閑話 ハンター組合にて ※受付嬢視点
「これ」
「はい、承りました。こちらが前回の報酬になります」
白い髪、青い目をしたお人形のような少女から2つ袋を受け取って、あらかじめ用意してあった袋を渡す。
少女から渡されたのはハンター組合側が用意した魔法袋。
少女に手渡したのもハンター組合の魔法袋。
3つの内2つは、小物入れとか財布にしかならない安めのものとはいえ、今の一瞬で高価だとされる魔法袋が3つも移動したことになる。
大物を狩ってきたハンターが受付で魔法袋を手渡すことも、魔法袋が複数移動するのもないわけではないけれど、同時に行われると異常だ。
すべての魔法袋がハンター組合が提供しているというのも異常だし、中身も大概異常である事を私は知っている。
渡された袋の中には、間違いなくAランクの魔物が数体は入っているだろうから。
「ふぅ……」
少女が去って、次の人が来る間にため息をつく。
何せ今の少女が一番異常だから。いや、異常なんて言ってしまうと、中央にいられなくなるのだけれど。
彼女への待遇については、ハンター組合の職員並びに中央にいるハンターのほとんどが理解しているし、納得している。
それから一応ハンター組合側の謝罪の意味もある。しかしそれによって助かっているのは、やはりハンター組合側なので、一部の幹部の自己満足でしかないと思う。
まあ、私には関係ない上のことだ。
ハンター組合がなくなったりしないなら、何も言わずに黙っていよう。
そしてため息がでたのは、そんな受付嬢ごときが本来は対応して良い相手ではないからだ。
はぁ……緊張した。
「なあ」
「はい、どういたしましたか?」
声をかけられたので、笑顔で対応する。
それから、内心でため息をつく。
中央にあるここは、各国にあるハンター組合の本部に当たる場所。
だからと言うわけではないけれど、来られるのは限られてくる。
ハンターとして国境を越えるにはB級以上ないといけない。元々は「中央に入るには」だったのが広まったらしい。
B級になるには腕っ節だけではなくて、評判やハンター組合の貢献度が関わってくるので、ハンターでよくイメージされる荒くれ者がB級になることはほぼ無い。
つまり居なくはないのだけれど、ここでそれはいいだろう。
中央のハンター組合=B級以上が集まってくる=常識的な人が多い、となるかと言われるとそんなことはない。
むしろB級になったからといって、中央に留まるハンターが多いかと言われるとそうでもないのだ――観光に来る人はそれなりにいるけれど。
だからその多くは中央でハンターになった人になる。
こちらはいわゆるハンターみたいな人が少なくない。
しかもなぜか中央のハンターと言うことで、他の地のハンターよりも上だと思っている節がある。
私からしてみれば、他国からやってきたハンターの方が好印象なのだが。さっきの少女のように。
こんな事を考えている場合ではなかった。この中央のハンターの相手をしなければ。
「さっきのガキが持ってたのって、魔法袋だろ?
オレにも貸せよ」
「カードを拝見してもよろしいでしょうか?」
私が言うと、渋々といった様子で渡してくれた。
D級のガーインさん。22歳。ランクは年相応だろうか? ソロでD級のようなのでなかなかの実力と言えるかもしれない。
だけれどC級にあがるのはだいぶ先になりそうだ。
……本当になぜ彼女の事をガキと呼べるのか、私には理解できない。
あれだけ呼びかけたのに。
情報をないがしろにするような人は、遠くない内に大けがをするに違いない。下手したら死んでしまうかもしれないけれど、ハンターなんてそんなものだ。
受付嬢が一般ハンターの生死に一喜一憂していたら、精神が持たない。
昨日元気に出て行った少年が、無残な姿で見つかったなんてこと何度も経験するのだから。
とりあえず記録を取って、ガーインさんにカードを返す。
「申し訳ありませんが、これではお貸しすることができません」
「なんでだよ! あのガキには渡してんだろ!!」
そういってガーインさんが後ろを振り返る。正確には後ろではなくて、机や椅子が置かれたフリースペース。
そこに先ほどの少女がちょこんと一人で座っている。
何を考えているのか、にこにこしているのがとても可愛らしい。
いつもはお人形のように無表情なのに、なんともレアな表情だ。
これはほかの職員に自慢できる。
それから少女はすぐに無表情に戻り、立ち上がってハンター組合から出て行ってしまった。
対応するのは緊張するけれど、こうやって眺めるにはとてもいい子なのだ。
むしろファンといっていい。
さて、話を戻さなければ。
「それに何の問題があるのでしょうか?」
「問題ありまくりだろうがよお!」
「では是非、A級ハンターになれるよう頑張ってください」
私の言葉にガーインさん――ガーインが目を丸くする。
気持ちはわかるけれど、その段階はすでに通り過ぎている。
「あのガキがA級だって? 舐めてんのか?」
この手の輩はどういうわけかとてもしつこい。
強いて評価するなら、あの子――シエルメール様に直接行かなかったことだろうか?
シエルメール様に文句を言った場合、ガーインが大変なことになっていたと思う。とはいえ、これ以上シエルメール様のお手を煩わせるのはハンター組合としては心苦しい。
どうしたものかと思っていると「用がないなら代わってくれないかしら?」とガーインに声がかかった。
「何だってんだよ。文句ならこの受付に言えよ」
ガーインが振り返った先にいたのは、氷の魔女の二つ名を持つカロルさん。
若くしてA級になった、若きエース。ライバルとして有名なフリーレさんも、遠くないうちにA級に上がるのでは? と言われていて、組合員の中ではひそかに盛り上がっている。
自分の町からA級ハンターが生まれると、職員としては嬉しいから。
シエルメール様の時とは違い大いに盛り上がった――そもそもシエルメール様の周知は盛り上がるものではないけれど――せいか、カロルさんについてはガーインも知っていたらしく「っち」と舌打ちをして、受付から離れようとする。
だけれど、何かにぶつかってよろけた。
それが恥ずかしかったのか「んだよ」とぶつかった対象に悪態をつく。
そこにいたのは黒髪の女の子。どこかで見たことあるような気がするのだけれど、黒髪の子というのは記憶にない。
珍しい髪色に加えて、瞳の色も吸い込まれるような漆黒。一目見たら忘れないと思う。
どうやら、カロルさんが連れてきたみたいなので、普通の子ではないのだろう、ということは想像できた。
「そちらからぶつかってきましたよね?」
「ああ゛? やんのか?」
「あらA級に喧嘩を売るなんて、根性があるのね」
「あんたには何も言ってねぇだろ……」
「その子A級ハンターよ」
カロルさんが笑いながらそんなことを言うけれど、あのくらいの年齢のA級ハンターは後にも先にもシエルメール様しかいないと思う。
といったところで、何かが引っかかる、
改めて黒髪の子を見ると、シエルメール様によく似ている。
瓜二つといっていい。
「はぁ? なんだそれ? 流行ってんのか?
本当にA級だってんなら、証拠見せてみろよ。俺が勝ったら、A級にしてくれんだろうな?」
そういってこちらを見てくるけれど、そんなわけがない。
A級に勝ったからといってD級からA級に上がるのであれば、シエルメール様は二年前にはB級にあがっていたといわれているのに。
ともかく、どうやらガーインはこの女の子と戦いたいらしいのだけれど……。女の子の方を見ると困ったような顔をして、それから作ったような不機嫌顔になる。
「戦いはしませんよ。面倒ですから。貴方が何を言おうとわたしはA級ハンターです。文句があるのであれば、ハンター組合に言ってください」
「くそ、どいつもこいつも舐めやがって」
そういってガーインが女の子に殴り掛かる。こういった喧嘩はたびたび起こるし、私も見慣れている。だけれど、思わず目を背けてしまった。
ガーインの暴挙を止めることができなかった罪悪感もあると思う。
恐る恐る目を向けてみると、ガーインのこぶしが宙で止まり、代わりに女の子がガーインの首にナイフを当てていた。
よく見るとガーインの首から血が流れている。
唖然としているガーインに女の子が冷めた声を出す。
「この程度でよくシエルに文句が言えましたね」
冷えた声が少し怖い。この年齢の子が出せるのか。
向けられたガーインは「くそっ」という悪態とともに逃げ出した。
ああ、いい気味だ。なんて言っている場合じゃない。
「お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「挨拶……でしょうか? ラーヴェルトさん……グランドマスターを呼んでもらっていいですか?
エインセルが来たといえば、通じると思います」
「グランドマスターでしょうか? えっと……」
これは話を通した方がいいのだろうか? カロルさんと一緒に来て、シエルメール様によく似ていて、A級ハンターらしいので大丈夫だとは思うけれど。
「大丈夫だから、グランドマスターに話を通してきて。ここは私が引き受けるから」
「セリアさん!? はい、わかりました」
後ろからセリアさんが来たので、ここは任せてグランドマスターのところに行くことにする。
その時後ろから「今日はエインセル様が来たんですね」とセリアさんの声が聞こえてきた。もしかして、セリアさんはあの女の子と知り合いなのだろうか?