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113.ビビアナと計画と巣窟

 ビビアナさんと会った次の日。

 今まではシエルが起きるまでは、幸せそうな寝顔を見ながら魔術の研究というか、魔力の操作の訓練的なことなどをしていたのだけれど、表に出ていないときの姿がリシルさんにも見えるようになって、ちょくちょく遊ぶようになった。


 会話は出来ないので出来ることも限られるのだけれど、とりあえずジャンケンとかあっち向いてホイとか、生前の遊びを教えてやっている。

 そうしていると、どうにも幼い精霊が興味を持ったらしく、あっちこっちでジャンケンをしている姿を見るようになった。

 人型でない子達も出来るようにと、頭をひねったりしたけれど、それはそれとして、たまに全力でリシルさんとあっち向いてホイをしている。


 身体でリズムを取るようにジャンケンをして、一呼吸置いて勝った方が指を四方の何処かに向ける。

 わたしがかけ声を言ってもいいのだけれど、それだとリシルさんがジャンケンに勝ったときに不公平になるし、案外何とかなるものだ。


 勝った方が何回で成功させるかとか、高速で一定のリズムでやり続けるとか、変にレパートリーが増えた。


 その間にも訓練はしているのだけれど。


 今日もそうして遊んでいる間に、シエルが動き始めたので手を止めてシエルの方を見る。


『おはようございます』

「おはよぉ、エイン」


 この屋敷を気を抜いて良いスペースと認識したのか、屋敷内というかこの部屋の中に限ってはシエルもかなり気を抜くようになった。

 半分眠っているような状態で、真っ白な髪が口に入りそうなことも気にした様子もなく、欠伸混じりに挨拶してくるのも最近では珍しくない。

 そうした場合、完全に目が覚めるまでに少し時間がかかるので、適当に時間をつぶす。


「おはよう! エイン」

『はい、おはようございます。今日はどうしますか?』


 改めて挨拶したところで、シエルに今日の予定を聞いてみる。


「どうしようかしら? 確か中央には巣窟というのがあるのよね?」

『言っていましたね。行ってみますか?』

「中央でハンターをするには行くしかないみたいだものね。試しに行ってみましょうか」

『それなら一度ハンター組合に行って、依頼がないか見てみるのも良いかもしれませんね』

「そうね」


 そんな感じに今日の予定が決まったので、朝食を食べるために部屋を出た。





「ということで、巣窟に行ってみるわ」

「そうねそうね。一度行っておいても良いかもしれないわね。

 もしかしたら貴女達に、魔物を適当に間引いてきてもらうこともあるかもしれないもの」

「そういえば、フィイが管理しているのだったのね」

「ええそうよ。貴女達なら危険はないと思うから、最初は(わたくし)から何か言うのは止めておきましょうか。

 ただ戻ってくる時間だけは気をつけるのよ?」

「わかったわ」


 朝食後、フィイ母様とそんな会話をする。

 確かに戻ってくる時間は考えておかないといけない。

 この世界、時計がないわけではないけれど、妙に凝っているせいか高級品という立ち位置にある。

 もしくは案外難しい魔術とか使っているのかもしれない。


 とはいえ、お金はあるので時計の1つくらい買うのはたやすい。

 先に時計を買ってから、巣窟に潜るようにすればいいだろう。


「でもそうね。今日は行っている余裕があるかわからないわよ?」

「また何かあるのね?」

「ええ、ええ。ちょっと状況が動いているのよ。

 どうするかは、貴女達次第だけれど」

「どうするかは、そのときに考えるわ。でも教えてくれてありがとう」

「いいのよ」


 今日もまた何かあるのか。だったら、時計を買うだけで終わるかもしれない。

 というか、今後何かあるという日が続くのではないだろうか?

 たぶん母様に対抗する派閥の動きがあるということなのだろうし。


 なにやら面倒くさいことにならなければいいのだけれど。


「それじゃあ、行ってらっしゃい」

「行ってくるわ」


 わたしが考えている間にフィイ母様に見送られて、シエルが屋敷を後にした。





『とりあえず時計を買いに行きたいのですが、先にハンター組合に行きますか?』

『時計? どうして買うのかしら?』


 首を傾げるシエルに、説明が足りなかったと反省する。


『わたしが想定している物であれば、恐らく巣窟の中では時間がわからないんですよ。

 日の光が届かないところに入り込むわけですから』

『あの牢屋みたいなところに行くのね。確かに時間はわからないわ。

 わたしが昼とか夜とか知ったのは、その後だったもの』


 何てことなさそうにシエルは話すけれど、わたしにとっては苦い記憶だ。シエルを守りきれなかった記憶であり、シエルがひどい目に遭い続けていた時の記憶だから。

 わたしが黙ってしまったからか、シエルがのぞき込むようにわたしを見る。


『エインは気にしているみたいだけれど、私は気にしていないのよ。

 だって、エインと出会ったところだもの』


 ころころ笑うシエル『そうですね』と返したところで、ハンター組合に着いた。


『ハンター組合から先に行きましょうか』

『ここまで来て引き返すのも変だものね』


 ハンター組合の中は、相も変わらずといった感じ。

 昨日も来たし、変わっていた方が驚きだけれど。

 強いて気になる点を上げるとすれば、ビビアナさんが入り口をじっと見ていたところだろうか。

 そしてシエルを見つけると、安心したように近づいてくる。


「お待ちしていました」

「今の私はハンター」

「……ええ、わかったわ。よく来てくれたわね」


 シエルがビビアナさんの言葉を訂正させたけれど、ビビアナさんに敬語を使われる違和感はよくわかるので、細かいことは言わないでおく。

 そもそも、ビビアナさんは家も自身もそれなりの人なのだから、お友達として普通に話していても問題はないだろう。


「何かあった?」

「そうだったわ。昨日のことについて話したいことがあるのよ」

「場所変える?」


 目立つ二人が話すので、ちらちらとこちらを見ている人が結構いる。

 ビビアナさんもそのことに気がついたらしく、「そうね」と言ってハンター組合を後にした。





 連れて行かれたのは、オープンカフェのようなところ。

 こんなところがあったんだなと素直に驚いた。

 おしゃれなところで、女性客が多い。


 死ぬ前なら入れなかったなと、思いつつとりあえずはシエルに任せることにした。


「何があった?」


 シエルが注文したお茶を一口飲んでから尋ねる。

 おいしくないわけではないけれど、屋敷で飲む物の方が好みに近い。

 ビビアナさんは、少し深刻そうに口を開いた。


「姉様をアミュリュート家から一刻も早く引き離したいのよ」

「どうして?」

「早くしないと、反フィイヤナミア様派のところに嫁がされるそうなのよ」


『貴族なら仕方ないのではないかしら?』

『そういえば、シエルはそういった話は何となくは聞いているんでしたね。とはいえ、今回は反フィイ母様派にということですから、助けたいんだと思いますよ』

『普通に考えたらフィイとは戦いたくないわね。

 どうやって助けるのかしら?』

『一番簡単なのは、シエルかわたしが囮になることでしょうか。

 たぶん嫁がせようとしているのは、反母様派のお兄さんでしょうから、一人になれば簡単に釣れると思います』

『そうね。私が囮になるわ。どちらがなっても同じだと思うけれど』

『ですが、シエルを囮にするのは気が引けるんですよね』


 危険……はないと思う。まず負けることはないと思うし、大人数で来られても守りきる自信はある。

 わたしが表に出ても意味がないのは言わずもがなだけれど。


『丁度巣窟に行こうとしていたもの。そのついでに片づければいいのではないかしら?

 何かあってもエインが守ってくれるのよね?』

『はい。シエルには指一本触れさせないつもりですよ』

『なら良いわね』


 さてこれだけ話せば、ビビアナさんも不審に思うのだろう。

 訝しげな目をこちらに向けている。


「エインセル様と話しているのかしら?」

「うん」

「そう、なら仕方ないわね」

「仕方ない」


 シエルが言うことではないと思うけれど、でもシエルのビビアナさんへの好感度が少し上がったような気がする。

 というか、わたしを誉めたり、認めたりすればシエルの好感度は簡単にあがるのではないだろうか?

 そもそもわたしの存在を知る人が少数なのだけれど。


「私が囮になる」


 唐突なシエルの言葉にビビアナさんが面食らったような顔をするけれど、話を戻しただけと言えば戻しただけだ。

 お姉さんを助けるために、お兄さんを釣って、わたし達を攻撃させた時点でこちらの勝ち。

 上位の者を攻撃すると言うことは、相応の対価をもらっても文句は言えないはずだ。


 ということなのだけれど、シエルはちょっと言葉が足りない。

 ビビアナさんが理解できなければ、補足するようにシエルに言おうかなと思っていたのだけれど、ビビアナさんは真面目な顔をして「いいのね?」と尋ねてきた。


「構わない。この後、エインと巣窟に行くからそのことを言えばいい」

「……お願いするわ」


 なにやら言いにくそうな感じだったのは、全てを任せてしまうことに抵抗があるからだろうか?

 この計画に置いて、ビビアナさんは特にやることはないし。

 簡単に言えば、身の程知らずの貴族のボンボンが、王族に喧嘩を売って返り討ちにあうみたいな状況だ。


 こう言ってしまえば、そのまま殺されても文句は言えないように思う。


 まあ、今回は殺さないけれど。


「時計を買っていくから、それまでに伝えておいて」


 シエルはそういうと立ち上がる。

 それから、軽い足取りでその場を後にした。


『急いでますね』

『急いでいるわけではないのよ?

 ただ、エインと買い物に行けるのが嬉しいだけなのよ』

『それなら仕方がないですね』


 なにが仕方がないのかは、知らないけれど。

 でもシエルが楽しそうに『仕方ないのよ』というので、仕方がなかったのだと思う。





 肝心の時計だけれど、上級ハンターが使うお店に売っていた。

 巣窟用にということなのだろう。

 試しに下級ハンターはどうしているのかと聞くと、ろうそくなんかを指標にしているらしい。


 ろうそくの長さが半分以下になったら戻るみたいな感じ。


 また巣窟の中は、何故か明るいらしい。

 時間経過で明るさが変化しないので、時間を確認する物はもって置いた方が良いと言うことだけれど、たいまつ等を持って行かなくて良いというのは良いことだ。


 同時に何か作為的な物を感じなくもないけれど、危険であればフィイ母様や最高神様あたりが教えてくれるんじゃないかなと思う。


『どれが良いかしら?』

『最悪魔法袋に入れっぱなしにしておけばいいですから、シエルが好きなのを選ぶと良いですよ』

『そうね。じゃあこの黒いのにしようかしら』


 シエルがクスリと笑う。あえてわたしの色を選んだのだと言わんばかりに。

 わかってしまうと、恥ずかしいような、嬉しいような、いろいろな感情がない交ぜになったものが押し寄せてくる。

 それをシエルに見られるのが恥ずかしくて、すっとシエルの中に逃げ込んだ。


 そんな様子までシエルは温かい目で見守ってくる。

 だけれど何も言わない。恐らくそのあたりが、今のシエルの境界線なのだろう。

 わたしを困らせることが好きなシエルが、それでも踏み越えない一線。


 シエルに困らせられるのは嫌ではないけれど、そうしてわたしの事を考えてくれるのは嬉しくて。しばらくシエルの中から出られそうにはなかった。

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