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117.スミアリアと結界とエインセル

「スミアリア姉様!」


 ビビアナさんの実家の中、とある部屋に入ったビビアナさんが飛びつくように一人の女性の元へと向かった。

 長い茶色の髪に藍色の目が特徴の美人。ビビアナさんの姉だけあって、面影があるものの、ビビアナさんよりもおっとりとしている印象を受けた。

 やっぱり上流階級というのは、美男美女が集まるらしい。


 そういう血が脈々と受け継がれているからだろうけれど。

 でも、ゲスな貴族の中には、脂ぎっていて太っているみたいなイメージもある。

 もしかして、彼らも痩せたら美男なのだろうか?


「ビビアナ、お帰りなさい」


 ビビアナさんを見たスミアリアさんは、穏和な笑顔をビビアナさんに見せる。だけれど、その中に寂しさが混じっているように見えたのは気のせいだろうか?

 スミアリアさんはシエルにも気がついて、首を傾げる。


 まあ、なぜこの場にいるのか、謎だろう。

 そもそもシエルがどういった立場の存在かもわかっていないだろうし。

 それでも、排除されないのはシエルの見た目が貴族にも劣らない――というか貴族の血が流れている――からか、スミアリアさんの性質なのか。


 スミアリアさんは、シエルをじっと見ると何かに気がついたらしく目を丸くして、椅子から立ち上がるとシエルの足下に跪いた。


「お初にお目にかかります。アミュリュート家の長女スミアリア・アミュリュートと申します。

 フィイヤナミア様のご息女とお見受けいたしますが、お名前を存じ上げないことまことに申し訳ありません」

「私はシエルメール」

「シエルメール様、今後ともお見知りおきください」


 なんか今までで一番、最高権力者の義娘っぽい扱いをされている気がする。いや、たぶんこれが正しいのだろうけれど。

 ビビアナさんも何も言わないし。むしろ頷いているし。


 スミアリアさんは立ち上がると、少し離れて「たいした持て成しも出来ずに申し訳ありませんが、本日はどのようなご用件でしょうか?」と尋ねた。


「スミアリアをもらいに来た」

「えっと……」


 間違っていないのだけれど、それだけ言われると意味が分からないだろう。

 せっかくなので、シエルの話し相手になってもらおうと『座って話してはどうですか?』と伝える。

 ビビアナさんが何か言いたそうにしていたけれど、今回の駄賃の一つということで我慢していてほしい。


「座って話す?」

「そうですね。お話していただけると助かります」


 スミアリアさんはそういって、部屋の中にあるテーブルに案内する。

 シエルがそちらに向かうと、スミアリアさんが椅子を引いてくれた。

 スミアリアさんに合わせているためか、微妙に足が床に届かない。


 シエルが足のポジションに迷っている間に、スミアリアさんが向かいに座った。

 ビビアナさんは、成り行きを見守るように離れたところにあるソファに腰掛けている。


「どう言った経緯でワタクシをもらうと言う話になったのでしょうか?」

「コンラント? が襲ってきたから、返り討ちにして、捕まえた」

「愚兄がなんということを……どのようにお詫びをしたら……」


 そのお詫びがスミアリアさんということになるのだけれど、シエルを襲ったというあたりで気が気ではなくなってしまったらしい。

 シエルがスミアリアさんを指さすと、彼女はぽかんとした後で、自分を指さした。


「ワタクシですか?」

「そもそも、スミアリアをアミュリュートから引き離すために、ビビアナと考えたこと」

「そのような……」


 言いながら、スミアリアさんがビビアナさんの方に目線を向ける。

 ビビアナさんは軽く頷いて返した。


「いくつか質問をよろしいでしょうか?」

「うん」

「ワタクシをフィイヤナミア様の屋敷の使用人として雇用するという認識でよろしいでしょうか?」

「嫌?」

「とんでもありません。大変光栄な事です。ですが、ワタクシ程度がつとまるとは……」

「フィイは良いって言ってた」

「本当ですか!?」


 急に勢いづいたスミアリアさんに、シエルが驚いたように身を引く。

 国王直々に誉めていたといわれたら、確かに嬉しいかもしれない。

 その感覚はちょっとわたしにはわからないけれど。


 国王に誉められるくらいなら、シエルに誉められた方が何倍も嬉しい。

 いかにシエルがよくわたしを誉めてくれるとはいっても、シエルの1回の誉め言葉に国王の言葉が勝てるわけがないのだ。


 身を乗り出さんばかりだったスミアリアさんは、自分の状態に気がついたらしく恥ずかしそうに体を戻した。


「失礼しました」

「いい。今日、連れていくから準備してて」

「お気遣いありがとうございます。ですが、準備は必要ありません。

 もとより、ここにワタクシが必要としているものはありませんので」

「そう。他の質問は?」


 首を左右に振るスミアリアさんに、シエルが次の質問を促す。


「妹……ビビアナとは知り合いなのですか?」

「エストークで知り合った」

「妹は無礼をなさいませんでしたでしょうか?」

「そのときにはただのハンターだった」


 ランクもわたし達の方が下だったので、無礼も何もない。

 その時の立場を利用して上からものを言ってくるようであれば距離を置いたかもしれないけれど、むしろ遜ってくるほどだ。

 シエルが気にしている様子もないことは伝わったのか、スミアリアさんの緊張が和らいだ……ように思う。

 表情を読んだというよりも、探知で力が抜けた感じがしただけなので、どうなのかはわからない。


「シエルメール様はとても懐の深い方なのですね」

「そうでもない」

『だってあまり興味が無いだけだもの』

『わたし以外で興味深かったことって何ですか?』

『精霊とか、神とかかしら? だけれど、カロルとかビビアナとかは少しは興味あるのよ?』

『まあ、無理に興味を持つものでもないですからね』


 無理に持たせると逆効果になりそうだし、人が苦手だというシエルに無理をさせるのもいけない。

 わたしの前では人嫌いを見せることはないけれど。


「こちらからも質問」

「何でしょうか?」

「どうしてフィイの義娘だと気づいた?」


 シエルと興味の話をしていたので、何か思うところでもあるのかなと思ったのだけれど、そんなことはなさそうな質問でシエルらしさを感じた。

 というか、それについてはわたしも気になっていたので聞いてもらえて助かる。


「その結界を見て、何となくでしょうか?

 それほどの結界が作れる方なら、フィイヤナミア様も身内に入れたいと思われるのもわかりますから」

「どれくらい見えてる?」

「はい。確実に分かるのは4枚です。内側になるに連れて強度が強くなり、反対に存在感が薄くなっているのではないでしょうか?

 一片のムラなく作り上げられたその結界を1枚だけでも作れる人は、ほんの一握りでしょう。

 それから、おそらくさらに内側にもう1枚あるのではないでしょうか?


 こちらはわずかに感じ取れるかどうかほどなのですが、あるのだとしたらその強度はフィイヤナミア様にも匹敵するかと思います」


 スミアリアさんの言葉を聞いて、シエルが驚いたような感心したような態度を取る。

 ここまで結界について指摘されたのは、他にはフィイ母様くらいではないだろうか?

 カロルさんやフリーレさんでも気が付かなかったことを考えると、スミアリアさんはかなり優秀なのだと思う。


『スミアリアはすごいのね。わたしでもそこまでは分からないのよ』

『シエルも近いうちにわかるようになりますよ』

『そうだと良いのだけれど。でも、A級用までは分かるから、もう少しかしら?』

『最後の結界まで感じ取れるようになってしまうと、煩わしくなるのではないですか?』


 自分のとは違う魔力で包まれているわけだから、ストレスになるかもしれない。

 そうなったら、今みたいな結界は避けたほうが良いのだろうか? でも球状結界にすると、誰もシエルに近づけなくなるだろう。

 正直お店で物を買うときとかも不便だ。


『それは無いわ。断言するわ!

 エインの魔力を感じられるだけでも、安心するもの。屋敷にいたころ、まだエインの魔力を感じ取れていた時には、それだけで幸せだったのよ?

 当時は幸せすら分かっていなかったけれど』

『そうですか、わかりました。では今まで通りにしておきますね。

 より分かりづらくはするかもしれませんが』

『今のエインは意地悪なのよ』


 シエルが少し拗ねた顔をする。

 わたしと話している間、他にもいろいろな表情を見せていたせいか、スミアリアさんがポカンとしているけれど、とりあえずわたし達の仕事は終わりということで良いだろう。


『それでは、わたし達は帰りましょうか。

 準備はないとは言っていましたが、気持ちの整理などはあると思いますし』

『わかったわ。明日迎えに来たら良いのかしら?』

『たぶん屋敷まで来てもらったほうが良いと思います。

 わたし達が直接来てしまうのは、何かと具合が悪そうですから』

『そうなのね』


 シエルはそういって立ち上がる。


「お帰りですか?」

「うん。明日屋敷まで来て」


『何か証明するものがあればいいんですけどね』

『フィイなら大丈夫だと思うけれど』

『スミアリアさんの気持ち的な問題でしょうか?』


 手ぶらで来るよりも、紹介状的なものや何かわたし達に貰われたのだとわかるものがあれば屋敷に来やすいと思う。

 紹介状を書くのが確実かなと思っていたら、シエルが何か思いついたらしく話し始めた。


「屋敷でエインセルに会いに来たと言えばいい」

「エインセル様……ですか?」

「詳しくはビビアナに聞いて。でもエインの名前を他で言ったら許さない」


 いや、まあ。確かにわたしの名前を知っているというだけで、わたしの関係者だとわかるだろうけれど。

 むやみに広められなければ、教えるのも構わないけれど。

 こう来たか、と言った感じ。

 だけれど、シエルが自分で考えて伝えたというのは嬉しくもある。


『駄目だったかしら?』

『良いと思いますよ。わたしの名前を知っている人は少ないですから。

 ですが、シエルは良いんですか?』

『ええ、エインの名前を知っている人が増えるのは嫌だけれど、エインが表に出るようになればいつかは広まるはずだもの。

 それにエインの名前を知っている人が増えても、エインは私を守ってくれるでしょう?』

『それはもちろんです』

『それならいいの。ええ、ええ。本当よ?』


 なんだかいじらしいシエルを見ていると、クスクスと笑いたくなってしまう。

 嬉しくもあり、恥ずかしくもありというやつだ。

 それからすぐにアミュリュートの屋敷を後にして、わたし達は屋敷に戻った。

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