121.スミアリアが見る戦い ※スミアリア視点
眼前に茨の檻ができあがる。
シエルメール様が動き出して、たった数秒の出来事。
数秒で1000を越えるかという一軍を取り囲んでしまった。
そして、血しぶきがあがった。
茨が生き物のように動き、シエルメール様を殺そうとしていた人達を押しつぶしたのだ。
今日、このときまでワタクシ――スミアリアは不安で仕方がなかったのだけれど、それが杞憂だと理解した。
◇
その日、邸の中がいつもよりも少しだけあわただしかった。
いつもより、といってもワタクシが邸に来てまだ数日。"いつも"をちゃんとわかっているとは思えないけれど。
何があったのだろうかと、様子を見てみると外にあるものを邸の中に持ち運んでいる。
模様替えでもするのかしら、なんて思いつつも、モーサさんに声をかける。
「今日は何かあるんでしょうか?」
「お嬢様付きのスミアリアには知らされていなかったんですね。
どうやら明朝トリアドル率いる一団が攻めてくるようです。そのときに壊されるかもしれないので、邸の中に入れているんです」
お嬢様付きはモーサさんも、隣で頷いているルナさんも同じ。それでもワタクシだけが知らないのは、ワタクシが新人だからだろう。
毎日が覚えることだらけのワタクシに配慮してくれたのかもしれない。とはいえ、攻められるというのは穏やかではない。
改めてみれば、作業をしている人達も真剣な表情を……していない。
なんだか和気藹々としているように見える。
「攻められるんですよね?」
「世界中でもっとも安全な場所がこの邸ですから」
「それに今はシエルメールお嬢様方もいるものね。
確かフィイヤナミア様が邸を結界で覆って、お嬢様方が賊の相手をするはずよ」
「それは大丈夫なんですか!?」
事も無げなルナさんの言葉を聞き流せなくて、少し大きな声を出してしまう。
だけれど、シエルメール様方だけで相手をするのは、信じられない。
この前の愚兄の時はせいぜい数人だったけれど、おそらく今回の襲撃はもっと数が多い。
数百、もしかすれば4桁に達する可能性だってある。
不遜なことをしているトリアドルだけれど、能力がないわけではない。攻めてくるのであれば、準備に準備をしてからやってくるだろう。
アミュリュートのことがあって、時期が早まったとしてもそれなりの人数を集めているはずだ。
数百対一――エインセル様がいるから数百対二だろうか――普通に考えれば、勝てる数字ではない。
相手が雑兵ばかりであればあるいは、とは思うけれど、トリアドルがそんな見せかけだけの手段を使うとも思わない。
「不安に思うのはわかりますが、あまり主人を信用しないのも不敬になりますよ」
「はい。ですが……。モーサさんはお嬢様方の戦いを見たことがありますか?」
なぜそんなに落ち着いていられるのだろうかと、疑問に思ったので尋ねてみる。
実際にその強さを目の当たりにしたのであれば、大丈夫だと確信できるかもしれない。
しかしモーサさんは首を左右に振った。
「私はありません。ですが、フィイヤナミア様が子に選んだ方々ですから。フィイヤナミア様曰く、シエルメール様を倒したければ、大地を破壊するくらいはしないといけないらしいです」
「それに魔物氾濫を単独で壊滅させた実績もあるそうよ」
「魔物氾濫を単独で……」
あの小さな体で、いったいどんな体験をしてきたのだろうかと心配になる。
だけれど、確かにそれだけの実績があるなら、安心するのもわかるかもしれない。
「スミアリアも明日見てみると良いでしょう」
モーサさんにそういわれたけれど、やはりどこかで不安が拭いきれないまま、翌朝になった。
◇
そんな会話をしていたなと、思い出す。
確かにエインセル様の結界はすばらしい。ワタクシでは破壊できないし、A級ハンターでも単独ではどうしようもないだろうとは思っていた。
それでも数で押せばあるいは、と予想していたのだけれど、そもそも結界に到達できている攻撃が数えるほどしか存在していない。
いえ、いいえ。
目の前のこれは、戦いなどではない。
目の前のこれは、舞台であり、見せ物。
茨の檻は相手を捕らえるものではなく、自らを見せ物にするためのもの。
珍しい生き物、獰猛な生き物を見せ物にするようなもの。
だけれど見せられているのは、そういった生物ではなく、踊り。
檻の中だとそれはそれは、よく見えることだろう。
それは少し羨ましい。だけれどあの中には入りたくない。
シエルメール様はまるで、植物が美しく、同時に力強く萌える様を表すかのようにしなやかに、伸びやかに手足を伸ばす。
指先の神経まで意識したような動きは、いわゆる貴族でも通用するレベルだろう。いえ、下手な貴族よりも美しい。
それこそ、王族が必要とされるレベルにも達していると思われる。
個を見ても、目を奪われるほどの動きであるけれど、それを全体で見るとまた違う。
それこそ、暖かくなる時期に植物達が青々と伸び上がるように、きれいな花を咲かせるように、動きだけで情景を浮かばせる。
小鳥のように軽やかにステップを踏み、花のように可憐な動きにワタクシは目を離すことができない。
同時に茨の中で行われているのは、無駄な抵抗。
シエルメール様の動きにあわせて、茨が動く。
数人が飛びかかってきても、下から上に腕を伸ばせば、茨の壁が行く手を塞ぐ。
突撃してしまえば全身傷だらけとなり、止まることができてもそのままつぶされる。
遠距離で何とか攻撃しても、結界に易々と跳ね返される。
近づく方が悪いと言わんばかりだけれど、そもそも、いきなり攻め入ってきたのはあちらなのだから、反撃されても仕方ない。それこそ命を失うことになったとしても。
それにこの舞の邪魔をするのは野暮というものだ。
よく見ると攻撃されている人と、されていない人がいる。
さらに観察してみたところ、どうやら攻撃せずにじっと固まっている人は攻撃されていないらしい。
そのせいか、トリアドルは攻撃されないままに、呆然としている。
舞いながら、踊りながら、相手を選んで攻撃を行う。
どれだけの技量があればできるのだろうか。
それからワタクシは楽しそうに舞うシエルメール様をただただ見つめていた。
◇
茨の檻が、内側に倒れ込むように崩れる。
そのときのシエルメール様の表情がもの足りなさそうだったのが、印象的だった。
今までの戦いで、立っているのは既にシエルメール様だけになっている。
結局全員殺した、というわけではなく、最後に倒れ込んだときにまだ意識があった人達が気絶した。
おそらくそれによって死んだ人はいないと思う。
それでも、3割ほどは息がなさそうで、こうなる前は茨の檻から逃げだそうと大声を上げている人が数え切れないほどにいた。
しかし茨は切ってもすぐに元に戻り、燃やすこともできず、結局だれ一人として逃れることはできていない。
一方的な戦い。いえ、いいえ。戦いですらない。
シエルメール様が舞っていた。それだけ。
見方によってはたくさんの命を奪った死の舞のように見えるかもしれない。
だけれど、ワタクシにはそうは見えなかった。
人を殺すことが悪いと無条件に言うことができる立場になかったというのもあるだろう。
実際人の上に立とうと思えば、小を切り捨てて大を守らないといけないこともある。
ワタクシがそういった決断を下したことは幸いにしてなかったけれど、心構えだけはずっとしていた。
それに今回は泣く泣く切り捨てざるを得なかった小ではなく、こちらの命を狙ってきた明確な敵だったのもあるかもしれない。
ともかく、ワタクシはシエルメール様の舞が心を捕らえて離さなかった。
傍から見られると、はしたなく見入ってしまっていたことだろう。
うっとりと、熱のこもった目を向けていたことだろう。
そしてまた、微笑ましそうに見ていたことだろう。
何故なら踊っているシエルメール様は、いつもに増して楽しそうだったから。
シエルメール様の出自の一端でも知ったのであれば、その笑顔がどれだけかけがえのないものなのかが分かる。
「こうやって、シエルメールお嬢様の舞を見られたことだけは、トリアドルに感謝かしら。
何度見てもお嬢様の踊りは飽きないわね。ずっと見ていられるわ」
「ええ、確かにそうですね。しかし、分かっていたことではありますが、残念ですね」
ルナさんが少し興奮したように言うのに対して、モーサさんが諦め混じりに声を出す。
今のを見て残念と言える理由が分からなくて、思わず「残念……ですか?」と話に横入りしてしまった。
モーサさんは特に気にした様子もなく、「スミアリアは知らなかったですね」と応える。
「今見てわかったと思いますが、シエルメール様は踊り……舞を得意としています」
「はい。目を奪われるかのようでした」
「シエルメール様の舞は間違いなく一級品ですからね。そういった審美眼に関しては、私よりもスミアリアの方が持っていそうですが。
シエルメール様が舞をやるのに対して、エインセル様は歌うことを得意としています。
その歌声は心が洗われるかのような美しいものでした。聞けば歌える歌の数は無数にあるのだと言います」
「モーサさんはエインセル様の歌が聞きたかったという事ですか?」
「確かにそうですが、おそらくスミアリアの想像とは違うでしょう」
違うとはどういうことなのだろうか? シエルメール様の舞にも劣らぬ歌声という事だと思うのだけれど。
ワタクシが甲乙をつけることは出来ずとも、モーサさんが仕えているのはエインセル様なので主を贔屓するというのは別に不思議なことではない。
何かと思っていたら、ルナさんの方から答えが返ってきた。
「今はもう無理なようだけれど、1日だけシエルメール様とエインセル様が同時にいたことがあるのよ。その時にエインセル様の歌声に合わせて、シエルメール様が踊っていたのを見たのよね」
「ええ。やはりあの日の事を思い出してしまいます。またいつか、あの光景を見られたらと」
それは、それは。何と言うか。とても羨ましい。
エインセル様の歌声は聞いたことがないけれど、それでもシエルメール様の舞に劣らぬものであれば見ごたえがあるのだろう。
それだけではなくて、シエルメール様とエインセル様が一緒にいるところを見てみたい。
あの方々はお互いがお互いを大切に思っているから、きっと見たことのない笑顔を見せてくれるのだろう。
「もしかして、踊っていたシエルメール様にはエインセル様の歌が聞こえていたんでしょうか?」
「かもしれませんね。お嬢様方は姿は見えずともいつでも会話できるようでしたから。
そう考えると、シエルメール様が少し羨ましいですね」
クスっと笑うモーサさんを見ながら、ふととある可能性に気が付く。
あそこまで舞うことができるシエルメール様の職業、そしてそれに劣らぬ歌声を響かせるというエインセル様の職業。
ワタクシの想像が正しければ、シエルメール様の強さの理由の1つが解き明かされたようなものだ。
だけれどそれは、あれほどまでに魔術が堪能な御二人が魔術関係の職業を持っていないという事にもなる。
何故……と思ったところで思考を止めた。
「さて、私も片付けに行きましょうか。ルナはシエルメール様を頼みましたよ」
「ええ、もちろん。スミアリア、行きましょうか」
「はい」
歩き出したルナさんにワタクシはついて行った。





