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112.夕食とお話と確認

 フィイ母様の娘になって、だいたい同じような時間に夕食を食べている。

 食べているのはわたしではなくて、シエルなのだけれど。

 それはともかく。

 フィイ母様も毎日顔を見せるというのは、本来珍しいことなのかもしれない。


 何せフィイ母様は別になにも食べなくても生きていけるはずだから。

 だから、こうやって毎日顔を合わせてくれるのは、わたし達の為かなと思うことも少なくない。

 一日が終わって、今日はなにをしたのかと娘に尋ねる母のように、フィイ母様なりの愛情なのかもしれないと思う。


 それをわざわざシエルに教えることはしないけれど。

 それは恐らく誰かに教えられるのではなくて、自分で後から気がつくようなもののはずだから。

 と、良さげな話は置いておいて、今日も今日とてフィイ母様には聞かないといけないことがある。


「あらあら、今日もいろいろあったみたいね」

「そうかしら? エインと買い物が出来て楽しかったけれど、あとはビビアナにあったくらいよ?

 でも、そうね。買い物をさせてくれないお店があったことと、アミュリュート家……と言うよりも、フィイに敵対している人たちがいることについては、話してくれるのかしら?

 フィイなら全て知っているのよね?」

「ええ、ええ。知っているわ。全部聞こえているんだもの」


 まあ、そうだろう。中央において、フィイ母様が知らないことがあれば、それはもう神の領域の話になる。

 で、問題は知っていて教えてくれるかだけれど、意外にもフィイ母様はすぐに話を続けてくれた。


「そこまで知ることが出来たのなら、教えてあげても良さそうね。

 買い物が出来なかったのは、既に聞いていたと思うけれど、そう指示されていたからよ。

 具体的にはハンター組合で貴方達を囲んでいた内の一人ね。

 商人組合の上の方の役職の人物で、今までもそれなりにあくどいことをしていたわ」

「それなのに、上の方にいられるのね?」

「表沙汰にはなっていないのよ。今回のお店についても、弱みを握られていて仕方なくというところもあったみたいね」


 そうではないところは、そもそもその人のやり方を迎合しているということだろうか?

 どちらにしても、フィイ母様に喧嘩を売るような真似をよくできるなとは思うけれど。

 んー、でも上役の指示に逆らったとして、フィイ母様が守ってくれるということもなさそうだ。


 そういう面倒くさいことを避けるために、お金を受け取っていないと言う面もあるだろうし。

 あくまで母様は助けたい人を助けるというスタンスだと思うし。

 土地を貸して勝手にしているのだから、自浄作用くらい働かせろってことだろう。


 フィイ母様に責任はない。中央の王ではないのだから。

 フィイ母様のやり方が気にいらなければ、出て行けばいいだけ。


 今回の場合は商人組合の本部に訴え出れば良かったのかもしれない。


「それから上役の男だけれど、(わたくし)を打倒する派閥に入っているわね」

「怖い物知らずね」

「長い間見てきたけれど、人というのはそう言うものよ。

 時間が経過していく中で、忘れていくの。それが良いこともあれば、悪いこともある。今回はどっちかしらね」


 そう言ってフィイ母様は笑う。

 悪いこと、と言い切らないのは、フィイ母様を打ち倒すことが出来れば、その派閥が正義だと言うことになるからか。

 シエルはピンときていないようで、首を傾げている。


 このあたりを知るには、シエルは経験が浅すぎるのかもしれない。

 かく言うわたしも、実感できているかと言われると怪しいけれど。


「それでフィイに喧嘩を売ろうとしている怖い物知らずの集まりは、なにかしら?」

「ええ、ええ。周期的に表れる人たち、かしら?

 (わたくし)が実は弱いのではないかと疑って、なにもしない(わたくし)には中央を任せられないって感じみたいね。この中央の自治会で発言力を持った人が勘違いするのよね。

 そのたびにつぶしてきたけれど、やっぱり忘れてしまうのよ」

「今がそのタイミングと言うことね?」

「そうね、そうなるわね」


 人は……と言うか少なくともわたしは、自分が生まれるよりも前の出来事を正確に認識しているとは言えない。

 人に聞いたり、学んだり、ふとしたところで目にしたり、そうして何となくそう言うことがあったのだろうと理解する。

 この世界の人の寿命は知らないが、100年もすれば完全に忘れられるだろう。


 100年も前のことを現実と結びつけて考えられる人など、そうそういないはずだ。

 前回フィイ母様が力を見せたのがいつのことになるのか、わたしにはわからないけれど。


「面倒だから貴族と呼ぶけれど、今回は若い当主を持つ上級貴族が疑問の声を上げて、それに追随するように若い世代が声を上げている感じよ。

 それにハンター組合、商人組合、教会の一部が乗っかっている形ね」

「あら、それは大変ではないかしら?」

「そうでもないわ。ひどいときには、組織のトップが揃い踏みってこともあったもの。今のトップはまだ話が分かる方ね」


 確かにラーヴェルトさんがフィイ母様に逆らうとは思えない。

 商人組合や教会についてはさっぱりだけれど。


『その当主ってわたし達が知っている人やその親族だったりするんでしょうか?』

「当主って私達が知っている人だったりするのかしら?」


 シエルがわたしの言葉を簡潔に繰り返す。

 どうやら、フィイ母様は今の状態のわたしの声は聞こえないらしい。

 フィイ母様は、んーと何かを考える素振りを見せる。


「知っている人というと、中央で会った人ってことかしら?」

「カロル、セリア、ビビアナ、フリーレあたりね。彼女たちの親族がその当主なのかしら?」

「違うわね。知っての通り、アミュリュート家の長男は影響されているけれど」

「それなら、気にしなくて良さそうね」


 フィイ母様に敵対した以上、ろくなことにならないだろうし、知り合いと無関係の人で良かったと思う。

 ビビアナさんの兄はノーコメント。

 さて、のほほんと話を聞いては来たけれど、フィイ母様と敵対すると言うことは、わたし達も狙われるということだろう。

 むしろわたし達こそ狙われると言っていいかもしれない。


 フィイ母様を相手にするよりも簡単そうに見えるだろうし、捕まえて人質に出来ればフィイ母様相手に有利に立ち回れるように見える。

 だとしたらいっそ、屋敷に引きこもっていようか。

 でも、それはそれで勿体ないような気もするし、却下しよう。


 と言うか、フィイ母様が以前、言っていた面倒くさいことってこれか。

 わたし達のおかげで早めに終わらせられそうだ、みたいに言っていたのは、フィイ母様の義娘(シエル)の存在が広まることを予想していたから。

 フィイ母様のあからさまな弱点を晒したように見せることで、敵をあぶり出す……いやあぶり出す必要はないから、行動させて早く返り討ちに出来ると言うところか。


『フィイ母様もなかなか(したた)かですね。今まで中央を統べていたわけですから、当たり前なのかもしれませんが』

『どういうことかしら?』

『わたし達の存在をちらつかせて、反母様派の行動が早まればいいなと思っているんだと思います』

『わたし達が弱点と言うことになるのかしら?』

『そういうことですね。つまりわたし達は今後よく狙われるかもしれません』


「これから私達が本格的に狙われるようになるのかしら?」

「そうね。用心しておくに越したことはないけれど、まず貴女達を倒せる人がいないのよ。いいえ、いいえ。そんな人物がいたら、間違いなく(わたくし)の仕事になるわね。

 何なら貴女達が全員倒してくれても、(わたくし)としては楽でいいのだけれど」

「もしかして、そのつもりだったのかしら?」

「可能性の話としてはそうね。標的が貴女達になって、それを全て返り討ちにすれば、しばらくは変なことを言う人も出てこなくなると思うのよね」


 悪びれもせずにフィイ母様が笑う。それだけ信頼されているという事だろう。

 狙われることに関しては、今更な感じはするし、立場が確立されてある程度は思いっきりやって良くなったわけだから、今までよりは楽かもしれない。

 出来るだけ殺しはしたくないけれど、それは相手次第になりそうだ。


 わたし達を正攻法で倒せる相手が居たら、確かにフィイ母様案件なのだろうし、それまではあまり手を出す気はないという事か。

 何でもかんでもフィイ母様におんぶにだっこと言うわけにもいかないし、危険もないなら当然の判断なのかもしれない。


 そうしているうちに食事を終えたので、シエルに頼んで入れ替わってもらう。

 シエルに頼んでフィイ母様に尋ねてもらってもいいのだけれど、それだとシエルも手間だろうし、たまにこうやって自ら表に出ておかないと、シエルが拗ねそうなのだ。


 拗ねたシエルも可愛いのは言うまでもないのだけれど、それはそれとして、さっと聞きたいことを聞いてしまおう。


 快く承諾してくれたシエルがネックレスを魔法袋に入れてから、わたしと入れ替わる。

 わたしは魔法袋から髪飾りと指輪を取り出して装着した。

 フィイ母様はその様子をただただ見守っていた。


「あらあら、エインどうしたのかしら?」

「少し訊いておきたいことがありまして」

「何となくわかるけれど、何かしら?」

「返り討ちにした相手に要求するというのは、この世界の常識的にどうなんですか?」


 身分的には押し通せるのかもしれないけれど、一般常識的なところは一応確認しておきたい。

 あまり身分によるごり押しは使いたくないので、非常識なら別の方法を考えないといけないし。


「下位の者が上位の者に返り討ちにあったというのであれば、別に構わないのではないかしらね。

 むしろそれで何もしない方が、甘く見られかねないわ」

「確かにそうかもしれませんね」


 言われてみるとそうか。意識はしていたつもりだけれど、なんとも難しい。

 上位者を狙う以上、それくらいの覚悟が必要だとも言えるのかもしれない。

 そうじゃないと、狙ったもの勝ちみたいな世界になりそうだし。


 そう簡単にいかないから上位者なのだろうけれど。


「上位の者が下位の者に返り討ちにあった場合は、状況次第としか言えないわね。

 死罪という事もあり得るみたいよ」


 身分社会だからこそだとは思うのだけれど、やはり馴染みがない感覚だ。

 それに対して忌避感を抱くこともないので、困りはしないけれど。


「身分社会故、ってことですね。馴染みが無いので、新鮮な感じがします」

「エインは身分のない世界から来たのかしら?」

「どういったらいいんでしょうね。わたしが住んでいたところでは、身分による格差はなかったです。それでも皆が平等であったとは言い難いですが」


 世界規模で考えると、身分制度が生きているところもあっただろうし、偉い人と言われて名前が浮かぶ以上、この世界ほどではないにしても、身分社会のようなものが存在していたような気もする。

 うん、死ぬ前の話はどうでもいい。話して面白いこともないだろうし、母様には悪いけれど話を変えよう。


 今のは前段階的な質問だったわけだし。


「もう一つ訊きたいんですが、この屋敷で人を雇うことって出来るんですか?」


 というのが本題。たぶんフィイ母様も聞いていただろうから、話自体はすでに知っていると思う。

 こうやって言うと、なんだか捨て犬を拾ってきた子供みたいな気持ちになる。

 ビビアナさんのお姉さんを犬って言うのは、とても失礼なのだけれど。


「他の使用人と同じ待遇なら問題ないわね。見習い期間があるけれど、生活する分には問題ないはずよ。アミュリュート家の長女なら、人柄的にも問題もないかしらね」


 そう言うことであれば一安心。駄目と言われたら、個人的に雇うとか考えないといけなかった。

 お金の面では問題ないだろうけれど、別にしてもらいたいこととかはないので持て余していただろう。

 聞きたいことは聞けたので、シエルと入れ替わろうかなと思ったら不意にフィイ母様が髪飾りを指さした。


「その髪飾りを買ったのね。あとは指輪かしら?」

「そうです、シエルに選んでもらいました」

「ええ、ええ。似合っているわね。シエルのしていたネックレスもそうだけれど、やっぱり貴女達は何を身につけさせても良く似合うわ」


 フィイ母様にそんな風に褒められて、頬が緩むのを我慢できなかった。

 全然意思通りに動いてくれない表情筋と戦っていると、シエルが我慢できなかったかのように、楽しそうに笑った。

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