100.蒼と炎と氷 ※フリーレ視点
戦闘シーンはたぶん相手視点の方が面白そうだということで、試験的にやってみました。
そしたら戦闘シーンに行くまでに時間がかかりました()
わたくしの名前はフリーレ・イャズィーク。イャズィーク家の次女に生まれ、現在は若きB級ハンターとしてその名を知らしめている。
今でこそ名をはせているけれど、当初わたくしがハンターになると言った時、両親に猛反対された。いくら職業的才能があるとはいえ、いつ死ぬとも分からない道に行くことに賛成はできなかったらしい。
それにイャズィーク家は他国で言えば貴族に当たるような家――そのこともあり、同じ貴族の娘を弟子に持つことになるが割愛しておく――であるため、わたくしが何かやらかさないかと不安になったのかもしれない。
それから貴族の子としての利用価値もあったのだろう。
だけれど貴族として優秀な姉とできた弟がいたおかげか、最終的に認められた。
わたくしがハンターになろうと思ったのは簡単な話、女性でそれなりの地位を手に入れるのに最も近いと思ったから。
ハンターと言えば、仕事のない下層のものが集まるような場所であると同時に、各国に影響力を持った大きな組織。
低ランクは掃いて捨てるような扱いを受けるけれど、高ランクになれば貴族と同等の扱いを受けることも可能になる。
特にA級以上になれば、イャズィーク家以上の権力を持つといっていい。
わたくしは一介の貴族令嬢で終わりたくなかった、言ってしまえばそれだけ。
もしも職業が「上級炎魔術師」では無かったら目指さなかったかもしれないけれど、結果として若くしてB級ハンターに上り詰めたわたくしを、イャズィーク家も好意的に受け止めてくれている。
「灼熱の美姫」という、わたくしにぴったりの二つ名も付いて順風満帆に見えるわたくしのハンター生活だけれど、1つ納得できないことがあった。
それが「氷の魔女」であるカロルの存在。
同時期にハンターになり、競うようにランクを上げていった仲だけれど、わたくしは未だに氷のに勝てたことがない。
いつも一歩先を行っている。B級になったのも彼女の方が早かったし、とうとうA級昇格してしまった。少なくともあと5年。普通に考えたら10年から20年かかるはずだったのに、置いて行かれてしまった。
氷のの魔術に対する熱意は称賛に値する。わたくしにはあそこまで魔術を研究することはできない。
基本的にわたくしは細かいことは苦手なのよね。
その代わり実践を重視してきたのだけれど……。
それに最近は、弟子であるビビアナも、わたくしに手が届くのではないかと思うところまで迫ってきている。
同世代の急激な成長に流石のわたくしにも、焦りが出てくる。本来焦る必要はないほどの結果を出しているのだけれど、それはそれこれはこれ。
氷のにこれ以上置いて行かれるのは納得できないもの。
そんなときにビビアナから聞いたのが、最速でハンターのランクを駆けあがっているという子の話。
上には上がいるのだと思い知らされると同時に、同期達の躍進の一端を担っているのだろうという予感がした。
◇
そしてわたくしはその存在を見つけた。
白い髪に華奢な体。わたくしも美容には気を使ってきたけれど、わたくし以上にきれいな肌をしている。年齢の差もあるけれど、同年代の時で比べても彼女に軍配が上がるだろう。
そんなハンターとはかけ離れた容姿をしている少女を守っている結界が、明らかにその見た目と違い可愛らしくない。
半球状に彼女を3重に覆っている。一番外側のそれでCランクの魔物の攻撃程度なら弾くくらいの防御力があるように見える。
それからわかりにくいけれど、内側に従って防御力が上がっているらしい。
そうなると、一番内側のそれはどれくらいになるのかしら?
それにその結界の綺麗なこと。
魔力のムラがなく均一に巡っている。この結界を突破するには、純粋な攻撃力で上回るしかない。
それこそ氷のですら、結界にムラが出来るのだから、してしまえるということはそれだけの技量があるということ。
少なくとも今突っかかっている小物程度で、どうにかできる相手ではないわね。
見た目だけで強さを判断してはいけない良い勉強になるのではないかしら。
その代金がどれほどのものになるかはわからないけれど。
それにしても、あんな結界を見せられたらわたくしも黙っていられない。
でも、実力が気になるからと喧嘩を売ったら、ハンター組合にもイャズィーク家にも怒られる。
そこでふと、良いことを思いついた。
そのためには、とりあえず知り合いになるのが良い。警戒されずに話を切り出せるはずだから。
だからそこの小物には悪いけれど、彼女の相手を代わってもらうとするわ。
勉強はまた別の人のところで受けて頂戴な。
「あんた程度が手を出してどうにかなる相手ではないわ。死にたくなければ、すぐにその手を下げなさい」
わたくしがそう言うだけで逃げていく。ハンターならもう少し気概を見せてほしいものだけれど、わたくしの事を知っているのであれば当然ね。
普通は上位ハンターとは事を構えたくないらしいという話だものね。
わたくしはすべて正面から叩き潰してきたけれど。
「別に大丈夫だった」
男がいなくなったところで、ぶっきらぼうな少女の声が聞こえてきた。
わたくしに含むものがあるというよりも、他人に興味がないというような印象。
「貴女が大丈夫なことくらい分かっているわ。その結界を見れば、貴女がB級のハンターだということは分かるもの。
ビビアナが言っていた、B級昇格の最年少記録を破ったのは貴女ね?」
確認は大切。前に1度それで痛い目を見たのよね。あの氷のと出会ったきっかけだった気がするけれど、思い出すだけでも忌々しいわ。
いえ、今はそんなことは良いわね。あんな女の事気にするだけ時間の無駄よ。
「貴女、ビビアナの関係者?」
「自己紹介がまだだったわね!
わたくしはフリーレ・イャズィーク。B級ハンターで二つ名を灼熱の美姫と言いますわ。
ビビアナとの関係はそうね、あの子の師よ!」
名前を覚えてもらうことはとても大切。それはハンターでも貴族でも変わらない。
わたくしが名乗ったからか、目の前の少女が少し面倒くさそうに口を開いた。
「わたしはシエルメール」
「シエルメールですわね。先ほどの小物などはどうでもいいのですが、貴女に1つ依頼をしても良いかしら?」
「何?」
「わたくしと模擬戦をしてくれません事?」
喧嘩を売ってはいけないのであれば、依頼をすればいい。お金を払って双方合意の上で行うのであれば、問題はないに違いない。
受けてもらうためにちょっと搦め手は使ったけれど、これくらいなら許容範囲。
シエルメールはしばらく無言で虚空を見つめていたかと思うと、「条件は?」と短く答えた。
「受けてくれてありがとう。まずは報酬の話ね。勝敗に関係なく金貨50枚でどうかしら?」
「B級の依頼なら多すぎる」
「そうね。でもそれだけの価値があると踏んでいるわ」
そもそもB級以上とこうやって模擬戦をする機会なんてそうそうない。
その機会をお金で買えるのであれば、わたくしはためらわない。強くなるまたとない機会になるもの。
しかも今回はビビアナの成長のきっかけ……とわたくしが感じる相手なのだから、出し惜しみするだけ損をするのよ。
「勝負方法はハンターが良く使うやつよ。殺しは無し、大怪我もできるだけ負わせない。
負けを認めるか、戦闘不能にするか、有効打が入ったと判断したら勝利。これでどうかしら?」
「分かった。立会人は?」
「セリア、よろしく頼むわ」
知り合いで実績もあるセリアなら立会人にはぴったりだろう。そう思って指名したのだけれど、後ろから「ワタシがやるわよ」と忌々しい声が聞こえてきた。
なんでこんなとこに来るのかしら?
喧嘩売っているのかしら? 癪だから絶対買わないわ。
「何しに来たのよ、氷の」
「その子に用があってきたのよ。久しぶりねシエルメール」
「カロル、久しぶり」
やはりこの2人は知り合いだったらしい。
しかもそれなりに気安い間柄のようだ。
同期の躍進にこの少女――シエルメールが関わっているという予想は正しそうであると同時に、氷のの存在が鬱陶しい。
「貴女とはまた後でじっくり話をするわ。まずはそこの赤いのをボコボコにしてくれると清々するわね」
「喧嘩を売っているのかしら? 買わなくてよ」
「はいはい。その子とやるのよね。いい機会だから、完膚なきまでに負けると良いわ」
「そこまで言うなら、勝って見せるわよ。あとで吠え面かかない事ね!」
本当に忌々しい女ね。絶対後で謝らせてあげるわ。
「そう言うわけだから、恨むならそこの氷のを恨みなさいな」
ええ、ええ。悪いけれど、手加減は出来なくなったわね。初めからする気はなかったけれど。
◇
模擬戦をするにあたって場所を移動する。
ハンター組合にも模擬戦を行える場所くらいあったはずだけれど、どういうわけか町の外に出た。
シエルメールに案内されて連れていかれたのは、町から離れたところにあるだだっ広い草原。
町中と違いここなら思いっきりやれるということかしら。
リミッターをかける必要がない場所と言うのは、嬉しい限りね。
わたくしとシエルメールが向かい合うように立って、氷のが離れたところでこちらを見ている。
氷のが立会人なのは腑に落ちないけれど、巻き込んでも死なないだろうという意味だと悪くない選択だったかもしれない。
「準備は良いかしら?」
「いつでも」
シエルメールはそう言ったけれど、こちらを見て動こうとしない。
先手は譲るということかしら?
それともカウンターでも狙っているのかしらね?
どちらにしても様子見の一撃を誘っているのよね。
だけれど、今日のわたくしは手加減抜き。少し時間はかかるけれど、先手を譲ってくれるのであれば全力を出しましょう。
わたくしが使う魔術の中で、わたくしが作り出した魔術の中で、唯一魔術名が与えられたとっておき。
赤い炎を燃やして、燃やして、辿り着く青白い世界。
わたくしの両肩より少し高い地点に計4つ。青白くなった炎の塊を浮かべる。
上級炎魔術師で詠唱破棄をしても、準備に数秒かかるこれは、めったなことでは使えない。
その数秒が勝負を分けることも多いから。
だけれど、その威力は申し分ない。
きっとここら一帯を焼け野原にしてしまうだろうけれど、消火は氷のに任せる事にしましょう。
準備ができた時、シエルメールは表情を変えずにこちらを見ていた。
今にその余裕そうな表情をゆがませてあげるわ。そして氷のにぐうの音でも出してもらおうかしら。
「避けるならお好きにどうぞ」
「……」
「話すことはないってことね。いいわ。食らいなさい"蒼の煉獄"」
魔術名に合わせて炎の球がシエルメールを囲むように飛んでいく。
シエルメールは避ける様子もなく、ただただ炎を見ている。
何の変哲もないただの炎だと思っている? だとしたら期待外れね。
蒼の煉獄はその見た目に反して、膨大な魔力を込めている。
いいえ膨大な魔力をあの大きさにするからこそ、ワイバーンを、ワームをこんがり焼くことができる。生半可な耐性など意味をなさないほどの熱を持った炎。
その炎がシエルメールの結界にぶつかり、結界を燃やし尽くす。
そうして、一瞬にして燃え広がる。
草原だった場所が一瞬で火の海になる。
この炎がわたくしにダメージを与えることはないから気にしなくていいのだけれど、氷のもしっかり自分を守っているのが気に食わない。
ちょっとくらい火傷しないかしら。
そして肝心の相手の方を見ると、いまだに結界が燃えていた。
あれは何個目かしら?
何個目であっても、蒼の煉獄で燃やし尽くせないはずはない。
そう信じていた。
だけれど、次の瞬間。
わたくしは冷気を感じた。
蒼の煉獄の残滓たち、燃え広がった炎を覆いつくすほどの氷の空間が広がった。
その氷の空間の中央。その発生源。
シエルメールは何事もなかったかのように、こちらを見ていた。