閑話 温泉とお風呂 ※視点変更あり
リアルがバタバタしてました。年末までは更新が安定しないかもしれません。
そもそも不定期更新ではあるのですが()
巣窟第100階層。巣窟の最奥で、白いドラゴン――キートゥルィが住む場所。
高い高い山の頂上付近で、空気が薄いためか少し息苦しい。
100層への入り口が山の上にあったわけだけれど、雲を軽々突き抜けていて、下を見ても雲海が広がるばかりだ。
もしかして、その下には何もないのではないのか? とすら思う。
魔物はいなくて、トゥルがいるだけ。
山には植物はほとんど生えておらず、足を踏み外せば一気にしたまで転げ落ちることだろう。
こんな場所でトゥルと戦うのは、人が余りに不利だと思うけれど、そもそもここまでたどり着けるのがわたし達を除けばフィイ母様くらいだと思う。
第60階層を越えたあたりで、魔物を倒すのに時間がかかるようになり、第70階層を越えたくらいからシエルでは倒せない魔物が出てくるようになった。
わたしはS級ハンターの強さは知らないけれど、第90階層以降はS級を集めたパーティでも突破するのは無理だろう。
それでもトゥルよりも強い魔物はいなかったので、怪我もしなかった。
だからわたし達は問題ないけれど、これが普通の攻略だったら、満身創痍でトゥルに有利な地形で戦わなければいけない。
それだけで心が折れるに違いない。
わたし達と違って、トゥルは見た目から強そうな雰囲気が漂っているし。
巣窟の外では、寒さが厳しさを増していて、ここに来る前も雪がちらついていた。と言うか、雪がちらついていたから、寒いのだとわかったのだけれど。
結界でほぼ適温にしているシエルでは、なかなかわからないのだ。
試しに結界の保温を切ったら、シエルが感動しながら寒がっていた。「これが寒いって事なのね! なんだか懐かしいわ」と言っていたのは、リスペルギアにいたときのことでも思い出していたのだろうか?
結界で守っているとはいえ、なんでもかんでも遮断しない方が良いかもしれない。
なんて現実逃避をしているのは、シエルとトゥルが楽しく遊んでいるから。遊ぶのはいいんだけど、規模が遊ぶではない。
前回のやりとりで、お互い本気でぶつかっても大丈夫だとわかっているせいで遠慮がない。
シエルは踊っているわけで、見ている分にはとても眼福なのだけれど、余波で山が削れているのまで目に入る。
そうすると、何とも言えない感情がわき上がってきて、つい現実逃避したくなる。
闘牛ならぬ闘竜。シエルはひらひらとトゥルの攻撃を避ける。
トゥルは全力でシエルにつっこんでいく。
そして山にぶつかって、山が削れる。
削れた山を見ていると、なんだか不自然に白いもやがでているところを見つけた。
あれはもしや、と思うのは後回しにして、集中して歌うことにする。
前回は1曲でシエルの魔力が切れたけれど、今回はシエルも万全なので何曲でも舞うことができる。
そして今回はトゥルもシエルの言う遊びがわかっているので、派手な事をしてくれている。
氷をとばしてきたり、炎をとばしてきたり。
魔術を使うことができたんだなぁ……と思う反面、使えても不思議ではないなとも思う。
おそらくトゥルが空を飛べているのも、その翼のおかげではなくて、魔術か魔法によるものだから。
翼はその補助をしているという感じだろうか?
だから翼をねらえば、トゥルを落とす事はできるだろう。
半端な攻撃では落ちるとは思えないけれど。
10曲を歌い終わったころだろうか。
時間にしてみると1時間も経ってはいないだろうけれど、どちらともなく地面に降り立った。
「我には人の感覚はわからぬが、シエルメールの舞は見ていて飽きぬな」
「あら、そうなのね。私もトゥルと踊るのは楽しいわ。ここまでつきあってくれるのは、他にはいないもの」
「よほどの実力者でなくては無理だろう。深層の魔物なら死ぬことはないだろうが……」
「魔物はちゃんと踊りを見てくれないのよ」
「だろうな。エインセルはどうなのだ?」
「エインは一緒に踊らないわ。だってエインは歌ってくれるもの。
エインの歌はすごいのよ、すごいの! 同じ歌でも何回でも何時間でも聞いていられるのよ!」
「一度聞いたことはあるが……すぐに寝てしまったな。
抗おうと思えばできただろうが、それも無粋ではあったからな」
そういえば、シエルが魔力切れで倒れたときシエルが起きるまで寝かせていたっけ。
その手伝いくらいの気持ちで歌っていた気がする。
だけれど、抗おうと思えばできたのか。歌姫の力に対抗できるというのは、さすがはトゥルだ。
歌姫に対抗というのは今まで考えていなかったけれど、わたしもいつだったか職業鑑定だと思われる職業の力に結界で対抗できていたし、できないわけではないのか。
姫職だからとあぐらをかいていると、いつか痛い目を見るかもしれない。
考えてみれば、歌姫のサポート付きの万全の舞姫の攻撃が通らない魔物もいるのだ。
「それなら、いつかちゃんと聞いてみると良いわ」
「では、エインセルに頼んでくれるか?」
「私がするのは頼んでみるだけよ? 聞かせられると約束はできないのよ?
と言うことで、エインどうかしら?」
『この場で歌うのはなんだか歌いにくいので、今度わたしのタイミングで歌うと言うことで良いですか?』
『ふふふ、エインは恥ずかしがり屋さんなのね』
そういわれるのはなんだかくすぐったいというか、恥ずかしいのだけれど、このハードルがあがったところで歌うのはつらい。
少し前までなら歌えた気がするけれど、最近は周りのことがちょっと気になってしまう。
何というか、前世の気質が少し顔を出しているような、そんな感じがする。
だからこそ、シエルの対応は好ましい。
「わたしならやってくれる」と勝手に請け負うのだけではなくて、こちらにちゃんと確認してくれるから。
「残念だけれど、今は無理みたいね」
「そうか」
「遊びも終わったし、どうしようかしら?」
「見ての通り、ここには何もないな」
トゥルが辺りを見回す。
あるのは今シエルが立っている山と、見渡す限りの空。
その壮大さは目を奪われるものではあるし、澄んだ空気は気持ちが良い。
だけれど、何かをするとなると何もない……ように見えるけれど、わたしは見つけてしまっていた。
『たぶんここ、温泉がありますよ』
『温泉って何かしら?』
『自然に湧き出したお湯……でしょうか? 天然のお風呂みたいなものです』
「トゥル、ここには温泉? があるのかしら?」
「なんだそれは?」
「お湯みたいなのがあるのかしら?」
「湯ならあるな。気が付いたら増減しているから、記憶している場所に今もあるかは知らんが」
「わかったわ」
『エインが知っているのは、見えたからなのかしら?』
『そうですね。あっちの方でそれらしいものを見ました』
シエルを案内して、白いもやのあった方へといってみると、削れた山にちょうどいい感じに水が溜まっていた。
湯気が出ているので、水ではなくお湯になっているらしい。
お湯になっているのは、この山のおかげといえるのかもしれないけれど、水はどこから持ってきたのだろうか?
地下水? 果たしてここに地下はあるのだろうか? なんとなくこの山のふもとは亜空間につながっていると思っているのだけれど。
雨水という可能性もあるが、ここで天候が変わるのかは疑問だ。
なんてことを考えている間に、シエルがお湯に手を入れる。
お風呂にしては少しぬるく、少し濁っているのは濁り湯ということで良いのだろうか?
とりあえず、結界を抜けてきたので有害なものはないと思いたい。
「これが温泉ね? お外でお風呂に入るというのも変な感じだけれど、入ってみていいのかしら?」
『いるのはトゥルぐらいですしね。シエルが構わないのであればいいと思います』
「入るのか?」
「せっかくだから、入ってみようかしら」
シエルはそういって、ためらうことなく服を脱ぐ。
無骨な岩山と一糸まとわぬシエルはなんだかアンバランスで、だけれど一つの絵画のような厳かさがある。
背徳感……ということはないか。露天風呂なんて前世ではありふれていたから、こういったシーンはあちらこちらであったことだろう。
このような高所でとなると、ないかもしれないけれど。
お湯の温度はやっぱりぬるく、いつまでも入っていられそうな感じだ。
そうでなくても、湯につかっていないところは肌寒さがあるくらいなので、のぼせるということはない。
『どうかしら、どうかしら? 私も結構成長したと思うのよ』
水を掬うように腕を伸ばしてあげるシエルが、楽しそうに聞いてくる。
『昔は両手で抱えられそうなくらい小さかったですからね』
『それは少し昔すぎないかしら?』
『そうですね。確かに季節が一回りする間に身長も結構伸びました。
ギルドのカウンターで背伸びしなくてよくなりましたし』
『それに胸だって大きくなっているのよ!』
そういってシエルの視線がそちらに動く。
そのふくらみは確かに大きくなっているけれど、半分自分のような体なのでそこまで実感はない。
だけれど、10歳の時には必要の無かったビスチェを今は使っていることを考えると、大きくなったのは間違いないだろう。
それはそれとして、シエルは自分の見た目をあまり気にしていないと思っているのだけれど、どうして胸の大きさは気になるのだろうか?
聞いてみても良いかもしれないけれど、なんだか地雷のような感じがして聞きにくい。
大人の女性らしくなりたいから、みたいな可愛らしい理由ではないと思う。
「人はそのように湯に浸かるのだな」
「そうね。汚れを落とすためにやるのと、後は病気になりにくくなるって前にエインが言っていたわね」
シエルが入っている温泉よりも高い位置で丸まっているトゥルが話しかけてきたので、シエルが対応する。
「どちらも我には不要だな。病気とやらにはならん」
「わたしも病気になったことはないのよね。だけれど、身体は汚れるんじゃないかしら?」
「それは魔術でなんとでもなる。湯ではないが水を浴びることもあるな」
「ドラゴンの身体は丈夫なのね」
「お主に言われたくは無いがな」
「私の場合は身体が丈夫なのではなくて、結界が丈夫なだけだもの。
結界がなければ、ちょっとした刃物で簡単に傷が付くのよ?」
いくら強くても、シエルは基本的に魔術師の女の子。
肉体的な強度はそれほどでもない。
それに物理職の人であっても、別に肌がカチカチになって魔物の攻撃から身を守れるわけではなく、基本は避けたり盾で受け流したりするらしい。
そうでなければ、防具屋は商売上がったりだろう。
職業によっては身体を硬質化させることができるのかもしれないけれど。S級とかになってくると、鋼の剣を素手で受けるとかできるのだろうか?
「その規模の結界を常に使い続けている、という事が驚異なのだがな」
「それはエインが凄いからよ!」
「そうなのだろうな。して、その湯はどうだ? 我にはわからぬがお主には意味があるのだろう?」
「気持ちが良いわ。身体の内側からぽかぽかして。それに景色も好きよ」
「そうか。この景色は好きか」
「ええ、まるで空を飛んでいるようだもの」
「お主は空を行けるだろう」
「ふふふ、それもそうね」
トゥルを見上げて笑ったシエルは、縁まで移動して広い広い空をただ見つめていた。
◇
(※スミアリア視点)
巣窟の最深部。おとぎ話ですら登場しない、未踏の場所。
だけれどお嬢様方――今は黒髪のエインセル様――は、散歩に行ってきたと言わんばかりの気軽さで話す。
お二方の強さは話には聞いていたし、実際にその片鱗を見たこともあるけれど、まさかそれほどだったとは。
「と言うことで、ミアは自然に湧き出したお湯とか、屋外のお風呂とか、知りませんか?」
「オスエンテやさらに西の小国群に、お湯が湧き出す場所があると聞いたことがあります」
エインセル様からの質問に答えつつ、その腕をとり優しく泡をすべらせていく。
今のようなお風呂に限らず、お嬢様方のお世話は基本的にモーサさんとサウェルナさんが行う。
だけれど、最近はたまにこうやってワタクシ一人でお世話をすることがある。
今後一人でしないといけない事もあると言うことなのだけれど、そもそもお嬢様方は補助が無くてもお風呂くらい入れる。
着替えもできるし、何なら掃除も料理もできる。
だけれどフィイヤナミア様の子としての立場を手にした以上、お世話されることにも慣れておかないといけない、と言うことでこうやって使用人をつけているらしい。
シエルメール様の肌は透き通るような白さがあるのに対して、エインセル様の肌はそれに比べると温かみがある色をしている。
どちらにしても、ハンターをしている方の肌ではない。
きめが細かく、まるで赤子を触っているかと思ってしまうほど。
上流階級の女性であれば、美しさに対して特に気を使うことは珍しくない。
実際ワタクシもかなり気を使って生活をしてきた。それでも、お嬢様方にはかなわない。
嫉妬などはなく、ただ仕事とはいえこうやって触れることができるのは、役得といっていい。
無駄な肉はなく、それでいて柔らかい。このまま成長すれば、とても魅力的な女性になることだろう。
今でも十分に目を惹くけれど、小柄なせいで女性としてではなく、女の子としての可愛らしさが勝っている。
一年遅れでの入学にはなるけれど、同時に学園に入学した一つ下の子供よりも小柄になると思う。
「やっぱりありはするんですね。ミアは行ったことはありますか?」
「残念ながら、中央から出たことはありませんね。
屋外のお風呂については聞いたことはないです」
「やはり外でお風呂に入るのには抵抗があるんでしょうか?」
「抵抗がないとは言いませんが、見張りを厳に行っていれば無理だとは言いませんね」
「そうなんですか?」
「馬車での移動など、貴族であっても何日も野宿することもありますから」
「確かにそうなると、水浴びくらいしたいですよね」
会話をしながら、エインセル様の身体を洗うのを続ける。
会話は緊張をさせないようにという意味合いもあるのだけれど、エインセル様の場合どうしても警戒してしまうらしい。
今もどことなく固くなっているけれど、これでもだいぶましになったのだという。
だからこそ、エインセル様が表に出ているのだけれど。
これがシエルメール様だと完全に無防備になる。
それはシエルメール様がワタクシ達を信頼しているというよりも、エインセル様が守ってくれることを信頼しているからなのではないかというのが、先輩方の予想だ。
いつかこの邸がお嬢様方の安心できる場所になるように、そういう先輩方の願いがよく分かった。