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123.乗っ取りと暗殺と理由

 翌朝。朝と言うよりも、昼に近い時間に起きたシエルとシュシーさんのところに向かう。

 昨日の襲撃のことは既に町中に広まっているらしく、前来たとき以上にざわめいている感じがした。

 そして中心人物の1人であるシエルを見る人も結構いるのだけれど、遠巻きにされるだけで話しかけてくる人はない。


 シエルのことを見ている人は「フィイヤナミア様の義娘」ということをわかっているだろうし、強さについても噂程度には知っているだろうから当たり前なのかもしれないけれど。

 それでも中には例外もいるもので、高そうな服を着た佇まいが上流階級っぽい男性に「お出かけですかな?」と尋ねられた。


 ベテランの執事で髭が自慢だ、みたいなこの男性をわたしは知らない。

 シエルに尋ねてみても知らないと返すので、ナンパかもしれない。

 流石に年齢差がありすぎると思うけれど。

 どうするかシエルに尋ねられたので、適当に返すように伝える。


 無視すると印象が悪くなるかもしれないし。

 危ない人だとしても、対処はできるだろうし。


「服を受け取りに」

「それは楽しみですな」


 男性はそういったかと思うと、はっはっはと笑いながらシエルの横を通り過ぎていく。

 しばらく監視してみたけれど、何かの魔術を使った程度でシエルに何かしてくるわけではないらしい。

 いったいなんだったんだろうと思いながら、一応シエルには伝えておいた。


 それから町を歩いていると、少しだけ変わったところに気がついた。

 以前服を買おうと思って歯牙にもかけられず追い出されたお店がなくなっていたというくらいだけれど。

 ふと思い出したので確認してみたが、シエルは全く気にした様子もなく通り過ぎる。


 もう一軒の方は存続していたけれど、ぱっと見たところ店員が変わっているような気がした。





 シュシーさんのお店の前までやってきたところで違和感があり、シエルに止まるように伝える。


『どうしたのかしら?』

『中に何人かいますね。お店の客……という雰囲気ではありません』

『面倒ごとかしらね?』

『そうだと思います。シュシーさん倒れているみたいですし』

『生きてはいるのよね?』

『生きてはいますね』


 魔力を感じると言うことは死んではいないだろう。

 というかたぶん、殺しては意味がないのだと思う。


『わたし達が狙いみたいです』

『それなら、中に入りましょうか。エイン、シュシーのこと頼んで良いかしら?』

『わかりました。6人ほど居ますが、歌いますか?』

『そうね。戦うことになったら頼んで良いかしら? 魔術を使うのはやめておいた方が良さそうだものね』


 お店の中でやり合うとなったら、魔術は威力過多だろう。

 水で服を濡らすのも忍びないし、火はもってのほかだし、風も攻撃に使えば刃を投げるようなもの。

 シエル的にはお店への被害よりも、受け取る服に何かあった方が問題だと思っていそうだけれど。


 魔法袋から長らくしまわれていた剣を取り出し、シエルが扉に近づく。

 それからためらいなく扉を開けると、ずんずんと中に入っていった。

 程なくして、シエルが何かを言う前に背後から2人剣を構えて迫ってくる。


 声を上げることもなく、音も最小限。

 不意打ちとしては完璧のタイミングで行われた攻撃を、わたしの結界は易々と跳ね返す。

 割と外側の結界も残ったので、攻撃力としてはそこまで高くなさそうだ。


 そうしている間に、奥の部屋で眠っているらしいシュシーさんを結界で守っておく。

 シエルから少し遠いけれど、A級の攻撃でも1度くらいは耐えるだろう。

 シュシーさんの近くにはナイフを持った初老の男が1人いたけれど、彼はスルー。


 どうやら話し合いをする雰囲気ではないので、歌を歌うことにする。

 精霊のそれではなくて、普通の歌。その中でも短いもの。

 歌い始めと同時にシエルが動き始める。


 剣を使うときにシエルは、殊更わたしの歌にあわせた動きをする。

 低い音から高い音に変わるときには切り上げるし、逆もまた然り。

 相手に合わせて動いているところもあるけれど、大きく外れるくらいなら結界に飽かせて攻撃を甘んじて受ける。


 それはまるでシエルを操り人形にして操っているかのような雰囲気があるのだけれど、どう考えてもわたしが操作したら今のシエルのような動きはできない。

 軽くひざを曲げたと思ったら、軽々と人を飛び越えるのだから。

 歌に合わせているとはいえ動きも速く、到底わたしには真似できない。

 一応似たような動きはできるけれど、バランスを崩してどこかでこけるのが目に見えている。


 舞姫であるためか、もともとの体の持ち主であるためか、基本的にシエルの方が動かすのは上手なのだ。


 閑話休題。


 最初に襲ってきた2人の首――の血管――を切り、血を吹き出させる。

 そのうち死ぬだろうと言うことで放っておき、さらに3方向から飛んできたナイフを一回転するように後方に跳んで避ける。

 シエルの隙を狙ったのかもしれないけれど、事前に人数を伝えているので2人倒したところで気を抜くことはない。


 気を抜いていたとしても、結界で跳ね返すだけだけれど。


 どうやら相手は正面からでは勝てないと見て、暗殺するつもりらしい。

 暗殺というか、いきなりナイフを投げられるのは、なんだかリスペルギアにいたころを思い出す。

 あの頃は魔力量も足りなくて、シエルを守った後は気を失っていたっけ。


 探知の魔法も常に使い続けられなかったので、気を抜くことができなかった。

 今も気を抜いているつもりはないけれど、あの頃よりはマシになっただろう。

 何はともあれ、リスペルギアでの記憶は快いものではない。


 ふいに思い出してしまったことがシエルに伝わってしまったのか、シエルの動きが一瞬止まった。

 その隙を見逃さずに、シエルを狙う者たちが再度ナイフを投げてくる。

 寸分たがわず、シエルの額と心臓と喉をめがけて飛んできた3本のナイフは、シエルの目の前で止まり弾かれる。


 それこそ目の前に刃が迫っていたというのに、シエルは動揺した様子を見せることなく弾かれたナイフを空中でつかむとそのまま飛んできた方向に投げた。

 狙いは舞姫補正付きで相手にぎりぎり当たるくらいのものだったけれど、どういうわけか隠れていた3人とも倒れて苦しみだした。


 もしかしなくても、毒が塗られていたのか。


 とりあえずはこれで5人。あとはシュシーさんのところにいる1人だけなので、歌うのを止める。


『あと一人は奥の部屋ですね』

『それは良いのだけれど、何があったのかしら?』

『こんな風に見えないところから狙われるというので、少しリスペルギアでのことを思い出していました』

『そうなのね……』

『気にしないで良いですよ。あまり思い出したくはないですけど、そこまで深刻に考えているわけでもありませんから』

『……わかったわ!』


 シエルに気を遣わせてしまった。

 反省は後でするとして、今は気持ちを切り替えるために話題を変える。


『奥の人ですが、出来れば殺さずに捕らえてもらっていいですか?』

『エインが言うならそうするわ。だけれど、どうしてかしら?』

『責任を取らせるため……でしょうか? 処遇はとばっちりを受けたシュシーさんに決めてもらおうかなと思いまして』

『確かに災難よね』

『後は情報収集ですね。なぜ狙ってきたのか、どういった立場の人が狙ってきたのかは知っておきたいですし』


 今日襲撃してきた人が悪いとはいえ、急に襲撃された上にお店を汚されたシュシーさんはさすがに可哀そうだと思う。

 実は血については結界を使って飛び散らないようにはしたのだけれど、血だまりは出来ているので掃除はしないといけないだろう。

 それとも床を張り替えたほうが良いのだろうか?


 人が死んでいたとなれば、前世では立派な事故物件だけれど、この世界ではそんなこともないような気がする。


『それなら普通に魔術を使ってどうにかしようかしら?』

『それが簡単かもしれませんね』


 舞姫は人を捕らえるのには向かない。

 わたしが結界でひょいっとやることもできるだろうけれど、すでにわたしにはシュシーさんを守るという役割があるので、シエルに任せることにした。

 やることも決まったので、シエルがいつもの調子で奥に続く扉を開ける。

 

 中にいる男性は驚いたようにガタっと音を立てて、シュシーさんの方に近寄る。


「ま、曲りなりにもフィイヤナミアが選んだだけの事はあるな」

「誰? どうしてこんなことをする?」

「どうして、だと? ……復讐だ。息子を殺された恨みだ」


 最初は驚いていたのか、怖がっていたのか、しどろもどろだった男がシエルの問いを聞いてからスイッチが入ったように怒りをあらわにする。

 昨日の奴の関係者だとは思っていたけれど、肉親なのか。

 フィイ母様は退去を命じていたけれど、本人だけの話だったのだろうか?


 それとも敢えてこの男だけ見逃しているのか。

 シエル、それからわたしの経験のために、見逃しているというのが優勢かもしれない。

 逆恨みだと思うのだけれど、確かにそういう人もいるわけだし。


「そう……で?」


 興味なさそうにシエルが近づき始めると、「近づくな!」と男が叫んだ。


「この女がどうなっても良いのか?」

「どうにかできるなら」


 シエルがさらに近づくと、男がナイフをシュシーさんの首元に当て……たつもりで結界に当てている。

 気が付いていないのだろうか? それだけ気が動転している?

 どちらでも変わらないか。


 たぶんこれ、シュシーさんを守れない状況だったとしても、シエルは降伏することはないだろう。

 助けようと手は打っても、まず身代わりになることはない。わたしもそんなことさせる気はない。


 なんて考えているうちに、男の何かに限界が来たらしく「クソっ」と悪態をついてからシュシーさんにナイフを振り下ろした。

 しかし結界に阻まれ、ナイフを落とす。シエルに頼んで、落としたナイフは遠くに蹴ってもらった。

 それを見た男が目を見開く。


「何故……」

「しらない。茨よ(スピラモーテ)巻き付き(・クヤルチエ・)捕らえよ(キャプティス)


 男が零した言葉に、シエルは雑に応えると手のひらを男に向けて呪文を唱えた。

 突如床から現れた茨が男に巻き付き、行動を阻害する。

 両手両足、それから口も押えられ床に座り込んだ。茨で縛るとか痛いと思うのだけれど、死なないならいいかと気にしないことにする。


 とりあえずシュシーさんを起こしたほうが良いかなと、思ったところで不意に捕まえた男がニヤリと笑った。

 その目はシエルではなくて、扉の向こうを見ているらしい。

 一応その視線の先を追いかけると、ここに来る前に声をかけてきた執事がシエルの首を狙っていた。

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