閑話 メイド達の夜更け2 ※モーサ視点
エインセル様――もといシエルメール様がお休みになったあと、いつもならば自分の部屋に戻り睡眠をとるところだけれど、今日はフィイヤナミア様に呼ばれたため、私並びにルナとミアも含めてそちらに向かっている。
フィイヤナミア様は眠らない。
寝ていることもあるけれど、基本的に睡眠は不要なのだと言うことは知っている。
実際何十日もの間起きていたこともあるし、お嬢様方を迎える前は逆に何十日も寝ていることもあった。
食事も睡眠も必要とせず、強大な力を持っているのがフィイヤナミア様なのだ。
実のところ、この邸で働き始めた当初は、それがひどく恐ろしかった。
フィイヤナミア様は特殊なエルフだと言われている。確かにエルフらしい特徴を持っているし、その美しさはエルフだと言われた方が納得するだろう。
しかし、エルフも眠るし、食事もする。
どちらも必要としないフィイヤナミア様の人やエルフどころか、動物とも違うようなそのあり方がどこか不気味で、ともすれば殺されてしまうのではないかと思ったこともある。
実際、フィイヤナミア様に恐怖し、逃げだそうとした使用人は影も形もなくなった。
逃げ切れた……とは思えない。
だけれど、それは仕方のないこと。使用人として、主の秘密を知ったまま耐えられないと逃げ出すような者を生かしておくのは、貴族としてもあり得ない。
上位のものに仕えるとはそういうことだ。
逆にフィイヤナミア様はそういったことでもなければ、手を挙げるどころか、声を荒げることもない。
失敗をしても優しく注意をするだけで、叱ることもなく、失言にも寛容なのだ。失敗したら、後ほど上位の使用人に叱られることにはなるけれど。
そうしたフィイヤナミア様個人としての性質、精神性、人となりを見ることが出来ると存在としての違いはどうでも良くなってくる。
この邸にいる人は皆、フィイヤナミア様を慕っている。
何よりフィイヤナミア様は、神々に関係する存在なのは違いない。
神の声を聞ける存在なのか、それとも神が遣わしたのかはわからないが、それなりに仕えていれば察することはできるし、シエルメール様――エインセル様が来てからは、それらしい会話を何度も聞いた。
同時にエインセル様もまた、神と繋がりがあることも理解できた。
そのことに驚きはしたけれど、フィイヤナミア様が義娘にと呼んだのだからと納得もできた。
閑話休題。
そんなフィイヤナミア様に呼ばれたわけだけれど、その理由は聞かされていない。
それでも、呼ばれた人員で何となく予想はできる。
「王子があのような感じで、オスエンテは大丈夫なのかしらね」
「第四王子ですから、あえて自由にさせている可能性も大きくはありますが……今回の事は国として何かしらの責を取らせたいです。
ですが、今のところ一人のハンターが受けたものとして、目を瞑るようですから、難しいでしょう。
見方によっては、お忍びで起こった事故のようなものですから」
「シエルメール様も、エインセル様も、大事にはしたくない質みたいだものね。
モーサはどう思うのかしら?」
「オスエンテにできる最大限の謝罪はほしいですね」
サウェルナとスミアリアの話を聞いていると、話を振られたので正直に答える。
いえ、正直に言えば、件の王子に厳罰を与えてほしいと言うのが本音だけれど、主様方がそういう意向ではないので妥協点として謝罪がほしい。
「そうよね。あの手紙は燃やしてくれた方が、せいせいした気がするわ。内容を知ったとき、怒りを抑えるだけで精一杯だったもの」
「わたしはもちろん、あの場で怒っていなかったのは、エインセル様だけだったでしょう。
フィイヤナミア様も目が笑っていませんでしたから」
仮にエインセル様が怒っているのだとしたら、シエルメール様を怒らせたことを怒っていることだろう。
それほどまでに、エインセル様はシエルメール様を中心にしている。
私の言葉に2人も納得したように頷いた。
「そういえば、件の王子はどんな人なのか、スミアリアは知っているかしら?」
「あの手紙から想像はできるとはいえ、私もほとんど情報は持っていませんね。
スミアリアは知っていますか?」
サウェルナの言葉に私も追随する。
この邸の使用人、特にメイド達に関していえば、他国の情報はあまりない。
そうはいっても国王の評判だとか、有力貴族程度の話は聞いているけれど、今回は第4王子。
王位継承の順位は低く、影響力はそうでもないだろう。
よほど優秀であれば、話に聞いたかもしれないけれど、それがないということは察することはできる。
スミアリアは記憶を探るように少し考え、それから話し出した。
「ワタクシの妹と真逆といっていい方だったと記憶してます」
「スミアリアの妹というと、ビビアナさんだったかしら?」
「はい。今でこそ違いますが、ビビアナは回路が短く、大きな魔術を使うのが苦手でした。
それでも魔力は多い方でしたから、工夫してハンターとしてやっていけていました」
「つまりオスエンテの第4王子は恵まれた魔力回路を持ってはいるけれど、魔力が少ないということですか」
「正確には魔力が平凡だったのです。一般的に見れば平凡といっていいでしょう。ですが王族としてみると物足りなかったと聞いています」
魔力とは貴族の証明。と、かつて人の間で言われていた。今となっては、平民であっても魔力を持つものが現れることもあるが、それも貴族の血が流れているからだといわれる。
ゆえに貴族の中で魔力量というのは、一つのステータスになるらしい。
つまり魔力量が少ないというだけで王になれる可能性は低く、周りからの期待も小さかったことだろう。
「幸か不幸かというところですね」
「優秀すぎれば、国を割った可能性もあるものね」
優秀な王族が生まれることは悪いことではないかもしれない。
それが第一王子であれば、国は安泰だろう。
だけれど、それが継承権下位のものであれば、騒動が起こる可能性もある。
下手をすれば、後継ぎ問題で第4王子が殺されている未来もあっただろう。
この話を聞いたうえでエインセル様への手紙を思い出してみると……ろくでもない王子という印象しか残らない。
経歴は同情する部分もあるかもしれないが、それでエインセル様への無礼を許せるはずもない。
それに経歴でいえば、エインセル様のほうがよほど大変だった事だろう。
結局第4王子への怒りはそのまま、空気も悪くなったためか、サウェルナが話を変える。
「それにしても、シエルメール様方がオスエンテに行ってしまうのね。
いつかは邸を離れるものとは思っていたけれど、思った以上に早かったわ。お嬢様方が学園に行く必要はないと思うのだけれど、行っておいた方がいいのかしら?」
「貴族やそれに類するものと考えると、行っておいて損はないかと思います。ワタクシは実家で学習していましたが、中央でも他国に留学させる事は珍しくありませんから。
ですが、お嬢様方に必要かと言われると、何とも言えませんね……」
「そもそも、今回の話は神からのお達しという面もあるようですから」
「わかっているわ。そうなのよね……」
サウェルナがため息をつく。
できればお嬢様の学園行きを止めたいのだろう。気持ちは分かるけれど、気持ちだけで止めることは不可能。だから理由を付けてフィイヤナミア様を説得したいのかもしれない。
手伝いはしないけれど、心の内だけでは応援しておこうと決めたところで、スミアリアがおそるおそる声を出した。
「やはりフィイヤナミア様とお嬢様方は神と関係があるのですか?」
「スミアリアはここに来て短いんでしたね。この邸自体が神殿としての役割を果たせるほどには、神と関係があると言って良いでしょう。
少なくともフィイヤナミア様に至っては、存在そのものが人のそれとは異なっています。
ここは人ならざる存在を主として頂く場所。怖じ気付きましたか?」
知らずともいずれ察すること。察せない者はおそらくこの邸では雇われない。
いっそのこと脅すように伝え、反応を見る。
これで態度を変えるようであれば、フィイヤナミア様並びにお嬢様方に伝え対応を考えてもらう必要がある。
スミアリアは少しばかり目に恐怖を宿して後ずさりしたけれど、同時に納得したような表情にもなった。
「何も思わなかったと言えば嘘になります。ですが、同時に納得もしました。そのような存在――フィイヤナミア様が治めているからこそ、中央は中央足り得るわけですね。
フィイヤナミア様を廃する事は愚かでしかないと言う、ワタクシの考えは間違っていませんでした」
予想はしていたのだろうけれど、初めて聞かされた者の反応としては優秀。
少なくとも、私は初めて知ったとき動揺した。
すでに目には力がこもっているし、いい使用人になれるだろう。
◇
「貴女達を呼んだのはあの子達を学園に送る事について話すためよ。
サウェルナあたりは行ってほしくなさそうだものね」
「申し訳ありません」
フィイヤナミア様のもとへ着いたところで、早くもそういわれた。
名指しされたサウェルナが顔を青くして頭を下げる。
「別に怒っているわけじゃないのよ? むしろ、あの子達を想ってくれる人がいることは嬉しいことだもの。ここが彼女達の帰る場所だと知っておいてもらうためにもね。
そうね、そうね。話そうと思っていたのは、学園に送ろうと思った理由を話すためとあの子達のことよ」
学園についてなのは予想がついていたけれど、エインセル様とシエルメール様について話すとはどういうことだろうか?
気になるが穏やかな表情のフィイヤナミア様が話し出すのを待つ。
「学園に送る理由はいろいろあるのだけれど、禁忌を犯しかねない人物への警告はおまけみたいなものよ。禁忌を犯しても罰が下るだけ。正直最高神様もどうでもいいのよ。二人が動けそうだから、頼んだだけなのよ」
「ではなぜでしょうか?」
「せっかくだから、親のようなことをしてみたかったというのもあるわ。
長いこと存在してきたけれど、子供ができたのは初めてだもの。そして彼女たちほど、私の子としてふさわしく、同時にふさわしくない子もいないわ」
フィイヤナミア様が言わんとすることはわかる。
フィイヤナミア様は私たちのように人を拾っては使用人にするが、そこには明確に上下関係があり、子供という立ち位置ではない。
仮に子供として育てたとしても、フィイヤナミア様の子という立場に押しつぶされることになるだろう。
お嬢様方が平然としていらっしゃるのは、それだけで尊敬に値する。
フィイヤナミア様の子というだけで、周りからは様々な目で見られるだろうし、面倒ごとにも巻き込まれる。
実際、お嬢様方もそういった目にあってきただろう。
だけれど、まったく気にした様子は見せない。
気にしなくていいほどの強さを自分たちで獲得してしまっている。
改めて考えてみても、ほかに考えられないほどフィイヤナミア様の子としてふさわしいだろう。
だけれど、同時にふさわしくもないらしい。
それはどうしてか、という私の疑問には答えられずに話は進む。
「あとはそうね。あの子達は同年代ともっと接していいと思うのよ。
あの子達は今までハンターとして生活してきたけれど、ハンターになるのは基本的には15歳になってからだものね」
「確かに10歳でハンターになり、15歳を待たずしてA級へと駆け上がったシエルメール様、エインセル様は同年代と接することはほとんどなさそうですね。
同年代と接するにも、すでにランクが違いすぎて、対等な関係は無理でしょう」
「そうね。それから、各国を巡るうえでオスエンテの学園を出たという立場は多少プラスにはなるでしょう?
彼女達は目的のためには、自由に国の行き来ができたほうが良いのよ。
まあ、無事に卒業できるかどうかはわからないけれど。飽きたから帰ってきたなんて、普通にありそうだもの」
そういってフィイヤナミア様が笑う。
笑い事ではないとは思うのだけれど、エインセル様もシエルメール様も拘りがある方ではないので、自分たちに不要だと感じたらすぐに出てきそうだ。
フィイヤナミア様の義娘、それにA級ハンターであるお二人であれば、学園の自主退学など些末なことにすぎないといえばそうなのだから。
「最後に彼女達は何度も学園に通えるようになるから、本来の年齢のうちに行かせておこうと思ったのよ」
「それはどういうことですか?」
思わず口に出してしまうが、フィイヤナミア様は気にした様子を見せない。
むしろそうやって反応することを待っていたようにすら見える。
「ここからが本題ね。あの子達――エインがこれに当てはまるかは少し疑問だけれど――、特にシエルメールは今は人族で間違いないわ。
本来であれば、あと何度か季節が巡る中で成長して、大人の姿になるでしょう。
だけれど、それは叶わない。遠からず私の側に足を踏み入れるわ。いえエインについていえば、すでに少し踏み入れているのよ。
さらに踏み込めば、シエルも引っ張られて年を取らなくなるわ。それを分かったうえで、ためらうことなくあの子達は踏み入れるわね。
それでも、貴方達は彼女達の専属であり続けるかしら?」
言葉は濁してはいるけれど、ほとんど答えを言っているようなものだ。
そしてここへと呼びだした本当の理由は、人ではなくなるお嬢様方についていけるのかどうかを問うためか。
見た目がずっと変わらない、明らかに存在の格が違う相手に仕え続けられるか。
先のことを考えればしり込みをするのかもしれないけれど、そもそも私とサウェルナはフィイヤナミア様に仕えていたのだから、大きく何かが変わるわけでもない。
「もちろんです」
「当然、お仕えし続けます」
私とサウェルナがほぼ同時に応える。
それから少し遅れて「命を救われた身です。この命尽きるまで」とスミアリアも頭を下げる。
それを見て、フィイヤナミア様が少しうれしそうな顔をする。
「ええ、ええ。頼んだわね。それでなのだけれど、今後は私の言葉よりも、あの子達の言葉を優先しなさい」
「よろしいのですか?」
お嬢様方の専属とはいえ、私とサウェルナはフィイヤナミア様が雇っている。
だとすれば、私達はフィイヤナミア様の命令を最優先で聞かなければならない。
だけれど、フィイヤナミア様は「良いのよ」と即答する。
「だって本来あの子達……というよりも、エインね。エインの方が私よりも上になるのよ。今はまだ私の方が力は強いけれど、遠くないうちに追いつかれ、追い抜かれるでしょうね。
そうなったら、私よりも高次の存在になっているわ」
なんてことないようにフィイヤナミア様は言うけれど、私は非常に頭が痛かった。
それでも、なぜお嬢様方がフィイヤナミア様の子にふさわしくないのかだけは、理解できた。





