111.ビビアナと家族と貴族
言いづらそうにしばらく黙っていたビビアナさんは、程なくして決意をしたようにシエルを見た。
「隠していても仕方がないものね。正直に話すわ」
「うん」
「私の実家、アミュリュート家は基本的にはフィイヤナミア様派だと思ってくれて良いわ。
だけれど、アミュリュート家は大きくはないけれど、要所を押さえている家なのよ。影響力で言えば、師匠の家の方が上だけれど、取り込めばその力を示すこともできるわね」
「それで?」
「だから取り込もうとしている勢力が、今うるさいくらいに来ているわ。そして、私の兄が取り込まれたのよ。
その兄から、父に働きかけている状況ね。父は今のところ突っぱねているけれど、今回の依頼を含めた総合的な情報を元にどうするのか決めるつもりなのね」
うわぁ……。何というか、面倒くさいことになってる。
家族の中で意見が割れている上に、面倒な人たちに目を付けられていると。
『災難ですね』
『そうかしら? そうなのよね?』
『簡単に言えば、シエルとわたしで意見が割れるようなものです』
『そうしたら、よほどのことがない限り、私はエインの意見に従うと思うけれど』
『確かにわたしもシエルの意見をできるだけ採用すると思いますが』
『あら、確かに大変ね。大変よ』
シエルが楽しそうに笑うけれど、そう言うことではない。
でも楽しそうだから別に良いか。
というか、わたしが出した例が悪かった。
「どうなると思う?」
「私は今まで通りフィイヤナミア派でいるように働きかけるわ。
姉もいるから、次期当主の兄が相手だとしても、分は悪くないはずよ。
貴女の実力の一端くらいは私も知っているもの。有利だと思うけれど……」
『下手するとこちらが狙われそうですね』
『ビビアナの兄にかしら?』
『はい。フィイ母様の娘が実は弱いと言うことを、自分の手で確かめて証拠を見せればビビアナさんの発言力は小さくなりそうですから』
『だったら、答えは簡単ね』
「ビビアナの兄でも命の保証はできない」
「ええ、分かっているわ。貴女がどうにかなるとは思わないけれど、貴女を狙うほどに落ちてしまったのであれば、私も割り切るわ。
と言うより、そもそもあまり実家には良い思い出がないもの」
「そうなの?」
シエルは問うけれど、確かにそんなことを言っていたような気がする。
回路が短いことで、魔術の最大出力が極端に低く、魔術師としては半人前だった訳だし。
「貴女のおかげで二つ名をもらえるほどになったけれど、もともと私は落ちこぼれだったもの。
一度家族に見限られてハンターになった身としては、アミュリュート家を命を賭してまで守りたいとは思わないわ。姉様だけは巻き込まれないようにしたいけれど」
「うん。そっか」
今の言い方から察するに、お姉さん以外から疎まれていたのだろう。
フリーレさんのような人がいるとは言え、自分の意志ではなく貴族からハンターになると言うのは、なかなかに屈辱的なことなのかもしれない。
ビビアナさんは「ハンターになって良かったわ」と言っているけれど。
でもまあ、ハンターとしてビビアナさんは貴族と対等に渡り合えるだけのランクを持っているわけだし、家との繋がりももうそんなにないのかもしれない。
むしろ今はビビアナさんの家の方から、ビビアナさんにアプローチをかけている状況だとも考えられる。
うん、考えれば考えるほど面倒くさい。
シエルも本来はこういった世界に放り込まれていたのだろう。
でもまあ、今のビビアナさんはアミュリュート家であると同時に、個人でもあると考えられる。
それこそ、何かあれば家を切り捨てられるほどには。
と言うか、アミュリュート家に関わっているのって、そのお姉さんがいるからなんじゃなかろうか?
んー、難しい。人のお家事情に首を突っ込むのは正直やりたくない。
でもビビアナさんには悪いけれど、シエルにいろいろな世界を見せるという意味ではお節介をかけたくもある。
貴族というか、上流階級のサンプルの一つとして、シエルに見せておけば後はシエルが自分で答えを出してくれるだろうし。
『代わってもらって良いですか?』
『良いけれど、良いのかしら?』
『ビビアナさん個人は大丈夫だと判断しました』
『ええ、分かったわ。よろしくね』
シエルがネックレスを外して、わたしと入れ替わる。
入れ替わったわたしは、指輪と髪飾りをつける。
手間に見えるかもしれないけれど、これもまた楽しい。
色が変わったわたしを見て、ビビアナさんは驚いた様子だったので、わたし達の行動を気にしている様子はない。
「今までの話を信用するとして、これからの話をしましょうか」
「貴女、シエルメール様かしら?」
「いいえ、わたしはエインセル。シエルメールのおま……」
『だから、おまけじゃないわ!』
「いえ、シエルメールを守護している者、と言ったところでしょうか?」
どうやら、シエルは「シエルメールのおまけ」がたいそう気に入らないらしい。仕方がないので、守護者的な方向にシフトしたら満足そうに『そうね』と言っていた。
ビビアナさんはこちらを訝しげていたけれど、一つ頷いてから話し始める。
「エストークであったとき、貴女の時とシエルメール様の時があったわね?」
「そうですね。騙したなとは、言わないでくださいね」
「ええ、貴女達の状況を考えると、それで問題ないわ。むしろ何も考えずに話すようだったら、注意していたところよ。
だけれど、それを今教えたという事は……」
「ビビアナさんの話を信用しましょうと言うことです。
同時に嘘だったらどうなるか分かっているよな、という脅しです」
後者はわざわざ言う必要はなかったかもしれないけれど、隠し事は無しだと言う意味合いを込めて敢えて付け加える。
ビビアナさんも貴族の一員。何か良いように受け取ってくれるだろう。
「信じてくれるのね?」
「裸のつきあいをした仲ですから」
「あのときのは貴女だったのかしら? と言うか色が変わるのね」
「最近変えられるようになりました。
姿はシエルを基本としていますから、シエルと入ったと言っても間違いではなさそうですね。ですが表に出ていたのはわたしです」
口調で分かりそうなものだけれど、と思ったけれど、そんな昔のことを覚えているわけはないか。
覚えていたとしても、意図的に口調を変えるなんて誰でもできることだし。
「守護者というのは何かしら?」
「ノーコメント、としたいところですが、シエルに憑依している何かとでも思ってください。シエルから離れられませんし、表に出ていないときには何かできるわけでもありません」
「分かったわ。いいえ、まだ理解できたとは言えないけれど」
「2つの魂で1つの身体を共有しているだけですよ」
何が"だけ"なのか、わたしにも分からない。でも、程々に説明するのは難しいのだ。
だから、ビビアナさんの柔軟さに頑張ってもらうほかない。
なんだかんだ、わたしと会話している中で混乱していなさそうなので、大丈夫だとは思うけれど。
ビビアナさんはシエルとわたしとどちらも接していたので、何となく察している部分があったのかもしれない。
「それで貴女が出てきた理由は何かしら?
何か話があるから、出てきたのよね?」
「そうですね。ですが、いくつか確認しておきたいので、話を聞かせてください」
「何かしら?」
「ビビアナさんがアミュリュート家に関わっているのは、お姉さんがいるからですか?」
回りくどく聞いてどうにかなるわけでもないし、なにより聞き方が分からないので、単刀直入に尋ねる。
ビビアナさんの表情は変わらないけれど、どことなく驚いているように見えなくもない。
「そうね。姉様がいなければ既に関係を切っていたわ。
特に思い入れのある家ではないもの」
「それならお姉さんをアミュリュート家から引き離すお手伝いをしましょうか?」
「……なぜ、そう言えるのかしら?」
「社会勉強をしてもらうためです。今までの生活が生活でしたから、わたし達は常識というものがほとんどありません。
ですので、いかにも面倒くさそうな貴族の問題を解決することで、貴族というものの一端でも見られないかなと思ってます」
「それで何を求めるのかしら?」
何もいらないと言うわけには、いかないんだろうな。
わたしも慈善事業をやりたいわけではないし、社会勉強が目的だからでは、手伝ってもらう側も不安があるのだろう。
何をどう手伝うのか言っていないのに、要求を述べるものなのか分からないけれど。
「フィイ母様への忠誠でしょうか? 何か違いますね、とりあえずフィイ母様の考えに反しないことを誓っていただければそれで。
あと場合によっては、お姉さんを預かることになるかと思います」
前者は建前、後者は念のため。
納得してくれたみたいなので、とりあえず話を進める。
「この当たり詳しくないのですが、家と引き離すにはどうしたらいいんでしょうか?」
「一番簡単なのは、無能だと思われることね。簡単に家から出してもらえるわ」
「お姉さんは無能なんですか?」
「それはないわ。有能だからこそ、家から出してもらえないのだもの」
『逃げるだけじゃ駄目なのかしら?』
『逃げる場所次第では連れ戻されるでしょうね。それにその後、表立ったことが出来なくなる可能性は高いです。
ばれたら家が口出ししてくるでしょうからね。逃げるなら、国を出る位しないといけなさそうですが、それができれば苦労はしないと言うところでしょうか?』
『私達も結構かかったものね』
『かなり短いんですけどね』
20歳でB級でも若いと言われるような世界だ。
わたし達の行動はまるで参考にはならないだろう。
それに国の外に出すと言っても、わたし達には伝手なんてないし、ビビアナさんにもあるか分からない。
それに仮に家から連れ出せたとして、問題になるのはその後どう生計を立てるかだ。
逃げ出したは良いものの、働けず餓死しましたとか笑えない。
ビビアナさんが養うということも出来はするだろうけれど、その辺は本人達が考えるべきことか。
わたしは選択肢を一つ多く提示してあげられるようにするだけだ。
「後は当主に認めさせることかしらね。子供は基本的に親の所有物になるのよ。
女性の場合は嫁いでいくまでかしらね? 私は家を出たことになっているから違うけれど。
あとは、上からの指示ね」
「上からと言っても、そう簡単な話ではないですよね?
何もなしに横暴なことをすれば、権力なんて落ちて行くと思いますし」
「そんなことではどうにもならないほどの権力を持った人の子になったのに、何を言っているのかしらね?」
確かにフィイ母様ならそれくらい強制してもどうにかなる人ではないだろう。
と言うか、中央の人全員が母様の敵に回っても、きっと母様が勝つ。
わたし達も、まぁ死ぬことはないと思う。
「今回はできるだけ正攻法というか、力業を使うのは避けたいんですよ。社会勉強ですし、シエルが権力をはき違えてしまいそうですし」
「賢明ね」
「ところで、話が進んできてはいますが、お姉さん的には家から出るつもりはあるんですか?」
進んだといっても、本格的なところはこれからになるわけだけれど。
でもまあ、これ以上進めるにしても、お姉さんがやる気かどうか聞いておかないと無駄になりそうだ。
わたしが進めたようなものだけれど。
「……。どうかしら? 聞いてみないことには分からないわね」
「じゃあ、聞いておいてください。わたしも母様に聞いておきます」
「分かったわ」
「さて、話したいことは中途半端ではありますが、ここまでにしておきましょうか。
それとも何かありますか?」
「貴女はしばらく中央にいるのよね?」
「そうですね。今のところ出て行くつもりはありません。
屋敷に使いでも出してくれたら、連絡も取れるんじゃないでしょうか?
そうでなくても、ハンター組合には程々に来るつもりですから、どうにかなるでしょう」
「それなら、今日は良いわ。また話しましょう。
今更だけれど、無事に中央に来られたようで良かったわ」
「はい、それではまた会いましょう」
軽く手を振って、シエルに戻って部屋を後にした。