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閑話 メイド達の夜更け ※モーサ視点

前回のおまけです。部屋を出て行った後のメイド2人のの会話。

「サウェルナ、先ほどの対応は少し度が過ぎたのではありませんか?」


 フィイヤナミア様に仰せつかった新しい主、エインセル様とシエルメール様のお部屋を後にして、使用人が生活する棟へと向かう途中、一緒にいたサウェルナに苦言を呈する。

 彼女も私もフィイヤナミア様に認められたからこそ、あのお二人につくことを許されたのだ。

 その時の喜びは、今でも忘れられない。


 例えどのような方であっても、その任を全うして見せようと心に誓ったものだ。

 実際はそんな意気込みなど必要がないほど、出来た方々だったのだけれど。

 考えてみれば、フィイヤナミア様がお客様としてお連れした方が可笑しな方のはずはないのだ。


 閑話休題。


 要するにフィイヤナミア様に認められて任された役目だというのに、今日のサウェルナはその自覚が足りていなかったと思うわけだ。


「そうねぇ……。でも、あのままではもしかしたら本当に、夜のお付きから外されてしまうかもしれなかったもの」


 サウェルナが反省したような声を出すので、ハッとして会話に戻る。


「それにしても、らしくなかったですね」

「あらあら、そういうモーサも内心焦っていたんじゃないかしら?」

「……それは、ないとは言いません。ですが私達はあくまで使用人ですから」

「エインセル様がわたし達を疎ましく思っていたというのであれば、確かに過ぎたことを……」

「それはありません!」


 思わず強い口調になってしまった。

 だがエインセル様の言葉は、正しくこちらを慮った言葉だったのだ。

 それをきちんと受け取れないなど、いくらサウェルナでも……と彼女を見るとニヤニヤとしたこちらを見ている。やられた……。

 露骨に嫌な顔をしてみても、サウェルナは笑うだけ。


「うふふ。そうねエインセル様の言葉はわたし達を思っての言葉ね」

「ええ、認めましょう。サウェルナが口を出さなければ、私も同じようなことをしていたかもしれません」


 そう。フィイヤナミア様の命があったからこそのお付きだったけれど、今となってはフィイヤナミア様とは関係なくエインセル様のお世話をしたいと思っている。

 普段はその姿すら見えない主だけれど、側で侍り見守ることに一種の喜びを感じているのだ。

 だから私の事は気にかけなくて良いので、侍らせてほしいと思う。


「フィイヤナミア様には悪いけれど、ここで働いてきて今が一番楽しいの。

 出来ればシエルメール様の成長を見続けていきたいものね」

「ええ、確かにシエルメール様は可愛らしい方です。

 ですが私は、エインセル様のシエルメール様だけに見せる柔らかい表情が忘れられません。

 エインセル様の御心が溶けていく様子を見ることができれば、これ以上ない喜びです」


 私はお二人がこの屋敷に来た時からその姿を見ていた。

 最初は1つの身体に2つの魂があるなど想像もつかなかったけれど、それでも雰囲気がガラッと変わるのは感じていた。

 フィイヤナミア様の屋敷であるというのに、周囲の全てを警戒しているようなそんな雰囲気。


 当初は身の程知らずなと思ってしまったけれど、その意味が今では分かる。

 エインセル様はとにかくシエルメール様を守ろうとしていたのだ。

 それこそ世界の全てを敵に回してでも、シエルメール様を守るだろうことを疑わせない決意。


 それの何と尊いことで、そしてどのような経験をすればご自分よりもシエルメール様を優先するような決意をしてしまえるのか。誰かに仕えるものとして純粋に尊敬できる。

 私はエインセル様に付くために少しばかり事情は聴いたけれど、自分だったらと思うととても耐えられそうになかった。

 エインセル様は本当にお強くいらっしゃる。だけれど、それだけ無理をしてしまうのだとも聞いている。


 強さの裏に、いつ壊れてしまうとも分からない危うさを持っているのが私の主。


「あらあらモーサはエインセル様の歌に合わせて舞う、シエルメール様を見ていないのかしら?

 きっと精霊が見えたのなら、あんな感じなのね」

「見ていましたよ。そして聞いていました。聞いているだけで心が洗われるような素晴らしい歌声でした」

「ふふふ。それは残念ね。見ているだけで幸せになれる舞だったのだけれど」


 もちろん見ていた。動きの一つ一つが気ままなようで、指先一つに至るまでしっかりと意識された素晴らしい舞だった。

 エインセル様の歌とどちらがいいかなんて論ずるだけ、本当は野暮なのだ。


「シエルメール様は、エインセル様やフィイヤナミア様の前では、無邪気な表情を見せてくれるわ。年相応の愛らしい表情を。

 だけれど、その他の人が相手だと心を閉ざしてしまうのよ」


 真面目なトーンでサウェルナが話すので、じっと耳を傾ける。


「シエルメール様が部屋に閉じこもった時、エインセル様がいなくなっていた時、わたしはお食事をお持ちしたの。

 だけれどシエルメール様は入れてくれなかった。扉越しに聞こえてきた声は恐怖に満ちた震えたものだったの。

 とてもあの年齢の方が出すような声ではなかったわ」


 心を締め付けられるような声色は、きっとサウェルナが当時感じた感情そのままなのだろう。

 シエルメール様についてもある程度聞かされているので、何があったのか知らないわけではない。

 だけれど、実際にそのお声を聞いたサウェルナには感じるものがあったのだろう。


 それはきっと私がエインセル様に感じたものとは別の物だろうけれど、それでも行きついた結論は同じなのだと思う。


「そんなシエルメール様が見せる無邪気な表情がどれだけ尊いのか、影のない笑顔がどれだけ敬意に値するのか、わたしには図り切れない。

 だからわたしはシエルメール様の成長を少しでも長く見守りたいわ。そしてそれ以上に、せめてこの屋敷の中でだけは、その表情を陰らせることなく安らかにいてほしいのよ」

「それは私も同じことです。私達はまだエインセル様に警戒されているでしょう。

 だからこそこの屋敷の中には敵はいないのだと、心より思ってもらいたいのです」


 今日の心遣いもそうだ。私達の事を考えての事なのだろうけれど、どこかに壁があるような印象を受けた。優しさを持っているけれど、向ける相手と量を選んでいる。

 私達の主様方は悪ではないものの、決して善良と言うわけではない。善良ではいられないだけの経験をすでにしてしまっている。

 それなのにとても純粋なところがある。エインセル様が守り、シエルメール様が育んで来た純粋さがある。


 そしてシエルメール様がいたからこそ、エインセル様から零れ落ちなかった純粋さでもある。


 それをお守りする手伝いが出来ればと、わたしは思う。


「それはそれとして、シエルメール様の寝顔が見られなくなるのは損だものね」


 急に声色を戻したサウェルナに呆れてため息が出てしまう。


「何を言っているんですか」

「ふふ、夜に侍らせて貰えなかったらどうなっていたのかって話よ」

「そんなことで、あんな行動をとったんですね」

「あらあら、うふふ。そんなことって言うけれど、モーサはむしろわたしよりも必要としている時間ではないのかしら?

 エインセル様と話せる貴重なタイミングだものね」

「否定はしません」


 視線を逸らせば笑われる。

 結局のところ、理屈はともかく私は、私達は新たな主人達に魅入られてしまったのだろう。

 可愛らしいだけではない彼女たちに。

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