114.巣窟とストーカーとじゃんけん
時計を買って正確な時間がわかるようになった。
この時計の精度はやはり魔術で補っているらしく、言ってしまえば魔道具の一種という事になる。道理でお高くなるわけだ。
そして、使用する魔石に特殊な加工をするのだという。最初から入っている魔石で数年持つらしいけれど、時計の値段にはこの加工費等が含まれている。お高くなるわけだ。
では前世で一般的な時計はどうかと言えば、存在しない。
そんなカラクリを作るくらいなら魔術でどうにかするというのが、一般的な考えなのだろう。
事実魔術の方が正確な時間が計れる。前世にも電波時計とかあったけれど、ここに電波時計があったところで受け取る電波はない。
時計についての世界による違いは良いとして、シエルと2人で巣窟までやってきた。
屋敷がある町からそこまで離れていないし、多くのハンターが頻繁に行き来しているので、まず道に迷わない。
周りが大人ばかりの中に、シエルが混ざっているのはとても目立つ――恐らくシエルを除いた最年少でも15歳は超えている――のだけれど、既に噂が広まっているのか、情報共有が徹底されたのか、遠目に見る人はいても絡んで来る人はいない。
目立つ目立たないで言えば、町の中からシエルについてきているハンターっぽい一団の方が目立っていないだろう。
堂々とついてきているので、ターゲットがこの人達でいいのか少し悩んでしまう。
だけれど一団の中に、明らかにハンターらしくない青年がいるので、この一団でいいのだろう。
傍目には、貴族の道楽依頼を受けた一団に見えなくもないのかもしれない。
『ついてきているかしら?』
『それらしい一団はずっと』
『だとしたら、後は適当に探索するのよ!』
そういってシエルが巣窟の入り口に目を向ける。
大きな洞窟なのだけれど、5~6人程度なら広がって入れるその入り口は、テーマパークの入り口に見えなくもない。
入り口付近に、人がたまっているのも一要因かもしれない。チケット改札とか、受付とかあったら完璧だろう。
また、入り口は用途に合わせて自然に分けられていて、1つは出口。もう1つは多くのハンターが並んでいる恐らく一般口。
それから、一部のハンターがさっと入っていく、恐らく高ランク用の入り口。
ぽかんと空いただけの空間なのに思いの外に秩序だっているのは、ある意味でフィイ母様の功績なのかもしれない。
『どこから入ろうかしら?』
『人が多いところにしておきましょう。多いとは言っても、スムーズに進んでいますし、そこまで時間もかからないと思います』
『だけれど、すぐに入れるところから入っても問題はなさそうよね?』
『A級ですから、たぶん大丈夫だとは思います。ですが、後ろの団体がそうだとは限りませんので』
『確かにそうね』
さっと入って、次々に下っていくと、今日の目的の1つが達せないままになるかもしれない。
それに高ランク向けの入り口から入ったら、ある階層まで急いで降りないといけないみたいなルールがあるおそれもある。
この辺ちゃんと調べておけばよかったのだけれど、ビビアナさんの件があって忘れてしまっていた。
ちょっとやそっとでは壊せそうにない、どことなく創造神様の力を感じなくもない入り口を抜けて中に入る。
第一層は広い広い競技場みたいな感じだろうか?
遮蔽物のない、だだっ広い空間になっている。
もちろん天井や壁は岩で出来ているのだけれど、やっぱり創造神様的力を感じた。
『ここの壁ものすごく堅いですね』
『そうなのね? どれくらいかしら?』
『フリーレさんに壊された結界以上、本命の結界未満といったところでしょうか?』
『エインの結界の方が堅いのね。流石ね、流石よ』
シエルが楽しそうに話すけれど、岩以上の防御力と文字にするとなんだかむなしい。
でも創造神様が作ったであろう構造物以上となれば、ちょっと嬉しい。
第一層の魔物はゴブリン以下の、一般人でも倒せそうなレベル。
動物にも負けるような、最下層の魔物と言っていいのかもわからない物達。それでも倒せば魔石は手にはいるので、見習いハンターの稼ぎ場にはなっているようだ。
シエルよりも少し年上くらいの子達が、必死に追いかけている。
第二層、第三層、第四層までは、魔物の種類が異なるだけで似たような光景が続く。
第四層まで来ると、一般人に毛が生えた程度では簡単に怪我をするだろうし、戦い慣れしてきた人でも油断したら死ぬくらいの魔物がいるけれど。
シエルは多くのハンターと同じように、その階層を横目にしつつ通り過ぎるだけ。
後ろの人たちも問題なくついてくる。
第五層に入ったところで、少し迷宮のようになった。
『急に狭くなったわね。というよりも、道になったのかしら?』
『そうですね。わたしが想像していたものに近くなったように思います』
『そうなのね? 具体的にはどう思っていたのかしら?』
『道が迷うようになっていて、罠が仕掛けられていて、宝箱がおいてあって、魔物が突然現れるみたいな感じでしょうか?』
『どうして宝箱がこんなところにおいてあるのかしら?
置いていたとして、持って行って良いものなのかしら?』
まあ、この質問は来るだろうなと思っていた。
何というか、幼き日よりゲームという名の世界で教育されていた側としては、そこに疑問を持つことは無いのだけれど現実で考えれば変な話ではある。
こう言った設定をゲームではなく、小説などで取り入れる場合にはそれっぽい設定がいろいろあったように思う。
『わたしが想像していたのが、"ダンジョン"だからかもしれませんね』
『だんじょん、ね』
『何故ダンジョンに宝箱が置かれているのかと言えば、それを餌に人々を集めるためというのが多かったでしょうか?
創作物の話なんですよ』
『人を集めてどうするのかしら?』
『殺すかどうかはそれぞれですが、糧とするためですね』
『巣窟とは全然違うのね』
『巣窟は創造神様が意図して作った感じがするんですよね。
魔物を倒してほしいみたいな、そんな感じでしょうか?』
『じゃあ、倒した方がいいのかしら? さっきから襲ってきそうなのは倒しているけれど』
『そんな感じで良いと思いますよ』
話しながら、シエルが適当に岩の槍で魔物を突き刺す。
素材とかあるのかもしれないけれど、面倒くさいので魔石だけとって後は放置。
ダンジョンだと倒した魔物等は勝手に消えるみたいな設定も多いけれど、巣窟もそのあたりは変わらないらしい。
ただし魔石だけは残るのだとか。
で、どうやって素材をとるのかと言えば、一定時間放置しなければいい。巣窟の壁や床と連続で接している時間で、消えることがわかっているとか。
うん。この辺は歩きながら他の人の話を盗み聞いての事なので、信憑性はわからない。
第五層を抜けて、第六層、第七層にもなってくると、周りに見えるハンターはいなくなった。
ずっとついてきているハンターなのかわからない人たちはいるけれど。
だからそろそろ仕掛けてくるのではなかろうか?
何て考えていたせいか、ストーカー達の動きが変わった。
『矢を撃ってきました……ね』
『そうね。何の問題もなかったけれど。むしろ当たったのかさえ、わたしにはわからないもの』
シエルに伝える頃には矢が結界をいくつか貫いて、何番目かの結界で弾かれた。
だいたいCランクの魔物の攻撃に耐えられるかな? くらいの結界をぬいてきたので攻撃力としてはなかなかある。
二度、三度撃ってきて、Cランク用結界が完全に破壊されたところで、勝ち誇ったような顔をした優男が姿を見せた。
ハンターの格好をした、貴族のボンボン。
弓を射たのは彼じゃないのだけれど、どうしてそんなに得意げなのか。
部下の功績は自分の物みたいなタイプなのか。
というか、そのまま弓を使い続けていたらよかったのに、何で姿を見せたのだろうか。
「フィイヤナミアの娘と言っても、所詮はその程度の結界を張ることしかできない雑魚だな」
いきなり現れて失礼な奴だなと思わなくもないのだけれど、それ以上に『あ、』と声が出そうになった。
シエルの体に一気に力が入ったのがわかる。
次何かしたら、問答無用で舞姫の力を使う気満々だ。
沈黙したままのシエルの迫力に負けたのか、優男が慌てて話し始める。
「そ、そんな顔をしてもお前の不利は変わらない。
最後は俺自らが相手をしてやろう」
結界さえ何とかすれば、どうにでもなると思っているらしい。
確かにCランクに完勝できる結界ってなかなか強いとは思うのだけれど、でも上級ハンターの中には出来る人は結構いるのではないだろうか?
そして優男の話をシエルが全く聞いてない。
『ねえ、エイン』とかけられた声がとても怖い。わたしに怒っているわけではないのは分かるのだけれど。
『どうしました?』
『あの人たちを閉じ込めたいのだけれど、良いかしら?』
『舞台を使いますか?』
『茨の舞台お願いできる?』
『ちょっと待ってください。できそうか確認します』
シエルが使う舞台系の舞は歌姫の力によるブーストありきの技。
だからわたしに確認を取ったのだと思うのだけれど、問題はここが巣窟の中だという事。
つまり創造神様の力が加えられたところ。茨を使う以上、周囲の地面や壁から生やさないといけない。
だから干渉できそうかなと確認してみたけれど、シエルだけだとちょっと難しそうだ。
普通の魔力だと弾かれる。
『わたしがサポートします。神力を使用しますから、シエルもどういった感じか意識してみてください』
『わかったわ。よろしくね』
シエルが了承してくれたので、歌い始める。
シエルとわたしが話している間、放置されていた優男さんは何やら怒ったような顔をしていたけれど知ったことではない。
シエルを怒らせたのが悪いのだ。
わたしの歌に合わせてシエルが舞い始める。
春に芽吹いた双葉たちが、夏に力強く萌えるように。
伸び伸びと育った植物たちに綺麗な花が咲くように。
手足を伸び伸びと使い、くるくると回りながら手を広げる。
それに合わせて鋭い棘を持った茨がわたし達を取り囲む。
茨はうごめき、ドーム状に包み込む。
シエルの踊りを見させるための、茨で作ったドーム。もとい檻。
せっかくの茨の舞台なので、リシルさんが歌っていたものを歌っていたのだけれど、付いてきていた精霊たちがいつも以上に楽しそうに飛び回っていた。
その中にリシルさんも混ざっている。幼稚園の保母さんみたいな感じだけれど。
そうして茨に何やら細工をしている。
あー……強化されている。元から結構硬いのだけれど、今はワイバーンの全力の突進もびくともしないような気がする。
しかも棘でズタズタになることだろう。
本来が防御力自体はC~B級で、切られたり燃やされたりしても、即座に戻るみたいな魔術なのだけれど。
「な、なんだこれは」
「じゃ、頑張って」
優男以下、その配下を全員閉じ込めたところで、シエルが満足したように座り込んでしまった。
騒ぎ立てている男たちが茨に何かしようとしているが、びくともしない。
この茨、精霊たちが手伝っているとはいえ、シエルの魔力によってできているから、基本的にはシエルの魔力との耐久戦に勝てば抜け出せる。
もしくはシエルそのものを狙えばいいのだけれど、わたしの結界は今の茨よりも硬いのでシエルを倒せる人は茨をやすやすと抜け出せるだろう。
そして男たちは茨を突破することができないため、強制的に耐久戦が始まる。
男たちも茨の原因がシエルにあることは承知しているので、茨を突破できないとわかるとシエルを狙って来た。だけれどそれは、わたしが許さない。
B級用結界に気が付いていない時点で、実力がそれ以下なのはわかっているし、特に何かする気もないけれど。
何と言うか、矢や魔術、斬撃等々たくさん飛んできて目障り。
それでも魔力量的に、C級最上位くらいの威力の魔術は使われているだろうか?
手は抜かずに全力を出してきた感じはする。
周りに土煙が舞って、相手の姿が見えなくなったところで、攻撃が止んだ。
煙の向こうから笑い声が聞こえてくるので、倒したとでも思ったのだろうか?
「俺を無視するからそうなるんだ。恨むなら自分の愚かさを恨め」
勝ち誇ったような声が聞こえてきたところで、土煙が晴れてきた。
この間シエルは全く動いていない。ずっと座ったまま、一点を見ている。
「何かした?」
「はっはっは……はぁ?」
声をあげて笑っていた優男が驚いたように笑うのを止める。
渾身の攻撃だっただろうし、想定外なのはわかるけれど、ちょっと迂闊過ぎないだろうか?
倒したのを確認するまで、気は抜いてはいけないと思うのだけれど。というか、茨が消えていない時点で察してほしい。
「結界をあと二つ、壊せたら戦ってあげるから、頑張って」
そう言ってシエルが完全に優男を意識しなくなった。
今から寝ますと言わんばかりの、警戒心の無さだ。
油断ではなく、侮り。慢心ではなく、信頼。
要するにわたしの結界のすごさを見せたいらしい。
前にもあったけれど、どうやらシエルはわたしの結界を馬鹿にした相手に対して、その強さを思い知らせないと気が済まないらしい。
嬉しいような気もするけれど、どこか複雑な感情もある。
結界をあと二つという事は、フリーレさんが壊したところまでという事だけれど、先ほどの攻撃を見るに頑張って一つだろう。
馬鹿にされたことが悔しかったのか、実力差が見えていないのか、それとも見たくないのか、優男が激高したようにシエルに魔術を乱射し始めた。
配下っぽい人たちも、それに倣ってシエルへの攻撃を再開する。
『そう言えばエイン』
『何ですか?』
『最近精霊たちと何かして遊んでいるわよね?』
『そうですね。せっかく姿が見えるので、遊んでもらってます』
『それを私にも教えてもらえないかしら。私だけ仲間外れは寂しいのよ?』
『良いですよ。そこまで大したことじゃないですが。そうですね、まずはじゃんけんから教えましょうか?』
『ええ、ええ。じゃんけんって何かしら? 何かしら!』
様々な攻撃が飛んでくる中、何故かわたしはシエルにじゃんけんを教えることになった。