120.トリアドルの作戦 ※トリアドル視点
すべては上手くいっていた。
フィイヤナミアを廃し、俺――トリアドル・クインタンが中央のトップに立つ。
その計画は順調に進んでいた。
そもそもの始まりは、中央にある金鉱山の開発を申請したことだ。
この中央には手つかずの場所が多く、それらを駆使すればさらに発展することは目に見えている。
金だけではなく、鉄だろうと、銅だろうと探せばあると踏んでいる。
さらには森の範囲も広い。
木の質も良いもので、売れば高値になるだろう。
加えて中央には、魔物資源の宝庫とも言える巣窟もある。
それなのに、現状使っているのは巣窟だけなのだ。
それ以外は明確にルールが決められていて、反してしまえば問答無用で中央から追い出される。
だから申請をしたわけだが、認められなかった。
あらゆる調査をし、安全性も確かめ、どれだけ儲かるかも計算した。その上で再度申請したが、歯牙にもかけられなかった。「中央は人のための場所ではない」と。
俺はこのとき理解した。
フィイヤナミアは中央を栄えさせる気はないのだと。
そもそもフィイヤナミアが中央を統べているのが気にくわなかったのだ。
フィイヤナミアは何もしない。
そして何もさせない。
権力を持ちながら、それを停滞のためにしか使わない。
だったら俺がもらった方が有用だろう。
形式上フィイヤナミアの強さに従っていることになっているが、大体その強さというのが疑問なのだ。
何せ俺が生まれてから今まで、フィイヤナミアが何か大きな戦果を挙げたという話は聞かない。
今は亡き父ですら聞いたことがないという。
歴史書を紐解けば、数千の相手を一人で倒したなんて話も出てくるが、そんなことができるわけがない。フィイヤナミアの治世を保つための戯言だと考えたほうがしっくりくる。
強いといっても、A級ハンター程度だろう。仮にS級ハンターレベルだったとしても、やりようはある。S級は雇えずとも、A級レベルの強さを持つものを数人と大量の兵を集めればいい。
いかに強い力を持っていようと、数の前では無意味なのだ。
事実A級の魔物であっても、B級ハンターが束でかかれば勝てなくはない。
フィイヤナミアを廃した後、俺がトップに立つための地盤はほぼ出来上がっている。あと1つ有力な家がこちらに付けば盤石だと言っていい。
トップに立った後は、中央を治めつつ、美女を囲えばいい。それだけの働きをするのだから、女を囲うくらい何の問題もない。
そうしているうちに、アミュリュート家の嫡男から接触があった。
たしか、あの家の長女は美しいと評判だった。家の力としてもそれなりのものを持っていて、最後の一押しにはちょうどいい。
だから長女を嫁がせる代わりに、計画の達成後相応の地位につけることで話をまとめた。
それにアミュリュート家はフィイヤナミア派だったのだ。その家がこちらに付くことで、フィイヤナミア派の勢いを削ぐこともできる。
フィイヤナミアを追い落とすまで秒読みといってもいいだろう。
そう思っていた。すべては順調だった。
だけれど、それが崩された。
アミュリュート家の嫡男がフィイヤナミアの義娘に挑み負けた。
実際に見たことはないが、15にも満たない少女なのだという。
倒されたのが一般人であれば、少女にも負ける程度の実力と嘲られるだけだろうが、アミュリュート家というのが悪い。そして負け方も悪い。
いくら油断したとはいえ、アミュリュートほどの家が手も足も出ない少女が義娘となった。
フィイヤナミアはもっと強いのではないのか。
1度生まれた疑念を払しょくするのは難しい。
「クソッ、余計なことをしてくれる……」
何もしなければよかったものを。
どうせ功を焦って、特に準備もせずに挑んだのだろう。
世間がどう見ているのかは知らないが、フィイヤナミアが義娘にするような子供だ。ある程度の強さを持っていることは想像できる。
それに噂ではA級ハンタークラスの力があるとされる。
子供でA級は驚異だが、相手は1人。準備を怠らなければ、負けることはないはずなのだ。
アミュリュートが何もしなければ、後は俺がトップに立つことを支持してくれる家を集めるだけだったのだ。
だからおとなしくしておけば良かったものを。
アミュリュートが負けたことがわかってから、すぐに情報収集をはじめて、反フィイヤナミア派から離反するか考えている家がいくつもあることはわかっている。
万が一も考えると、戦力が少なくなるのは避けたい。
準備は十分とは言えないが、攻めるしかないか。
「誰かいるか?」
「は、ここに」
「数日中にフィイヤナミアを攻める。反フィイヤナミア派並びに雇ったハンター達に伝えておけ」
「かしこまりました」
代々家に使える執事に命じてから、苛立ちを収めるために、妻の一人を呼びだした。
◇
決行日の朝。まだ日が昇る前に、町の広場に作戦に参加するメンツを集めた。
雇ったハンターと反フィイヤナミア派が持つ私兵が主になる。
その数は1000を越え、これで負けると言うことはまずあり得ないだろう。
集まった奴らもそう思っているらしく、先日のアミュリュートの不始末がなかったかのように安心した表情をしている。
雇ったハンターは実力はあるものの、その横暴さからランクを上げられない奴ら。
とはいえ、金さえ払っておけば文句も言わずに働く扱いやすい連中だ。
今回も女と金を渡すことを条件に二つ返事で作戦に参加する。
強さで言えば、A級に匹敵する奴もいる。
「諸君、ようやくこの日が来た。
今日という日を持って、中央の歴史が変わる。
無能たるフィイヤナミアを廃し、我々が新たな時代を作るのだ」
作戦決行直前の演説。俺が声を上げれば皆が声をそろえて歓声を上げる。
その様子はこの先の勝利を疑っていないようで、その士気の高さは頼もしい。
「今は時間が惜しい。すぐに作戦に入る。行動はじめ!」
早朝に集まったのは不意打ちをするため。
それなのに時間を取っては、意味がない。
俺の号令にあわせて、一斉に我が軍が動き出した。
屋敷までは遠くない。相手に悟られる前に囲み、一斉に仕掛ける。
男は殺し、女は捕らえる。
捕らえる女はフィイヤナミアも例外ではない。
無能な女ではあるが、その見た目は他にないほどに美しい。
俺好みに調教すれば、常にそばに侍らせてもいいだろう。
義娘についても、俺に侍ることができるだけの器量があれば俺のものにしてやってもいい。
そうでなければ、適当に部下に渡すだけだ。
日が顔を覗かせ始めたところで、屋敷を取り囲み終えた。
念のために斥候をやってから作戦開始となる。はずだったのだが、送った斥候が苦い顔をして戻ってきた。
「何があった?」
「屋敷全体に結界が張られています。壊せないほどではありませんが、相応の時間がかかりそうです。
ただ入り口だけは、結界が確認できません」
時間がかかるのはいただけない。
反撃の準備を与えるだけならまだしも、気がつかれて逃げられる可能性が出てくる。
それならば、結界がない正面から行くべきか。
正面扉から入り、すぐに散開させれば屋敷を掌握するのも簡単だろう。
問題はこれが罠である可能性があることか。
相手の思惑通りに動くことで、思わぬ事態に陥る可能性もある。
しかし罠を仕掛けている可能性は低いとも思う。
何せ今日襲撃をすることを、フィイヤナミアが知ることはないのだから。
フィイヤナミアの手の者が紛れ込まないように最善の注意を払ってきたうえに、今日の襲撃はこちらとしても予想外のものだ。
それを事前に察知して、対策を立てるなどとできるはずもない。
だからあの結界は普段から使っているもので、出入り口をふさがないようにするために、正面だけ結界がないと考えたほうが自然。
それに罠だった場合、適当な奴を一人先行させればいい。
「正面に罠があるかだけ、確認してこい」
「……正面ですが、少女が一人いるだけのようです」
「少女だと?」
「髪が白い15に満たない少女で、まるで門番のように扉の前に立っています」
何故それを早く言わなかったのか、とは言うまい。
むしろ少女――フィイヤナミアの義娘に手を出さずに戻ってきたことは、評価しよう。
同時に今日の襲撃がバレていないという予想は破棄する。
どこから漏れたか分からないが、ここ数日の内に襲撃するのは分かっていたらしい。
「こちらの存在に気が付いている様子だったか?」
「ジッと正面を向いていたので、気が付いていないのではないかと思います」
だとすれば、このまま我慢比べというのも選択肢には上がる。
だが、こちらには気の短いハンターも混ざっているから、我慢比べは分が悪い。
大体義娘が1人で守っているというのはどうなんだ?
それだけ、こちらの事を馬鹿にでもしているのか?
とはいえ、この状況は願ったり叶ったりだ。
義娘を捕らえれば、よりフィイヤナミアに勝てる可能性も高くなる。
「全軍に伝えろ。俺の合図でこいつらが飛び出していくのに合わせて、少女を捕獲しろ。
その後正面から入り、後は作戦通り屋敷を押さえる」
「はっ」
指示を受け、即座に走っていく斥候を見送り、いつ合図を出すのかのタイミングを計る。
指示が行き渡る前に合図を出してはいけない。遅くなりすぎれば――とくに短気を起こしそうなハンターのせいで――士気にかかわりかねない。
そろそろかというところで、ハンターのリーダー格――この中でもっとも強いであろう男に「行け」と指示を出す。
男はクックックと意味深に笑ってから「わかりましたよ」と慇懃無礼な様子で言うと、周りの仲間を連れて飛び出した。
俺もそのあとについていく。
ハンター達に遅れて少女の姿が見えるところまでやってきた。
確かに11~12歳ほどの少女が立っている。
まだ青いが、将来が楽しみな顔立ちだ。
そうやって遠目に観察していたら、少女がこちらを向いた……ような気がした。
そのことには驚いたが、すでに大量の人が少女に向かって走り出している。
そんな中でこちらを見ている余裕もあるまい。
最初に飛び出したハンターの男の一撃が、少女に迫る。しかし、少女はおびえた様子もなく、目の前に迫る凶刃にも興味がないと言わんばかりに、表情を変えず両手をゆるゆると伸ばした。
それから、両の手で花が開く様子を再現する。
ハンター達も惚けたように彼女にくぎ付けとなり、動きを止めた。
だがすぐに正気を取り戻すと、彼女に向ってそれぞれが武器を振りかぶる。
しかしそれらが彼女に到達することはなく、代わりに棘の生えた大きな蔓がハンター達を押しつぶした。
何が起こっていると周りを見渡すと、軍全体を囲うように茨の檻が作られていた。





