閑話 屋台と雪と服 後編
「いらっしゃいませ!」
シュシーさんのお店にはいると、元気よくシュシーさんが迎えてくれた。
シュシーさんの他に2人ほど見知らぬ女の人がいる。
魔力がそこそこ大きい人と、胸当てなどの防具をした人。
このお店にいるということは、上級ハンターなのだろう。
シエルが入ってきたときに、何かもの言いたげに見ていたけれど、何か考えるような仕草を見せてあわてたように頭を下げて目をそらした。
小娘が入ってくるような店ではないと思ったけれど、フィイ母様の子であることに気がついてあわてて取り繕ったといった感じだろうか?
理由は何であれ、絡んでこなければ別に構わない。
わたしはもとより、シエルは全く気にしていないし。
「シュシー、頼みがある」
「わかりました。奥でお聞きしますね」
何で敬語なのかと思ったけれど、お客さんがいるからか。
店の奥に入ろうとしたシュシーさんが「お姉ちゃん、店番してもらって良い?」と声をかける。
奥から姿を見せたユンミカさんは少し不機嫌そうな顔をしていたけれど、シエルの存在に気がつくと「今いる人が出て行ったら、閉めて良いのよね?」とシュシーさんに確認する。
「うん、おねがーい」
「語尾をのばさない。まったく……。
あわただしくて申し訳ありませんが、ゆっくりしていってください」
ユンミカさんがシエルに頭を下げる。
やっぱり人の目があるからだろう。
ユンミカさんと入れ替わるように奥の部屋に入り、扉が閉まったところでシュシーさんが「シエルメール様、今日はどうしたの?」と問いかける。
「服をたくさん作ってほしい」
「どんな服かな?」
『エイン、頼んで良いかしら?』
『シエルに伝えていませんでしたね。わかりました』
どんな服が必要なのか、わたしは考えていたけれど、シエルには伝えていなかった。
シエル越しに伝えるのも時間がかかりそうなので、シエルの言葉通りわたしが表にでる。
うん「出なくても良い」とはいったいなんだったのだろうか。
シエルと入れ替わって、装飾品をわたしのものに変える。
手間のように見えるかもしれないけれど、やっている方としては何の違和感もない。
やって当たり前というか、やらずにはいられないというか。
いつか誰かに「手間ではないのか」と、指摘されても笑ってごまかすと思う。
「えっと、エインセル様……が説明してくれるのかな?」
確かめるように言ったシュシーさんは多分わたしの名前をしっかり覚えていなかったのだろう。
わたしの名前はほとんど出ないだろうし、そのことがシエルにばれるとシエルが怒りそうなので指摘しないでおいてあげよう。
「はい。オスエンテの学園に行こうと思っていますので、そのためにという感じです」
「学園に?」
「いろいろあるんですよ。お忍びでいきますから、それ用の服も欲しいんです」
「詳しくは聞かないけど、うん、わかったよ」
聞きたそうな顔をしているけれど、話したところで面白いことはない。
一応フィイ母様からの頼み――というか最高神様からの頼み――はあるけれど、基本は勉強しに行くのだから。
「具体的には駆け出しのハンターが着ていても問題なさそうな装備、A級ハンターが着ていてもおかしくない装備、貴族令嬢がお忍びで着るような服、貴族令嬢がパーティで着るようなドレス、普通の平民の子が着ているような服、最後にフィイヤナミアの義娘として恥ずかしくないような衣装ですね」
「ちょっと待って、待って!」
シュシーさんが慌ててメモを取り始めるので、書き終わるのを待つ。
口頭で伝えるには長すぎるけれど、これくらいは持っていて損はないはずだ。
わたし達の魔法袋は、わたしがいじったせいでかなり容量が増えているから、荷物にもならない。
いっそ衣装用の魔法袋があればいいのだけれど、それなりの大きさの魔法袋はなかなか出回らないので保留にしている。
わたしが作れるようになればいいのだけれど、どうにも魔道具を作る才能がないらしく、今まで一度も成功したことはない。
技術がどうこうというのもあるだろうけれど、根本的にやり方が違うような気がする。
だから学びに行くのだけれど。
「えっと、最後の以外は作れなくもないかな。でも、貴族が着るような衣装となると、どうしても材料が難しくなるかも」
「最後はダメですか」
「このお店の傾向とだいぶ変わっちゃうからね。貴族用のドレスを冬の手慰みに作るくらいがギリギリかな」
「わかりました。材料ってどういうのがあるんですか?」
何かいいものが魔法袋の中に眠っているかもしれない。
そう思って尋ねてみたのだけれど、シュシーさんは「蜘蛛絹が無難かなー」なんて答えた。
それはいけない。無難かもしれないけれど、その材料は許されない。
ほかの人が着るならいいけれど、シエル――同様にわたし――はそれを着ることはできない。
いやなことを思い出す。
「それは駄目です」
「蜘蛛絹が?」
「はい。蜘蛛の糸を使ったものですよね?」
「そうだね。でも、蜘蛛の糸ってその細さのわりに結構……」
「強度があるのは知っていますし、布に仕立てれば上質なものになるであろうことも予想はできます。
ですが、蜘蛛は駄目です」
「えっと、どうしてかな?」
わたしが全力で拒否したせいか、シュシーさんが困惑している。
「目が覚めたら全身に蜘蛛が這っていた時の話しますか? 割と細かく説明できる自信がありますよ」
「う、うん。蜘蛛絹はやめよう。うんうん」
説得の結果、シュシーさんがあきらめてくれたので、材料の話に戻る。
とはいえ、貴族令嬢が着るようなものの素材となると、手に入るかどうかが怪しくなるのだという。
何かいいものはないかと、考えるシュシーさんを前にシエルが『巣窟で狩ってきた魔物でいいのではないかしら?』と天啓を下した。
確かにギルドに提出していない――大体50階層より深いところの――魔物の中には、生地にできそうなものも少なくない。
70階層台で出てきた巨大な芋虫が吐いてきた糸とか。この芋虫の成虫っぽいのが、80階層台で出てきたけれど、とてもきれいな蝶だった。
シエルよりも大きくて、結界的なのに守られていてシエルの攻撃がまるで通らなかった。
ともかくこの芋虫とか、厳つい顔の羊みたいなのとか、羽毛に包まれたドラゴンとか、このあたりなら質的に十分なものになるのではないだろうか?
そう思ってシエルに一言断ってから、魔法袋から糸と毛と羽を取り出す。
「これは?」
「巣窟で狩ってきた魔物の一部です。これなら良い布になるんじゃないかなと思うんです」
「えっと、ちょっと触ってみていいかな?」
「良いですよ」
そういって糸を渡す。
芋虫が吐いた直後はねばねばしていた糸だけれど、芋虫が死んだあとは髪の毛ほどの細さの糸になった。
引っ張ってみたり、火であぶってみたりしたけれど、びくともしなかったので強度は十分だと思う。
手に取ってじっと見ていたシュシーさんは、ゆるゆると左右に首を振る。
「これはちょっと高価すぎるかな。王族の衣装に使っても十分な素材だと思うよ」
「んー、確かにそうかもしれませんね」
うん。考えてみればA級上位からS級と思しき魔物だ。B級の魔物を倒して持っていくだけでも目立つのだから、C~B級の魔物に抑えておくべきだろう。
そういうわけで、新しく素材を取り出す。アンゴラウサギみたいなのとか、奇妙なスライムが吐いてきた糸とか。
「それなら、これくらいの方が良いですかね」
「うん。これならエインセル様が望むくらいのが作れそうだよ」
「それじゃあ、これでお願いしてもいいですか? ほかにも何かあれば出していきますけど」
「それなら、魔物の皮とかほどほどの宝石とか、装備やアクセサリーに使えそうなものを置いて行ってくれると助かるかな。集めている間に雪が強くなるかもしれないから、置いて行ってくれると確実かも」
「わかりました」
これ幸いと魔法袋の在庫処理を……と言いたいところだけれど、あまり置いていくとそれはそれで邪魔になりそうなので、加減をしておく。
上級ハンター用の装備も頼んでいるので、ワイバーンの皮とかも置いていこう。
エストークで狩ったものはハンター組合に卸したけれど、巣窟にいたので適当に狩った。シエルが。
1対1ならわたしの結界で受け止めて、歌姫の支援付きのシエルの魔術で落として終わり。中央に来て、シエルの魔術の腕もまた上がったように思う。
エストークにいるときには、ここまでの強さはなかったと思うから。
「やっぱり普通にワイバーンとか出てくるんだね。
さっきの糸とか、たぶんS級の魔物のものだよね?」
「ハンター組合で見せたことがないので具体的な数値はわかりませんが、戦ってみた感じはAよりは上ですね」
厄介さでいえば、人造ノ神ノ遣イくらいだろうか?
そう考えると、人造ノ神ノ遣イはS級相当といっていいのかもしれない。
「あとはデザインの希望なんだけど……」
「シエルに、といいたいですが、特にドレスは趣味で着るわけでもないですのであとから詳しい使用人に来てもらうようにします」
『それは残念ね。でも仕方ないわね』
シエルもわたしも基本は素人だ。普段着るものならまだしも、公式の場で着るものをデザインするのはやめておいた方が無難だろう。
シエルも残念そうにはしているけれど、事情は分かっている様子なのでよかった。
万が一服のセンスがないと言われてしまえば、わたし達だけの恥では済まない可能性もある。
下級ハンターの装備になると、それはそれでわからない。他の人の服装なんて気にしたことないし、わたし達が下手に手を出すと無難から遠ざかるような気がする。
それなら本職に丸投げしておくのが、正解だろう。ハンター向けのお店でドレス頼んでいる時点で本職に頼んでいるかは怪しいけれど。
それから念のために身長などを測りなおして――少し身長が伸びていた――、ユンミカさんにも挨拶をして、シュシーさんのお店を後にする。
シエルとも入れ替わって『気は進みませんが、ほかのお店に行ってみますか?』とシエルに尋ねてみると、シエルではなくてリシルさんがずいっとわたしの前にやってきた。
何やらもの言いたげにわたしを見ている。
このタイミングでのこの行動、さすがに何を言いたいのかはわかるが。
『リシルさんが作ってくれるんですか?』
わたしの問いかけにリシルさんが頷く。
シュシーさんと契約しているのが木の精霊だった記憶があるので、その上に位置しているであろう森精霊のリシルさんなら作れるのかもしれない。
精霊の作ったドレス。そういわれると、格としては最上級のものになるのではないだろうか?
とはいえ、わたしだけで決めるわけにはいかないので、リシルさんには聞かれないように『どうしましょうか?』とシエルに尋ねる。
『構わないのではないかしら? 精霊が作るドレスというのにも私は興味があるのよ』
『わたしも興味はありますね』
『問題は着る機会がなさそうというところね』
『それはそうなんですけどね』
わたし達がフィイヤナミアの義娘であることを話した後か、話すと決めた時でないと着ない衣装だ。
そうならないように行動するつもりだし、出番なしで役目を終えてしまう可能性もある。
その辺も聞いてから、一応もう一つ確認してから頼むことにしよう。
改めてリシルさんに向き直って、問いかける。
『作ってくれるのは嬉しいですが、最悪着ることなく魔法袋に入れっぱなしになるかもしれませんが、大丈夫ですか?』
少し悩んだ後で肯定。
『出来上がったドレスが普通の人には見えないということはないですよね?』
今度は即座に肯定。精霊が普通は見えないので念のために尋ねてみたけれど、どうやら裸の王様になることはなさそうだ。
『それでもよければ、お願いします』
「お願いするわ」
わたし達のやり取りを見ていたシエルが、わたしと一緒にリシルさんにお願いする。
リシルさんが嬉しそうにうなずいてくれたので、さっき出し損ねた魔物はリシルさんに渡そうかなと心に決めた。渡す前にシエルと相談はするけれど。