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閑話 願いが叶う日5 ※シエル視点

 お風呂から上がるのが惜しいのだけれど、のぼせてしまうからとエインが先にお風呂から上がってしまった。

 エインがのぼせるなんてことがあるのかわからないけれど、エインがいないお風呂に入っていても虚しいだけだし、いつまでもお風呂に入っていられないのも確かなので私も上がる。


 脱衣室にいたエインは、朝起きた時に着ていたネグリジェを見て、首をかしげていた。

 何をそんなに疑問に思うことがあるのだろうかと思ったけれど、そう言えばエインは元々服を一枚も持っていない。

 だとしたらアレはどこからやってきたのだろうか?


 エインに似合っているし、危ない感じもしないので、どこからやってきても別に構わないのだけれど。

 それからネグリジェを着たエインは、しきりに肩のあたりを気にしていた。


 エインの着ているそれは、肩から先は透けているものね。

 着慣れていない服や装飾を気にするエインは、どことなく無防備な感じがして微笑ましいのよね。


 なんて考えていたら、エインに呼ばれた。

 どうしたのだろうと近づくと、髪を乾かすのだという。

 いつもはエインが私の身体を使って、私の髪を乾かすので、エインにしてもらうというのは初めてだ。


 部屋の隅にあった椅子を持ってきたエインが、私をそこに座らせる。

 エインの姿が見えなくなったのは残念だけれど、私の髪にエインが触れているのがわかるので、それはそれで楽しくなる。

 短くて、それでいて歌うような詠唱が聞こえてきたかと思うと、髪の毛に温風が当てられた。


 ほんの少し熱いかなと感じる程度の温風が、私の髪を乾かしていく。

 なんて言っても、当たったその場から乾いていくわけではない。

 当たる場所を細かく移動させながら、何度も何度も風を当てて乾かす。


 エインが言うには、同じところにずっと当てておくと、熱で髪が痛むかもしれないからだそうだ。


 男性だったはずのエインが、こんなに美容にも詳しいのはなぜかしら?

 この世界とは別の世界から来たことが、関係しているのかもしれないわね。


 機会があれば聞いてみることにしよう。

 エインの過去も気になるけれど、それよりも今はエインが髪を乾かしてくれているという状況を満喫しなければ。


 エインの手が私の髪をすり抜けていく感覚、それから時折頭を揉むようにエインの手に力が入る。

 それが私の身体から力を奪っていくのだ。

 いろいろ考えていた頭の疲れが抜けていくというのだろうか、細かいことがどうでもよくなってくる。今日だけで何度思ったかわからないけれど、ずっとこうしていたいくらい。


 目を閉じていれば、エインの手がどこにあるのかよく分かった。





「終わりましたよ」


 永遠に続けばいいのにと思う時間は、いつだってすぐに過ぎてしまう。

 だって今日はもう終わりに差し掛かっているのだから。

 また朝に戻って、1日をやり直したいと思う。だけれど、早くエインの身体を私達だけで、用意できるようになりたいとも思う。


 でも今が終わってしまうことへの残念さを口にするくらいなら、許してくれるだろう。

 誰が許すのかはわからないけれど。


「もう終わりなのね。残念よ」

「いつまでも乾かしているわけにはいきませんからね」

「ううん。ありがとうエイン。気持ち良かったわ」

「それならよかったです」


 エインがそう言って、私の目の前に手を差し出す。

 この手は何かしら? と思ったけれど、試しに手を取ってみると、エインが立ち上がらせてくれた。

 こういうのも、なんだかいいものね。と思いながら、夕食に向かうことになった。





 夕食が終わって、用意された部屋に戻る。

 今日はもう寝るだけになってしまった。

 なんと充実した一日だったのだろうか。なんと終わるのが惜しい一日であっただろうか。

 最後まで私達が2人で居られるように取り計らってくれたフィイには、後でお礼を言っておかないといけないわね。


「もう一日終わってしまうのね……」


 寂しさが口に出る。だって満足はしたけれど、全然足りないのだから。

 エインと意思疎通をして大体7年くらいだろうか。それなのに1日では全く釣り合っていない。

 でもこんなわがままを言っても、エインを困らせてしまうだけだもの。我慢して早く神様になれるようにしなければ。


 きっと神様もそのつもりで1日って言ったのではないかしら?

 この1日を求めて、私は神様になる道を突き進むもの。


「もう少し時間はありますから、シエルがやりたいことをしていいんですよ?」

「そうね……今のエインの身体ってどうなっているのかしら?」


 私のつぶやきにエインが応えてくれたので、遠慮なく気になったことを聞いてみる。

 神様になれば何らかの方法でエインの身体が手に入るかもしれないけれど、自分で作らないといけないとなると、神様になった後でさらに時間がかかるかもしれない。

 なんだかんだでエインなら、あっさり作ってしまいそうだけれど。


 でも私も考えておく分には問題ないだろう。

 どうなっているのかしらと、エインを触っても問題ないだろう。

 エインの二の腕はフニフニして気持ちがいいし。


 フニフニはするけれど、痛くはしないように注意はしているのよ?


「魂を神の力で覆ったって感じでしょうか。

 ですから、この体だと本来は食事などは不要みたいですね」

「神の力ということは、私が神になればこうやってエインの身体を作れるようになるのかしら?」

「わたしはそう思いますが、絶対とは言えません」

「なるほどそうなのね」


 そうなると、また別の方法を考えておいても良いのかしら?


 エインの手を握って力を入れたり、抜いたりしながら考えてみる。

 そしたらエインの空いていた手が、私の頬に伸びてきた。

 エインから触れてくれるのが嬉しくて、伸びてきた手に私の空いている手を添える。


 幸せが満ちてきて、顔に出てしまう。


「私はね、エイン。ずっとエインの身体が作れないかなって考えていたのよ?

 だからね。こうやってエインと一緒に居られる可能性が見つかっただけでも、心から溢れてしまいそうなほどに嬉しいの。本当よ?」


 そう言えば言っていなかったと思って、エインにそう伝える。

 伝えるだけでは物足りなくて、エインをベッドに座らせてから、その頭を抱きしめた。

 こうやって触れられること、エインを感じられることを改めて幸福に感じる。


 うれしくて、うれしくて、心がどうにかなってしまいそうだ。


 今まではまるで手ごたえのなかった、エインの身体を作るという目標が、今では現実味を帯びている。そのこともまた、私の胸を熱くさせる。

 長かった。長かった。覚えてはいないけれど、きっと生まれたばかりの私もエインを求めていたはずだ。

 はっきりと思っていたわけではないけれど、私は12年間エインとの触れ合いを求めていたのだ。


「わたし達の神化は不老に足を踏み入れるまでに長くて10年かかります。

 そこから完全に神化するには、さらに長い時間がかかるでしょう」

「そうね。そう言っていたわね」

「ですが、これを短縮する方法もあります」

「それはね、何となく気が付いていたわ。エインの話し方がそうだったもの。

 どうしたら良いのかしら?」

「神力をたくさん使うことですね。基本的に結界に混ぜ込んでいるだけでも、速まると思います」


 抱きしめていた私を離して、エインが神化について話してくれる。

 こうやって改めて話してくれるということは、エインもエインの身体が欲しいと思ってくれているということだろうか。

 それならば、私は何も迷わない……と言いたいのだけれど、今の話からすると私は手伝うことも難しい。


 そのことを伝えると、エインは私の成長の話をしてくれた。

 不老になった段階で成長が止まる。私は別に今すぐ止まったとしても良いと思う。

 それでエインとまた触れ合えるのであれば。


 それにエインの口から、私と触れ合いたいのだと言ってくれたのだから。


「エインは今の私では駄目だと思うのかしら?」

「いいえ。今のシエルも可愛いですよ。昔からシエルは可愛いです」

「それなら、構わないのよ。だから早く神様になれるように頑張りたいわ」


 急に可愛いなんて言ってくるから、頬が熱くなってしまった。

 でも悪い気はしない。エインに可愛いと言ってもらえるのは、とてもうれしい。


「だって、エインが望んでいるんだもの。

 私も早くエインと自由に触れ合えるようになりたいのよ。だとしたら、ためらう理由はないわ」

「わかりました。心がけて神力を使うことにします」

「それにね、神様がどれくらいのことができるのかわからないのだけれど、エインがあった神様は自由に姿を変えられるのよね?

 だとしたら、年齢を変えるくらいは出来るようになるのではないかしら?」

「言われてみるとそうかもしれませんね」


 可能性の話でしかないけれど、それでエインが私に遠慮せずに神化を早めてくれればそれでいい。

 それから神化を早めるために、リスペルギアが作り出したと思われる魔物を探してみようという話にもなったけれど、今日最後のイベントが残っている。


「そうと決まったら、今日はエインを抱き枕にするわ、するのよ!」


 朝できなかったエイン抱き枕を堪能するのだ。





 人の身体は抱き枕には向かない。

 エインを抱き枕にしようと、ベッドに横になった状態で抱き着いてみたのだけれど、エインの下に入れる手がどうしても痺れてしまう。

 首の下には空間があるけれど、使えるのはエインか私のどちらか。お互いにその空間に腕を回そうとすると、今度は腕が重なって具合が良くない。


「上手くいかないものね」

「そうですね。シエルは軽いですけど、人としての重さはありますから」


 むぅ……と思いながら試行錯誤をする中で、エインと話すのは楽しい。

 いろいろな形で、エインと密着できるのは素晴らしい。

 ふいに目が合ってくすくすと笑いあうのは、心が弾む。


 だけれど、抱き合ったまま寝るとなるとやっぱりちょっと難しい。

 あと抱き着いていると、エインの顔が見えないのもちょっともったいない。


 結局手をつないで寝るのがお互いに負担なく寝ることができるという結論に至った。


 手をつないで、向き合って、特に何も話すこともなく、何もすることもない時間が過ぎる。

 それでも確かにそこにエインがいることがわかる。

 今日は様々なことをやってきたけれど、それが一番大事なのだと実感する。


 視線が重なり、どちらともなく笑顔になる。


 心がポカポカする。

 心地が良い。


 だけれど、その心地よさは私の眠気を誘う。

 寝てしまえば今日が終わる。少しでも長くエインと一緒にいるためには、少しでも長く起きていなければ。

 何度も目を瞬かせて頑張っては見たけれど、さすがに限界が近いらしい。


「ねえエイン」

「はい、何ですか?」


 名残惜しいけれど、エインに今日最後のお願いをする。


「歌ってくれないかしら? 今の状態でエインを感じながら歌を聞きたいわ」

「ベッドに座る形で良いですか? 寝転がったままでは歌いにくいので」

「手をつないでいてくれる?」

「もちろんです」


 お願いしたのは私なのだけれど、エインが手を離して離れてしまうのが寂しい。

 ベッドに座りなおしたエインが私の左手を捕まえてくれたのが嬉しい。

 私の肩を叩きながら、エインが歌い出す。


 エインが歌に合わせて、トントントンと私の肩を叩くと、私の眠気がどんどんと増していく。

 世界で最も綺麗な歌声を聞きながら、世界で最も愛おしい人に触れながら、世界で最も頼りになる人に見守られながら、私は深い眠りに落ちて行った。

とりあえず、閑話はこれで終わりです。長々とお付き合いありがとうございました。

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作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
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― 新着の感想 ―
[良い点] こう言う共依存系大好きです。 今まで読んできた中でもかなり好きな作品ですが、もう更新して無いっぽいのが残念です。 [一言] てえてえ
[良い点] 何度読んでも、エインが大好きって全身で、魂で表現してる感じすごく好き
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