104.職業と成長と証
「色が戻ったということは、今はシエルメールなわけね?」
「そう」
「話してもらえるとすぐにわかるけれど、確かエインセルはシエルメールの真似ができるのよね」
「うん」
「だとしたら、話し方も判別の決め手にはならないわね。
他に何かないのかしら?」
シエルとわたしが入れ替わると、カロルさんが聡く反応して尋ねてくる。
配色を変えるのも、話し方を変えるのも、わたしからするとそこまで手間ではないし、騙そうと思えばいくらでも騙せるだろう。
わたしの演技も完ぺきではないと思うから、慣れた人が出てくると気が付かれるのだろうけれど。
その他だと……と考えていたら、シエルがカロルさんに答える。
「魔力が変わる」
「……ええ、確かにそうね。魂が入れ替わるなら、魔力も変わるわ。
だけれど、それを感知できる人はそうそういないのよ。ワタシもできなくはないけれど、個人を見分けるのは難しいわ。
あと、その結界のせいでより分かりにくくなっているのよ」
この結界そんな効果もあったのか。
今まで魔力の質とか、個人の魔力とかについて言及してきたのがフィイ母様くらいだったから意識していなかった。
でもシエルの魔力がわたしの魔力に隠蔽されているとか言っていたっけ?
カロルさんが神妙な顔をして説明してくれたけれど、わたしとしてはこんな感想しか出てこない。
結界を解くなんてありえないし。
「まあ、良いわ。中身がエインセルでも、シエルメールみたいにしていたら、そう扱うだけだもの」
「それでいい」
「ところで、エインセルの方だったかしら? ワタシの研究を見たいって話ではなかったかしら?」
『確かにそう言っていましたね』
『また入れ替わるかしら?』
『いや、このままでいいですよ。ですがそうですね。職業の力を自分の魔術に応用する方法を訊いてみてください。お願いしますね』
『わかったわ! 任せて、任せるのよ!』
シエルがテンション高く答える。
頼みごとをしたのが、そんなにうれしかったのだろうか?
だとするとなんだかとても微笑ましい。
とは言え、頼みごとくらいなら今までもしたことがあると思うのだけれど。
わたしの個人的なことだからだろうか。
「職業の力を魔術に応用する方法は?」
「なるほどね。あの結界、まだ硬くなるのね……」
カロルさんが遠い目をする。
だけれどたぶん、カロルさんが知っているときより、既に最大数百倍レベルで強固になっていると思う。
神の力混ぜ込んでしまったからね。
その結界をさらに強化できると言われても、それこそ過剰じゃないかなと思わなくもない。
でも知っておいて損はないだろう。
「良いわ。まず職業は魔術師系ではないわね?」
「違うけど、どうして?」
「魔術師系だと、どうも魔術への応用が簡単なのよ。
ワタシもこちら側だから、確実性はないわよ?」
「良い。教えて」
シエルが頼むと、カロルさんが頷く。
「結論から言えば、才能と慣れ、それから職業の成長具合ね」
「職業の成長?」
「その職業の力を使い続けていると、能力が拡大されることがあるのよ。
剣士の職業を持つ人が急に身体強化まがいの事を出来るようになる、とかがそれにあたるわ。
才能があれば、簡単に応用できる。なければとにかく職業の力を使って、使って、感覚をつかむしかないわね」
『エインエイン、これで良いかしら?』
『ええ、ありがとうございます』
才能と慣れと成長。成長はまあ、仕方がない。
使う機会が多いとは言っても、わたし達が職業を手に入れて2~3年。
こんな頻度で変わっていったら、この世界の高齢者は超人ばかりになるだろう。それはさすがにないと思う。
だとしたら、わたしには才能がないのか。魔術の扱いには自信があるけれど、職業におけるそれは例外ということだ。
歌っている間の話だって言うのも問題かもしれない。
ついついシエルの舞を見るか、歌うことに集中してしまうから。
『カロルさんの言うとおりだとすると、シエルのセンスはすごいですね』
『そうかしら?』
『最初の戦いから、舞姫と魔術を合わせて使っていましたよね。
わたしは未だに歌姫の力を使って、自分の結界を強化できないんですよ。だからシエルはすごいです。羨ましいですね』
しかも才能におぼれることなく、努力もしている。
空を駆けられるのも、シエルが頑張った成果だし、水と氷、風以外にも舞台を使うことができる。
火とか、いつ使えるか分かったものではないけれど。
今日のフリーレさんほどではないにしても、周り火の海だし。
それにしてもわたしの誉めるのの下手なこと。
それでもシエルはお気に召してくれたらしく、明るい声で反応してくれる。
『エインにそう言ってもらえるのは嬉しいわ。嬉しいのよ。
だけれど、エインの方がもっとすごいのよ!』
『はい。ありがとうございます。
よければカロルさんに、職業がいつ成長するのかとか聞いてもらって良いですか?』
さすがに一緒にいる人を無視して話しすぎている。
カロルさんとか何か言いたそうにシエルを見ているし。
「話は終わったかしら?」
「うん。職業の成長がいつあがるか教えて」
「ああ、もう分かったわ」
カロルさんの中で、何かがはじけたような声を出す。
気持ちは分かるが許してあげてほしい、シエルがそう言った気を使えるようになるには、まだまだ先のことだろうから。
あと、わたしもその辺の気の使い方は、だいぶ忘れてしまったのだ。
「職業の成長について、基本的なところをすべて教えるわ。
それで気になったところがあれば、後から聞きなさい」
「分かった」
「まず職業の成長と言ったけれど、その方向性は単一ではないわ。
同じ魔術師でも大魔術を撃つのが得意な人もいれば、小さい魔術を連射する方が得意な人もいるのよ。これが成長の違いと考えると良いわ。
魔術師をやる以上、どちらもできるに越したことはないけれど、簡単に言うとこんな感じね」
「うん」
「それから、成長する時期だけれど、これは人それぞれよ。
早い人は早いし、遅い人は遅い。だけれど、5年~10年くらいは掛かるんじゃないかしら?
老人に見られる年齢の人でも成長があがらない人もいるけれど」
「そっか」
「でも、まあ。貴女達なら別にあがらなくても問題なさそうよね」
「うん」
事実だけれど、シエルがあまりはっきり頷くので、カロルさんが苦笑いを浮かべている。
というか、シエルの舞姫は成長している感じがするのだけれど、どうなのだろうか?
成長したからと、ゲームでレベルがあがったときのようにファンファーレが鳴るわけでもないだろうし、気付いていないだけかもしれない。
『だとしたら、歌姫が結界に使えるようになるのは、いつになるか分かりませんね』
『別にいいのではないかしら? 今の状態でも十分だもの』
『確かにそうなんですけどね』
「これで良いかしら?」
「うん。助かった」
「いいのよ。そもそもエインセルの話を聞いたからこそ、ここまで調べられたのだから。
ワタシがA級に上がれたのも、このおかげなのよ。あのときよりも、氷の槍の威力も上がったのだけれど……」
「無理。エインの結界は破れない」
「でしょうね。ざっと見た感じ、フリーレがギリギリ破った結界までは行けるけれど、その内側の結界はまるで見当が付かないもの」
カロルさんがじっとシエル――というか、シエルがまとっている結界――を見る。
それから「さっぱりよ」と諦めた。
隠蔽しているし、最近神力混じっている――そのせいか精霊が寄って来やすくなった――し、自分で言うのもなんだけど、分かる方がすごいと思う。
エルフ族とか魔術に長けていそうだから、見えたりするのだろうか?
中央に来て、最初に連れて行かれた場所にいた他種族の人たちとはまた会えるだろうか?
まあ、今は関係ないか。
あとシエルがわたしの結界だとばらしたけれど、こっちも別に構わない。
わたしだと知ったところで何かできることもないだろうし。
さらに言えば、15歳までは最高神様補正があるので、たぶん結界を破られても死なない。
「そう言えば、貴女達はこれからどうする気かしら?
ひとまず中央に来ることが目的だったわよね?」
「人造ノ神ノ遣イを探してる」
「例の金色のウルフね。リスペルギアが作り出したんだったかしら?」
「たぶん。可能性が高い」
「確定ではないのね。何か特徴はあるのかしら?」
「体の一部に特殊な魔力を纏ってる?」
纏っているのは、神力の残滓だとは思うのだけれど、それを言うと面倒くさい説明が増える。
残念ながらカロルさんはそれをする相手ではないとみなされたらしい。
わたし達の事を教えることに賛成したのも、わたしが言ったからというのがありそうだ。
「わかったわ。何か情報が入ったら、貴女達にも伝えてあげる」
「確かハンター組合でも同じことを頼んでいましたよね?
今の特徴を教えても大丈夫ですか?」
セリアさんが話に入ってきて、シエルが「大丈夫」と短く返す。
それから、また会うことを約束して、カロルさんの家を後にした。
◇
本日二度目のハンター組合。
すっかり夕方で、ハンター達が結構集まっている。
そんなこと気にせずにシエルは、ずんずんと受付まで歩いていく。
なんやかんやいろいろあったので忘れていたけれど、今日は本来ビビアナさんに会えないかなと思ってきたのだ。
そしていざやってきた時に伝えてもらえるように、ラーヴェルトに伝えようとしていたわけだけれど、雑用が過ぎる気がしないでもない。
まあ、本部に知り合いなんてラーヴェルトしかいないと思っていたから。
チラチラ見られているけれど、フリーレさんとの模擬戦の結果でも広まったのだろうか?
それとも、釘を刺されているのかもしれない。
何にしても、邪魔がないのは良いことだ。
シエルの順番になったら、受付の人が驚いたような顔をして、奥の方に案内を始めた。
通されたのは、昨日母様と一緒に通された部屋。
シエルが椅子に座ってからすぐにラーヴェルトがやってくる。
「今日もうちのがご迷惑をかけたご様子で、申し訳のうございました」
「別にいい」
「そう言っていただけると助かりますな。
ところで、本日はどのような用件で?」
「ビビアナの家教えて」
「ビビアナ……ああ、アミュリュート家の者ですな。ここからですと……」
ためらいなくラーヴェルトが言ったので「個人情報が」と一瞬思ったけれど、そんなこと気にしていられないような権力を得たのだと思い出した。
これはあれだ、本格的に頼みごとをするときは気を付けたほうが良い奴だ。
断られる前提で言ってみるだけのつもりが、相手は断れないなんてことになりかねない。
カロルさんが相手だと、嫌なことは嫌と言いそうだけれど、大して親しくなく立場だけを知っている人が相手ならまず断れない。
今回はラーヴェルト――というか、ハンター組合――が相手なので、やらかしたとは思わないけれど。
「あとビビアナが来たら、私の事伝えておいて。
アレを使う機会はなさそうだって」
「あい、かしこまった」
「今日はそれだけ。昨日言っていた該当者は見つかった?」
「既に。処分はいかようになさいますかな?」
「任せる。でもきちんと裁いて」
どうすると言われても、何かいい方法を思う浮かぶわけでもなければ、強いてお金が欲しいわけでもない。
だから任せてしまうのが楽ではある。とは言え、ここが中央でなければ、身内に裁かせるなんてしない。
フィイ母様の監視下の元だからこういった判断を下せる。
もしくは、わたしがフィイ母様と同じことができるようになってからか。
これでここでの用事は終わり。そう思っていたら、ラーヴェルトがテーブルの上にズラッとカードを並べた。
見覚えがあるもの数枚。初めて見るものが1枚。
「これらが新しいハンターの証になります」
「分かった」
A級以下、S級以外が揃ったものが2セット。
シエルの分とわたしの分なのだろう。
そう言えば、わたしの物というのは初めてかもしれない。
細かいことを言えば、黒髪の姿だってわたしの物かもしれないけれど、シエルとわたしの持ち物は大体が共有になるので、わたしの名前が書いてある、明確にわたしの物というのはなかったように思う。
そのことをシエルに伝えると、「明日は買い物に行くのよ! ええ、絶対よ!」となぜか対抗意識を燃やしていた。