101.模擬戦と結末 ※フリーレ視点
今回フリーレ→エイン視点変更があります。
入れ替わるところで明記してはいますがご注意ください。
正直な話をすると、蒼の煉獄で終わるとは思っていなかった。
蒼の煉獄は氷のの槍と同じく、本来Aランクの魔物を相手に使うもので、普通は人に使うものではない。
だけれど氷のもそれくらい知っている。だからこの魔術で殺してしまうとかルールに抵触するような怪我を負わせてしまうのであれば、止めていたはず。
止めなかったという事はすなわち、氷のは今の一撃でシエルメールが再起不能になることはないと確信していたことになる。
むしろ模擬戦の前にあれだけ豪語していたということは、蒼の煉獄を受けてもシエルメールはわたくしに勝てると考えていたという事。
だからこそ、模擬戦に勝つためにも全力で撃った。
可能であればこの一撃で模擬戦を終わらせるため、そうでなくても今後有利になる程度にはダメージを与えるために。
魔術は成功した。高温の蒼い炎はシエルメールを飲み込み、その余波は辺りを火の海に沈めた。
避ける様子はなかったので直撃したわね。
だとしたら仮にA級が相手だったとしても、大きなダメージを与えることができる……はずだった。
でもどう見ても、今視界にいるシエルメールはピンピンしている。
そもそも結界を全て壊し切れていない。
よく見れば結界も全くの無傷ということはなさそうなので、もう一度蒼の煉獄を放つことができれば壊せるかもしれないけれど、さすがに2度目はないだろう。
目を逸らしたかったけれど、一帯を凍り付かせるような魔術は氷のですら使えないだろう。シエルメールにはそれだけの技量があるということになる。
実力を測るために、様子見をするのも選択肢として考えられる。
だからと言って、こちらが待つのは愚の骨頂。最初に蒼の煉獄を放った時点で、わたくしの魔力残量は持久戦を出来るほど残ってはいないのだから。
とにかく今のうちに畳みかける。
低威力の魔術で弾幕を張って目くらましをしつつ、威力の高い一撃を食らわせる。
こちらを攻撃させる余裕を与えてはダメ。
やることが決まったら即行動。
「最初の弾幕で結界が壊れてくれればいいのだけれど……っと」
無数の小さい火の塊をシエルメールに向かって放つ。
弱い魔物くらいであれば軽く倒せる威力はあるけれど、あの結界を破るには力不足なのは否めない。でもこれくらいなら、しばらく使い続けられる。
そう思っていたら、シエルメールが動き出した。
しゃなりしゃなりと、高貴ささえ感じ取れる動き。
それは戦いを忘れ、見惚れるほどの舞だった。
ゆったりとした動きでいて、最小の動きでわたくしの魔術を振り払うと、まるで火と戯れるようにくるくると回る。
まるでわたくしの魔術が演出として使われているような屈辱と、目の前の舞の美しさに頭が混乱してしまいそうだ。
シエルメールの舞が目を惹くのは派手な動きをしているからではなく、動きの1つ1つが優雅だから。
ただ手を伸ばす、ただ歩く、ただ回る。そんな単純な動きだからこそ、違いが分かってしまう。
いえ、そんなことを考えている場合ではないわ。
今は模擬戦の場なのよ。
次の一手を、あの結界を破壊するための魔術を。
腰に隠し持った魔法袋から、わたくしの身長の三分の二に少し足りない長さの投槍を取り出す。
火の魔術の欠点は実体がないこと。何かを燃やすことはできても、何かを壊すことは向いてない。
風であれば切り裂くことができる。土であれば言わずもがな、水であれば上位の氷にしてしまえばいい。
それに対して火の魔術はそれ単体では、どこまで行っても燃やす事がメインになる。
爆発させるという方法もあるけれど、戦闘中にそれを行うのはなかなかに難しい。
自分で作り出した炎とは違い、爆発は一歩間違えれば自分にダメージが跳ね返ってくるし、壁なんかを破壊するのには使いやすくても、小さくて硬いものを壊すのには向いていない。
シエルメールの結界なんて、わかりやすいくらい小さくて硬いものだ。
蒼の煉獄はそう言ったものに関係なく、とにかく燃やし尽くすもの。直撃すれば金属であれ、石の壁であれ溶かすことができる。
けれどそれでも、シエルメールの結界に防がれてしまった。
だから衝撃を一点に絞って、そこから壊す。
取り出した投槍は、ワイバーンの素材を利用したもので、超高温でも溶けることも焦げることもなくその硬度を保ってくれる。
これを熱して、熱して、わたくしの炎魔術の核にして投げつける。
そうすることで、わたくしの得意とする火の魔術の欠点を補う。
だから槍の扱いも訓練してきた。今では槍の扱いでは、10回やって10回氷のに勝てるだろう。それで勝ててもうれしくはないけれど。
とにかく炎の魔術とそれに耐えうる槍を用意した、貫通力を重視した一撃。
だけれど貫通力に特化させすぎて、魔物に使っても一撃で倒すには至らないのよね。
一撃で倒すには、それこそ心臓や頭を射抜かないといけない。本職ではないわたくしでは、動く相手を前にそこまでの命中精度は出せない。
せいぜい体を狙って、腕や足に貫通させるくらいだ。それでも十分に使い道はあるけれど。
ついでに誰かに投げてもらおうとすると、今度は槍が熱すぎてわたくし以外、誰も持てない。
でも今回は違う。結界さえ壊せればいい。
むしろシエルメールにクリーンヒットさせるのを避けないといけない。
相手は実力者。わたくし程度の槍は避けるだろうし、結界の端にでも当たって貫通してくれればそこから崩れるだろう。
だから身体強化も使って、思いっきり投げる。
もちろん火弾の弾幕はそのままに、その対処をする隙をついて確実に。
そう思ったのだけれど、投槍が手を離れる瞬間、シエルメールと目が合った。
火弾など眼中にないくらいに、こちらをまっすぐ見ている。
こちらの思惑を見透かすような、鋭い視線が向けられる。
だけれど、もう投槍はわたくしの手を離れてしまった。
真っすぐに飛んで行った投槍は、ゆったりとした動きのシエルメールでは避けられない速度で彼女に迫る。
しかし確実にこちらを見ていたシエルメールは、避ける仕草を見せない。そうして結局わたくしの槍が彼女の結界にぶつかった。
ほんの少しだけ勢いは弱められたけれど、結界を貫通した投槍はまっすぐ彼女に向かう。
そこでようやくシエルメールが動いた。
今までと変わらず、優雅でいて無駄のない動きで、槍を引きつけるように身を引くと、その小さな体の隣を通過するはずだった槍をその手でつかんだ。
その投槍は掴むだけで大火傷必至の熱量を誇っているはずなのだけれど。
だけれどそんな考えは、一瞬で吹き飛んだ。
シエルメールが槍の勢いを使って、槍を振り回す。
迫る火弾を全て振り払うように。
蝶がひらひらと舞うように。
まるで使い慣れた得物のように、だけれどそれを武器としては使っていない。
踊るための小道具としての槍。
敵を倒す型なんてない、一見長すぎる槍に振り回されているようでいてしっかりと制御している。その動きはまるで流れる水のようだ。
全ての火弾を振り消したあと、くるくると槍を回すと地面に突き立てた。
すべての動きがとても自然で見入ってしまった。短い時間がさらに短く感じ、同時にとても長く感じられた。
まるで夢のような時間だった。
突き立てた槍が凍り付くのを見るまでは。
それから寒気がしたかと思うと、首元に鋭い痛みが走る。目だけで視線を下げると、地面から氷でできた棘がわたくしの首元に伸びていた。
これが模擬戦でなければ、確実に氷の棘はわたくしの首を貫通していたわね。
油断した?
確かにそれもあるかもしれない。だけれど、それ以上に圧倒的力量差があることを実感させられた。
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(エインセル視点)
フリーレさんとの模擬戦。シエルが余裕を見せて初手を譲った――ランク的にシエルが格上なので当然ではある――のだけれど、その初手からカロルさんの氷の槍に匹敵する魔術を放ってきて驚いた。
一撃をいなせば何とかなった氷の槍と違って、効果時間が長く非常に厄介だったといっていい。
その分、氷の槍は連射できるのだろうけれど。
その魔術のせいで、シエルの表面を覆っているいつもの結界を除いた一番内側の結界以外は消し飛んでしまった。
Aランクの魔物の攻撃なら耐えられるかなと思って作っていた内側の結界も結構傷ついたし、容赦ないなと思ったのが正直なところ。
それだけ本気でかかってきてくれているということで、こちらもある程度実力を見せることにした。
具体的には歌姫と舞姫の解禁。
最初の魔術の余波で辺りに火が燃え移っていたので、それをあえて氷の舞台で覆いつくす。
チョイスしたのはシエルだけれど。私は歌っていて話は出来ないから。
傷ついた結界はあえてそのままにして、結界の耐久度を測らせてもらうことにした。
もう一度最初の魔術を使われない限り、壊れることはないかなと思っていたら、火の弾幕に紛れて投げてきた槍に貫かれた。
何を思ったのかシエルがその槍を捕まえて舞に使い始めたけれど、無事に模擬戦は終わり。
槍を振り回すシエルも良いものだった。特に今回は舞姫の力を存分に使える状態だったので、シエルがとても楽しそうだったし。
そう言えばシエルが舞姫を使って戦うのを誰かに見せるのは、初めてだったように思う。
戦っている相手がシエルの舞に惹きつけられるというのは、案外面白い情報かもしれない。
本当に惹きつけられたのかは分からないけれど、明らかに攻撃の手が止まったのでそう言うことなのだろう。
ある意味これが、舞姫として正しい姿なのかもしれない。
『危なげなく終わりましたね。お疲れさまでした』
『エインこそお疲れ様。エインの結界が破れた時は驚いたけれど、いろいろできて楽しかったわ!』
『シエルが楽しかったのならよかったです』
『それはそれとして、私の戦いを見てもカロルが驚いていなかったことが気になるのよね』
『確かに驚いている様子はなかったですね。その代わりものすごく考えている様子ではありましたけど』
フリーレさんが負けを宣言した後、カロルさんのところに向かう道中そんな話をシエルと行う。
今のでカロルさんは、職業複数持ちに気が付いただろうし、さらにその先まで勘づいた可能性もある。後で話すつもりだったから見せたようなものだし、勘づいてくれた方が説明が楽で助かるから良いのだけれど。
「見事にボロボロだったわね」
カロルさんのところに辿り着いたところで、彼女が嬉々としてフリーレさんを煽る。
フリーレさんは不機嫌そうに顔を歪めると、ふんと鼻を鳴らした。
「ええ、今回は素直に負けを認めるわ、完敗ね」
「こっちも少し驚いた」
「結界は破ったはずよね。それでも少ししか驚かせられなかったのね……」
フリーレさんってプライドが高そうなイメージだったけれど、こういうところは素直に受け入れられる人なのか。
でも確かに「プライドが高い=負けを認めない」と言うわけでもないし、プライドが高いからこそ明らかに年下に負けたことも受け入れられるのかもしれない。
わたしが一人納得していると、カロルさんがシエルとフリーレさんの話に混ざってきた。
「もう話はいいわね?」
「良くないわよ。何よ氷の」
「いつまでもフリーレと遊んでいられないってことよ。
そもそも貴女と模擬戦をするために、シエルメールがあの場にいたわけではないでしょう?」
「うん」
シエルがカロルさんの問いに即答する。
シエルも即答したせいか、フリーレさんの勢いは弱まり、何か言いたそうだけれど何も言えないみたいな感じになってしまった。
カロルさんがそれを無視して歩き出す。
シエルもそれについて歩きだす。
「わかったわよ! 氷のいつか絶対に泣かせるわ!」
そう言いつつもしっかりついてくるフリーレさんとカロルさんは、実はとても仲が良いんじゃないかなと思わなくもなかった。





