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124.事後処理と人間関係

 音もなく忍び寄ってきていた執事のナイフは、シエルの首に当たって止まる。

 正確にはわたしの結界に阻まれて止まった。

 勝ち誇った目をしていた、茨に捕らえられた男も、首を狙ってきた執事も驚いたように目を丸める。


 結界がなければ、危なかった……というわけでもない。

 わたしは接近に気がついていたし。ただその存在感、だろうか? 普段ならはっきりわかる接近が少しわかり難かった。


『気がついたうえで黙っていたのよね?』

『そうですね』

『ひどいわ、ひどいわ! なんて。

 だけれど、どうしてかしら?』

『シエルの修行のため、でしょうか? わたしでも少し解り辛かったので、こういう相手もいるのだと知っておいてほしかったからですね』

『そうね。全く気がつかなかったわ? 音もなかったと思うのだけれど、どうしてかしら?』

『はっきりとは言えませんが、職業が関係しているんだと思います』


 職業は無数にあり、その数は増えている。

 かつてはそれなりに見かけていた職業が、最近めっきり現れなくなったなんて事もある。

 それならば、暗殺や潜入に特化した職業があっても不思議ではない。


 それに魔力を操作して魔力を感知させないように――感知できる人が少ないのでやる意味があるのかはわからないが――する事や訓練によって音を立てずに動くことができるようにはなるかも知れない。

 しかしわたしが行っているのは、空間的な把握。やろうと思えば、空間内に石が何個、草が何本生えているのかまで数えることができる。


 そこに存在する限り逃れることはできない。


 それを誤魔化さんとしたということは、職業の影響である可能性が高いわけだ。

 むしろよく今まで出会わなかったものだとすら思える。

 何度暗殺されかけたのか解らないけれど、昔のわたしでも解る程度にはお粗末だったといえば、お粗末だったし。


 数が少ないのか、本職ではなかったのか。まあ、10歳に満たない子供を試すのが目的だったと考えると、本職である必要もないのか。


『そういう職業もあるのね。いえ、あっても不思議ではないわね』

『そうですが、そろそろ目障りなので、対処しませんか?』

『それもそうね』


 シエルとわたしが話している間、執事は凝りもせずにシエルに攻撃を仕掛け、間を見て茨に捕らえられた男を救い出そうと手を出していた。

 どちらも大した成果は得られていないけれど。

 茨の方にも大してダメージを与えられていないところを見るに、攻撃力は低いのかもしれない。


 つまり無害ではあるのだけれど、流石にそろそろうっとうしい。


 シエルは魔法袋から舞踏用の剣を取り出し、執事のナイフをはじいて落とすとそれを拾って切りつける。

 やはり戦闘能力は低いようで、歌姫のサポートなしでも簡単に事をなせた。

 ナイフには毒が塗られていたらしく、切られた執事は苦しみだし、やがて動かなくなる。


『シエルは大丈夫ですか?』

『問題ないわ。エインこそ大丈夫かしら?』


 魔術や舞姫ではなく、直接人を殺したのはおそらく初めてだったので、心配して声をかけたのだけれど、逆に気遣われてしまった。

 問題ない、といった時の様子から見ても、無理をしている様子もない。

 それならばいいかと、わたしも『大丈夫ですよ』と返しておいた。


 命を狙って襲ってきた以上、そこらの魔物と大差ないとか思っていそうだ。

 盗賊も似たような扱いをされるし。

 わたしも今は大丈夫。昔だったら疲弊していたかもしれないけれど。


 ざっと周囲を探ってみて、茨男の様子を確かめて、襲撃はこれで終わりだとシエルに伝える。

 それにしても、襲撃が片づくまで幸か不幸か、シュシーさんは起きなかった。

 案外大物なのかもしれない。


 シエルに頼んで起こしてもらうと、「あと少しだけ……」といっていたのできっと大物なのだろう。





「そっか、それでこうなったんだね。今日はもうお休みにしようかな?」


 シュシーさんが起きて、茨で気を失っている男を見てぎょっとしていたので、シエルが簡単に状況を伝えた。

 シュシーさんが寝ている間に、死体を魔法袋に入れて、シエルが水魔術で血を洗い流して、死体をハンター組合に押しつけて戻ってきたので、茨男以外は一応片づいている。


 というか、ざっと1時間くらいはかかったと思うのだけれど、その間ずっと寝ていたシュシーさんはやはりどこかずれているのかもしれない。

 あまり気にした様子がない反応も、このお店で襲撃犯を殺したことを伝えたうえだから恐れ入る。


 A級ハンターではあるし、その辺は割り切れているのだろう。

 特に今回、シュシーさんにしてみれば山賊に襲われたようなもので、ハンターとして見てみれば討伐対象に含まれる。


「シュシーが負けた理由は?」


 A級ハンターであれば、対処できたのではないかと思うのだけれど、シエルの問いにシュシーさんは首を左右に振った。


「あたしは不意打ちに弱いんだよね。魔物が相手だったら正面から戦うことが多いから、全然戦えるんだけど」

『典型的な魔術師タイプって事ですね』

『どういう事かしら?』

『後衛で、物理に弱くて、打たれ弱い……みたいなイメージでしょうか?』


 それから探知能力も低いのかもしれない。

 今回は気絶させることが目的だったと思うから、殺気がなくてとかもあるのだろうか?

 うん。詳しいところは解らない。


 とりあえず、魔物相手に正面から戦えば、A級相手にも戦えるけれど……ってことなのだろう。


「それに殺されることはなかったと思うんだよね」

「なぜ?」

「精霊が守ってくれるから」


 精霊と契約をしていると、そんなことまでしてくれるのか。

 だからこそ、なかなか起きなかったのかもしれない。

 守られている安心感という奴だろう。


 精霊はわたしほど過保護ではないみたいだけれど。

 でも、わたしも別にシエルを過保護にしているつもりはない。


 ところでリシルさんはわたし達が危ない時には助けてくれるのだろうか?


「だけど、たぶん。そのときにはお店が全壊してたかも。精霊ってそのあたり大ざっぱだから」

「やりすぎる?」

「そうなんだよねぇ……」


 シュシーさんが遠い目をするのだけれど、もしかして以前に何かやらかしたのだろうか?

 何というか、シュシーさんを人質にした時点で、茨男はほぼ負けていたも同然だったわけだ。

 フィイ母様に刃向かった時点で、かもしれないけれど。

 大切な息子なら、フィイ母様に刃向かわないように、説得すれば良かったのだ。


「これどうする?」

「ハンター組合……かなぁ。そこでこちらの要求をいって、あとは任せていいと思う」


 茨男をさして尋ねたシエルに、シュシーさんがうんうんと何かを思い出しながら、絞り出すようにそういった。


『要求って何かあるかしら?』

『わたし達と二度と関わらないことでしょうか?』

『そうね。私が欲しいものは、こんな男からもらえるものでもないものね』

『何が欲しいんですか?』

『内緒なのよ』


 シエルがくすくすと笑い声を響かせる。

 その声はなんだか耳をくすぐるようで、こちらまで笑ってしまいそうだ。

 とはいっても、シュシーさんには聞こえていないのだけれど。


「シュシーは何が欲しい?」

「お金かなー。とりあえずもらえるだけ欲しい……っていうのは冗談で」


 慌てたように訂正するシュシーさんだけれど、流石に誤魔化されない。

 お金が欲しいというのは、おおよそ誰でもそうだろうし、気にしなくていいと思うのだけれど。

 お店をやっていればなおさら。お金に余裕があれば、好きなことができるようになるし、お店も趣味にはしれるというものだ。


「お金いいと思う」

「そ、そうかな?」


 肯定されたことによる安心感からか、もしかしたら大金をもらえるかもしれないという想像からか、シュシーさんがほっとしたような表情で口の端をピクピクさせている。


『せっかくですし、シュシーさんにお勧めの商品でも聞いて、それを買いましょうか』

『良いけれど、どうしてかしら?』

『わたし達のせいでここが襲撃されたようなものですから。

 謝罪もかねて、でしょうか?』

『でも私達は悪くないわよね? あの男がすべての原因だと思うけれど』


 言われてみるとその通り。わたし達が男に謝罪されるならまだしも、わたし達が謝罪する必要はないと思う。

 むしろ謝罪をすることで、状況が悪くなることもある。

 それにわたし達は簡単に謝罪していい立場だとは言えない。


 だからこそ言葉にするのではなくて、商品を買うという方向に持って行っているのだけれど。

 シエルの言い分からすれば、それもやる必要はないということだ。


 さてどう説明したものか。


『シエルはシュシーさんをどう思いますか?』

『普通の人よりだいぶまし、かしらね』

『それなら、人付き合いのために聞いてみてください。

 実際に謝罪するわけではないですし、大変な目にあったのを気にかけていますよ、くらいの気持ちでいいですから』

『エインがそう言うならそうするわ。だけれど、人付き合いって難しいのね』

『そうですね。正解もありませんし、難しいです』


 正解があるならわたしも知りたい。前世がある分、シエルよりも人に接する機会が多かったからアドバイス的なことをしているわけだけれど、それが正しい保証もない。

 考えてみれば世界が違うし、前世もあくまで国内での話だ。

 同じ世界でも、国が違えば付き合い方は変わってくる。


「えっと、シエルメール様?」

「エインと話してた」

「あ、はい。エインセル様と、ね。邪魔してごめんね」

「邪魔にはなってない」


 わたしと話し込んでいたせいで、シュシーさんが困ったようにシエルに声をかけていた。

 傍目急に黙り込んでしまうわけなので、仕方ないのだけれど。


「シュシー。お店のお勧めはある?」

「お勧め?

 ……えっと……気を遣ってくれてるのかな?」

「たぶん」

「気にしないで。うん、本当に気にしないで」


 シュシーさんが力強くシエルの申し出を受け流す。

 焦っているような、怖がっているようなそんな感じ。

 シエルが首をかしげていると、観念したようにシュシーさんが話し出した。


「このお店シエルメール様達が、掃除までしてくれたんだよね?」

「うん」

「それだけで十分。というか、それでも多いくらいだよ。それなのに、気を遣われたらあたしがお姉ちゃんに怒られちゃう。

 だからあたしを助けると思って、気にしないでください」


 ビシッと、勢いよくシュシーさんが頭を下げる。

 なるほど恐れていたのは、ユンミカさんから怒られることか。

 そして権力のめんどくさい面が出ている気がする。


『どうするべきかしら?』

『シュシーさんがそうして欲しいというのであれば、気にしなくて良いかもしれませんね』

『わかったわ』


「シュシーの事は気にしない。それで、エインの服は?」


 一瞬で気にすることを止めたシエルが、とんでもないことを聞く。

 この状況下でも、わたしの服を買う気らしい。

 だけれど、さっきシュシーさんがお店は休みにするといっていた。だから断られるかもしれないなと思っていたのだけれど、シュシーさんはなぜかいい笑顔で「少し待っててね」と言って動き出す。


 これは……わたしの感覚がおかしいのだろうか?

修正:感想にて剣折れているはずでは? とご指摘いただきまして、確かに折れていたので、購入時に予備も買ったことに変更させていただきました。

申し訳ありません。

本編に大きな変更点はありません。

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2020/5/29から第一巻が配信中です。
64ve58j7jw8oahxwcj9n63d9g2f8_mhi_b4_2s_1


― 新着の感想 ―
[気になる点] >確かに折れていた であれば、半金前払いの額が直ってなかったように思いますー(金貨3枚半の半額が金貨1枚になってたはず)
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