132.帰り道と少年と合流
地上へと戻る道中。というよりも、トゥルと別れた階層の一つ上。
金蜘蛛を葬って、けが人たちが並べられている階層を通るとき、気になることがあった。
さっきの今で死んでいる人はいないと思うけれど、一応死んでいないかと確認しながらシエルについて行っていたら、わたしはその人――少年を見つけた。
金色の髪をした、シエルと同じ年齢ほどの少年。
巣窟に潜るには明らかに場違いな、新品で無駄に高そうな服装。
服装に関してはわたし達も何か言えるような立場ではないけれど。
何ならドレスを着て巣窟を闊歩だってできる。
最奥にいるトゥルの攻撃も防げたのだから、フィイ母様が言っていた通り、わたし達を脅かせるほどの存在は巣窟には居ないだろうし。
『エイン、気になることがあるのかしら?』
『えっと、気になる人がいるんです』
『この中によね? どの人かしら?』
シエルの声色は、何というか、妙に真面目になっている。
わたしをからかうというよりも、その人物を見極めようとしている感じだろうか。
話した以上、隠す気はないので気になる少年の元へ、シエルを連れて行く。
『この人なのね? ……何というか、場違いよね?』
『場違いだと思いますよ。こんな格好で巣窟に来るのは自殺行為ではないでしょうか。よく見れば、武器の一つも持っていないようですし』
『魔術が堪能なのかしら? 魔力が多いとかかしら?』
『シエルもわかると思いますけど、この人からはほとんど魔力を感じませんよ。隠している可能性もありますが』
『ええ、わかるわ。だとしたら、どうしてこんなところにいるのかしらね?』
『身分が高い人が、護衛を引き連れて強引に中に入ったとかでしょうか?
このくらいの年齢であれば、冒険とかに憧れることもあるでしょうし』
ただの道楽、暇つぶし。格好をみる限りはほかの答えは見つからない。
ああ、第一層で訓練していたというのも考えられるか。
でも新人ハンターといった感じでもない。どちらにしても運はなかったことだけは確かだ。
『エインはそのことが気になったのかしら?』
『いえ。何で気になったのかわからないんですよ。強いて言うなら、そこはかとなく親しみを感じます』
『それならどうするのかしら』
『どうにも』
何かを感じ取ったのは確かだけれど、だからといって関わろうとは思わない。
関わったが最後、厄介事に巻き込まれそうな未来しか見えない。何せ身分が高そうな少年なのだ。
イメージでしかないのだけれど、7割くらいの確率で性格がねじ曲がっていると予想している。
結局は接してみないとわからないシュレディンガーの少年よりも、今はシエルと安全に地上に出ることが先だ。
というわけで、階層をあとにして急いで地上に出ることにした。
◇
行きとは違い帰りはわたし達だけなので、ほとんどの魔物を無視して進む。案内役が居ないので少し不安があったけれど、すんなりと階層を戻ることができていた。
前回来たときには意識していなかったけれど、帰り道は出くわす魔物もかなり数が少ない。
行きで倒したからというのもあるかもしれないけれど、作為的なものも感じる。
具体的には創造神様が何か手を加えているような気がする。
魔法とか魔術というよりも、構造的な関係で。
ともあれ、サクサク戻れることは良いことだ。
残り10層ほどのところまで来たところで、カロルさんを見つけた。
「あら、意外と時間がかかったわね」
「色々あった」
「なにがあったのかは、今はいいわ。目標は倒せたという事でいいのよね?」
「うん」
「それなら、生存者の情報を教えてもらえるかしら」
「いいけど、どうするの?」
「ハンター組合に戻ったときに、迅速に動けるようにしておくのよ。
貴女達はグランドマスターと話をしないといけないでしょう?」
そういえば、報告はしないといけないなと思ったわたしはたいがい抜けているのだと思う。
シエルも似たような反応をしていたけれど、それはまた別だろう。
シエルの反応を見たカロルさんは、あきれたような顔をして「それで?」と話を促す。
『生き残っていたのは、何人だったかしら?』
『20人はいたと思います。30人はいなかったはずです』
『そんなものよね』
「生きている人は、20人以上30人未満」
「状態は?」
「今は寝てる。それぞれ死なないくらいには治した」
『たぶん歩けるくらいは回復するんじゃないですか?』
「歩けるくらいは回復するって」
わたしはわたしの治療の能力がどれだけあるのかを正確には知らない。
切れた腕をつなげるくらいはできそうだけれど、それがどの程度かはわからない。
カロルさんは真面目な表情で頷いた。
「それは助かるわね。死者はどうかしら?」
「エインに長時間見せていたくなかったから埋めた。数は知らない」
「身元が分かるものは……なさそうね」
「ハンターは自己責任。違う?」
「ええ、そうね。だから別に構わないわ。あれば報酬に上乗せされただろうけれど、貴女達はお金に困ってなさそうだものね。一応の確認よ」
確かに死んだハンターを見つけた場合、身元が分かるように組合証などを見つけることが推奨される。持っていけば、数に応じて報酬も支払われる。
しかしカロルさん……というかハンター組合には悪いけれど、さすがにあれを調べようと言う気にはならなかった。
見ていて気持ちが良いものではないし、シエルに見せていたいものでもない。
知りたければ、掘り起こして自分たちで確認して欲しい。
「とりあえず、急いだ方が良さそうね」
「どうして?」
「気を失っているという事は、魔物が湧いたら困るもの。
すべて倒しているのかもしれないけれど、危険性はあるのではないかしら」
「しばらくは大丈夫って、トゥルが言ってた」
「……どういうこと?」
「各層の魔物をすべて倒すと、しばらく湧かなくなるらしい」
「色々あったみたいね」
「色々あった」
カロルさんは何か言いたそうだけれど、シエルは相変わらず。
というよりも、カロルさんは知らなかったのか。
湧かなくなる理由から考えるに、ある程度の深さまで行かないと適用されないのかもしれない。
浅層なら魔物を狩り尽くす事が難しくないだろうし、何回かあったとも思うし。
深層だけに適用されるとすると、そこまで行ける人物が何人いるかという話にもなるし、知られないものなのかもしれない。
「時間があるとわかっただけでも十分と考えるべきね……。
いいわ。とにかく今は戻るわよ」
そういって、カロルさんは足を速めた。
◇
「何か討伐を証明できるものはありますかな?」
「これ」
ハンター組合に戻って、シエルはラーヴェルトさんを呼んで個室で報告。カロルさんはセリアさんを捕まえて、何かをやり始めた。何かといっても、帰りがけに話していたとおり、救援部隊の準備をするのだろうけれど。
こうやって考えてみると、カロルさんって結構ハンター組合に貢献しているのかもしれない。
セリアさんという知り合いが居るからこそなのだろうけれど、A級に上がれたのも――もちろん彼女の実力が上がったというのもあるだろうけれど――こういった貢献の積み重ねがあったからなのだろう。
フリーレさんがB級なのも、そのあたりの貢献度の差がありそうだと思うのだけれど……それは本人が考えることか。
閑話休題。
シエルは魔法袋から、金蜘蛛の牙を取り出してラーヴェルトさんに見せる。
出すときにも嫌そうな顔をしていたし、いっそのことほしいと言ってほしいとか思っていそうだ。
わたしはそれに同意する。一部とはいえ、蜘蛛を持ち歩くのは気持ちが悪い。
「他の部位は灰にした」
「これだけあれば十分。しばらくお借りすることは可能ですかな?」
「もっていって。私達にそれは要らない」
「よろしいので?」
ラーヴェルトさんがわずかに眉をピクリと動かした。
本当に驚いていると見ていいだろう。
人造ノ神ノ遣イの牙となれば、素材としては悪くないだろうし当然か。
金蜘蛛が金狼と同レベルの相手だったとして、強さだけで見ればワイバーンを越えるから、優秀な武器か防具に生まれ変わるだろう。
問題は継ぎ接ぎされたであろう体が強靭なのかどうか。
強さは神界の力で補っているだけで、肉体は弱いなんてこともあるかもしれない。
金狼の時はどうだったか、忘れてしまった。
「蜘蛛は要らない」
「そう言うことでしたら、遠慮なく」
「それだけでわかるもの?」
蜘蛛の牙を受け取ったラーヴェルトさんにシエルが尋ねる。
大きな牙だとはいえ、それだけであればいくらでも偽装はできるように思う。
灰にした側が気にしても仕方がないのかもしれないけれど。
「鑑定士の中にはそういったこともわかるものが居ります故」
「そういえば、職業も判別できる人がいた」
そう考えると、鑑定職というのは恵まれている。
何を鑑定するかにもよるだろうけれど、多くの場合職に困ることはないだろう。
職業鑑定士は扱いが難しいかもしれないけれど、犯罪者の職業を早急に調べたいときには便利そうだ。エストークでは、曲がりなりにもハンターたちの力になっていたようだし。
各業界から引っ張りだこであるのは違いないと思う。
どこかの最上級職とは大違いだ。
「その件は誠に申し訳ございませんでした」
「別にいい。報告はこれで十分?」
事の顛末と救助者の情報と死者の情報。帰りがけにカロルさんにしたものとほとんど一緒だけれど、他に伝えるべきことも思いつかない。
ラーヴェルトさんは少し考えて「何か変わったことはありませんでしたかな?」と尋ねた。
「なかった」
短くそう返したシエルは、もう用はないとばかりにその場をあとにした。
トゥルのことは話す必要もないと言うことだろう。
話したところで、トゥルが住む階層に行けるハンターはいないようだし、浄化された魔物の話をしたところで何か変わるわけでもない。
ハンター組合を出たシエルは、まっすぐフィイ母様の邸に向かった。
◇
「あの子にあったのね。元気にしていたかしら?」
「キートゥルィ――トゥルは暇をしていたみたいよ?」
「あの子にとって、巣窟はもう家みたいなものだものね。見て回るところもなくなったのかもしれないわ」
庭の見えるバルコニーでフィイ母様とお茶をする。
精霊が育てた茶葉を一流の使用人が入れているお茶は、やはりほかのところで飲むものよりも数段おいしい。
これを飲もうと思えば好きなときに飲めるというのは、贅沢といっていいかもしれない。
フィイ母様にトゥルの話をすると、母様は懐かしそうな顔をして応えてくれた。
「地上には出てこられないのかしら?」
「そうね、そうね。出られないようになったのではないかしら?
最高神様がそのように細工したといっていた気がするわね」
「そうなのね」
シエルのつぶやきに、同情の色が混じる。
「ええ、ええ。仮に地上に出られたとして、あの子が退屈するのは変わらないと思うわよ?」
「どうしてかしら?」
「それだけ長い間を生きているもの。
私が巣窟に連れて行ったとき、すでに地上に飽きていたのではないかしら」
長生き故のというわけか。
これは他人事で済ませる訳にはいかないのかもしれない。
わたし達もどれだけ存在するのかわからないのだから。
「フィイも退屈しているのかしら?」
「そうね、そうね。退屈していたわね」
「つまり今は違うのね? どうしてかしら?」
「ふふふ、それは秘密よ」
首を傾げるシエルを――おそらくわたしを含めて――フィイ母様は優しい目で見ていた。