98.エインとメイド達と夜の会話
区切りの関係で今回は普段の半分以下の分量です。
ですので、今日か明日にちょっとした閑話を投稿しようと思います。
眠った後のシエルの体は、基本的にわたしが使っていいことになっている。
でもあまり借りないようにはしている。
借りてしまうとどうしても翌日に疲れが残ってしまう気がするから。
だけれど、やることがある時には遠慮せずに借りるようにもしている。
あまり遠慮するとシエルが拗ねてしまうから。
そう言うわけで、今日は借りることにした。
「ごめんなさい。暇でしたよね?」
そうやって声をかけるのは、この部屋に残っている2人のメイド。
本来謝る必要はないのだろうけれど、交流も兼ねた話題提供の意味も込めて尋ねる。
話しかけられた方は少しびっくりした様子だったけれど、すぐに首を左右に振った。
それから今のわたしの髪が黒いからか、モーサさんの方が口を開く。
「いいえ、とんでもありません」
「そうですか? シエルとわたしが話していると、黙ったまま座っているだけに見えると思うんですが」
「失礼ながら、メイドとはもとより必要な話以外を聞く耳を持たないものですので」
「素晴らしいプロ意識だとは思いますが、それはそれとしてです。
暇だったとして、わたしにしてあげられることはないのですが、母様に言って夜まで付き合わなくていいようにしてもらいますよ?」
2人を雇っているのはフィイ母様だから、わたしが決めることはできないけれど、言ってみるくらいなら大丈夫だろう。
シエルとわたしが話しているときは、傍目黙っているだけだろうし、何より話に集中しているから周りの事が目に入っていないことが多々ある。
そんな虚無な時間を過ごすくらいなら、2人もやりたいことがあるのではないだろうかと思ったけれど、サウェルナが食い気味で「仕事ですので」とやんわりと否定してきた。
「でもサウェルナにもやりたいことがあるんじゃないですか?」
「エインセル様。どうぞわたしの事はルナとお呼びください」
「分かりました。それでルナにもやりたいことがあるんじゃないですか?」
「お心づかいはありがたいのですが、わたし達も退屈はしていませんので大丈夫です。
お二人のお話は確かにわたし達の耳には入っておりませんが、楽しんでいらっしゃることはシエルメール様のお顔を見ればすぐにわかりますから。
エインセル様とのお話を楽しまれているときのお顔は、こちらまで幸せになるような可愛らしいものなのです」
ちょっとテンション上がってる?
確かにわたしと話しているときのシエルは可愛いけど。コロコロ表情が変わるし、警戒心がまるでない。
今まではわたしにしか見せていなかった表情を、他の人に見られるというのは、何だかちょっと……。いやこんなことで嫉妬してはいられない。
嫉妬なんてしてない。してない。
ハッとしてルナの方を見れば、なんだか目がとても優しくなっていた。
いたたまれないのを我慢して、話を続ける。
「母様に伝えなくていいのは分かりました。
ところで2人の目から見て、シエルの立ち居振る舞いってどう思いますか?」
「シエルメール様のですか?」
「はい。今後必要になってくると思いますから」
「それはエインセルお嬢様も同じなのではないですか?」
モーサさんに言われて、うぐっと口を噤む。
たしかにわたしも必要になるかもしれないけれど、基本的にシエルだと思うのだ。
あと単純にシエルの場合には舞姫に活かせる可能性がある。
それからやはりお嬢様は慣れない。
「とは言ったものの、お二人の場合そこまで気にしなくてよろしいかと」
「それはフィイ母様の子供になったからですか?」
「もちろんそれもございます。ですがそれを除いたとしても、貴族に求められる最低限の所作は出来てますから。
マナーについて話し始めると、場所によって異なりますし、中央におけるマナーに関しては、それこそお二人が気にするべきことではありません」
「居候が作ったルールだからってことですね」
「その通りです」
礼儀なんかについては、こっちでも使えそうなものをシエルに教えてはみたけれど、それだけでこういう返答にはならないだろう。
それはつまり、シエルの努力の成果が実を結んでいるということ。何だかそれは嬉しい。
舞姫であるシエルは日ごろから、動きを洗練させるように意識をしているのだから。
わたしが出来るのはシエルがやっているから自然と覚えただけの事。
本気でやった場合、シエルの方が綺麗に動けるに違いない。
「ですが、そうですね。そう言ったものは結局のところ、どう受け取られるかという話でもあります。
ですから、フィイヤナミア様の動作などを参考にしてみるといいのではないでしょうか?」
確かに長生きしているせいかフィイ母様の動きは素人目にも綺麗だと思う。
「そうですね。ありがとうございます。
それではおやすみなさい」
シエルの身体を休ませるために、話を切り上げる。
メイド2人は「おやすみなさいませ」と頭を下げてから、部屋を出て行った。