閑話 シエルと雪 前編 ※シエル視点
エインと中央に来たときには葉の色が色づき始めていた頃だったのに、最近ではすっかり葉っぱが落ちてしまった。
全ての木から、全ての葉がなくなってしまったわけではないのだけれど、なんだか寂しく感じてしまう。
ちょうど季節が一巡する前は、そんな風には思わなかった。
エストークで依頼をこなし続けていたので、周りに目を向けている余裕がなかったうえに、私にしてみればまだまだ世界は目新しいところばかりだったから。寒くなると木から葉が落ちること自体に感動していたし、不思議に思っていたから。
結局なぜ寒くなると葉が落ちるのかは、エインに聞いてもわからなかったのを覚えている。
エストークを出て、中央にやってきて、エインはいろいろあったと言う。確かにいろいろはあったけれど、私にしてみればエストークを出る前もいろいろあった。
だけれど人との接触は少なくて、季節が2巡以上するまでの間に数えるほどしか人とのトラブルは無かった。
だから私がいっているものは、初めて見た空の青さ、森の匂い、海の音、きらめく星空。それはすなわち、エインと一緒に見た風景、聞いた音、感じた風。
どれもこれもが私には大きな出来事。
一番大きな出来事は、エインと一緒に過ごすことができた1日ね。
あの日と同じくらい大きな出来事は、エインが私の元に来てくれたときとか――私は覚えていないけれど――、エインと初めて話せたときくらいかしら?
その中でも、やっぱりあの日は特別。
ともかく今は冬。吐く息が白くなり、町の活気が少しずつなくなっていく。
「エインのいた世界も冬はこんな風だったのかしら?」
フィイの邸の一室。私達に割り振られた部屋で、エインに問いかける。
外ではなかなか難しいけれど、邸の中ならエインに普通に話しかけることができるので、フィイには感謝している。あと使用人にも。
『私の住んでいた国だと、むしろ騒がしくなるかもしれませんね』
「そうなのね?」
『各家庭、暖房器具がそれなりにありましたし、食べるのに困るということもありませんでしたから。
冬だからといって、仕事がなくなるわけでもありませんでしたけれど』
「想像が難しいわ」
『生活様式がこちら……少なくともハンターとは大違いですからね。魔物という脅威が無く、働いていたら食うに困ることもなく、ある意味で余裕があったからこそ、冬でもイベントを行っていたんだと思います』
「楽しそうな世界なのね?」
『あちらにはあちらの大変さがありましたから、どちらが楽しいか、どちらが良い世界なのかはわかりません』
話を聞く限りはエインがいた世界の方が良さそうだと感じる。しかし、そう感じるのは良い面ばかりに目がいっているからだ、とエインがいっていた。
エインはあくまで私の質問や言葉に応えているだけで、前にいた世界のことを全て話しているわけではないのだと。
「難しいのね?」
『そうですね。結局、個人の問題になりそうですから。
前世の記憶を持ったまま、一般的な能力で、一般家庭に生まれていたら、どう感じていたのかわかりません。
少なくともわたしの能力は、この世界の一般とはかけ離れているみたいですからね』
エインが苦笑するので、「そうかもしれないわね」と同意しておく。
他の人と私達がズレていることは、さすがに私も自覚はしているから。私の年齢でA級ハンターというのは、他に考えられないと言うことではあるし。
そういえば以前、15歳でD級に上がって喜んでいた人がいたような気がする。
それでも本来は早いくらいらしい。私としては、ハンターのランクよりも如何にエインと一緒にいられるのかを考える方が何倍も有意義だから、早いからと言ってどうだと思うこともない。
私達の場合、ハンターのランクを上げるのはエストークから穏便に逃げ出すためだったし、私はともかくエインの魔術――魔法は私を守るために身につけたもので、それがなければ私達は今生きてはいなかったかもしれない。
15歳までは神様が守ってくれるという話だったので、死ぬことはなかったのかもしれないけれど、それを知ったのは中央に来てから。
それまで私達が死に瀕するような事態に遭わなかったのは、エインのおかげだと思う。
私はエインがいたから今を幸せだといえるけれど、いなかったら私は何も考えない人形のようになっていたと思う。そもそも、今の年齢に達する前に死んでいたに違いない。
今の私は幸せだけれど、そうは見えない人もいる。同じ状況でそうだと思わない人もいる。
世界がどうだという話は大きいけれど、たぶんそういうところなのだと思う。
『さて今日はどうしましょうか?』
「ギルドの仕事をする必要はないのよね?」
『無いですね。むしろしばらくは働かなくて良いとまで言われていますから』
「トゥルのところに遊びに行くついでにちょっと狩って帰っているだけなのだけれどね」
しかも持って行くのは50階層程度の魔物だけ。
60や70階層の魔物は、ほとんど持って行っていない。
直接ラーヴェルトに持って行った時だけだろうか?
ラーヴェルトは驚いていなかったけれど、頻繁に持ってこられても困るというので魔法袋に眠っている。
それはそれとして、何をしようかと考えていると、ルナが「シエルメール様、よろしいでしょうか?」と尋ねてきた。
「なに?」
「今日はお外に出られるのは控えておいた方がよいかと思います」
「どうして?」
「本日は雪が積もっていますので」
「雪が?」
「はい。ですので、数日は邸の外に出ないほうがよろしいかと」
「そうなのね、そうなのね!」
雪が積もっているらしい。
以前エインがそんなことをいっていた事を思い出す。
それならば、一度見てみたい。外に出て、どうなっているのか確認したい。
「エイン、エイン!」
『わかりましたから、一度代わってもらって良いですか?』
「ええ、わかったわ!」
どうやらエインも外に行くことは賛成してくれるらしい。
頼まれたので入れ替わる。目の端に映る髪の色が黒に変わる。
瞳の色も変わっているはずだけれど、見え方が変わったように見えないのはどうしてかしら?
「あの、エインセル様……」
「シエルのことは大丈夫ですから、外に行ってきて良いですか?」
「それを決めるのはお嬢様方ですので、構いませんが……」
「心配かけるかもしれませんが、シエルの安全はわたしが守ります」
「わかりました。ですが、いつ吹雪くとも限りませんので、何かあればすぐに戻ってくるようにお願いいたします」
「はい」
なにやらルナとエインの中で話がまとまったらしく、身体を動かせるようになった。エインも気にせずにしばらく使っていたらいいのに。
「行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」
ルナ達に見送られて、部屋を後にする。
外へと向かう道を歩きながら、エインに外を見ないように言われた。
そういえば、部屋でも窓から外を見れば雪が積もっている様子を見られたように思う。
エインもそれを知っているので、驚かせてくれようとしているのかもしれない。
「あらあら、シエル。外に行くのね?」
外へ向かう途中、フィイに声をかけられたので足を止める。
声をかけられた方を見てみると、フィイがこちらに微笑みを向けていた。
「そうよ、そうなのよ! 今日は雪が積もっているのでしょう?」
「ええそうね。危険はないと思うけれど、気をつけるのよ?」
「わかったわ! 行ってくるわね」
「行ってらっしゃい。帰ってきたら、庭も見てみると良いわ」
確かに庭にも雪は積もっているのだろう。たぶん。
とりあえず今は外に出ること。
手を振るフィイと別れて、外へと向かう。
大きい邸にあった、大きめの扉を開けようと手をかけて、引っ張る。
寒いくらいの風が吹き込んできた後で、私の目に飛び込んできたのは一面の白の世界。
白い何かが町を覆っている。
光を反射してきらきら光っている。
『エイン、白いわ! 白いのよ! これが全て雪なのかしら?』
『雪ですね。思っていた以上に降ったみたいです』
『この上を歩いて良いのかしら?』
『歩く分には良いと思いますが、足が埋まると思いますので歩きにくいと思いますよ』
エインに言われて、足を踏み出してみる。
すると言われたように、足が埋まった。雪が冷たいことくらいは知っていたけれど、埋まった足が急に冷えていくのには驚いた。
すぐにそう感じなくなったのは、エインが何かをしてくれたからだろう。
大丈夫かしらと、手を入れてみるとなんだかふわふわとしている。
確かに降ってくる雪はふわふわと降ってきている事もあったけれど、そのとき感じていた時とはなんだか違う感じ。
ふわふわなんだけれど、力を入れると固まる。固まるともうふわふわにはならない。
『雪って集まるとこんな風になるのね。確かにこの中を動き回るのは大変なのよ』
『ですから、必要なところは踏み固めるとか、横に避けるとかして動けるようにしていると思います。
町の方まで行ってみますか?』
『ええ、行ってみようかしら』
『滑りやすくなっていますから、気をつけてくださいね』
『ええ、わかったわ』
なるほど、固めた雪が何かに似ていると思ったのだけれど、氷に似ているのか。
だから滑るのかもしれない。
◇
町はエインが言っていたように、雪を端に寄せた上に道を踏み固めていたので、少しは歩きやすくなっていた。
足が埋まってしまう中を歩くのも楽しかったけれど、面倒といえば面倒だったので、移動するうえではとても助かる。
人はまばらで、いつもの活気はまるでない。
屋根の上の雪をおろしていて、働きに行く様子はない。
『どうして雪をおろすのかしら?』
『詳しくは知りませんが、雪の重みでつぶれてしまうかもしれないから、らしいです』
雪の重さはわからない――触ってみた感じだととても軽くはあった――けれど、こんな風に集めるととても重いのか。
エインとおしゃべりをしながら、適当に歩いていたら屋台が立ち並んでいた広場に出た。
だけれど、今までは騒がしいほどだったここも、今日は屋台が1つも出ていない。
今までよりも広く感じるここは、それだけでなんだか特別に思えるし、なんだか寂しくもある。
『せっかくですから、雪を使った遊びでもしてみますか?』
『せっかくだものね。エイン、教えてくれるかしら?』
『はい。もちろんです』
なんとなくあった寂しさはなくなり、エインが何を教えてくれるのか、楽しみでわくわくするほどだった。
全然見直せていないので、後ほど見直す予定です。