閑話 とある国の話 ※三人称視点
オスエンテ王都は、大陸でもっとも大きな学園を有する学園都市である。
学園は2つあり、1つは自国の貴族を教育するオスエンテ第一学園。
12歳になったオスエンテ貴族の嫡子並びに王位継承権の高い王族の入学が義務付けられている学園であり、嫡子でなくとも上位貴族の子女なども入学が許可されている。
勉強はもとより、他の貴族との顔を繋ぐ場――社交の場としての側面も強い。
貴族としての魔術の強さも求められるため、この学園に通った者達は一定以上の強さも身につけているといえる。
それに対して第二学園は幅広く入学生を受け入れている。
国内であれば貴族はもちろん、有力な商家や能力の高い平民も入学することができる。
お金のない平民の場合、一定以上の成績を収めることで全ての費用を借り受けることもできるため、より有能な人材が集まるようにと考えられている。
また他国からの学生や技術者も受け入れることもあり、第一学園の入学年齢と同じく12歳での入学を推奨しているが、明確な制限は存在していない。
中には他国の上位貴族が含まれることもあり、学園内外での安全に力を入れている。
そのため学園がある地区に関しては、中央の都市並に治安が良い。
第二学園内では身分に関係なく生活するように決められているが、これはかつて他国の上位貴族に対して、オスエンテの下位貴族の子女が無礼を働いたために生まれたのだと言われている。
この件に限らず、身分にとらわれずに学生を集めるため、様々なトラブルがあり、こうした決まりが設けられた。
しかしながら、第二学園内で全く身分が関係ないかと言われるとそうではない。
貴族と平民とで友人になる例も少なくはないが、卒業後はそれぞれの立場があり、度が過ぎた不敬を働けば卒業後に報復をされることもある。
第二学園では基礎科目を除くと、自分が学びたい事柄を選んで学ぶことになる。
基礎科目には歴史もあるが一般常識程度しか要求されない。
基礎科目以外では、政治学や経済学、魔術学、騎士学、魔物学、魔道具学など多岐に渡り、クラスは存在するものの基礎科目をともに受ける仲間程度の繋がりにしかならない。
そんなオスエンテ国の王族は現在、国王と王妃、それから側室。王子が4人に王女が2人。国王には兄弟がいるが、すでに継承権を手放し公爵となったり、嫁いだりしている。
王太子である第一王子はすでに20歳を越え、第二王子・第三王子もその立場に不満はなく、第一王子を支えていくことに好意的であり、次代も余程のことがなければ安泰だと言われていた。
実際王城が揺れたのは、第四王子が側室の身に宿っていたとき。
国が有する職業「先詠み」が「第四王子の魔術の才は世界でも有数のものであり、城が割れるかもしれない」と予言した。
国王になるために、過度な戦闘力は必要ないが、魔力量や魔術の技量は必要となる。というのも、魔術の発動を阻害する魔道具を発動させる必要があるからだ。
正確には魔術を阻害する結界内で、魔術を行使出来るようにするために魔力量と技量が必要になる。
それはエインセルが行うような力業ではなく、ちゃんと設定された正攻法。それでも魔術に長けていなければならない。
魔術の技量だけで王が決まるわけではないが、魔術に長けている方が王の身が安全なのだ。
豊富な魔力量こそが貴族の証と言う風潮もある。
そうした状況下での先詠みの予言。
事実であれば、第四王子こそ王太子足るべきだと声高に訴えるものが出てくることだろう。
そのまま後継者争いになるのは目に見えている。
我が子が優秀であることは喜ばしいが、そう思うだけではいられない王は先詠みの予言に複雑な思いを抱いていた。
そうして生まれた第四王子は先詠みの予言通りに世界有数の「魔術の才」を持っていると思われた。
実際、第四王子は幼くして魔術を扱えるようになり、様々な人物から期待されるようになった。
特に期待をしたのは第四王子の噂を聞きつけて、教育係を買って出た伯爵家。彼の熱心な教育によって、第四王子はますます力をつけていくことになる。
それこそ、次期国王にふさわしいのではないかといわれかねないほどの才能を見せた。
しかし10歳になる頃、第四王子は現実を見ることになる。
貴族としては平凡な「魔力量」と「魔力操作」しか彼は持ち合わせていなかった。
魔術の基本は魔力の循環である。第四王子は優秀な「回路」を持ち、循環に関してはそれこそ国一番といえるだけの才能を持っていた。だからこそ、もてはやされ育てられてきた。
魔力量は徐々に増えていき10代半ばほどで頭打ちとなるため、それまではあまり問題とされてこなかったのである。その後増えるとしたら、それこそ人生を変えるような大きな出来事が起こったときなどしかない。
実際には魔力の上昇量を調べることで、早い段階から魔力量の上限を知ることができる。
だからこそ、国王は第四王子に熱心な教育をすることを許可したのだ。
魔力量が足りないこの子が、国王になることはないと分かっていたから。
それに政治的思惑はあれど、そうすることで我が子の将来の選択肢を増やせると考えていた。魔力量が少ないといっても、それは「国王になるためには」という条件が付けばの話で貴族としては十分な量があるのだ。
本人もそのことを理解したのか、10歳になり職業――王族――を得たころから、ハンターに興味を持つようになった。
王族がハンターに……ということは、推奨されることはないが、過去になかったわけではない。
城から距離を置くことで王位には興味がないのだと示すことができ、王族としての魔術の腕があれば上位のハンターになることも難しくない。
上級ハンターが身内にいるというのは、国としても悪い話ではなく、騎士団が動けないような場合にもハンターとして動いてもらうことができるメリットがある。
もちろんデメリットもあるわけだが、現状だと徒に城内をかき乱すよりはハンターとなってくれた方が助かるというのが国王の考えだったし、立場上あまり子と接することのできない父親としても王子自ら先を決めたことを寂しくも嬉しく思っていた。
このころになると先詠みの予言は杞憂だったのだと、記憶の端に追いやられることとなった。
噂が流れてきたのは、第四王子が第一学園に入学してからしばらくしてから――当初は第二学園に通わせる予定だったのだが、兄王子達が通った学園に通いたいという申し出があり、第一学園に通っていた。
中央の主であるフィイヤナミアが養子をとったのだと伝えられた。
どのような意図があってそうしたのか、また養子となった人物が如何なる人物なのか、国としては無視することはできない。
どうしたものかと国王が頭を悩ませている中、第四王子の教育係だった貴族から「第四王子にハンターとして行ってもらうのはどうか」と提案があった。
実際には第四王子には他国――正確には国ではないが――に行く経験を積ませ、一緒にハンターとして潜入させる者たちに情報を集めてきてもらうというものだ。
国王には多少の不安もあったが、中央はハンター組合の本部がある場所で、第四王子にもいい経験になるだろうと最終的には首肯した。
よほどの失敗をしなければ、成果無しでも構わない。
そう安易に考えていたのがいけなかったのだろうか――国王は中央から届けられたハンター組合グランドマスターの親書を見てため息をつく。
中央に行った第四王子は不運なことに、魔物に捕らえられてしまった。
本来なら低級ハンターでも十分に活動できるはずの巣窟の浅層で、Aランク越えと思われる魔物と遭遇してしまったのだ。
突然の上級魔物との遭遇はハンターとしてやっていく上では稀にある事態ではあるものの、護衛もつけていたのにと報告を受けた国王は頭を抱えた。
スピード解決がなされたために、数日たたないうちに王子が無事に保護されたことを伝えられたが、知らせが届くまでの間、国王や王妃たちは顔に出さないようにしつつもその身を案じ続けていた。
無事を聞いた国王は、王子が回復したらすぐに連れ戻すようにと命令を下し、少し不満そうな我が子を自分の目で確かめてようやく安心することができた。
第四王子に中央であったことの報告を申し付けると、王子は嬉々として自分を助けた黒い髪の少女の話を始めた。
魔物に襲われた人々を瞬く間に癒した、美しい歌声の少女。
まるで売り込みをかけるかのように王子にその少女の話を聞いた国王は、ふとある職業の存在を思い出した。そして生まれたのは、差別意識ではなく戸惑い。
不遇職の代名詞であるためか、はたまた姫職が珍しいためか、長らく表舞台には現れなかった職業。
不遇といわれていたはずなのに王子から聞いた限りでは、下手な神官職よりも高度な癒しを行っている。それがつまりどういうことなのか……。
重要な事実であるようには思われたが、この場には関係なく、自分にできることがあるわけでもないと悟った国王はすぐに考えを頭の隅に押しやった。
「ともかく、此度の調査ご苦労であった。しばらくは身体を癒すと良い」
国王としてはあるものの、父親としても本心で第四王子に声をかける国王。
第四王子はそんな父であり王の対応に内心思うところがありながらも、素直に下がっていった。
その後、国王は王子とともに中央に行った者からの報告を受け、フィイヤナミアの義娘――シエルメールの名前を聞く。
儚げで可憐な人形のような第四王子と同じかそれよりも下の年齢の少女ではあること。しかし見た目通りの人物ではないことが、フィイヤナミアの邸の襲撃についての話とともに明らかとなる。
そうして国王はシエルメールを、フィイヤナミアと同様に手を出してはならない相手なのだと理解した。
争いになれば負けずとも被害が甚大になることは想像に難くなく、少女一人を相手にそれだけの被害を出せば実質オスエンテの敗北である。それにその後ろには、さらに強い力を持つであろうフィイヤナミアがいることも考えれば、手を出さないことは何も難しい決断ではなかったのかもしれない。
ともかくひと段落したと安心したところに、送られてきたのが国王にため息をつかせる親書だ。
内容をかみ砕くと『そちらの第四王子が彼を助けたうちのA級ハンターを学園に招きたいとあるが、どういう意味だろうか?』というもの。
その裏には『助けた恩に対して、妾にしたいとはどういうことだ?』といった意味がある。
先のシエルメールについての報告もあり、中央との関係が悪化することを避けたい国王は『言葉通りであり他意はない』といった内容をしたためてすぐに送り返した。
その後、教育係とともに呼び出した第四王子に真意を問えば「ハンターなど平民なのだから、王族である自分との結婚ができるのであれば喜ぶはずだ」と返ってきた。
王子の返答に国王は頭を抱え、ちょうど休みとなっている学園が始まるまで――春になるまで謹慎して、再教育をすることを命じて部屋に戻した。
それから残った教育係に今回の責任として、教育係を解任し、罰金と子爵への降格を言い渡した。
そもそもの思惑として、国王はこの教育係を疑っていた。
王位継承権が下位であろうと、放棄していようと、王族の血が混ざっていれば担ぎ出そうとする輩は現れる。
それを炙り出すために、あえて教育係になることを認めたのだ。熱心な教育で王子が優秀な臣下となるのであればよし、よからぬことを吹き込み王子が何かやらかしてしまった時には教育係の責任として罰して首輪をつける。
今回は教育のツケが悪いタイミングで顔を出してしまった形だ。
第四王子がハンターに興味を持ったために、国内を脅かすことはないだろうと油断していた国王の落ち度であり、そうなるように王子を唆していた教育係の思惑通りではあった。
巣窟で魔物に捕らえられてしまったこと、魔物から王子を助けられるだけの実力を持ち合わせた少女がいてしまったこと、そして王子がその少女に何かを感じ取ってしまったこと。いくつかの偶然が重なり、国王にとっても、教育係にとっても予想外のところにたどり着いてしまった。
また王子を助けた黒髪の少女と、フィイヤナミアの義娘である白髪の少女の関係を国王が気が付くこともなかった。
12月、1月と忙しくなりそうですので、更新が遅くなりそうですご了承ください。





