134.手紙と学園と決定
『エインはこの手紙のことをどう思っているのかしら?』
『面倒くさいことをしてくれたな、くらいにしか思ってないですね』
『求婚を受けたいとは思わないのね?』
どうしてシエルはそんなことを聞くのだろうか? そもそもわたしが結婚とか無理だろう。
と思っていたのだけれど、シエルのことなのでわたしが本当に望むのであれば、受け入れるのもやぶさかではないとか思っていそうだ。
加えてわたしが受け入れないことをわかった上での質問のようにも思う。
『ええ、少しも。結婚するなんて想像できませんし、こんな手紙を残す人とは友達にもなりたくないです』
『わかったわ、わかったのよ! だとしたら、私は怒ってもいいのね?』
『周りに被害が出ない程度に存分に怒ってください』
頭の中でシエルが恨み言をいい始めたので、そっとしておくことにしてフィイ母様に話しかける。
「これは放置しても良いんですかね?」
「ええ、ええ。放置でも良いわね。何なら喧嘩しても良いわね」
喧嘩の裏の言葉がとても怖い。
だけれど、自国の姫が他国の王族を助けた見返りが、こちらのことを身分が低いと決めつけてからの上から目線の求婚。
世が世なら戦争の一つでも起きるかもしれない。
何なら今から起きるかもしれない。わたしの姫要素なんて歌姫くらいしかないけれど。
国同士であれば、抗議をするところから始まるかもしれないが、フィイ母様の感覚から行くと、わたし達家族とオスエンテ王族の喧嘩なのだろう。
隣の家と喧嘩するくらいの規模なら、十分に喧嘩になりうる原因だと思う。
「喧嘩は冗談としても、気分が悪いのは違いないわ」
『そうよ、そうなのよ!』
「だから、オスエンテに行くつもりはないかしら?」
「話が繋がってないと思うんですが、何かあるんですか?」
オスエンテ王族からアレな手紙が来たのに、オスエンテに行くとはこれ如何に。喧嘩を売りに行くのであればわかるけれど、そうではないなら我関せずを貫いた方が良いと思う。
「そうね、そうね。件の王子とは違うのだけれど、オスエンテにちょっと困った人が居るらしいのよ」
「困った人ですか」
「具体的には禁忌を犯そうとしている人ね」
ちょっと困った人が、だいぶ困った人になった気がするのだけれど、気のせいだろうか。
フィイ母様が禁忌と言うからには、人が勝手に決めたものではなく、神が決めたものなのだろうから、笑い話では済まない。
神罰とかが実際に降ってきそうなくらいにはヤバいと思う。
そしてその情報源なのだけれど、「らしい」とつけつつもわたし達に頼むあたり、かなり信頼性のある所なのだろう。一応確認しておこう。
「創造神様ですか?」
「ええ、ええ。少し前から言われていたのだけれど、私はここを簡単には離れられないから放っておいたのよ」
「それ、放っておいて良い案件ではないと思うんですが……」
「別に構わないわ。禁忌を犯せば天罰が下るもの。
ただ禁忌を犯せるほどの人となると、有能だからもったいないわね、という話なのよ」
天罰がどのようなものなのかは知らないけれど、死やそれに近しい何かなのだろう。
それを軽く言ってしまえるあたり、母様は人ではないのだなと思う。
同時にそれを聞いて、自業自得だなと思うわたしも大概なのかもしれない。
それとも為政者というのは、これくらいなのだろうか?
民を人と思わない暴君は、前世の歴史上にも居たかもしれないし。実際は知らないけれど。
いや前世でも、隣の国の人がいきなり雷に打たれて死んだといわれても、他人事のように「怖いな。自分には降りかかってほしくないな」くらいでいたようにも思う。
うーむ。人間の感覚というのが難しい。
「つまりその人を止めればいいんですか?」
「いいえ、いいえ。可能であれば警告するくらいで良いわ。
あとは出来たものの回収かしら?」
「そういえば、禁忌って何ですか?」
回収と言われても、何を持って禁忌としているのかわからないのでどうしようもない。
フィイ母様は目をぱちくりさせてから「そうだったわね」と説明を始める。
「魔石を上回る代替品の発明ってところかしら。
作り出すといずれ魔石が淘汰されるようなもの。それを作るのはこの世界では禁じられているわ」
代替エネルギーの開発。どの程度のものかによるだろうけれど、前世では世紀の発明と呼ばれるほどの成果だと思う。
魔法・魔術があるこの世界であれば、低コストで安全性も高いものができあがるかもしれないし、人々の発展に大きく貢献できることだろう。
しかし魔石が使用されなくなれば、ハンターの収入源の1つが絶たれる事になる。加えて魔石しか価値がない魔物を討伐する意欲は低くなるだろう。
そうなれば、特定の魔物が溢れ魔物氾濫を起こすかもしれない。
何より魔石しか価値がない魔物と言えば、低級の魔物ばかりだ。
そうなると、低級ハンターが育つ土壌がなくなり、ハンターの数が減るかもしれない。
ハンターが減れば、やはり魔物が増える可能性は高くなる。
と言った、人々の事はたいして関係がないのだろう。
それよりも創造神様やフィイ母様が問題にしているのは、魔石の循環による浄化作用が弱くなることか。
……そう考えてみると、この世界の要素としては、人よりも魔物の方が重要なような気がしてきた。
深く考えるのは止めておこう。
「魔石の使用がなくなって困るのは、世界の浄化作用が弱くなるからですか?」
「ええ、ええ。知っていたのね」
「トゥルが大ざっぱに教えてくれました」
「それだけ知っておけば十分じゃないかしら。禁忌になった理由はそんなところだもの。
それで行ってくれないかしら?」
「行っただけで、面倒になりそうで仕方がないんですが」
そういって、手紙のほうを見る。
フィイ母様からの依頼。受けてもいいのだけれど、この手紙を使っていくと確実に面倒事に巻き込まれる。
あと受けるかどうか決めるのは、わたしではなくてシエルだから、わたしに聞かれても困る。
わたしの返答にフィイ母様がくすくすと笑った。
「その手紙を使わずに行けばいいのよ。それだけの地位にはいるんだもの」
「……確かにそうですね」
「それを使わなければ、求婚を受けたことにはならないし、貴女達がオスエンテに入ったことも王家には伝わらないわ。
それに学園に入学してみるのも、良いんじゃないかしら? 貴女達は同世代がどれほどのものか知らないわよね?」
同世代と顔を合わせた記憶すらない。
今までで一番近かったのは、ノルヴェルで突っかかってきたD級になったばかりの少年だろうか。たしか当時15歳で、シエルとは3歳差はあった。大人になってからの3歳差は同世代と言えるかもしれないけれど、十代の3歳差はとても大きい。
そういった感覚を得られるのも今のうちだろうし、シエルに同世代の友人がいても良い気がする。
トゥルが友人枠っぽいけれど、人の友人とはまた違うだろうし。
「人の世界を学ぶという意味でも、悪くはないはずなのよね。
貴女達に入学してほしいところは、魔術に長けた人が集まるところだから、学べる事も多いはずよ。
魔道具や人形魔術についても学べるのではないかしら?」
『エイン、エイン! 行ってみたいわ!』
魔道具については少し気になっていたんだよな、と思っていたら、シエルの訴えが頭に響いた。
人形魔術に反応したのだろうか? 確か人形魔術といえば、ゴーレムなんかを作ることを目的とした魔術だったと思う。
人型をしたものを指定したとおりに動かすとか、遠距離から操作するとか、そういった類のものだ。
そしてシエルは人形魔術に興味があると。
「それから、それから。人造ノ神ノ遣イを探すうえでも、他国に行ってみるのは悪くないと思うのよね」
フィイ母様が追撃を加えてくるけれど、シエルが行きたいといった時点で、わたしの中の答えは出ているようなものだ。
合わなければ自主退学すればいいだろうし。
学校というものの雰囲気だけでも体験できれば、あとは野となれ山となれ。
『行ってみましょうか。オスエンテの海も見てみないといけませんしね』
『ええ、ええ。それも楽しみね』
「シエルも行きたそうなので、行ってみようと思います。
ですが入学時期ってありますよね?」
「そうね。季節が変わって、春になってからね」
「それまでは、準備しながら邸でのんびりしていようと思います」
「ええ、ええ。任せたわね」
頼みを引き受けたことが嬉しかったのか、フィイ母様が笑顔で手を合わせる。
うん。手紙をもらいに行っただけなのに、学園に行くことになるとは……。とはいえ、フィイ母様としてはもとよりわたし達を学園に行かせる気だったみたいなので、今回の手紙に合わせて伝えられただけなのだろう。
「確認なんですが、その困った人は母様が入学させようとしている学園にいるんですね?」
「その通りよ。とはいっても、具体的に誰というのはわからないのよね。
そもそも世界の監視は最高神様の管轄ではないのよ。この世界に最高神様の名前は伝わっていないのもそのせいね。本来あまり世界に関与する神ではないわ」
「わたしは創造神様しか会ったことないですけどね」
「普通は神に会うことはないのよ?」
クスクス笑うフィイ母様にわたしも同じように笑っておく。
前世の感覚だけれど、神に会うなんてまずないだろう。仮に会える人がいたとして、それだけで特別扱いされるものだ。
教会で軟禁とかされてしまいそう。やっぱり教会にはかかわらないほうがいいかもしれない。
だけれどこの邸以外だと、神殿に行かないと創造神様とコンタクト取れないことを考えるとまったく関わらないというのも無理そうだ。
「ところで、本来世界を見渡す神というのはどうしているんですか?」
「確か今拗ねているんじゃなかったかしら?」
「ああ……拗ねている神がいるとか言っていましたね」
神の世界にもいろいろあるらしい。
創造神様以外には会ったことはないけれど、いつかは会うことになるのだろうか。
そちら側に足を踏み入れているので、可能性はありそうだ。
「それと学園っていくつかあるんですか?」
「2つかしら。上級の貴族だけが通えるところと、貴族も平民も問わず有能な人が通えるところ。
王族である件の王子は前者の学園に通っているみたいね。手紙に書かれていた学園がこちらだったわ」
「それはよかったです」
同じ学園だとしたら、絡まれる未来しか見えない。
同じ国くらいだったら、まず会うことはないだろう。相手は王子、動けば何かしらの情報はあるだろうし、情報収集はフィイ母様ほどではないけれど得意な分野だ。
「学園って年齢は大丈夫なんですか?」
「12~15歳というのが一般的だけれど、特に貴女達に行ってもらうところは多少は違っても大丈夫なはずよ」
「ということは、シエルは周りよりも1歳年上になるんですね」
「そうね。そうだけれど……大丈夫じゃないかしら?」
フィイ母様がこちらをじっと見て、そう結論付ける。
モーサ、ルナ、ミアもそれに倣って頷く。
わたしもそうだとは思っていた。
ただシエルだけが『どういうことかしら?』と不思議そうな声を出していた。
無理矢理区切った感は否めませんが、ひとまずこれで2部の中央編は終わりにしたいと思います。
3部はオスエンテ編。最初は学園編ですが、まだいろいろ考えているところなので、それまでは緩和でお茶を濁そうと思っています。
ということで、何かリクエストがあれば、言っていただけると採用するかもしれません。
とりあえずは、更新が止まるということにはないようにしたいと思いますので、今後もよろしくお願いします。