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105.明日の予定と外から見たエストーク

「そうね、そうね。なんだかちょっとしたトラブルに巻き込まれたみたいね」

「いつものことだから、仕方がないのよ。なにがあっても、エインが守ってくれるもの」

「ええ、ええ。エインの結界を越える存在は、(わたくし)を除けばこの中央にはいないわね」


 一日の終わり、用意されていた夕食を食べながら、シエルとフィイ母様が話をしている。

 今日の夕食はなんだかよく分からないお肉のソテー。隣に温野菜が添えていて、スープはコンソメスープみたいな何か。

 この世界における一般的な料理というのをよく知らないので、料理名は分からない。分かってもたぶんわたしの中では、コンソメスープによく似たこれをコンソメスープだと認識することだろう。


 食事については、宿で出されたもの以外は屋台で買うか、わたしが作っていたから。

 そうして知ったのだけれど、わたしの作り出す炎では鉄板が程良くしか温まらない。

 湯たんぽ的に使うには良いけれど、料理にはちょっと使えない。せいぜい保温が良いところだ。


 魔力を攻撃に使えないと言うのの徹底ぶりが、やばいなと思った瞬間だ。


 閑話休題。少なくとも家庭料理なんて知らないし、宿だとメニューを選ぶと言うよりも、宿が用意してくれたものを食べる形が多かったので、料理の名前とかはよく知らないのだ。


「そう言えば、さっきラーヴェルトから連絡があったわね」

「連絡ってなにかしら?」

「アミュリュートの娘が明日の昼にハンター組合に来るそうよ」


『あみゅりゅーとって何だったかしら?』

『ビビアナさんの家ですね』

『そうだったわね。じゃあ、朝に買い物かしら?』

『そうしましょうか』


「分かったわ。昼過ぎくらいに行ってみるのよ。

 それまでは買い物に行くわ」

「それは良いわね。何かあるかもしれないけれど、好きに対応してくれて構わないわ」

「? よく分からないけれど、好きにしたらいいのね?」

「ええ、ええ。でも脅すとか、盗むとか、そう言うことはしない方がいいかもしれないわよ?

 人に混ざって生きていくのが難しくなるものね」


 フィイ母様はそう言うけれど、なんだかやっぱりずれている。

 盗みや脅しを良しとはしないけれど、強いて止める気もないらしい。

 これが超人的存在の感覚なのだろう。


 確かにわたし達であれば、店の1つや2つ襲って商品を盗むことくらい訳ないだろうけれど。

 やったらダメだという認識はあるものの、ストッパーは前世の頃よりも緩くなっている気がする。

 この程度の事、ストッパーは不要だから良いのだけれど、判断は誤らないように気をつけよう。


「エインに嫌われることはしないのよ」

「そうよね。心配してないわ」

「そう言えば、フィイはなにをしていたのかしら?」

「情報収集かしら? ちょっとした準備とも言えるかもしれないわね」

「なにがあるのかしら?」

「そのときになったら話すわ。シエルの力を借りたほうが、簡単に済むと思うのよね」

「分かったわ」


 フィイ母様の口調はなんて事ない風なので、大きな問題があるとは思えないのだけれど、母様基準だと町一つ無くなっても「ふーん」ですませそうな気もする。

 教えてくれる気がないのであれば、いくら聞いたところで一緒だろうし、とりあえず横に置いておくことにした。


「そう言えば巣窟に行きたいのかしら?」

「興味はあるわ」

「そうね、そうね。貴女達なら最奥まで行っても、死ぬことはないわね。

 でも、そこの魔物を倒すのは、難しいかもしれないわよ?」

「フィイは詳しいのね」

(わたくし)が中央に居る理由だもの。巣窟の管理が仕事の1つね。

 そうは言っても、特にやることはないのだけれど。ハンター達が居なくなった場合の間引きとかかしら?」


 なんてフィイ母様は冗談めかすけれど、母様の仕事の1つってかなり重要なのではないだろうか?

 実は最奥に世界を脅かす魔王が封印されているとか言われても、驚かない。

 でも、仮にいたとしても、フィイ母様のほうが強いのだろうけれど。





 食事も終わって、部屋に戻る。

 当然のようにモーサとルナが付いてくるのにも、そろそろ慣れてきた。

 部屋に入ってもシエルと話しながら、魔力で遊ぶくらいだから、誰かがいたとしても困らないと言うのがあるけれど。


 魔力についてだけれど、神の力を手にしてからだろうか? ちょっと多芸になってきた。

 たとえば、結界の色を変えてみたり、形を変えて置物みたいなのを作ってみたり、すでにある結界を変化させて動いているように見せかけたり。


 でも結界の色を変えても向こうは透ける。

 結界で剣みたいなのを作っても、武器にはならない。なんかクッションのようなもので殴られた感じになる。

 動かしても乗ることはできない。いや乗れるけど、魔力消費がすごいことになる。


 結界ばかり多彩になっていくのは、裏にいても使えるから。

 魔法ってすごい。便利。攻撃できなくなったけれど。


『シエルもだいぶ魔力の扱いが上手になりましたね』

『そうかしら?』

『今日の模擬戦で、フリーレさんの魔術をほとんど感知していたみたいですし、最後の一撃もきちんと目視できていましたから』


 魔力を感知するのって、それだけでかなり難易度高かったと思うから、シエルはかなり使える部類なのだと思う。

 わたしは必要にかられてできるようになっていたけれど。

 この辺はわたしが元から持っていた――というか、調整中で放り出されたから残った――魔術の才能のおかげだろうか?


『そうね。エインの結界よりはわかりやすいもの。

 でもまだ、エインの結界は感じられないのよ? 昔は仄かに感じていたのに』

『昔からそれ(結界遊び)ばかりやっていましたからね。まだまだシエルには負けられませんよ』

『いつか絶対にエインのことが分かるようになってみせるのよ!

 そうしたら、エインが眠っていても、エインを探さなくて済むものね。エインはお寝坊だもの』


 確かに丸3日寝ていた身としては、シエルの言葉に反論できない。

 シエルも責めている訳ではないので、そこまで気にしなくていいのかもしれないけれど。


 ここはきっと、くすくすと楽しげに笑うシエルが、冗談を言えるようになったのだと喜ぶべきところなのだろう。

 反応には(きゅう)するけれど、そのこと自体は嬉しい。


『エイン、エイン。エインセル』

『聞こえていますよ。どうしました?』

『何というのかしら。何でもないのだけれど、なんだかいろんな人がエインの名前を呼ぶようになったでしょう?

 今まで私だけがエインを呼んでいたのに、他の人も呼び始めてなんだか……嫉妬! 少しだけ嫉妬しているのよ』


 嫉妬していると言いながらも、シエルの表情は年相応の笑顔を浮かべている。

 でも確かに、そう思うのも無理もないかもしれない。

 わたしだって、フィイ母様がシエルのことを「シエル」と呼んだ時には嫉妬してしまったのだから。


『ですが、わたしを"エイン"と呼ぶのはシエルが初めてですし、今もフィイ母様が加わったくらいですよ。

 何よりわたしの以前の名前の名残を知っているのはシエルだけです』


 ちょっとズルいけれど、言っていることに嘘はない。

 前世の名前となると最高神様が知っているのが確定するが、名残となればシエルにしか言っていない。

 最高神様に隠し事ができないだろうから、頭数に入れなくてもいい気はするけれど。


 でもシエルにできるだけ嘘は吐きたくないのだ。


『それは、なんだかとても素敵ね。素敵よ!』

『それに仮に世界のすべての人が、わたしの名前を呼んだとしても、シエルから呼ばれる1度には適いませんよ』

『本当かしら? そうだったら嬉しいわ。何度でも呼ぶわ、エイン。エイン!』


 楽しそうにシエルがわたしの名前を呼ぶ。

 こうやって何度も呼ばれるのは、初めてエインセルとシエルに名乗ったとき以来だろうか?

 あのときと比べて、シエルもだいぶ大きくなった。


 なんて考えるとなんだかこう、くるものがある。

 シエルに出会って13年ほど。こんなに大きくなったんだなぁ……と。

 でも変わらないところもあって、わたしの名前を呼んでくれるシエルがとてもとても愛おしい。


『エイン、どうしたのかしら?』

『いえ、何でもないですよ。ところで、ルナ達と話してみる気はないですか?』

『? どうしてかしら?』

『これから一緒にいる機会も増えるでしょうから。

 わたしが知らないことも、彼女たちが知っているかもしれません』

『エインが知らない、エインが知りたい事ってなにかしら?』

『外から見たエストークの印象でしょうか? あれが一般的なら、今後他国に行くときに考えないといけませんから』


 シエルの会話の練習のつもりで振ってみたけれど、ちょっと思っていたのとは違う方向に行っている気がする。

 これでシエルがモーサ達と話をしてくれれば、別に構わないのだけれど。

 シエルは『分かったわ』と頷いてから、ルナの方を見た。


「ルナ」

「何でしょうか、シエルメール様」

「エストークについて教えて」

「エストークと言えば、シエルメール様方が元々居た国ですね」


 ルナはそこまで話すと、少し表情を曇らせた。

 何かエストークにあるのだろうか?


「そうですね。エストークは閉鎖的な国というイメージがあります」

「閉鎖的?」

「はい。ハンター組合や教会、商業組合など行き来しているのは確かですが、独特の価値観を持っているというか、人以外の種族に対して偏見があるようです。

 それから、職業(ジョブ)による差別も他の国に比べると根強い事で有名です」

「歌姫は酷かった」


 歌姫だという噂が出た瞬間、一気に周りの反応が変わったのがなんだか懐かしい。

 ハンター組合は比較的ましだったけれど、もっと別の場所だったら追われる立場になっていたかもしれない。

 だから、ある意味運が良かったとも言える。


 国を敵に回すのは厄介だから。逃げきれるだろうけれど、生きにくくなるのは目に見えている。

 間違いなく自由には生きられない。


「そうですね。歌姫への差別は他の国とは比べものになりません。

 これは歴史的な問題もありますが、あの国の特殊な状況も関わっているようです」

「どんな?」

「エストークに関しては、中央の影響をあまり受けていないのです。

 たとえばハンター組合や教会のトップは、エストークの人が受け持つことがほとんどです。

 つまりエストーク特有の価値観を持った人たちが集まります。すなわち、他種族や職業への差別思考などですね」


 つまりはお国柄という事か。

 ハンター組合が国に縛られないとは言っても、そこに集まるのがエストーク人ばかりになれば、当然その価値観が普通になる。

 それでもハンター組合は口を出せる方だったから、歌姫についてもやや寛容だったのかもしれない。


 まあ、エストークの価値観が特異だというのであれば、わたしとしては一安心。他国で迫害に会うこともないだろう。

 エストークでも、迫害にあっていたとは思わないけれど。


「それでも、基本的には平和で有能な指導者も居るという印象もございます」

「それはリスペルギア?」

「……そうですね。人柄はどうであれ、リスペルギアの有能さは中央でも広まっているようです。

 それこそハンター達のあこがれの場所とすら言われていますから」


 一瞬言葉に詰まったのは、シエルとリスペルギアの関係を何となくでも知っているからだろうか?

 お世話を担当する以上、知っておくべき情報だった、ということか。


 歌姫関係なくトラブルに巻き込まれそうになったこともあるので、平和と言われると変な感じだけれど、10代前半の女の子が一人旅――に見える――をしていると考えると普通なのかもしれない。その程度なら、平和の範疇だと。

 日本でも安全とは言い切れないだろうし。


「厄介」

「左様ですね。見えにくい以上警戒をしておくに越したことはございません」

「エインがいるから大丈夫」

「シエルメール様は、本当にエインセル様の事が好きなのですね」

「当然」

「良ければエインセル様のお話を聞かせてもらえませんか?」


 ルナがそう言った瞬間、シエルの目が一瞬輝いた。

 自分で言うのもアレだけれど、その話題はいけない。

 何せわたしの身の置き所が無くなってしまうから。


 身体はないけれど。


 それから、シエルは先ほどまでよりも幾分楽しそうに、それでいて口調は先ほどのままでわたしの事を自慢し始めた。

~その後のメイド達~

ルナ「……今日はエインセル様の素晴らしさを再確認したわ。

   楽しそうなシエルメール様を間近で見られるとは思っていなかったんだもの」

モーサ「はい。私もシエルメール様とは良き仲になれると確信できました」

ルナ「あらあら。考えていることは違いそうね?」

モーサ「おそらく、サウェルナもエインセル様の話を聞く機会があれば、私の気持ちがわかるでしょう」

ルナ「まあまあ、それは楽しみね」


~その後のシエルとエイン~


『シエル、起きていますよね? どうして寝たフリをしたんですか?』

『あら、バレていたのね。だって久しぶりに、エインと二人だけでベッドの上にいたかったんだもの。

 あの2人が嫌というわけではないけれど、やっぱりエインと2人きりの時間が欲しいのよ?』

『そうですか。では、何か1曲歌いましょうか?』

『子守唄はダメよ? すぐに眠ってしまうもの』

『ふふ、わかりました』

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