108.服とデザインと姉
シュシーさんに連れて行かれた先には、なにやら変な台があった。
体重計に似ている感じだろうか?
「それに乗ってもらって良い?」
「わかった」
シエルが躊躇いなく謎の台に乗る。
まあ、普通に考えればこれで体型を計るとかそんな感じだろうけれど。
何かの罠だったら……というのは、警戒しすぎだろうか?
何があっても、守れるつもりだけれど、万が一もなくはないし……。
シエルに人との関係を云々言っている側としては、そんなことを言っていられないか。
躊躇いなくシエルが乗ったのも、シュシーさんを信用していると言うよりも、何があってもわたしが守ってくれるという信頼の証のようなものだろうし。
シエルが乗ると、なにやら数字がいくつも浮き上がってくる。
察するに、身長やら何やらだと思うのだけれど、単位が違うのでよくわからない。
とりあえず、シュシーさんが困った顔をしているので、何かあったのはわかる。
「あの……その結界を一度解いてもらっても良いかな?」
「や……」
『とりあえず、球状だけ解いてみます。それでダメなら諦めましょう』
シエルが即座に拒否しようとしたので、代替案を出しておく。
わたしも無防備にさせる気はない。シュシーさんが信頼できたとしても、外から何かが飛んでこないとも限らないから。
おそらくわたしが完全に結界を解除するのは、フィイ母様の屋敷だけだろう。やったことはないけれど。
「わかった」
シエルが返事をしたところで、球状結界を解除する。
これに関しては、単純に威嚇とか相手の実力を測る意味合いでしかないので、問題ない。
結界が邪魔して云々だとしても、いつも使っているのはシエルに張り付くように作っているし、体型くらいわかるだろう。
「はい、ありがとう」
ほんの数秒で了解の合図がきたので、シエルが台から降りる。
今更だけれど、魔道具だろうか?
さすが魔法世界。便利なものがあるものだ。採寸と言えば、メジャーを持って体に合わせるものだと思っていたよ。
「これからどうする?」
「今からどういう服にするか考えていくんだけど、どう言うのが何着くらいほしいとかは決まってるのかな?」
「わからない。とりあえず、良さそうなのを買う」
ノープランで来ましたもんね。そうですよね。
なんて思うけれど、そもそもシエルはこう言った買い物をしたことがないし、わたしもそんなにある訳じゃない。
「じゃあ……デザインを一緒に考える?」
「うん」
何でそうなったのかわからないけれど、シエルとシュシーさんで、わたしの服のデザインを考えることになった。
◇
やっぱり魔法・魔術って便利だなー、とわいわいやっている2人を遠目に見ながら考える。
デザインを考えるに当たって、実際に着せた方がイメージがわくからとわたしの人形ができあがっている。
先ほどの情報と木を使った魔術で、ものの数秒で、シュシーさんは人形を作りだした。
簡単そうに見えて結構難しそうなことをしているあたり、A級ハンターというのも嘘ではないのだろう。
あとでわたしもやってみようかな。
色も付いたそれに着せかえ、着せかえ、デザイン案を練っているわけだ。
着せる服もベースは魔術で作って、そこから手を加えていくらしい。
「こっちの方が良いよ」
「エインはこっちの方が似合う」
「うーん……そうかもしれないけど、こっちも可愛いんじゃないかな?」
「どっちも、は邪魔」
「それぞれ作ってみる?」
「作る」
シエルがものすごく喋っている。口調がそのままなので、一線引いている感じはするけれど、それにしたってものすごく喋る。
今回に関しては嫉妬はひと欠片もない。
何せ圧倒されっぱなしで、嫉妬する暇もないから。
事の成り行きとしては、改めてシエルを見たシュシーさんが、シエルの見た目に職人心が刺激されたのか、妙に燃えだしたところから始まる。
それはわかる。わたしだってシエルに服を作りたい。シエルの可愛さを引き立てるものを、1から作り上げたい。
その情熱をわたしの服のデザインに向け始めたシュシーさんに、シエルが乗っかったらこうなった。
シエルもシエルで、譲れないところがあるらしく、あーでもないこーでもないといいながら、二人でデザインを始めて今に至る。
これがシエルの服をデザインしているのだったら、わたしも話に混ざるのだけれど、わたしの服をデザインしているので口を出しにくい。
というか、わたしに似た人形を着せ替え人形にされている様を見るのは、何というか居心地が悪い。
わたしと思うからいけないわけで、シエルの色違いと思えばいいのだけれど、いかんせん普段から姿を取るようになってしまったせいで色違いのシエル=わたしみたいな図式が自分の中に形成されつつある。
どれだけ時間が経っただろうか。一人で見ているのも寂しくなってきたので、リシルさんと遊んでいると――今の状態のわたしを見えるのはそれなりの力を持った精霊かららしい――お店の方から「シュシー居るかしら?」と声がした。
同時に、シュシーさんがピシッと動きを止める。
聞き覚えのある声。たしかハンター組合で会ったユンミカさんだろうか?
なぜここに? とは思ったけれど、もしかして姉妹なのだろうか?
うん。名前はユンミカさんとしか覚えてない。
「あ……あのぉ……」
シュシーさんが助けを求めるようにシエルをみる。それに対して、シエルが首を傾げている。
これは姉が怖い、というよりもこの場を退出して良いかの確認だろうか?
『とりあえず、「いいよ」と言ってあげてください』
「いいよ」
「あ、ありがとう。それじゃあ、すぐ戻ってくるから」
そういってシュシーさんが急いで部屋を出ていった。
残されたシエルは、一人首を傾げている。
『どういう事かしら?』
『今きたのはたぶん、ユンミカさんだと思うんですが……』
『ユンミカって誰だったかしら?』
『本部で会ったエルフの人です』
『いたわね。ユンミカ・マァ・メスィだったかしら?』
……うん。シュシーさんとユンミカさんは姉妹で間違いなさそうだ。
そんなことよりも、シエルへの説明を再開する。
『シエルとユンミカさんだと、立場的にシエルの方が上なんでしょうね。フィイ母様の娘ですし』
『そうね』
『だからシエルを放置して、ユンミカさんを迎えるのは礼儀としてだめなんだと思います。
ですがシュシーさんとしては、迎えないわけにはいかない相手でもあるんでしょう。
それをシエルに言うことはやはり礼儀に反することで、何とか察して許可してほしかったのだと思います』
『別に私は気にしないのだけれど、そういうわけにはいかないのね?』
『おそらくですが、そうなんでしょうね』
わたしもその辺のマナーはわからない。
前世での知識を使用しているとは言え、その知識だって本からの横流しで1度も実践したことはないし、する機会なんてないし。
とはいえ、さすがはシエル。この程度の説明で理解してくれて助かる。
『権力を持つって面倒なのね』
『持たなくても面倒に巻き込まれることを考えると、どちらがいいのかはわかりませんよ。
少なくとも、ないときよりは面倒にならないとは思います』
相手が貴族でこちらに立場がなければ、下手な対応をすると面倒くさいことになる。
具体的には実力行使に出れば、その家との全面抗争もあり得るし、重要な貴族であれば国との戦争に発展するかもしれない。
女の子一人相手に戦争を始めたら、それはそれで国としての威信に関わりそうだけれど。
今であれば、フィイ母様と敵対したくない相手であれば、シエルが下手な対応をしても事なきを得られるだろう。
フィイ母様の娘と言うことで、トラブルは増えるかもしれないけれど、こちらが立場が上である以上、最悪力ずくでもお目こぼしをもらえるはずだ。
そうならないように立ち回るのが最善、と言うのはわかるけれど、生憎シエルもわたしも貴族的立ち回りなんて知らない。
なんて考えていたら、この部屋に2人近づいてくるのを感じた。
『戻ってきたみたいですね』
『あら残念。エインともっとおしゃべりしていたかったのに』
『わたしもですよ』
いつでも話が出来るとは言え、だからこそ蔑ろにしてしまう事がないようにしなければ。
「シエルメール様、お待たせ。ごめんね」
扉が開き、シュシーさんとユンミカさんが姿を見せる。
先ほどまでと同じようにシエルに声をかけたシュシーさんを見て、ユンミカさんが顔を青くして彼女の頭を叩いた。
それからシュシーさんの頭を押さえつけるように、頭を下げさせる。
「愚妹が申し訳ございません」
「別に良い。私が許した」
「ほら、シエルメール様だってこう言っているから。
人前ではちゃんとするからぁ~」
シュシーさんの主張に、渋々ユンミカさんが手を離した。
首を解放されたシュシーさんは、ホッとしたように首をさする。
「どうしてシエルメール様がこのようなところにいらっしゃるのですか?」
「ユンミカも普通に話して良い」
「えっと、はい。わかりました。いえ、わかったわ。
どうしてシエルメール様がいるのかしら?」
少し話しにくそうにしながらも、ユンミカさんが切り替える。
シュシーさんはどちらかと言えば、天然ぽいから切り替えられたのに対して、ユンミカさんは理性的に切り替えた印象。
さすがはエルフのトップと言ったところだろうか。
シュシーさんも言っていたが、個人的な場以外では話し方も格上を相手にするものになるのだろう。
「服を買いにきた」
「確かにここは服も売っているけれど、もっと格が上のお店があるわよね?」
「入れなかった」
シュシーさんが「お姉ちゃん酷い」と言うのを無視して、シエルが答える。
シュシーさんには悪いけれど、ハンターとしてはかなり高価なお店でも、貴族とかから見るとそこそこのお店なのは違いない。
こう言うのは質はもちろん大事だけれど、ネームバリューがものを言うのだと思う。
貴族は身につけるものも気を使わないといけないって奴だ。
とはいえ、質が高ければそのうち名をあげることだろう。
そう考える隣でユンミカさんが険しい顔をして、シエルを見ていた。
「それは本当?」
「うん」
「……まさかとは思っていたけれど、死にたいのかしら?」
「何の話?」
「中央における服飾、特に服の販売をとりまとめている奴の仕業って事よ」
「なんで?」
シエルと一緒に首を傾げる。
何か恨みでも買ったのだろうか? そんなことはないと思うのだけれど。買う暇とかなかったと思うのだけれど。
「ハンター組合でシエルメール様を囲んでいた奴らは覚えてるかしら?」
「ぼんやりと」
「その中にいたのよ。逆恨みも良いところだけれど、娘だから問題ないとか思ったのかしら?」
怖い顔をしてユンミカさんは考え始めたけれど、わたしとしては納得できたので良しとする。
フィイ母様狙いではなくて、直でシエルを狙っていたのか。
そしてたぶん、フィイ母様の娘になったことを信じられていないとかではないだろうか?
まあ、思うところはあるけれど、今それを表にしたところで何も出来ないし、追々どうにかしていこう。
フィイ母様が何か知っているだろうし。
「悪いけれど、あたしに出来ることはないわ」
「構わない。どうでも良い」
シエルならそう答えるだろう。
結果的に自分の意見を採り入れたわたしの服ができあがりそうだし。
むしろ、追い出してくれて良かったとか思っているのではないだろうか?
代わりにわたしが怒るから良いけれど。
ともかくこれで、一段落。
落ち着いて次の話に、と思ったらユンミカさんの背後からひょっこり現れた精霊と目が合った。





