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116.アミュリュート家と当主と娘

「だから……だって? 俺を誰だと思っている?」


 フリーズが解除されたらしい優男が、そんなことを言い出した。

 恐らく「自分は次期アミュリュート家当主なんだ、偉いんだぞ。逆らったらどうなるかわかっているのか」みたいなことを言いたいのだとは思う。


「アミュリュート家の次期当主」

「だったら……」

「それはフィイヤナミア様の義娘よりも偉いの?」

「……」

「それはわたしよりも強いの?」

「……」


 中央においては、基本弱肉強食だ。

 戦って負けた方が下、勝ったら上。単純にそうならないように、ギルドとか貴族とか、自治する団体があるのだろうけれど。

 だけれどフィイ母様や、わたし達を相手にするに当たっては、勝った方が是となる。だからわたし達に勝てれば、何の問題もなかったのに。


 悔しそうにうつむいた優男は、何かを決意したのか、敵意をむき出しにしたままキッと睨みつけてきた。

 既に後戻りは出来ないだろうから、開き直ったと見るべきなのだろう。


「そもそも、フィイヤナミアがまともに統治をしないのが悪い!

 怠け者をトップに据えるくらいなら、より有能なものがトップに立った方が良いに決まっている。王とは民たちのためにあるべきだ!」

「母様は王ではない。中央は母様の家で庭。

 貴方達は居候。居候が家の事に口を出す?」

「世迷い言を。そんなわけがあるはずないだろう!」

「じゃあ、貴方達はフィイ母様に何をしている?

 何かを献上している? 税を支払っている? 権力があるのは家主なのだから当然」

「……」


 優男がポカンとした後、何かを思い出したのか顔色が青くなる。今更感が否めないけれど、見えていなかったところに気がついたのだろう。

 中央という集落のトップだから王であり国。権力や税金は国をより良いものにするために、民に与えられるもの。そんな感じに思っていたのだろうか?


 普通の国だったらそうなのかもしれない。


 でも中央は国ではない。

 フィイ母様は王ではない。

 長い時間の中で、形骸化し、フィイ母様の強さと一緒に忘れ去られたのだろう。


「家賃すら払っていない輩が、フィイ母様に意見するなんておかしな話」

「だ、だが、フィイヤナミアは自分に勝てれば中央を統べる座を渡すと……」

「で、勝てた? 勝てる? わたし程度に負けるのに?」

「それは……」


 優男の言葉にもう力はない。だけれど、わたしは気にせず口撃を続けることにした。


「なぜこんな事を? とは聞かない。どうせ優秀な妹たちに対抗したかっただけ。そんなちっぽけな不幸話」

「ちっぽけだと!?」


 図星らしく改めて声を荒げる。やはり感情が先に立つらしい。


「貴方の不幸も、わたしの不幸も、世の中にありふれている不幸の中の1つ」


 ありふれた不幸でも、自分に降りかかればより大きな不幸に感じるもの。だけれど、それをどうにかするために巻き込まれたのでは、たまったものではない。

 なんてことは言わないけれど。言う義理もないし。


「ところで、格上の家に反意を翻して襲いかかり、返り討ちにあった貴方。

 貴方の家の上の妹がほしいのだけど、返答は?」

「……好きにしてくれ」

「何?」

「……どうぞ、お連れになってください」


 力なくつぶやく優男の了承を得たので、後はアミュリュート家に行くだけだ。

 だけれど、この閉じこめた男達をどうやって連れて行くのか、考えていないことに気がついた。





『さっきのエインはなんだか意地悪だったわね』

『何かイラっときまして』

『なんだか格好が良かったわ。違うかしら、ちょっと魅力的というべきかしら?

 困ったわ、困ったわ! 何と言ったらいいのかしら!』


 それはちょっとバイアスをかけすぎだと思うのだけれど。

 でも、こういった場面が久し振りで、加減が曖昧になっていたのは認める。

 今後はシエルに引かれない程度に考えなくては。というか、こういう場面がなくなるのが一番いいのだけれど。


 結局男達はロープで縛って引っ張っている。

 歩くか引きずられるかは、各々に任せていたのだけれど、今は皆自分の足で歩いてくれているので楽だ。

 引っ張っているのはシエルだけれど。わたしの身体強化ではうまく引きずれなかったから。


 男達を引っ張っているシエルはとても目立ったけれど、今回はいっそ目立った方がいい気がするので、特に気にしないことにした。

 シエルは最初から気にしていない。


『巣窟の外に出すのはいいのだけれど、それからどうすればいいかしら?』

『ビビアナさんが迎えに来てくれると嬉しいんですけどね。

 ですが、すでに一晩経っていますから、難しいでしょう。

 ハンター組合に連れて行けばいいんじゃないですか?』

『そうね。そうするわ』


 優男――というか、ビビアナさんの兄だけはアミュリュートまで連れて行った方が話がスムーズになると思うけれど。

 程なく出口が見え、日の光が入り込んでいた。巣窟の中も暗くないとはいえ、日の光は明るく感じる。


 外に出ると、必死な顔をしてこちらに一目散にやってくる人が見えた。


「ビビアナ、どうしたの?」


 シエルが尋ねれば、やってきたビビアナさんがムスっとした顔をする。


「一晩戻って来なかったから、様子を見に来たのよ。

 でも心配はいらなさそうね。一応愚者の集いの皆できたのだけれど」

「じゃあ、邪魔なのを連れて行って」

「ハンター組合でいいのね?」

「うん」


 シエルが頷いたところで、シャッスさんが呼ばれる。

 やはりこういう立ち回りらしい。ビビアナさんに「あの男達をハンター組合まで持って行ってほしいそうよ」と声をかけられている。

 ビビアナさんには面倒くさそうな顔をしながらも、シエルを見つけると人の良さそうな笑顔でシャッスさんは引き受けてくれた。


「アミュリュートはどこ?」

「ええ、そうよね。知らないわよね。そこの愚兄に聞けば良かったとも思うけれど」

「信用できない」


 ビビアナさんに愚兄と呼ばれた優男が、ビビアナさんを睨みつけてくるけれど完全に無視されたまま話が進む。


「それもそうね。いいわ、ついてきてくれるかしら?」

「うん」


 歩き出したビビアナさんの後を追いかけた。





「ところで何があってそうなったのかしら?」

「襲ってきたから閉じこめた。それから今朝縄で縛った」


 ビビアナさんが優男を見てから問いかけるのに対して、シエルが簡潔にあったことを伝える。

 この場合「襲ってきた」、だけ伝わればいいだろう。

 フィイ母様の義娘を襲った上に、返り討ちにあったとなれば、もう何も言い逃れは出来ない。


「アミュリュートも終わりね」

「なにを……っ。そもそも、ビビアナ。なぜお前が……っ」

「アミュリュートが終わるのは事実です。

 他国で言えば国王の娘に手を出しておいて、何もならないとでも思っているんですか?

 あと私とシエルメール様は以前から知り合いでしたので、こうして肩を並べていてもおかしなところはありません。ですからこうなることはわかった上で教えました」


 言葉をなくした優男が、ビビアナさんを睨みつける。

 だけれど、ビビアナさんは全く気にした様子もなく、むしろ鼻で笑わんばかりに言葉を続けた。


「お父様を出し抜いたところまでは優秀だったのに、予想外の展開になるとボロボロになるのは昔から変わらないわね。

 感情的になりやすく、引きどころをわきまえない。だから姉様に劣ると言われるのよ」


 口調を変えたビビアナさんを優男が何か言いたげに見ているけれど、彼が今陥っている状況の原因がまさにそれのせいか何も言わない。

 それで満足したのか、ビビアナさんは優男から目を離した。





 連れて行かれたビビアナさんの実家は、豪邸といって違いない大きなお屋敷だった。

 それでもフィイ母様の屋敷と比べると小さく見えるのは、格の違いという奴だろう。

 母様の屋敷はホテルになるんじゃないかと思うくらいなので、比べるのがおかしいのだけれど。


 使用人も何人いるかわからないし、名前を知っているのも一握り。

 どうもわたし達を相手する人はある程度限定しているらしいのだ。

 わたしが警戒しているから、というのもあるのだろうけれど。


「大きい家」

「ありがとう……で良いのかしら? 私はもうこの屋敷から出ていくつもりだし、フィイヤナミア様の屋敷の方が大きいと思うのだけれど」


 シエルが頷き、ビビアナさんが「そうでしょうね」と納得する。

 大きめの扉をくぐり、ビビアナさんが「帰ったわ」と声をかけると、初老ほどの男性が「お帰りなさいませ」と恭しく頭を下げる。


 しかし縛られて連れられている次期当主を見つけると、「これは……!?」と驚いたように目を見開いた。


「愚兄がやらかしたのよ。とりあえずお父様のところに行くわ。

 この子に粗相をしたら首が飛ぶだろうから気をつけなさい」

「そのお方は……?」

「答える必要はないわね」


 少なくともアミュリュート家よりも格上の存在。それだけわかれば十分だろうといわんばかりにビビアナさんが言い捨てると、ずんずんと屋敷の奥まで進む。

 シエルは気にした風もなく、次期当主を引っ張ってそれについて行く。


 程なくついた扉をビビアナさんがノックすることなく開け放つと、中にいた壮年の男性が不機嫌そうにビビアナさんを見た。


「何事だ? 騒がしい。礼儀も忘れたか?」

「礼儀なんて気にしている余裕はないのよ、お父様」

「何?」


 苛立ちを隠さない声に、ビビアナさんはどこ吹く風とばかりの態度で応える。

 その態度に男性が訝しげな表情を見せたところで、ビビアナさん以外の存在に気がついたらしく、目を丸めた。


「何があった? なぜコンラントが縛られておる!」

「愚兄がフィイヤナミア様の義娘を狙って、返り討ちにあっただけよ。

 ()()()()()()()()()様」

「……なんということを」

「アミュリュート家は敗者。シエルメール様はお姉様を欲しているのだけれど、何かあるかしら?」


 何か言いたげに声を荒げた自分の父に対して、興味なさそうな様子でビビアナさんが話を続ける。

 この敬意のなさ、本当に嫌いなのだろう。

 当主は何かに縋るように、縛られた次期当主を見た。


「事実なのかコンラント」

「事実、です」


 たぶんこれだけをいわせるために連れてきた次期当主。ビビアナさんがいたから、いなくてもアミュリュートの屋敷には入れたと思うし。

 というか、名前はコンラントというのか。初めて知った。


 シエルの姿、そして縛られ悔しそうにしているコンラントの顔を見て納得してしまったらしく、ショックのせいか何なのか当主の顔が10年くらい老けたように見える。


「それほどの実力者だったか……」


 当主が空を仰ぎ、力なくつぶやいた。

 ここで激高しないあたり、コンラントよりも貴族していると思う。

 貴族のなんたるかなんて知らないけれど。


「フィイヤナミア派のお前が、やけに聞き分けが良いと思ったんだ。ビビアナよ」

「そんなことよりも、答えてくれないかしら?

 お姉様は連れて行くわね?」

「勝手にしてくれ」

「それでは、今までお世話になりました。アミュリュート家がどうなるかはわかりませんが、お元気で」


 ビビアナさんは、貴族らしい感情の見えない笑顔でそう締めくくった。

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