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129.戦いの後処理と近づく存在

『シエル大丈夫ですか?』

『ええ。だけれど、少し疲れてしまったわ。こんなに魔力を使ったのは久しぶりだもの。

 ところで、あれは拾った方がいいのかしら?』


 シエルが残った蜘蛛の牙を示す。

 蜘蛛の一部であるので、シエルの気持ちはよくわかるのだけれど、放っておかない方がいいと思う。

 その牙だけが、金蜘蛛を倒したという証明になるのだから。


『拾った方がいいでしょうね』

『そうよね。仕方ないわ』


 重たい足取りで渋々とシエルが牙を拾ったとき、金狼を倒したときと同じように何かが入ってくるような感覚があった。

 自分の中の何かが強くなる感覚はある。そこまで大きな変化ではないけれど、実感できるほどであればこの苦行もやった意味はあるだろう。


 だけれど前回(金狼)と違って、これでひとまずお終いとできないのが辛いところだ。

 リシルさんに守ってもらった人達がどうなったのかの確認をしないといけないし、その人たちに巻き付いたままの糸をどうにかしないといけないし、その前にリシルさんに木をどうにかしてもらわなければ。


 生きているなら、地上まで連れて行く方法を考えないといけないし……。いっそ全員死んでいて欲しいな、と思ってしまうのはわたしがだいぶ人から離れてしまったからだろうか?

 死んでいて欲しいというか、生死はどうでも良いから、面倒事だけは勘弁して欲しい。


 基本的に初対面の人を信用する気はないから。


 なににしても、どうなっているのかの確認だ。

 木をどけてもらうか、消してもらうかしようとリシルさんの方を見るとじっと一点を見つめている。

 どうしたのかなと、視線の先に目をやるとリシルさんが作り上げたのであろう木の一部に焦げ跡があった。


 最後の最後で、どうにか一部を焦がすくらいの威力にはなったらしい。

 シエルが使える攻撃でもっとも威力が高いものの1つなので、さもありなんというか、そこまでしてようやく焦がすことしかできないのか。

 精霊の力のすさまじさがよくわかる。


 わたしに気がついたリシルさんが口を動かすのだけれど、わたしにはなにを言っているのかわからない。

 まだそこまで神化していないということか。でも精霊と話せるようになるのは、もう少しだと思う。

 リシルさんも会話できないことに気がついたのか、焦げ跡を指さして驚いたようなジェスチャーをした。


『シエルがここまでの威力を出せると、思っていなかったんですか?』


 頷きが返ってくる。

 それならよかった。何せシエルの魔力の半分ほどを使う攻撃だ。

 ほかに全く魔術を使わないなんてことは無いので、実質一戦に一回だけの大技になる。

 今回のそれは、明らかにオーバーキルだっただろうけれど。


『リシルさん。守ってもらった人を確認したいんですけど、どうしたらいいですか?』


 リシルさんの驚きは気になるところだけれど、今はやるべきことをやるべきだろうと、リシルさんに尋ねる。

 リシルさんは、ぱちぱちと瞬きをしたあと、納得したような顔をして木々を消した。

 魔法で生み出したとして、こんな風に消せるものなのだろうか? まあ深く考えるのはここでは止めておこう。


『シエル、替わってもらって良いですか?』

『わかったわ。任せるわね、エイン』


 リシルさんが木を消したことで、わたしがやりたいことがわかったのか、入れ替わりを快諾してくれる。

 まあ、理由がなくても、シエルなら喜んで入れ替わってくれると思う。


 入れ替わってから人々を閉じこめている繭を見てみると、糸がゆるんでいるのか、体の一部が見えている人が結構いた。

 糸の圧迫力は金蜘蛛ありきだったということか。

 無理矢理繭から引きずり出さなくて良さそうで助かった。


 意識がある人は居ないらしく、話し声はしない。

 蜘蛛の糸に引っかかって、中途半端に立っている人もいるけれど、自分の力で立っている人も居ない。

 そのまま倒れられるのもなんなので、ひとまず全員を地面に寝かせる。


『生きている人も多いみたいね』

『そうですね』


 寝かせるときにわかったけれど、それなりの人数が生きているらしい。

 本人にしてみれば幸運だったのかもしれないけれど、わたし達にとってどうかはまだわからない。

 できれば放置していきたい。だけれど、放置していくことで被るであろう面倒事も容易に想像できるので、できることはやろう。その上で何か言われたら、無視するなり、ゴリ押すなりすればいい。


 そんなことを考えながら歩いていると、それを見つけてしまった。

 何というか、骨と皮だけになっていたり、中身が妙に柔らかくなっていたりしている、死体。無いわけがないと思っていたけれど、なかなかにグロテスクなものが来てしまった。


『エイン、大丈夫かしら?』

『はい。大丈夫です。ですが、埋葬してしまいましょうか』


 シエルの心配そうな声に答える。リスペルギアの屋敷から出たばかりの時の事があったせいか、わたしが人が死んでいるのを見ると心配してくれる。シエルは平気そうなので情けなくもあるけれど、くすぐったくうれしさも感じられた。


 さて埋葬だけれど、穴を掘って埋めるだけなので、わたしの魔術でも問題なく行える。

 でも落とし穴は作れない。


 一通りこの層を回って、地面に寝ているのは――十数人から二十数人くらい――生きている人だけになった。

 生きているといっても、骨が折れている人ばかりで、起きたとしても自分の足で帰れるかは微妙だ。

 中にはこのまま目を覚まさない人もいるだろう。


『とりあえず、一曲歌ってみますね』

『なにを歌ってくれるのかしら』


 何のために歌うのかはわかっているだろうけれど、そんな風に喜んでもらえるとやる気が出てくる。

 知りもしない相手を回復させるために歌うよりも、わたしはシエルに喜んでもらうために歌いたい。

 ということで、本当は賛美歌でも適当に歌おうかと思ったけれど、わたしも歌っていて楽しい曲を歌うことにする。


 ちょっとマイナーなアニメの歌。アニメが好きだという人なら、聞いたことがあるかもしれない程度の歌だけれど、何というかカッコいいから好き。

 アニメの内容に沿った……というよりも、そのキャラクターの心情を歌ったような歌詞は当時聞くだけで心動かされたものだ。


 治療のための歌と考えると場違いも良いところだけれど、この世界でこの歌を知っている人はシエル以外には居ないだろうし、聞かれていたとして歌詞の意味を知ることもないだろう。

 歌いながら、こういう時には歌姫は便利だなと考える。

 範囲回復は教会ではできないらしいし。歌姫は加減ができないけれど。





 ちょうど一曲歌い終わるくらいだろうか。

 ぱっと見危なそうな人達の顔色がマシになったところで、奥の階層から何か強大な存在が近づいてくるのがわかった。

 感じ取れる魔力しかわからないけれど、シエルとわたしの魔力量を足したのと同じくらいの何か。


『シエル。何か近づいてきているのがわかりますか?』

『何となく……かしら? かなり強いわよね。少なくともさっきの蜘蛛では相手にならないと思うのだけれど』

『それは同感です。逃げるにしても、会ってみるにしても、ここから動いた方が良さそうですが、どうしましょう?』

『それなら次の層に移ろうかしら』

『会ってみるんですね』


 わたしとしては逃げたい。でも、シエルが会いたいというのであれば、わたしが折れることにしよう。

 仮にやってくるのが、フィイ母様クラスの相手だったとしても、逃げることはできるだろうから。

 わたしが表に出ていると、できる事が減ってしまうのでシエルと入れ替わって、入れ替わったシエルが次の層へと足を運ぶ。


 ついたのは草が生い茂った広い空間。草原と言っていいだろう。

 入り口は洞窟だったはずなのに、空がある。

 お弁当でも持ってきたら、ピクニックができそうだ。


『不思議なところね』

『そうですね。巣窟は地下に続いているはずなのに、空があります』

『風もあるわね。まるで外に出てきたみたいだけれど、ここは巣窟の中であっているのかしら?』

『何かが近づいてくる感じはずっとしているので大丈夫じゃないですか?

 巣窟は創造神様が作ったみたいですし、これくらいはできるのかもしれません』

『それなら、進んでいくうちに水の中にも出るのかしら?』

『ありそうですね……』


 シエルは少し楽しそうにしているけれど、わたしはなんだか気が重い。

 水の中に出たとして、わたしはシエルを守れるのだろうか?

 まだあると決まったわけではないし、今日はこれ以上は進まないと思うので今考える必要はないか。


『ところでここには魔物はいないのかしら?』

『そう言えば見かけませんね。……どうやら、隠れているようです。

 おそらく、こちらに向かってくる存在を恐れているのでしょう』


 探知で調べた感じだと、こちらの様子をうかがっているという様子はない。そもそもこちらを向いていない。

 次の層に繋がるであろう場所を見つめている。

 魔物がこんな反応をするのはなんだか気になる。動物が災害を察知して通常とは違う行動をするかのようだ。


 いやな予感がするのだけれど、シエルの様子は相変わらず。


『そう言えば、シエルはどうして逃げなかったんですか?』

『上の人を見捨てて逃げるのは、よくないのよね?』

『よくはないかもしれませんが、自分の命を守ることを第一にすべきだとは思います』


 それに人助けは程々にしておかないと、手当たり次第に助けるようになるときりがなくなる。

 そのあたりシエルがどう考えているのかは、あとで聞いておきたいと思う。

 シエルが人助けをしたいというのであれば、わたしはその手助けをしよう……でも複雑な気持ちにはなりそうだ。


『うふふ。エインがなにを考えているのかはわからないけれど、たぶんそうではないのよ?』

『どういうことですか?』


 シエルに声をかけられて、反射的に答える。

 なんだか楽しそうなシエルの声で、少し陰鬱だった気分が晴れるわたしは、やっぱり単純なんだと思う。


『フィイが言っていたもの。私達なら最奥に行っても死ぬことはないって。だとしたら、奥からやってくる存在に怯える事はないと思わないかしら?』

『……はい。確かにそう言っていましたね』


 言われて思い出した。確かにフィイ母様はそんなことをいっていたように思う。

 ならばわたしが守っている限り、シエルに危険はないだろう。


『だから逃げなかったのは、ただの興味本位なのよ。

 安全に会えるのだから、会ってみるのは悪い選択ではないと思うものね』

『上の人達を助けたいというわけではないんですね?』

『強いて助けたいわけではないのよ。なぜ私が助けないといけないのかしら、って思うもの』


 シエルの言葉にホッとしてしまうわたしは、人道に反しているのかもしれない。

 だけれど、人道に反しようがどうだろうが、わたしはシエルが幸せに生きてくれればそれでいい。


『それにエインが言っていたもの。善意には善意を、悪意には悪意を返すって。

 でも今回はそうではないでしょう?』

『ではどうするんですか?』

『別にどうにもしないのよ。気が向いたら手助けをするかもしれないし、放置するかもしれないわ。

 私にとって、エインと一緒にいること以外は大体些事だもの。

 強いて言うなら、邸の人やカロル、セリア、愚者の集い辺りが困っていたら助けても良いかもしれないわね』


 シエルはそこまでいうと、考えるようなそぶりを見せる。


『危険ではないとして、エインは巣窟の奥からやってくる存在が気にならないのかしら?』

『気にはなりますね』

『それなら他の事はどうでもいいと思わない?』


 悪戯っぽい顔でシエルがそんなことを言う。

 その魅力的な表情にわたしは難しいことを考えるのを止めることにした。

 何が来ても、わたしがシエルを守ればいいだけなのだから。

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