96.交渉とあっさり
「制限なく国を行き来して、各国で自由に動けるランクは?」
シエルが単刀直入に今後の活動で必要そうなものを尋ねる。
うん。A級かS級か、必要だと言われた方のランクを要求するのだろう。つい先日B級になったと思うのだけれど。
そしてそのB級になるまでに、いろいろあったと思うのだけれど。
B級になることで他国――中央には行けるし、中央から自由に他国に行けなくはないけれど、自由の意味が少し違う。
B級になれば、中央へは文字通り自由に行ける。
そもそもB級になれる人は、中央に行っても問題がない人、という意味合いもあるから。
問題ばかり起こす人はB級にはなれない。B級になってから問題を起こすようになる人もいるのだろうけれど。
中央から他国に行くのも自由だけれど、その先が自由とは限らない。
B級ハンターは下級貴族程度であればあしらえると言われているけれど、逆に言えば上級貴族の言葉には逆らえない。
B級ハンターともなれば、国が取り込みにかかることもあり、暢気に観光とかやっている余裕はない。
そうならないためには、本部からの派遣という形をとるのが一般的だけれど、そうなると当然ハンター組合の仕事をしないといけなくなる。
カロルさんとか、愚か者の集いの面々は派遣されてエストークに来ていたわけだ。
要するにフィイ母様の名前を使わずに、大陸中を自由に動ける基盤を作るためにはB級では足りない。
とは言え、A級ハンターともなれば、それこそ上級貴族になるようなもの。
それだけの貢献度と実力が必要になる。
個人でのA級となれば、他国で言えば自分に侯爵位を与えろと言っているようなものだ。
シエルはまだ言っていないけれど。
「S級と言いたいところですが、A級が最も動きやすいでしょうな。
Sまで行くと目立ちすぎる。各国での自由な行動と利便性のバランスを考えるとこうなりますのう」
「ならまず、A級ハンターにして」
「その程度で良ければすぐにでも」
「……A級ハンターの義務は?」
思いのほかすんなり受け入れられてしまったためか、シエルが警戒した様子で尋ねる。
わたしが交渉していても警戒するだろうけれど。だってこの人、なかなか表情が読めないのだから。
今の快諾には裏があって、他国に干渉されなくてもハンター組合からの束縛が厳しければ、意味がない。
「ある程度依頼をこなしていただければ、それで構いませんのう。
極端な話、A級の依頼をこなしてもらえるのであれば、年に1度でも十分なほどですな。後は自由にしてくだされ。
ですがシエルメール様がA級であると、絡まれることも少なくはありますまい」
「その時は返り討ちにする」
「手加減をしてほしいところですが……」
「自己責任ではないの?」
シエルの見た目のせいで絡まれるのが仕方がないのであれば、絡んだ結果返り討ちに合うのも仕方がない。
ハンターたるもの自分の身は守らないといけないのだから、シエルの実力を見誤った時点でハンター失格だ、と詭弁をふるうことくらいはできる。
何だったら、わたしが普通に結界を張っておけば、脅しくらいにはなるだろう。
片手間で作るような雑な結界でも、それなりの防御力は出るだろうし。
「被害を減らしたくば、自分たちでどうにかしろと……確かにその通りですな」
「たぶん殺しはしない。それ以上は知らない。
条件追加。勝手にS級に上げないで」
ラーヴェルトが何かを言いかけて、口ごもりわずかに表情を歪める。
反応から考察するに、勝手にランクを上げられることはない、と言ったところか。
普通はそうだろうけれど、残念ながらそのあたりの信頼はまるでない。
何せ年齢を理由にB級にあげてもらえなかったわけだし。
利用できると思ったら、勝手にS級にするくらいやってのけそうだ。
「さらに追加。A級以下のハンターを自由に名乗れるようにすること。
以上のことを、エインとわたしに適応すること」
「A級以下を名乗れる……ですか」
ラーヴェルトが最初の部分で引っかかったから良かったものの、シエル思いっきりわたしの名前出したね。色を変えられるようになったから、わたしとして活動できるようにしていたら、使える場面はあるかもしれないけれど。
その場合、わたしで別途登録すれば良い気もする。でもトップが知っていることで、何かあった時に「ラーヴェルトに確認してください」と言えるわけか。
まあ、シエルが前半で要求したことも大概だとは思う。
それこそ、わたしの存在から一旦目をつぶりたくなる程度には。
A級以下を名乗れるというのは、ギルドがランクの詐称を認めるということ。
証の二重取得が禁止だったかどうかは覚えていないけれど、確実に推奨されない行為ではあるし、A級以下と言えば二重どころではない。
シエルの主張としては見た目相応のランクを持っていた方が、絡まれる可能性が少なくなるだろうというもの。
ラーヴェルトもそれは承知の上なのだろう。
悪用しようと思えばいくらでもできるだろうが、シエルは悪用しないと思う。
わたしが絡むと何でもやりそうな感じはするけど。
わたしも悪用したらシエルの助けになるとわかれば躊躇わないけど。
「承知致した。ですが、C級以下の依頼を受けるのはやめていただきたい」
「分かった。それでエイン、エインセルは?」
シエルの言葉にラーヴェルトが困ったようにフィイ母様の方を見た。
今のシエルは無口モードと言うか、最低限しか話したくないモードだから、わたしと言う存在を聞き出すのは至難だろう。
だから母様に助けを求めるのが正解。
母様がどう答えるのかは、わたしにはわからないけれど。
「そうね、そうね。簡単に教えるほど、貴方達は彼女たちの信頼は得られていないわ。
でも、私のもう一人の子と言っても良いわね。能力はある方向に特化しているけれど、私と同格よ」
フィイ母様が「同格」と言った所で、ラーヴェルトが遠い目をした。
さてはこの人も苦労人ポジションだな。ハンター組合は良いイメージはないけれど、駄目な部分の割を食っている苦労人ポジションの人もたくさん見てきた。
だから実は、個人で見ると好印象の人がいないわけでもない。
それに酷かったのはエストーク王都のギルドくらいなものだった気がする。
その前に行った多くの町のギルドは、最終的にはシエルに対して好意的だったし。
「……シエルメール様と常にパーティを組むということで、例外的に認めましょうぞ」
「あらラーヴェルト。話が分かるのね」
「この地は貴女様が貸し与えてくださっているもの。これでもわきまえとるつもりです。
貴女様が黒と言えば、この地では白も黒くなる」
「いいえ、いいえ。違うわよ。私が黒と言ったものを白と言ってはばからなければ、追い出されるだけなのよ」
「違いありませんな」
なんかこの2人仲がいいなと思わなくもない。
何と言うか、偉くなっても恩師に頭が上がらない教え子、みたいな。
ともあれ、わたしのハンター入りは認められたらしい。
「こんなに簡単に認める理由は?」
シエルの言う通り、かどうかはわからないけれど、ここまでポンポン認められるとやっぱりその裏が気になる。迷惑の補填と言われるとそれまでだけれど、それにしても高待遇だと思う。
ラーヴェルトはシエルを見定めるように、じっと見た。
「フィイヤナミア様のお子になったということは、実力的には十分。それにフィイヤナミア様が認めた人を認めないわけにもいきますまい。
加えて人工的な魔物氾濫の単独での解決、謎の魔物の単独討伐、自然発生型の魔物氾濫でのワイバーンの殲滅。A級でもここまでの事が出来るものはおりませんからな。
年齢を考えると、文句も出てきましょうが、こちらがかけた迷惑を考えれば通りましょうぞ」
既に貢献度としてもA級昇格レベルには達していたと。改めて列挙されると、確かに下手なA級よりは働いていると思う。そう言う事情ならひとまず信頼して良いかもしれない。
それにやはりフィイ母様の存在も大きいのだろう。フィイ母様が認めたからと言っているし、シエルやわたしはともかく母様の信頼を裏切ることはしないと思う。
仮に今回の件に裏があるとして、母様が関わっている以上、中央でやるには少しどころではなくリスクが大きい。
と言うか、そう言う算段であれば、すでに母様なら知っていると思う。
「分かった。後はハンター組合の幹部の中で、わたしを利用しようとした人を見つけて罰して」
「そちらは恙無く」
これは居るだろうなと言う予想。今までのギルド長が上の許可をもらっているような、指示を受けているような気配があったから。
これを機にいっそ、組織を一新すると良い。そうしたらシエルが安らかに過ごせる可能性が高くなる。それにハンター組合としても、悪いことではないだろう。
『無事に交渉も終わりそうですね』
『何と言うか、思った以上に簡単に終わってしまったわね』
『確かに拍子抜けだったかもしれませんが、シエルの望む形に落ち着いたんですから、良いのではないでしょうか?』
『そうね。これでエインが好きに表に出られるようになるわ』
楽しそうに話すシエルの狙いは、やはりそれだったのか……。
中央に来た以上、わたしがシエルの身体を借りる回数は減らしたほうが良いかなと思っていたけれど、シエルに先に手を打たれたような気がする。
でも、いずれ寿命がなくなることを考えると、そこまで「シエルの時間が」と考えなくても良いのかもしれない。
うーむ……。
「それから不要でしょうが、ある程度の金銭も都合しました故、お持ちくだされ」
「お金は要らない。たぶんすぐに増える。
だから、そのお金で情報を集めて」
「情報と言うのは?」
「人造ノ神ノ遣イについて。どこでもいい。見つかったならわたし達が倒す」
「シエルメール様、自ら動いてくださると?」
「わたし達の目的」
「左様ですか、承知いたしました」
何故かラーヴェルトが感激しているように見えるのは、推定A級魔物を率先して倒そうとしているからだろうか。
この辺りは利害の一致というやつだ。
ハンター組合に使われる気はないけれど、人造ノ神ノ遣イが相手であれば優先して向かう。ハンター組合は未知の魔物に対して、確かな戦力を1人確保した状態でいられる。
確かな戦力と言っても、前回わたしは役立たずだったけれど……。なんだかちょっと自信なくなってきた。
屋敷でいろいろあって忘れていたけれど、わたしはここの所、負け続きだったんだ。
神の力を得たからと言って、安心しているとまた足をすくわれかねない。
それから用事は済んだとばかりに帰るフィイ母様の後を、シエルが付いて歩く。
できればエストークでお世話になった人の場所とか聞けたら良かったのだけれど、それはまた明日でも、明後日でも時間はあるか。
今は何にも追われることなく時間を使えるから。
とりあえず、ビビアナさんの実家には早めに行ったほうが良い気がするので、夜辺りにシエルと話をしよう。
そんな帰り道、フィイ母様がおもむろに「シエルを利用しようとした人を罰するように言ったのはよかったわね」と話しかけてきた。
「そうかしら?」
「ええ、ええ。おかげで面倒事を早めに終わらせられそうよ」
「フィイでも面倒なことがあるのね」
「そうね。些細なことと言えばそうなのだけれど……近いうちにわかるかもしれないわね」
なんて意味深なことを言われたけれど、言葉と裏腹に楽しそうな顔をして詳細は教えてくれなかった。