちょっかいをかけてくる人物を返り討ちにする程度には慣れている。
それだけなら何事もなくいけたのだろうけれど、一つ問題があった。
オスエンテという国、割とエルフがいるのだ。それこそ少し大きめな町だと見かけるレベル。
エストークではありえなかったし、中央では移動をしていなかったので気にしていなかった。
エルフは精霊が見えるので、わたし達――というかわたしの異質さに気が付いてしまうのだ。精霊たちはシエルが表にいるときにも遊ぼうと近寄ってくるし、わたしが表の時には甘えてこようとするから、バレるも何もって話だけど。
エルフ族の人が受付をしているところでは、E級のカードを見て目を見開いていた。
年齢の割にランクが高いことではなく、これだけ精霊と親和性がありながらE級程度しかないから。
その時には仕方がないから、わたしのA級のカードを改めて提示した。それから、にっこりと笑えばいろいろと察してくれた。
精霊に関しては見えてる人物であれば言わずもがな、E級とA級のカードを同時に持っているということで、ハンター組合の上層部に影響力があるくらいは想像がついたのだろう。
だからここぞとばかりに、C級以上の塩漬け依頼をできる限りこなしておいた。
これでしばらくグランドマスター――ラーヴェルトさんに文句を言われることはないはずだ。
せっかくなのでオスエンテでよくエルフを見かける理由も聞いてみたところ、どうやらエルフの集落があるのがオスエンテの近くらしい。
近いとはいえ隠されていて簡単にはいけないとのことだ。いわゆる隠れ里というものだろう。
機会があれば行ってみたいかな、というくらい。仮に機会があったとしても、排他的なところがあるらしいので、遠くから眺めて帰るくらいがちょうどいいかもしれない。
さて話は戻って、今日か明日には王都につく予定だ。
入学試験が3日後で、申し込みは通信の魔道具があるハンター組合を通じてやってもらった。
だから余裕はないけれど、十分に間に合うことだろう。
「そろそろ休憩にした方が良いかしら?」
「心遣いありがとうございます。お言葉に甘えさせてください」
最後の街を出てから体感3時間といったところだろうか?
シエルがミアに声をかけて休憩に入る。旅慣れていない魔術師タイプのミアに無理をさせないためなのだが、初めはミアが疲れていることに気が付くことができなかった。
元貴族階級らしく、表情を隠すのがうまかったというのもあるし、わたし達に迷惑をかけたくない一心だったというのもあるらしい。
わたしが気が付けなかったのも悪いのだけれど、変に無理されて体調を崩されても困るので、疲れたら声をかけるようにと注意をしておいた。
以降は限界になる前には教えてくれるようになったし、シエルもわたしも少しずつミアの体力に気を使えるようになってきた。
そういえば集団生活ってこういった気の使い方って大事だよな、というのを思い出す。
シエルが大事というのを大前提に、もう少し優先順位を見直す必要がありそうだ。
『こういった生活も久しぶりだったけれど、それももうすぐ終わるのね』
『名残惜しいですか?』
『どうかしら? どこにいてもエインが一緒にいてくれるなら、それでいいのよ』
『わたしもシエルが行くところなら、どこまでもついていきますよ』
『それは素敵ね。本当に』
感じ入るように、ふわりとシエルが笑う。シエルももう13歳。この世界でいえば、大人まであと2年だ。成人まであと少しということもあって、その表情はどこか大人びている。
とはいえ、前世ではまだ中学生。まだまだ子供だといえる年齢でもある。
でも、中学生でも大人っぽい子はいたよなぁ……とも思う。
シエルの表情にわたしが物思いにふけっていると、シエルがミアに話しかけた。
「ミアはもう慣れたかしら?」
「はい。お嬢様方の配慮もありましたし、十分にハンターとしてやっていけるようになったと思います」
「それならよかったわ」
「ここまでに様々な経験をさせていただきましたから。魔物との戦いをあそこまで安全に行えたのは、ひとえにエインセル様のおかげでしょう」
「そうね、そうよ! エインがいなかったら危ない場面もあったものね!」
わたしの話になったのでシエルのテンションが上がった……というか、ミアが気を使ってわたしを持ち上げたのだけど。自分でいうのもなんだが、シエルの機嫌を取ろうと思えばわたしをほめておけばいい。
あからさまに馬鹿にするように褒めると怒るけれど。
話についてだけれどわたしが結界を張っていたから確かに破格の安全性で以て、魔物との戦いを経験できただろう。
攻撃力だけでみれば、C級の魔物を倒せるくらい。その場合は完全に無謀になるので、壁役がいなければ即座に倒される。
守りに力を注げばC級の魔物から攻撃を受けない。その場合は攻撃をする余裕もないので、魔力切れまで粘られるとそのまま倒される。
わたしの結界のおかげというか、せいというか、目の前まで魔物が迫っても足がすくむことがなく、魔術を発動させることができるので、C級のパーティに入れば有能な存在となるだろう。
何ならB級のパーティにも混ざれるかもしれない。
そんなミアの職業は「上級魔術師」。特化型の魔術師ではないバランス型だけれど、十分に当たり職だ。少なくとも「舞姫」や「歌姫」なんかとは比べ物にならない程度には評価される。
上級魔術師ともなると、詠唱破棄まではいかなくとも、短縮くらいはできる。
さらにミアの場合は独自に魔術を突き詰めた結果、「〇〇よ」で魔術を使える。「炎よ」で炎の矢とか出せる。形状その他はミアのさじ加減。
その分、魔力コントロールなどの難易度が跳ね上がっているらしいのだけれど、特化型とは違い様々な魔術を短時間で使えるのはかなりの強みだ。
飲み水はもちろん、やろうと思えば雨風を防ぐスペースを作ることもできる。快適空間ではないが、野ざらしよりも何倍もマシみたいな感じだろうか。
邸の使用人はこんなにも有能なのか、と思ったけれど、ここまでできるのはミアだけらしい。
ハンターを続ければ、遠からずA級にも達する資質の存在がそう何人もいるものでもないのか。
そう何人も会っている気がするけれど、上流階級はそれだけで上級ハンターになれるだけの素質はあるものだからというのが理由の一つだろう。あとはわたし達も上級ハンターだから。
もしくは下級ハンターについて、わたしがほとんど覚えていないから。
下級ハンターで名前まで覚えているのは、ペルラくらい。彼女は今頃どうしているのだろうか?
益体のないことを考えながらも、普段使っているものとは違う方法でより遠くの様子を探っていると、何かトラブルが起こりそうなことに気が付いた。
この探知魔法は移動中は使えないし、精度が悪いので大まかなことしかわからない。探知出来たところで遠すぎて大抵何かできるわけでもない。だから魔法・魔術の訓練のために使っていた……のだけれど、どうやら今回は訓練で済ませられる事態ではなさそうだ。
『シエル、問題が発生しました』
『問題? 何かしら?』
『小規模な魔物氾濫といったところです。とはいっても、100体程度ですが』
『どこかで聞いたような話ね。聞いた話の方が数が多かったけれど』
シエルの声に深刻さはなく、むしろ冗談めかす余裕もある。
わたし達の身に危険が及ぶことがないことは、シエルもわかっているということだろう。
仮に100体がA級の魔物でもミアを含めて守り切ることはできる自信はあるし、S級でもシエルには傷一つつけさせない。
それから人為的な魔物氾濫であろうことも気が付いていそうだ。
自然発生であれば、こんな小規模で起こるはずもない。それに普通は、自然発生する魔物氾濫が、王都付近で起こるなんてことはないはずだ。
どこかの国では起こったけど。
『それでどうして問題なのかしら?』
『収まるまで待つ時間がありませんし、早期解決できたとしても下手したら道が一時的に封鎖されるかもしれないからですね。王都からそう離れていないところで起こるものですから、規模が小さく王都の守りであれば些細なことであっても、本来ならあり得ないことですからね』
『どうしたら良いかしら?』
『そうですね。スタンピードを無視して通り抜けるか、スタンピードを解決してから通り抜けるかでしょうか?』
ただ通り抜けるだけならできるし、事が大きくなる前に解決すれば問題にならないので穏便に終わる。
しかしおそらく人工的に起こされたスタンピードであるからその原因がいるし、無視して王都に入ってもスタンピードが起こったことが伝わればどうやって抜けてきたのかと最悪疑われる可能性もある。
わたしの言葉を聞いてシエルがミアと相談していた。
「原因となる人物に気づかれずに解決するのがいいと思いますが……」
「やっぱりそれが一番よね。だけれど、それは無理よね?」
「エインセル様もシエルメール様も職業的に目立ってしまいますからね」
「見つかる前提として動くなら、エイルネージュで行くのも、ミアが見られるのも駄目かしら」
『髪と顔を隠してシエルがエインセルとして動きますか?』
わたしがわたしとして解決できればいいのだけれど、対人戦ならともかくスタンピードはどうしようもないのでシエルに動いてもらうしかない。
『ええ、それでいくのよ』
『念のため戦いになる前はわたしが表に出ておきますね』
黒髪を見てもらえば、白髪のエイルネージュが動きやすくなる。
『衣装は着替えなくていいかしら?』
『過剰ですね。あとここで着替えたくはないです』
『残念なのよ』
シエルが言葉通り残念そうな顔をする。その向こうでリシルさんも残念そうな顔をしている。
気持ちはわかるけれど、そもそも駄目なことはシエルならわかっていると思うのだけれど。
『とりあえず、替わってもらっていいですか?』
『ええ。よろしくね』
『はい。任されました』
主導権をもらって髪と瞳の色を変える。それからミアに簡単に説明をして、仮面を身に着けた。