103.フィイヤナミアの娘と巣窟
「つまりワタシと戦ったときは本気じゃなかったわけね」
「そのとき出せる全力は出したと思いますが、戦っていたのはわたしではありませんから」
「戦いはシエルメールの領分なのね」
「そう言うことですね。戦っている間は、わたしはサポートしています」
『エインはそれでいいのよ。私が戦うもの』
「つまりフリーレと戦っていた時はシエルメールだったのかしらね」
「そうですね。それまで対応していたのはわたしです」
シエルと入れ替わったのは、模擬戦が始まる前。
それを伝えると、やっぱりカロルさんが顔をしかめる。
美人が顔をしかめても、そんなに変な顔にならないからずるい。
まあ、シエルの方が可愛いけれど。そして、わたしはシエルと同じ顔のはずだけれど。
少し前まで顔無しだったので、ちょっとそのあたりの感覚が鈍いというか、緩いというかそんな感じだ。
「再確認しても良いですか?」
「良いですよ」
ここまで話をして、セリアさんも理解できたらしく確認を要求してくる。別に構わないので、うなずいておいた。
「シエルメールさんの体にはシエルメールさんとエインセルさんの魂が宿っていて、自由に入れ替わることが出来るんですね」
「はい。周りに聞かれないように会話も出来ますよ。2人になることは出来ません」
「そしてそれぞれが職業を持っていると言うことですね?」
「そうですね。魂に職業が宿るのであれば、わたし達がそれぞれ職業を持っていても不思議ではないはずです」
「実際歌姫だったのはエインセルさんで、エストーク公爵リスペルギア家には、シエルメールさんが別の職業だと認識されていると」
「正しい職業を知っているわけですね。目の前で職業鑑定させられましたから」
あれがなかったら、もっとシエルが堂々と戦えたと思うのだけれど、あれがなかったら職業を知る機会は無かったわけだ。
それでも何とかなったかもしれないけれど、それだとシエルが出来る事が減り、今とは違った関係になっていたことだろう。
これはシエルとの間だけに限らないのだろうけれど、綱渡りのような経験の末に今の関係になっている。
今シエルといられる幸せは、一歩間違えていたら無くなっていたかもしれない。
だから慈しもう。これからも無くさないように、大切に、大切に。
なんて一人思考にふけっていたら、セリアさんの声に重さが加わった。
「つまりリスペルギアの実験により、職業を複数もつ人が現れるかもしれないと言うことですね」
「あー、確かにそうなりますね」
リスペルギア公爵もさすがに、同じ実験はしていないと思うのだけれど。仮にしていたとしても、また最高神様が戯れに人の魂を渡すとも思えない。
最高神様の話から考えるに、神界に関与したとして、そこに漂う力の残滓をかすめ取るのがせいぜいだろう。
でもさすがに、これを話すのは止めておこう。さすがに信じろと言うには無理がある。
「ですが、リスペルギアはわたし達を失敗作と見なしましたから、同じ事はしていないんじゃないでしょうか?
10年計画ですからね」
「確かにそうですね」
そう返しつつも、セリアさんは考えているような素振りを見せる。
ギルドの受付も大変だ。受付というか、職員というか。たぶんセリアさんはそれなりに立場を持っている人なので、わたしの言葉を無視は出来ないのだろう。
「ハンター組合に訪れない人にA級の資格を渡すようにと言われていましたが、そう言うことだったんですね」
『当たり前よ! エインと私は一緒なんだもの!』
『そうですね。ずっとパーティ組んでいることにもなりますしね』
「わたしにも資格を渡してほしいという話ですね。
エストークから出た以上、わたしが必要以上に隠れている必要はないですから。分かっていると思いますが、これはラーヴェルトさんにも話さないでくださいね」
「はい。約束します」
「そうよね。考えてみたら、貴女達はグランドマスターよりも立場は上なのよね」
『グランドマスターってなにかしら?』
『ラーヴェルトさんの事ではないかと思います。ギルドマスターのとりまとめみたいなものでしょう』
カロルさんの発言にシエルが疑問を呈する。
本当にグランドマスターで良かった。ちょっとこっちの言葉でそれっぽいのを予想していただけなので、ドンピシャでちょっとだけ嬉しい。
中央に置いての序列はフィイ母様が一番上にいて、その真下に娘であるわたし達が来るのだろう。
そこから先は知らない。各ギルドのトップかもしれないし、貴族のような存在もいるらしいし。
とは言えわたし達には関係ないといえば、関係ないともいえる。
「だけれど、フィイヤナミア様の娘になったというのも大変ね」
「そうですか?」
「フィイヤナミア様のスタンスは弱肉強食だもの。中央でトップに立ちたければ、自分を倒せばいいと言っているのよね。
貴女達も巻き込まれるかもしれないわね」
「そんなことはここずっと起こっていないんですけどね」
カロルさんの発言にセリアさんが補足する。
フィイ母様ならそんなものだろう。問題はだれがフィイ母様を倒せるのか。
というか、フィイ母様を倒すより先に、中央の地が壊滅するんじゃなかろうか。
曰くシエル――わたしを倒そうとしても似たようなものらしいし。
「それに巻き込まれても、貴女をどうにかできる存在は思いつかないのよね。
フリーレの蒼の煉獄を耐えた結界、全力ではないでしょう?」
「そうですね。A級の魔物の攻撃に耐えられるかなーってのを意識して作りました。
一番守りが固いのは、今も使ってます」
「ええ、知っているわ。町の外だろうと関係なく昼寝できる結界よね」
間違ってないけれど、そう言われるとなんだか微妙だ。
『昼だけじゃなくても寝られるわ。エインの結界はすごいのよ、すごいもの!』
『ええ、いつでもシエルを守っていますからね』
『ふふ、寝ているときだけじゃないものね。いつもありがとうね、エイン』
うんうん、お昼寝用じゃなくて、シエルを守る結界なのだ。
シエルが分かってくれているなら、別にカロルさんに分かってもらえなくてもいいか。
それよりも、ちょくちょくと話に出ていたことでも確認しておこう。
「そう言えば、カロルさんってA級に上がっていたんですね。おめでとうございます」
「それ褒めているのかしらね?」
「褒めているというか、お祝いはしていますよ?」
「興味はなさそうね」
「わたし達にとってランクって、エストークから逃げるためのものでしたし、今は別の目的を達するのに便利ってだけですからね。
フィイ母様の娘を前面に出すと、動くだけで大騒ぎされそうですから」
今まで迷惑かけられてきた分、良いように利用してやろうとは思っている。
適当に仕事していたら良いだけだし。
そう思っていたら、さっきまで不満があったカロルさんの顔が何やらニヤニヤしていた。
「母様……ね」
「何ですか、文句あるんですか?」
「ないわよ? ただきちんと娘しているのね、と思っただけよ」
何も悪いことないのに、なんかこう、恥ずかしさがあるのはなぜだろうか。
フィイ母様は……確かに、言っていてちょっとアレかなと思わなくもないけれど、フィイと呼ぶよりはマシだと思うのだ。
お母さん……って感じでもないんだから。
頭の中でシエルがくすくす笑っているのも、恥ずかしさを加速させる要因だ。
むぅ……困っているのを見るのが嬉しいみたいなことを言っていたけれど、こういうことなのだろうか?
一人モヤモヤしていると、急に頭に手を置かれた。
「何ですか?」
「何でもないわ」
不機嫌に話したら、カロルさんが素っ気なく言って頭から手を離す。
いったい何だったのだろうか。
釈然としないのだけれど、カロルさんが「そうだったわ」と話を変える。
「貴女達がフィイヤナミア様の娘になったってだけで、大問題だから気を付けておくことね」
「そうですね。それは伝えておいた方がよさそうです」
「どういうことですか? 巻き込まれるとは違う感じですよね?」
「フィイヤナミア様の子供となると、後継者と見られる可能性が高いですから、それだけで騒ぐ人も出てくるんですよ。
噂程度ではありますが、すでに快く思っていない人もいるようです」
「まあ、貴女達が殺されることはないと思うけれど」
ああ……面倒くさそうな感じだ。
なんか昨日の帰り道フィイ母様が言っていたことが頭をよぎったけれど、無関係だと信じたい。
フィイ母様ならすべて把握しているだろうけれど、というか噂になっているということなら、確定で事情は把握しているだろう。だとしたら、根も葉もない噂なのか、あえて放置しているのか。
何かあって返り討ちにしても、許される権力を持っている事だけは幸いかもしれない。
最悪リシルさんに何か頼むのもありか。視線を向けると目があって、手を振るので微笑み返しておく。
っと、ちょっとわたしが表に出すぎている。シエルがわたし以外と会話をする機会は大切にしないと。シエルに一言いって、入れ替わろうと思ったけれど、ハンター組合でセリアさんと話の途中だったことを思い出した。
「セリアさんハンター組合での話の続きなんですが、中央のハンターってどんな活動をしているんですか?」
「そう言えばそうでしたね。中央には巣窟と呼ばれる魔物がたくさんいる場所があるんです。
巣窟は地下へ地下へ向かう洞窟のような場所で、どういうわけか浅い層であるほど魔物が弱く、奥に行くほど強くなる上、なぜか各階層から移動することはないということが分かっています。
そこで魔物を狩り、その素材を持ち帰ることがハンターの主な仕事になります」
「不思議なところもあるんですね。宝箱とかあるんですか?」
「……? いえ、魔物が居るだけのようです。カロルはそう言った話を聞いたことは?」
「無いわね。でもまあ、死んだハンターの事を宝箱と呼ぶ人もいるみたいね」
いわゆるダンジョンかなと思ったけれど、どうにも違うらしい。
でも宝箱が無いだけで、ダンジョンっぽい気もする。
どうしてそんなものがあるのかは……フィイ母様とか最高神様とかに訊けばわかりそうな気がするけれど、教えてくれるだろうか?
「カロルさんは行ったことあるんですよね?」
「ここでハンターするなら巣窟に行くのが楽だもの。依頼じゃないから多少安くはなるけれど、B級A級ともなればそれなりの金額にはなるのよね」
「ハンター組合としては、それを商業組合に卸している状態ですね。
商業組合はさらにそれを各国に売りに行っているというわけです。魔物が出る以上、武具に対する需要は無くなりませんからね」
セリアさんが付け加えてくれた通り、武具はあればあるだけ売れるのだろう。
どこぞの国で魔物氾濫も起こったことだし、警戒する国があっても不思議ではない。それに中央内での需要もそれなりにあるだろう。
「エインセル……というか、シエルメールも潜るつもりなのかしら?」
「どうでしょう? お金には困っていませんし、興味本位で行くかなって感じでしょうか?」
『エインは行ってみたいのかしら?』
『ちょっと興味はありますね』
決別したつもりでも、やっぱり前世の感覚は残っている。
ダンジョン――巣窟だけれど――はゲームではよくある設定だから、観光気分で行ってみたいとは思う。でも、観光気分でシエルを連れて行くのもどうなのだろうか。
行くかどうかは後でシエルと考えよう。それよりも何でハンター組合に行ったのか思い出した。
「そう言えば、ラーヴェルトさんを呼んでいたんですけど、放っておいて大丈夫でしょうか?」
「グランドマスターですか……」
「大丈夫よ。フリーレが喧嘩売ったのが原因だもの。というか、今は貴女達の方が立場は上なのだから、そこまで気にする必要はないんじゃないかしら?」
「確かにそうですが、一応気にはなりますよ」
今の今まで忘れていたので、重視していたとは言えないけれど。
でもまあ、大丈夫なら良いか。ここでの話が終わったら顔を出そう。
『それでは、そろそろシエルに戻りますね』
『嫌よ』
『えっと……はい。シエルと入れ替わりますね』
『わかったわ!』
シエルのこういうところが少し微笑ましいなと思いながら、主導権をシエルに返した。