109.精霊とエルフと置いてきぼり
目があった精霊はリシルさんとは違い、青を基調とした色合いのちょっと気の弱そうな感じの子。
人型をしているのは、強い精霊に人型が多いのか、たまたまなのか。
大きさはリシルさんよりは小さいけれど、よく見る子達よりは大きい感じ。
本当に目があったのか、試しに手を振ってみるとビクっと驚いたような反応を見せてから、ユンミカさんの後ろに隠れておずおずと頭を下げた。
これは人見知りするタイプの精霊なのか、それともわたしが最高神様の力を持っているからなのか。
はたまた別の理由があるからか。
なんて悠長に考えていたら、精霊の様子がおかしいことにユンミカさんが気がついた。
うん、気がつくよね。そして精霊がユンミカさんに報告するよね。
やっぱり契約しているのかな。
『申し訳ありません』
『あら、エイン。急にどうしたのかしら?』
『おそらくユンミカさんが契約しているであろう精霊に、わたしの存在がばれました。
下手したら、神の力を持っているところまで報告されるかもしれません』
『ふふ、エインにしては珍しい失敗かしら? でも、構わないのよ。
知られたところでどうにかなるものではないもの』
シエルが気にしていないようで良かった。
確かに知られたからと言ってどうにかなるものでもないとは思うけれど、出来るだけ知っている人は少なくあってほしい。
わたしがシエルの中にいることも、わたしが神力を使えることも。
でも、シエルが神力を使いこなせるようになれば、まだ誰も知らない切り札足り得るわけか。
さて精霊に報告されたユンミカさんだけれど、目をまん丸にして驚いたようにシエルをじっと見つめる。
正確にはわたしを探そうとしているのだろうけれど、たぶん見つからない。
と言うか、今の状態ってフィイ母様にも見つかるのだろうか? 見つかりそうだな。
「シエルメール様。不敬を承知で訊くけれど……」
「エインのこと?」
「それはシエルメール様の隣にいる……神かしら?」
「エインは神様じゃない。でも近くはある。
ハンター組合で話していたのが、エインセル」
シエルの話を聞いて、ユンミカさんがなにやら考え始める。
まあ、今の話をかみ砕こうと思うと、結構大変なのだろう。
言っていることに嘘はないけれど、常識ではないから。
シュシーさんに関しては、すでに話について行けていない様子で、ぱちぱちと目を瞬かせながら、首を傾げている。
「……ええ、分かったわ」
「話す?」
「出来るなら、頼めるかしら」
何とか納得したような気分になっていただろうユンミカさんに、シエルが問いかけると喰気味にユンミカさんが反応した。
『いいかしら?』
『構いませんよ。実際に見せた方がわかりやすいでしょうし』
『それならよろしくね』
シエルに頼まれたとなれば、断るつもりはない。
……場合によっては断るかもしれないけれど、それは今ではないので快く引き受ける。
とりあえず、わかりやすさ重視で黒くなろうか。
シエルとわたしが入れ替わったところで、目の前のユンミカさんを無視してシエルにもらった指輪と髪飾りをつけてみる。
青い宝石がシエルの瞳のようで、なんだかとても心をくすぐる。
鏡を取り出して髪飾りも見てみたけれど、良いアクセントとして、わたしの髪の中で映えている。
『似合いますか?』
『ええ、ええ! やっぱりエインは可愛いわ、可愛いのよ!
でもそうね、エインが私が選んだものを身につけてくれているのは、なんだかそわそわしてしまうわ。
私は嬉しいのかしら? それとも恥ずかしいのかしら?』
『どちらとも、かもしれませんね』
『ええ、ええ! なんだかいい気分ではあるわ』
このままシエルとずっとおしゃべりしていたいけれど、そうしているわけにもいかないので、ユンミカさんを正面に見て口を開く。
「初めまして、それともお久しぶりでしょうか? エインセルです。
フィイ母様のもう一人の娘と言えば、わかりやすいでしょうか?」
「お久しぶりでございます。エインセル様」
おおう、なかなかな切り替えだ。
そしてシュシーさんの混乱具合もなかなかだ。目を白黒させて、言葉を失っている。
むしろ、対応できるユンミカさんがすごいのだろう。
「シエルを相手にするときと同じ対応で構いませんよ。
わたしはあまり表に出ることはないと思いますし」
『それは駄目よ。エインとしても行動してもらうのだから』
「分かったわ。だけれど、あまり自分の身分を軽視しない方が良いわよ?」
「忠告ありがとうございます。きちんと理解できているとは言い難いですが、今はあくまでもフィイ母様の子ではなく、二人のハンターとして居ますので。
フィイヤナミア母様の名を使うときには相応の接し方をしてもらいます」
シエルの主張を聞き流しつつ、ユンミカさんの忠告に返事をする。
シエルを見ている限り、軽視しているというか、身分に興味がないとまで思われそうなので仕方はないけれど。
あまりにも、わたし達が舐められてしまうと、フィイ母様の権威に傷が付いて中央のバランスが崩れる、と思われるかもしれないし。
そうなったら、フィイ母様が全員追い出すのだろうけれど、わたし達が原因でそうなるのは避けておきたいのは事実。
「それでわたしと話したいこととはなんでしょう?」
「……貴女は何者なのかしら?」
「シエルのおまけくらいに思っていてくれたらいいです。
シエルかわたしかどちらかしか表に出られませんし、別に精霊に何かしようとも思いません。
会話くらい出来るようになりたいところですが、今のわたしでは力不足ですね。
加えて言っておくとすれば、いつかのわたしの言葉が事実だとする証拠。でしょうか?
これ以上は答える気はありません」
「分かったわ。ありがとう」
おまけ、と言ったところでシエルが『おまけじゃないわ!』と主張していたけれど、反応出来るタイミングでもなかったので、返事を我慢してユンミカさんと話す。
後で『おまけと思われていた方が楽ですから』と言っておこう。
「まあ、精霊を害するつもりはないですから、安心してください」
「それは心配していないわ。高位の精霊を連れている上に、精霊の休憩所を身につけている存在が邪悪なはずないもの」
「そう言えば、ユンミカさんについている精霊は契約した精霊ってことでいいんですか?」
わたしが問いかけると、ユンミカさんが一瞬惚けた顔をする。
もしかして非常識な質問だっただろうか? まあ、わたしは世間知らずということで許してほしい。
気を取り直したユンミカさんが話し出す。
「そうよ。この子は水の精霊。とても力が強い精霊だから、あたしが中央のまとめ役を任されているのよ」
「わたしの姿が見えていたみたいですからね。リシルさんが、力がある精霊じゃないと見えないと言っていましたし」
言っていたというか、ジェスチャーなんかで読み取ったというのが正しいけれど。
リシルさんの名前を出したせいか、ユンミカさんがまた困ったような表情を見せる。
「リシルというのは……」
「森精霊のことですよ」
そう言ってリシルさんの方を見れば、彼女が見返してくる。
目があったところで、笑いあった。
「名持ち……いえ、それは半ば分かっていたことだわ。
エインセル様の姿と言えば、あのときは色は変わらなかったと思うのだけれど」
「あの後、色が変えられるようになりました。
シエルと同じ色にも出来ますが、今はする意味もないですからね」
わかりやすさ重視、と言うのは建前で、本当はシエルが選んでくれたアクセサリーをつけたいだけなので、色を変える気はない。
シエルとの入れ替わりで、自動的に装備も変わってくれると楽なのだけれど、どうにかならないものか。
シエルがわたしの為に選んでくれたものだから、シエルにもつけさせてあげないのだ。
「ところで力が強いと言うことは、リシルさんと同格なんですか?」
わたしが尋ねてみると、なぜか水精霊がプルプルと震えだした。
ユンミカさんがあわてて話を聞く素振りを見せる。
リシルさんは特に気にした様子もなくふわふわと浮いている。
「えっと、同格なんて烏滸がましい、と言うことらしいわ。
実際、名持ちの精霊には劣るわね。それこそ格が違うわ」
「そうなんですね」
「この子は中位精霊の中の上の方、エインセル様達の近くにいる森精霊は上位精霊のさらに上半分に入るような存在よ」
「やっぱりリシルさんはすごいんですね」
そう言って、リシルさんの方を見ると、まんざらでもないような顔をしている。見た目12~3歳のわたしが言うのもなんだけど、かわいらしい。
それはそれとして、名前を持っている精霊は強いらしい。
名前をもらったから強くなったのか、強くなったから名前をもらったのか。おそらく後者だろう。
「ところでお二人は姉妹と言うことでいいんですか?」
あまりシュシーさんを放置してもアレかなと思って、訊きたいことを訊くついでに尋ねてみたのだけれど、シュシーさんはなにやらすごい勢いで何かを描いていた。
たぶんわたしの質問は聞こえていない。
だから、今までと同じくユンミカさんが答える。
「ええそうよ」
「名前が微妙に違いますよね?」
「教えておいた方が良いかもしれないわね。知っておくと便利だもの。
まず最初に来るのが名前よ。あたしならユンミカ、妹ならシュシー。
それから最後に来るのは部族の名前ね。あたし達だとメスィがそれに当たるわ」
メスィ部族のユンミカさん。と言うことか。
「つまり最後が同じでも、直接的な血の繋がりはないんですね」
「そうなるわね。人族で言うところの親戚にはなるけれど」
「その間はどうなんですか?」
「そこには契約した精霊が来るわね。マァだと水精霊。
シャガルは木精霊ね」
地水火風ではないのか、と思ったけれどリシルさんは森精霊だった。
つまりシュシーさんが契約しているのは、リシルさん系統の子と言うことになるのだろうか?
精霊内でそんなはっきりとした上下関係があるのかは知らないけれど。
何となくトップが居て、後は強さ関係なく自由にしているといったイメージだ。
「エルフは全員が契約しているんですか?」
「いいえ。そんなに数は多くはないわ。
その時には、名前と部族名だけになるわね。
このあたりはドワーフでも同じはずよ」
「なるほど。分かりました」
確かにドワーフのバッホさんにもミドルネームみたいなものがあったような気がする。もう忘れてしまったけれど。
たぶんシエルは覚えているんだろう。
「エルフって皆精霊と話せるんですか?」
「いいえ、出来る人もいるけれど、何となく意志疎通が出来る程度が大半ね。姿は皆見えているみたいだけれど」
「エルフってすごいんですね」
わたしが精霊を見られるようになったのは、割と最近だ。それに比べると、エルフの特異さが分かる。
いや、この場合分かるのは、わたし達の特異さかもしれないけれど。
なんて話している間に、そろそろ昼になる。
約束がある以上、移動を開始した方が良さそうだ。
エルフについて、個人的な興味は尽きないけれど、またの機会と言うことにしよう。
「ありがとうございました。昼から行かないと行けないところがあるので、そろそろ失礼します」
「ええ。引き留めたみたいで悪かったわね」
「いいえ、有意義な時間でした」
『代わりますか?』
『そのままで良いわ。今表に出ても、話が長引きそうだもの』
『分かりました』
「それでは、またお会いしましょう」
そうやって帰ろうかとしたところで、シュシーさんが急に動き出した。
「数日後、数日後にまた来てね。その時には服が出来ていると思うから」
「分かりました。よろしくお願いします」
シエルが考えたデザインも反映されているだろうし、楽しみにしておこう。
実はどんな風になったのか、全てを知っているわけではないから。