閑話 シエルと雪 後編 ※シエル視点
雪での遊び方を教えてくれると言われたので、わくわくしていたのだけれど、どういうわけかエインが困ったように『うーん……』とうなり始めた。
『どうしたのかしら?』
『いえ、思った以上にすぐにできそうな遊びが思いつかないんですよね』
『準備が必要なのね?』
『はい。わたしが知っているものだと、細長い板を両足に取り付けて坂道を滑って下るスキーとか、それよりも大きな板を使ったスノーボードとか、そういったものでしょうか。
問題はわたしもそれらの道具の作り方を知らないことです。わたしも数えるほどしかやったことないので、できるかも怪しいですが』
『そのすきーやすのーぼーどは、どんな感じになるのかしら?』
『結構な速さが出ますから、空を駆けている時や氷の上を滑っている時に近いかもしれませんね』
なるほど。それは確かに楽しそうだ。
氷の上や空であれば自在に動けるけれど、坂の上から下という方向性がある分、難しさもあるかもしれない。
だからこそ、上手にできたら嬉しいとか、そういった感じなのだと思う。
やってみたいとは思うけれど、エインの話を聞く限りできそうにはないので我慢する。
氷の上をすべるように、雪の坂を舞姫で滑ってみてもいいかもしれない。
それは後でやってみよう。
エインが別の遊びも思いついているようだから。
『他にも何か思い浮かんでいるのよね?』
『そうですね。簡単というか、わたしの周りだと雪で遊ぶといえばこれかこれ、みたいなものがあります。改めて言うのはなんだか、気恥ずかしい感じがするんですが……』
エインは一度言い淀んだけれど、仕切り直したように話し始める。
『雪を使って形を作るものですね。少し体を貸してもらっていいですか?』
『ええ、もちろん』
エインに主導権を渡すと、その場にしゃがんで両手で雪の形を長球状に整える。
あまり力は入れていないので、さっき私がやったみたいにカチコチにはならずに、ふわふわが残ったまま形が残った。
太ったパンのような、何かのお菓子のような形のそれを置いて、エインがきょろきょろと周りを見回す。
何かを見つけたように視線を止めると、細長い2枚の葉と赤くて小さい2つの実をちぎってきた。
少し高い位置にあったそれを背伸びをして取ろうとするエインが、なんだか可愛らしく、自分の身体で視点だってエインが見ているものしかわからないのにほっこりしてしまった。
目的を達したエインは、取った葉と実を先ほど作っておいた長球に付ける。
2枚の葉は上側に、赤い実は前方に。
出来上がったそれは、簡単ではあるけどウサギに見える。角はないけど。
今までウサギといえば、毛皮とかお肉とか素材としてしか見ていなかったけれど、こうやって改めて見てみると可愛らしさがある。
なんというか、精霊のようだ。
『これはウサギで良いのかしら?』
『えーっと、雪ウサギですね』
『そのままね。でも可愛いわ』
『こうやって形を作って遊ぶのが、雪の遊び方の1つといっていいと思います。
ほかにもそうですね……』
出来上がった雪ウサギを端の方に寄せたエインは、今度はぎゅっと雪を握って球を作り始めた。
両手で作れるほどの球を作ると、地面において転がし始める。
ころころと転がった雪玉は、一回り大きくなる。
それをまたエインが転がす。きれいな球状になるように少し向きを変えて。
なるほど、確かに雪の上で雪を転がすと接したところがくっついて、大きくなるのはわかる。
だけれど転がすほどに大きくなっていく様を見るのはなんだかとても興味深くて、どこまで大きくなるのか、大きくすることができるのか気になる。
『やってみますか?』
気になっていることに気が付かれたのか、エインにそういわれたので替わってもらう。
コロコロ、コロコロ、転がして、私の身長の半分の高さになったところでエインに止められた。
結構な大きさになったと思うのだけれど、広場に積もった雪の一部しか使っていない。広場はまだ白に染まったままだ。
『どうしてやめるのかしら?』
『そのまま大きくしていってもいいんですが、同じものを……これよりも少し小さく作ってくれませんか?』
『同じのを作ればいいのね?』
頼まれたので今度は一から私が作る。
雪玉を作って地面で転がして、大きくしていく。
そうしていると、精霊たちが集まってきて私の隣で楽しそうに転がす真似をする。
私と大きさを比べて、大きくなってきたことを喜ぶ。
小さな精霊たちよりも雪玉の方が大きくなったのを見て、全身を使ってはしゃいでいる。
それを見るのが楽しくて、調子に乗ってさっきのものよりも少し大きくなってしまった。
『えっと、エイン。大きくなってしまったのよ』
『それくらいで大丈夫ですよ。こちらが大きくて問題になるものでもありませんから。
最初に作った小さい方を今できた大きい方の上に乗せてみてください』
エインの指示に従って、雪玉を乗せる。
なかなかの重量があったけれど、どうやら精霊たちが手伝ってくれたらしく簡単に乗せることができた。
手伝ってくれなくても、身体強化を使えば大丈夫だったけれど、精霊と一緒にできたというのがなんだか嬉しい。
さて、少しだけ大きさの違う雪の球体が縦に2つ並んでいる。
雪ウサギのように何かを模しているのだと思うけれど、これだけでは何かわからない。
『これは何かしら? 何かしら?』
『雪だるま……人を模したもの、でしょうか?』
『これが人なのね?』
上の部分が顔で、下の部分が胴体。雪ウサギのように顔を付けてみたら、そう見えるかもしれない。
それでも、私にはちょっと人には見えなさそうだ。
教えてくれたエインですら、自信がなさそうなのでこれはこういうものだと割り切った方が良いのかもしれない。
試しにさっきエインがしたように、顔を付けてみると案外愛嬌があるかもしれない。
『そうやって顔を付けて、枝で手を付けて……とやっていけば人に近づいていくとは思いますが……。
わたしとしては、雪だるまはこういうものって感じでしたから、改めて見てみると人っぽくはないかもしれないですね』
『良いのよ、なんだか可愛いもの。それに本当に人のような形にするのは難しそうだものね』
『作れる人は作れるようですが、わたしはこれが限界です』
エインも何でもできるわけではないということだ。
むしろ最近はちょっと抜けているところが増えていて、それはそれで微笑ましい。
この雪だるまだけれど、もっと小さくすればだれにでも作れるだろう。
エインが最初に言いづらそうにしていたのも、こんなに簡単にできてしまうからかもしれない。
確かに改まって話すような遊びではなかったかもしれない。
『でも遊びとしては十分じゃないかしら? 難しくても遊びにはならなさそうだもの』
『そうですね。わたしも雪だるまを作ったのは、幼い頃でしたから。今のシエルと同じか、もっと若かったときでしょうか?』
『エインにも幼い時があったのね』
『間違いなく人ですからね。シエルと比べると一回りも二回りも子供っぽかったですよ』
『ふふふ、想像できないわ』
エインの以前の姿を知らないから、当たり前。
それでも、なんとなくエインは大人なのだというイメージがある。
大人というか、私よりも年上という感じだろうか?
だから、私よりも幼いエインというのは、とても気になる。
それはそれは、可愛いことだろう。
『他に雪を使った遊びはないのかしら?』
『一人では無理ですが、雪合戦はやっていましたね。
雪玉を作って投げ合って遊びます。当たったら負けで良いとは思いますが、思い返せばルールは適当でしたね』
『なかなかに大雑把なのね』
『子供の遊びですから、そんなものなのでしょう。楽しむことが第一です。
あの頃は、体を動かしているだけでも、楽しかったように思います』
『楽しむのが第一というのは同意ね。やってみたいけれど、さすがに私一人では無理ね』
『精霊達に聞いてみますか? もしかしたら遊んでくれるかもしれませんよ?』
『聞いてもいいけれど、手加減してもらうようにしないとね』
小さな精霊でも本気を出されると、私では相手になりそうにない。
それでもせっかく教えてもらったので、声をかけてみると四方から雪玉が飛んできた。
エインの結界ですべてはじいて、待つように伝える。
リエスシル――リシルにとりなしてもらって、人目につかないところに場所を移して、改めて雪合戦というのを始めることにした。
◇
ものすごい速さで白の坂道を下っていく。
これがスキーというものかなと思ったけれど、どうやらエインの反応的には違うらしい。
エインがやった時には、ここまでの速さはなかったとのことだ。
私もやりすぎている気はしている。でも、精霊たちが楽しそうに追いかけてくるので、ついつい速度を出してしまう。
ここは雪に覆われた山の中。
人目につかないようにということで、今の時期にはまず人が来ないであろう雪山までやってきて、最初は雪合戦をしていた。
そこにはルールはなくて、二手に分かれて雪玉を投げ合うだけだったけれど、私が手で1つ1つ雪玉を作るのに精霊は一瞬で雪玉にして飛ばしてきた。
途中からは互いに雪玉で雪玉を打ち落とすようなゲームになり、私の体力がなくなってきたところで雪合戦の終わりを告げる。
やっぱりこの雪合戦もエインが知っているものとは違うところがあったらしい。
でも『楽しかったのであれば、良いでしょう』と言っていた。
少し休んで今度はスキーのように坂道を下ってみようとエインに提案して、舞姫の力を使って坂をすべるように下っている。
坂道であるせいか、地面が雪で覆われているせいか、どんどん速度が上がっていって、今では精霊たちが楽しそうに追いかけてくるほどになった。
速ければ精霊たちが追いかけてくるわけではないのだろうけれど、楽しいからか遅れずについてくる。
精霊たちとは話せないし、触れ合うこともできないけれど、今日一日でたくさん遊ぶことができた。
これほどまでに精霊たちと時間を過ごすというのは初めてではないだろうか?
『楽しかったわ!』
『それならよかったです』
ふもとまで下り終えてエインに感想を伝える。
流れるように景色が変わっていくのは、スケート? だからこそ。
氷の上や空の上とはまた違った速さがあった。
精霊たちも満足してくれたのか、楽しそうに私の周りをまわっている。
だけれど日は傾き始めていて、そろそろ邸に帰らなければいけない。
「また遊びましょう!」
精霊たちに伝えて、邸へ戻る。
精霊たちと遊べたのは、とても楽しかった。
エインと一緒にいられた時ほどではないけれど、それでも話せずとも、触れ合えずともこんなに遊べるとは思っていなかった。
遊んでいる時には、あまり考えていなかったけれど。