95.ルールとハンター組合とシエルの交渉
「そうねそうね。それじゃあ、とりあえずハンター組合まで行ってみましょうか。
貴女達が娘だと言っておかないといけないものね。それで貴女達を侮る人がいなくなるわけではないけれど、仮に殺しても侮った人が悪いということになるわ」
フィイ母様がなかなかに過激なことをおっしゃる。
だけれど王子様を侮辱したら侮辱罪で打ち首とか、そういう時代は地球にもあったことだろう。
この世界もそうなのだと言われたら、そうなんだくらいで済ませられる。
むしろ殺していいなら楽だなとか、思わないわけでもない。
地球にいた時にはそうは思わなかったのに。
わたし自身もだいぶ過激になったようだ。その点、興味がなくて侮辱されてもまったく気にしないシエルの方が穏便だと言えそうだ。
シエルの場合は地雷を踏んだら危ないけれど。
「でもむやみに殺さないほうが良いのよね?」
『そうですね。殺してしまえば、殺した人の知り合いから恨まれる可能性もありますから。
殺しに来た人は返り討ちくらいで良いと思います』
「なるほどね。わかったわ」
『とは言え、時と場合ですね』
この辺りが良く分からない。
地球と言うか、日本だったら「人は殺してはいけません」で問題ないだろうけれど、この世界は普通に向こうが殺しにかかってくることも多いし、はっきり言って治安が悪い。
フィイ母様を見る限り、この中央において人を殺すということで罪に問われることはなさそうだ。
と言うか、中央における法律と言うか、決まりはどうなっているのだろうか?
『シエル、フィイ母様に聞きたいことがあるので、代わってもらっていいですか?』
『ええ、構わないわ』
シエルが何の躊躇いもなく体を貸してくれる。
いや貸すことに積極的にも見える。理由は……まあわからなくもない。
「あらあら、エインどうしたのかしら?」
「そう言えば中央での決まりってどうなっているのかなと思いまして。
法律とかあるんですか?」
「そうね、どうかしらね。あると言えばあるし、ないと言えばないわ。
土地を貸している人たちの中で、ルールがあるってところね。だけれどそれは彼らが勝手に決めたものだから、この屋敷の存在には関係ないものよ」
「では、この屋敷のルールは何かあるんですか?」
「私に服従。貴女達は私の家族になるから、話は別かしら?
この地を壊そうとしたり、私が使いとしての仕事をしないといけなかったりすることをしなければ別に構わないわ」
「それはもちろんです」
「それなら何をしても、私は許すわ」
そう言って、母様がわたしの頭を撫でる。
慣れた手つきで髪を梳くのは良いのだけれど、ちょっと結界を消そうと試してみるのは止めてほしい。お陰で気持ちよさに浸れない。
これが新手の拷問か。
「母様。結界をどうにかしようとしないでください」
「フフフ。本当に一本一本に結界を張っているのね。尋常じゃないと思うのだけれど」
「母様ならやろうと思えばできるんじゃないですか?」
「やろうと思えないのよ。10歳と少ししか生きていない人の子がこの域に達するなんて、驚愕よね」
「創造神様の力を借りてですから。それに一応30年以上は存在してますよ」
「私にしてみれば誤差よ。でもそう言うことにしておいてあげましょう」
フィイ母様がわたしの髪を手櫛で梳くのを止めて、優しい微笑みを見せる。
確かに母様にしてみれば、10年も30年も誤差だろうけれど、その分かっていますよ見たいな微笑みはやめてほしい。
むぅ……勝てる必要はないのだけれど、フィイ母様に勝てる気がしない。胸の内をぶちまけてしまったせいだろうか。
『そうなのね、そうなのね! エインはそんなに年上だったのね!』
シエルはシエルでとてもテンションが上がっている。
それはそれで微笑ましい。わたしはシエルにも勝てないかもしれない。
『年齢を教えたことはなかったでしたっけ?』
『年上なのだろうなとは思っていたわ。だけれど、具体的な数字は初めてよ?』
『それならシエルには記憶に残っている正確な数字を教えておきますね。
わたしは地球と言う星にある、日本という国で20歳で事故に遭って死にました』
『やっぱりエインは大人だったのね?』
『どうなるんでしょうか。わたしの国だと20歳で成人だと認められていましたが、わたしは死んだ時点でまだ学生でしたから。本格的に社会に出て働いた経験はないんです』
『じゃあ、ちゃんと働いたのは、私と同じ時なのね?』
『そうなりますね。気が付けばお金いっぱいになりましたね』
シエルにそう返すと、シエルはエヘヘと嬉しそうに笑った。
「話は良いかしら? ハンター組合に行くけれど、さっき話した貴女達に無体を働いた輩の賠償については、自分たちで交渉するのよ?」
「母様の娘として気を付けることはありますか?」
「貴女達が満足する形で、終わらせれば構わないのよ」
「それなら、交渉はシエルにしてもらうことにします。今まではわたしがすることが多かったですから」
「だとしたら少しだけ手伝ってあげようかしら? 可愛い我が子の晴れ舞台ですものね」
母様が一瞬で手の平を返す。やっぱり母様はわたし達に甘すぎるのではないだろうか。
助かるから全く問題ないのだけれど。でも晴れ舞台ではないと思う。
『私がするのね? 頑張るわ!』
『基本的にシエルが納得できればいいですから、練習のつもりでやってみてください』
『わかったわ』
さてシエルはどう出るのか。代理については興味がなさそうだったので、適当に済ませてしまう可能性もあるし、今までのわたしの交渉を見ているのでえげつない要求を出すかもしれない。
今思えばこれまで強気な交渉ばかりしてきたように思うし。
とは言え、それを後悔することは一つもない。
それだけのことをされたとは思うし。
いきなりシエルに任せるのはやりすぎかもしれないけれど、後ろに母様がいるのであれば十分すぎる後ろ楯だろう。ほぼシエルの意見は通るに違いない。
シエルが何を望むかによるけれど。
「それではいきましょうか」
フィイ母様が先導するので、シエルと入れ替わって久しぶりに屋敷を後にした。
◇
中央の町を歩きながら、シエルの視線があちらこちらを向いている。
そう言えば、この町を歩くのは初めてのようなものだ。
何せ初めて来たときには、兵士に囲まれての事だったし、その次もフィイ母様――フィイヤナミア様に連れられてでゆっくり見て回る余裕は無かった。
今もフィイ母様に連れられてだけれど、屋敷に入る前とは立場が違う。
母様の娘ということなら、ちょっとくらいきょろきょろと足を止めても許されるだろう。
母様もシエルを温かい瞳で見ているし。
中央の町はイメージとしては閑静な住宅街みたい……だろうか。
道に馬車が通るスペースが用意されていて、その左右に街路樹のように木が植えてある。
他の町と比べると、小奇麗にしていて好印象だ。
雲が高いところにあり、日が柔らかで、色づいた葉が秋を感じさせてくれるのも気持ちが良い。
ソワソワした様子で辺りを見回しているシエルも、それを感じているのだろうか。
たっぷりと時間をかけて、ハンター組合に到着。
フィイ母様は何も気にした様子もなく扉を開けて中に入っていった。
中にはいきなりやってきたハンターには見えない妙齢の女性――母様に眉を潜めるハンターもいたけれど、入った瞬間から職員たちが慌てだした。
「ほ、本日は、どのような御用向きでしょうか?」
「ラーヴェルトは居るかしら?」
「はい、すぐにご案内します」
受付嬢にそう言われ、ハンター組合にしては質の良い調度が使われた部屋に案内された。
そこにラーヴェルトなる人物はいない。
受付嬢は「呼んできますので、しばらくお待ちください」と頭を下げて出て行った。
フィイ母様と残されたシエルが首をかしげて「なんでここに通されたのかしら」と呟いた。
「そうねそうね、どうしてかしらね? 別に私はすぐにラーヴェルトのところに連れてきてくれればいいのだけれど。
私が行くというのが良くないらしいわ。本当に人の社会は面倒よね」
「本当ね。でもフィイはずっと関わっているのよ?」
「関わっているだけで、交わっているわけではないもの」
「そう言うものなのね?」
シエルが首をかしげながら応える。
分かっていないんだろうなとは思うけれど、さすがにわたしもフィイ母様の感覚を説明できる気はしない。
その後も和やかに話していたら、部屋の扉がノックされた。
「ラーヴェルトね。入ると良いわ」
まるでフィイ母様がこの部屋の主のようだ、と思ったけれど、もとより母様の物なのか。
母様がその気になれば、中央の地から人は皆追い出される。
それがわかっていれば下手な対応はできないし、母様の対応も間違ってはいないのだろう。
この母様の態度をどう見るかは人それぞれとはいえ、もとより母様は人ではない。人の視点など気にならないのだろう。
母様に呼ばれて部屋に入ってきたのは、1人の老人。とはいっても、ヨボヨボなんかではなく、むしろ達人タイプに見える。
物語に出てくる、妙に強いおじいちゃんみたいな感じ。
「今日は良くお越しくださいました」
「そう言うのは良いわ。今日は伝えておくことがあったから来ただけだもの」
「それは彼女についてですかな?」
「ええ。この子――シエルメールを娘にすることを決めたわ」
母様の言葉を受けて、眉をぴくっと動かしたラーヴェルトは、シエルの方に視線を動かした。
その動きはとても自然なもので、じろじろと見られている感じはしない。
でもしっかりとこちらを観察しているようにも感じる。
「この娘は……」
「ええ、ハンター組合に迷惑をかけられ続けている子ね」
フィイ母様の笑顔がまぶしい。
とてもいい笑顔をなさる。
その分だけラーヴェルトの胃にダメージが行きそう。
「そう……か。申し訳のうございました」
ラーヴェルトが頭を下げる。
明らかに年上の相手に頭を下げさせるのは、わたし的には少々居心地が悪く、わたしが交渉の席にいたら「頭を上げてください」と言いそうなものだけれど、残念ながらシエルもフィイ母様もそう言った言葉をかける気はないらしい。
「それでハンター組合は何をしてくれる?」
「この老いぼれに出来ることであれば、どのようなことでも」
強気な発言をしたシエルは、順調にわたしのやり方に染まってしまっているようだ。
納得の英才教育。今のシエルの立場であれば、これくらいできないといけないということで、納得しておこう。
対してハンター組合側は意外にも何でもする気らしい。実際はのらりくらりな可能性はあるけれど、果たしてシエルは何を要求するのだろうか。





