閑話 フィイヤナミアの娘の入学準備 ※ラーヴェルト視点
「グランドマスター、なぜあの娘をひいきするのですか」
「あの方は中央の地を持つフィイヤナミア様の子。ひいきして何が悪いかの」
「たとえ王族であっても頭を下げることはなく、対等につきあうのがハンター組合の鉄則ではないですか!」
ハンター組合の幹部の中でも、比較的年若い者が息巻いて抗議をしてくる。
グランドマスターと呼ばれるようになって、何度も似たような場面はあったうえ、この若者が言っていることはあながち間違っているわけではない。
基本的にハンター組合はどの国にも属さない。国の問題に首を突っ込むことはせず、魔物の被害が広がらないようにする事が大きな役割だったからだ。
現在――といっても、儂がグランドマスターになる前からではあるが――なっては、様々な役割が生まれてしまった。
例えば落伍者の受け入れや口減らしも役割の一端ではある。
身体が動けるものであれば、ハンター組合は受け入れる。
それこそ、スラムに住む者も例外ではなく、将来ハンターという職に就けるからこそ凶悪な犯罪に走らずに耐えている者も少なくないだろう。
そういった者達の生存率は高くなく、金に目がくらんで無理をして死んでしまうケースも多い。
そういった若者の存在に何も思わないことはないが、国からすれば落伍者が犯罪を犯さず、成功すれば経済を回す一助になり、失敗しても口減らしになる。
世の中、綺麗事だけではやっていけないと言うことよの。
ハンター組合としては、死者が少なくなるようにとやってはいるが、結局はハンター達の選択次第。生きるために無理をしないといけないこともある。そういった者たちにいちいち支援をしていれば、今度はハンター組合が立ち行かなくなる。
それはそれとして、彼のお方――シエルメール様に関して言えば、また話が変わってくることは、すでに説明しているはずなのだが。
「シエルメール様にハンター組合が行った所業。そのすべてをお前さんが補填してくれるのであれば、話を聞かんこともない。
それに上級ハンターに対しては、ある程度便宜を図ることは問題ないはずだが?」
「それは……わかっていますが……」
何か言いたげな顔で、それでも引き下がったのでこれ以上は追求しない。
この若者の言わんとすることもわかるが、下手なことをしない限り杞憂なのだ。
要するにシエルメール様を恐れているのだ。
幼くしてA級――で止めているだけで、S級程度の強さはあると思うが――に上り詰め、その強さを誇示するように反フィイヤナミア派を血の海に沈めた。
フィイヤナミア様に野心があり、ハンター組合を手中に収めようと思えば、不可能ではないだろう。
そうなれば、自分の立場や命が脅かされかねない。
そうでなくとも、ハンター組合の幹部になりたいといえば、ねじ込めるだけの権力を有している。幹部ともなれば、他国の貴族と同等の生活ができるといわれているため狙っているものも多かろう。
だから不安の種は、早めにつぶしておきたい。
それが無意味どころか逆効果であっても、そうしたいと思うのが人というもの。
恐ろしい者から離れたいと願うのは人だけに限らぬか。
むしろ、人は恐ろしいと思える存在を受け入れることもできる。そうでなければ、かつてのS級ハンターがこうやってグランドマスターになれるはずもない。
S級ハンターは、A級とは一線を画すもの。
職業と才能が一致したうえで、人の何倍もそれに打ち込み続けたものがたどり着ける一つの極致。
儂は魔術師ではないが、魔術師であれば魔法にたどり着いたものがS級になれるとされる。
そんな存在であるため、周りから見れば化け物であるし、同時に変人でもある。
その多くが一癖も二癖もあるのがS級ハンターだといえよう。
それはシエルメール様も変わりはあるまい。
彼の方は周りに対して極端に興味が薄い。
人々からの賞賛や、権力にも興味がなく、己が道を行くことを良しとする御仁。
邪魔するものには容赦はないが、干渉されないのであれば何もしてこないようなタイプに見える。
わずかな時間しか接することはなかったが、エインセル様も似たような質とみてよいだろう。
印象としては、エインセル様の方が周囲への警戒心が強かったように思う。
そんな方々がハンター組合の幹部になりたいということはまずあるまい。
だが実際に会ってみなければ、それはわからぬか。
会ったとしても経験が浅ければ変に疑いをかけ、見当違いな結論に至ることもある。
そうでなくともハンター組合としてみれば、シエルメール様をひいきすることで大きな利益になっているのは明白であるから、そこを無視するのは褒められない。
だが――とついつい若人の思考を考えてしまうのは、年ゆえか、性格ゆえか。
一つ言えることがあるとすれば、シエルメール様に対する待遇を変えることはない。
これもまた経験よ、若人よ。と思っておったら、件の少女が来たらしい。
姿は黒髪のエインセル様。それはなんとも、話がしやすくて助かる、というのは不敬になるだろうか。
◇
「エインセル様がお越しとは珍しいですの」
「そろそろわたしでも活動しないと、わたしの存在が認知されませんから」
「そうですな。シエルメール様の名は広まりましたが、エインセル様はまだまだですからの」
軽く話しながら向かい合うように椅子に座る。
こうやって相対すると、やはりシエルメール様とは違うのがよくわかる。
話し方はもちろん、こちらに向ける視線、周囲への警戒。物腰はエインセル様の方が柔らかだが、エインセル様を相手にしている方が気が抜けない。
どういえばいいのか、エインセル様はシエルメール様以上にちぐはぐなのだ。
老獪な魔術師と相対しているかのようで、怖がりな少女を相手にしているかのようで、とても強大なものの前にいるかのようで、同時に何一つ脅威を感じず、それでいて彼の方には決して勝てないと勘が囁いている。
フィイヤナミア様曰く、特定の分野においてフィイヤナミア様に匹敵するだけの力を有しているらしいので、勝てないという勘は間違いではないだろう。
儂が魔術師であれば、このちぐはぐな感覚の答えを得られるのかもしれないが、魔術に関してはそれなりでしかない。
それでもわかるのは、エインセル様ほどの年齢でこうなるのは並大抵ではないということかの。
それは驚嘆と尊敬に値する。
「今日はどのような用件ですかな?」
「ラーヴェルトさんには直接関係しませんが、わたしの顔見せが1つですね。
関係しそうなこととしては、まずは件の手紙についてです」
エインセル様がそういって、魔法袋から先日手渡した手紙を取り出し、こちらに見せる。
この手紙については、すでにエインセル様に渡ったことをオスエンテに知らせている。
エインセル様の名前やランクなどについては触れず、該当のハンターに手渡したことのみに留めたが。
手紙の内容がわからぬ以上、下手なことをしない方がいいという判断だったが、どうやらその判断は間違いではなかったらしい。
読んでみたが、どうやらこの手紙はエインセル様に渡さずに、先方には見つからなかったと伝えるのが正解だったらしい。
「フィイヤナミア様はどうすると?」
「今のところどうするつもりもありません。あくまでハンターであるところのエインセルに対しての手紙として処理します。だからこそ、ここに来ました」
「なるほど。寛大な選択感謝いたします」
儂が頭を下げれば、エインセル様が困った顔をする。
本当に謙虚な方よ。だけれどそれだけではないことをこれまでの報告で知っている。
此の方の謙虚さに胡坐をかかずに、機嫌を損ねることがないように、矛先がこちらに向かないようにしなければならない。
そう長年の勘が訴えている。
今回の手紙に対する対応も、本当に感謝している。
この手紙だけで、本当は中央とオスエンテが戦争を始める可能性もあったのだから。
フィイヤナミア様のお心次第では、確実に始まっていただろう。
「オスエンテ王家には儂から抗議をしておきましょうぞ。
その時にエインセル様のランクをA級として伝えてよろしいですかな?」
「構いませんが、できれば名前は出さないでおいてください」
「では、そのように」
恩を売るように言ってみたものの、こういった内容であればエインセル様でなくともハンター組合が対応すべきこと。
そうしなければ、ハンター組合が舐められる。
こういった対応をする貴族が増えれば、ハンター組合と貴族社会とで隔たりが生まれ争いが始まらないとも限らない。
名前を出さないのも、今後かけられる迷惑を考えると妥当だろう。
「ここからが本題なのですが、冬が明けたらシエルと一緒にオスエンテに行きます。
オスエンテの学園への入学ですね」
「それはそれは……フィイヤナミア様の指示ですかな?」
「そんなところです。行くのはいいのですが、できるだけ面倒は避けたいので、フィイ母様の娘としてではなくハンターとしていくことになります。
入学に関しても偽名を使うことになるかと思います」
「偽名を使ってハンターの活動をしていきたいということですかな?」
偽名を使うこと自体は不可能ではない。貴族のお忍びでそういったことをする人もいる。が、それはあくまで、登録時に偽名を使うというもの。
すでに登録されている者の名前は簡単には変えられない。
とはいえ、学園に入学する以上「シエルメール」の名前で行動すれば、貴族階級の者には正体がばれる可能性がある。
「オスエンテにはどのように向かうつもりですかな?」
「わたしの名前を使おうと思ってます。オスエンテではわたしが表に出ることは少ないでしょうし、人造ノ神ノ遣イが現れたときにはA級のエインセルに伝えるとしていれば連絡も楽でしょうから」
「確かにそうですな」
人造ノ神ノ遣イについては、今のところシエルメール様方以外の討伐報告はない。報告していないだけで、倒されている可能性もあるが、巣窟に現れた金色の蜘蛛を見るに最低でもA級並の強さがあることだろう。
それに対して彼女達が動いてくれるのは、大いに助かる。
エインセル様もA以下のカードを持っているので、それを使えばとも思ったが、なるほどそれはそれで面倒な事になりかねない。
故に偽名か。
考えてみれば、ランクの偽装に手を貸している時点で今更ではある。面倒ではあるが、彼女達が持つすべてのカードの動向を確認しておけば悪用されたかどうかもわかる。
何よりここで拒否して、ハンター組合に寄りつかなくなってしまえば、それは大きな損失と言えよう。
また若人にとやかく言われそうではあるが、そのときはそのとき。
「そうであれば、エインセル様が持つカードの一枚を偽名にしますかの」
「良いんですか?」
「特別の措置となりますが、その分働いてもらえば文句をいう者も黙りますわい」
エインセル様は、少し黙っていたかと思うと「お願いします」と答えた。
こう言った場面を見るに、彼女達はこちらにばれずに話し合いができるようだが、今は気にしても仕方がない。
「では、どのランクのカードをどういう名前にしますかな?」
「あー……決めたら、持ってきます」
「頼みましたぞ」
周到と思っていたが、案外抜けているところがあるらしい。
これくらいなら、愛嬌に収まるだろうが。
エインセル様は取り繕うように咳払いをすると、話を続ける。
「偽名を使うに当たって、そのランクの依頼を受ける事も許してくれませんか?」
「ううむ……それは許可するのは難しいですな」
「長期間放置されていた依頼である事を条件とすればどうでしょう?」
「その条件であれば、こちらから願いたいくらいですわい」
低ランクの依頼を受けないように頼んだのは、本来そのランクの者の仕事を奪うことになるため。
だが、どうしても人気のない依頼というのは生まれる。
それを放置しすぎた場合に起こる問題がエストークで起きたばかりだが、ハンターはどうしても割に合わない仕事を避けるものだ。
低級ともなれば、その日の生活にも関わってくるため妥協ができないなんて事もある。
そうであれば、長期放置された依頼をこなしてもらうのは、全体の利益となろう。
「最後に確認なんですが、顔を隠して活動することは違反ではないですよね?」
「もちろん。顔に傷を持つ者もおりますし、内密ではありますが、高ランクのカードは本人以外が使えぬようになっておりますゆえ」
「……それって、わたしがシエルのカード使うとまずくないですか?」
「どうでしょうな? さすがにエインセル様方は例外がすぎますからな。偽名を決めたときに確認できるよう、こちらでも準備はしておきましょう」
「助かります。それでは、適当に依頼を受けて帰ります」
エインセル様が席を立つので、それを見送る。
オスエンテの学園に入学。問題が起きぬようにと、いろいろと考えているようだが、厄介事に巻き込まれそうな気がするのは思い過ごしなのかどうなのか。
不敬ではあるが、その厄介事にハンター組合が関わっていないことを祈りつつ、楽しみにさせてもらおう。





