133.呼び出しと手紙
トゥルとシエルが楽しく遊んでから数日。ハンター組合に呼ばれたため、昼前くらいにシエルと邸を出て歩いている。
本当は連絡がきたのが昨日で、今朝早く出ても良かったのだけれど、朝のハンター組合は何かと騒がしい。
よくある割の良い依頼の取り合いがあるから。
そんなに頻繁に良い依頼が出されるわけではないけれど、だからといって良い依頼を取り逃すのは矜持が許さないという人は少なくない。
それに割が良い依頼――報酬の高い依頼をこなせば、それだけ休みや訓練、武器の修繕・新調などに使うことが出きる。
要するに戦力アップに繋がる。
戦力が上がれば、より上の依頼を受けることができ、より高い報酬、より濃い経験を積むことが出きるわけで、ハンターのキャリアアップとしては貪欲に狙っていきたいと言うところだろう。
そこまでの上昇志向が無くとも、大金が入れば長期間働かずにすむ、くらいに考えている人もいるだろうけれど。
どちらにしても、お金があるにこしたことはない。
ランクアップだけを見れば、塩漬け依頼をこなしておいた方が良いと思うけれど、得てしてそう言った依頼は金額が見合っていないのだ。
シエルもわたしも魔術師タイプな上、守りはわたしの結界頼りなので、究極身一つあればわたし達はある程度の依頼をこなせる。
しかし、一般的なハンターであれば、それに加えて防具の消耗、道具の消耗も考えないといけない。
ということで、朝は人が多い。
しかしながら、依頼に集中しているため、いる人数の割には絡まれる可能性は低かったりする。
それはそれとして、朝は受付も大忙しなのでこの時間に動いたわけだけれど。
たぶん中央でシエルに絡んでくる人はいないだろうから。
仮にいたとしても、軽く返り討ちにして終わりだ。
その許可自体はすでにラーヴェルトさんにもらっている。
あれをもらったと言えるかはわからないけれど、殺さないように気をつければ文句は言われまい。
『確か渡したいものがあるのだったかしら?』
『なにを渡したいのかはわかりませんが、そう言う話でしたね』
『金蜘蛛に関することかしらね』
『考えられるのはそれなんですが……それで渡すと言われても思いつかないんですよね。あの牙は勘弁ですし』
『あれは要らないわよね』
『灰にならなかったのが残念です』
『そうね、そうよ』
実に灰にしたかった。あんな気持ちが悪いものが存在していたという証をこの世界から完璧に葬り去りたかった。
幸いなのは、おそらくもう蜘蛛型の人造ノ神ノ遣イが居ないこと。
リスペルギアも複数同じものは作っていないと思う。思いたい。違ったら、今度こそ牙まで灰にしてもらおう。
金蜘蛛については横に置くとして、ハンター組合が渡したいもの。
絞り出してみれば、金蜘蛛に殺された人たちの遺品を渡してもらえるとか、助かった人たちからの報酬的なのを渡してもらえるとかだろうか。
どうやら、生き残りは無事に地上まで戻ってこられたらしい。
わたし達が助けた人の中だと、死者はなし。
栄養失調の人はいたらしいけれど、全員が自分の足で歩いて帰ってきたのだとか。
『ともかく、ここで考えても仕方ないですね』
『行ってみてという事ね。もうついたけれど』
シエルと話している間にハンター組合に到着。
なにを渡されるのだろうかというのも、雑談の話題の一つでしかないので、シエルもわたしも答えを求めているわけではない。
どうせ行けばわかるから。
シエルがバーンと勢いよく扉を開けて中に入る。
中にいるハンターは数グループ程度で、シエルを見るなりひそひそと話を始めるか黙ってしまった。
それだけシエルの事が広まっているのだろう。
受付に行って呼ばれたことを伝えると、奥の部屋に案内された。
そのときに後ろから落胆する声と、喜ぶ声が聞こえてきたのだけれど、もしかしてシエルを使って何か賭でもしていたのだろうか?
確かにシエルはよく裏まで連れて行かれる。それってもしかして問題児に見られていないだろうか?
見られていても、シエルは気にしそうにないけれど。
案内された部屋にはいつも通りにラーヴェルトさんが待っていた。
「お呼び立てして申し訳ない。本来なら使いの者に持って行かせれば良かったのですが、少し厄介な事がありましての」
「別に良い」
「そう言っていただけると、こちらも助かりますな」
言われてみると、確かにシエルがハンター組合まで赴く必要はない。
渡すものが、大きいもしくは多くて運ぶのが大変だとしても、ハンター組合には魔法袋があるだろうし、そんなものをシエルを呼びつけて持って行かせるというのはハンター組合的にも体面は悪いだろう。
だとすると、重要なもの、貴重なもの、そう言ったものを渡されるのか。全くと言っていいほど心当たりはないけれど。
「それで渡すものは?」
「その前に1つ確認をさせてもらってよろしいですかな?」
「なに?」
「先日の巣窟の一件で、黒髪の少女について何か知りませんかな?」
「……?」
『たぶんわたしの事じゃないですか? 巣窟の中で何度か入れ替わりましたし』
『確かにそうね』
シエルが首を傾げてから黙っているので、ラーヴェルトさんが困っている。表情には出ていないけれど、そんな気がする。
だから『とりあえず何か言ってあげてください』とシエルに伝える。
「なぜそのことを聞くの?」
「とある高貴なお方から、自分を救った黒髪の少女に手紙を渡すようにと頼まれたのです。
ですが、こちらが把握している限り、助けることができた可能性のあるものは、シエルメール様かA級のカロルの二人だけでしてな。
黒髪はどちらにも該当せず、カロルは途中で引き返したと聞いとります。つまりシエルメール様を見間違えたというのが、もっとも可能性が高いでしょうが、万が一にも渡し間違えるわけにはいけないもので」
要するに、わたし達が助けた中の誰かが、わたしに手紙を渡したいわけだ。
非常に面倒くさいような、厄介な香りがしてならない。
「心当たりはあるから、私が渡しておく」
「大変申し訳ないですが、それはできませんでの」
「なぜ?」
「今回の相手は王族でしてな」
面倒くさそうな案件が、面倒くさい案件に変わった。
なぜ王族が巣窟にいるのか。どうして蜘蛛に捕まっているのか。
ため息がでる思いだけれど、ラーヴェルトさんの立ち位置の方が胃が痛いのはわかる。
言わないけれど、ラーヴェルトさんの目できちんと手渡されたところを確認しないといけないのだろう。
万が一渡らなかったら、ラーヴェルトさんの信用問題になるから。
だけれど、シエルにそれを伝えるのも立場上できない。
これは、仕方ないか。
『シエルとわたしの関係を他言しないように契約してもらって、わたしが受け取りましょうか』
『いいのかしら?』
『ハンター組合を信じ切ることはできなくても、ラーヴェルトさんならまだ大丈夫でしょう。保険に契約があれば、良いと思います』
『わかったわ』
「今から会わせても良い。でも条件がある」
「何なりと」
「これから起こることを他言しないこと。それを契約すること」
「わかりました」
ラーヴェルトさんは二つ返事で受け入れると、立ち上がり、部屋の棚から契約に必要な用紙を持ってきた。
これを見るのも何回目になるだろうか。
人によっては一生目にすることのない類のもののはずだけれど、ここ数年で3回は見た。
シエルがラーヴェルトさんから用紙を受け取り、内容を書いていく。
書き終わったそれに、ラーヴェルトさんも署名して血を付けて契約完了。
ハンター組合グランドマスターとしてあるまじき不用心さ。
もとよりこちらの要求を拒めないともいう。
「それじゃあ」
シエルがそれだけ言って、わたしと入れ替わる。
勿体付けるわけでもなく、入れ替わりの演出もない。急に黒髪になったシエルを見たラーヴェルトさんの両目が、大きく開かれた。
「はじめまして、わたしはエインセルと申します」
「これはご丁寧に……。確かにシエルメール様とは違うようですな」
「わかるんですね」
「ええ。これでもハンター組合のトップですからな。ですがこの年になって、ここまで驚かされるとは思いませんでしたわい。
あの時シエルメール様が出した条件の理由は、ここにあったのですな」
「何となくわかっているようですから、詳しい説明は不要ですね。簡単に言っておけば、わたしはシエルに宿っている存在です」
「そしてシエルメール様と同じく、フィイヤナミア様の義娘に当たるわけですか……」
わたしをハンターにするに当たって、フィイ母様がそのあたりは言っていたっけ。
シエルの出した条件も、その時に言っていたわたしをハンターにするための奴だろう。
「一つ質問なんですが」
「何なりと」
「ハンター組合が王族程度の遣いパシリになっていていいんですか?」
「これが命令であれば拒むこともできましたが、この手紙は助けたものへの礼だと言われてしまうと拒否することもできませんでの」
「ああ……」
強かというか、あくどいというか……。
いや、純粋にお礼をしたいだけなのかもしれないけれど、そうだとしたら考えが足りなさすぎる。
とりあえず、彼の王族へのわたしからの評価は下がった。
うん、まあ。普通は王族からお礼と言われたら喜ぶものだろう。
上級ハンターであっても、王族へのコネクションができるというだけで、十分な成果だといえそうだ。
だけれど、少なくともわたしはそれに魅力は感じないし、王族とのつながりは作ろうと思えば、作れるような身分だと思う。
「とりあえず、受け取ります。これで大丈夫なんですね?」
「助かりますのぅ」
「それでは、一度持ち帰ってどうするか母様と相談してみます」
それでシエルと入れ替わろうと思ったけれど、念のために受け取ったと一筆を書いておく。
それから改めてシエルと入れ替わって、ハンター組合をあとにした。
◇
「それで手紙は読んだのかしら?」
「まだ読んでないですね。手紙に魔術的な細工がしていないことはわかっているのですが、開けたら最後面倒くさいことになるかもしれないと思いましたので」
邸に戻って、母様に時間を作ってもらって話を聞いてもらうことにした。
こういうとき、シエルが表に出ていることが多いのだけれど、今回はわたしが手紙をもらったという事で、わたしが表に出て話をしている。
「うんうん、読むだけなら何の問題もないわ」
「それなら読んでみます」
大丈夫だと確認できたので、封を開けて手紙を取り出す。
それからざっと読んでみたけれど、遠回しな言い回しのせいで読み辛い。簡潔にかみ砕いてみると、「お金は出すから『オスエンテ』にある学園に入学させてやろう」ということらしい。
送り主はオスエンテの第4王子とある。
この世界の学校はよく知らないけれど、前世と違って誰もがいけるところではないらしい。
何なら学校を卒業していることが、十分にステータスとなる。
だから王族の名でお金も出してもらって入学できるというのは、一般人にしてみれば十分にお礼になるのかもしれない。
「見せてもらって良いかしら?」
「構いませんよ」
さてどう判断したものかと思っていたら母様に見せて欲しいといわれたので、手を伸ばして手紙を渡す。
受け取ったフィイ母様は手紙に視線を落としたかと思うと、徐々にその笑みを深めていった。
笑っているけれど、笑っていない。そんな感じだ。
はっきりいって怖い。
きっと裏になにかしら隠された意味があるのだろうけれど、残念ながらわたしはさすがにそれを見通せるほどこちらの世界になれていない。
『なんだかフィイが怖いのよ』
『怖いですね』
『そんなにダメな内容だったかしら? 私は学園というのには興味ないのだけれど、ダメというほどではなかったと思うのよ』
『何かあるんでしょうね。わたしにはわかりませんが』
『私にもわからないわ。困ったわね』
なんてシエルと話していると、フィイ母様が控えていたモーサやルナ、ミアにその手紙を見せる。
そんな風に回し読みしていい手紙ではないはずなのだけれど、その辺はここが中央で彼女がフィイヤナミアだからということだろう。
そして見せられた、メイド達の表情も深い笑みやら、怒りやらに変わっていく。
「文面通りの意味ではなさそうですね」
「そうね、そうね。だけれど、オスエンテの独特な文化といった感じかしらね。上流階級の者が自分にふさわしい女性になるようにと、下流の女に教育を受けさせようとするのよ」
「要するにわたしが求婚を受けている訳ですか」
「もっと強制力は強いわね。平民が断れるわけはないもの」
「確かにそうですね……。わたしは平民と思われているわけですか。平民といえば平民でしたけど。確かにハンターとしてB級だったのもシエルであって、わたしではないですけど……」
だけれど現在はA級ハンターであり、フィイ母様の義娘なのだけれど……。なにを考えて、こんな手紙を残していったのだろうか……。