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閑話 願いが叶う日3 ※シエル視点

 エイン(と私)の着せ替えが終わって、昼ご飯を食べた後一度部屋に戻る。

 フィイと3人で食べたのだけれど、この中で食事が必要なのは私だけではないだろうか。

 それに1日3食と言うのも、珍しいはずだ。


 部屋に戻ってきたけれど、結局何をしたいかを決めていなかった。

 そもそもこの屋敷内で出来ることは限られている。

 そうなれば、やることは1つ。この部屋で出来ないことはないけれど、もう少し広い場所が欲しいなと思っていたらエインが「庭を使わせてもらえないか聞いてみましょうか」と呟いた。

 エインも同じことを考えていたということが、とてもうれしい。


「そうね。それが良いわね。楽しみね」


 そうなればフィイを探しに行かないと、と思いエインの手を掴んだのだけれど、エインが動く気配がなくて首をかしげる。


「今から聞いてみますから、少し待っていてください」

「……? ああ、そうだったわね。エインはフィイとすぐに連絡が取れるのよね。お任せするわ、よろしくね」


 そうか。簡単な会話であれば、エインはフィイとならこの中央の地のどこでも話せるのか。


 それは何だか、悔しいわ。私もエインとどこでも話せるようになりたいもの。

 だけれど、それはエインと離れる可能性があるということかしら?

 だとしたら別に出来なくても良いわね。エインと離れる気はないのだから。

 神界に行っていた時は、フィイでも連絡取れなかったみたいだから意味はないもの。


 なんて考えている間に、エインが確認を終えたらしい。

 庭を借りても良いとのことなので、再びエインの手を取って、庭に行くことにした。





 フィイの屋敷の庭は私にとって少しだけ特別な場所。

 エインが居なかった3日間――内1日は部屋に閉じこもっていたけれど――、庭から見える景色が……と言うか、庭にいる精霊たちが私の心を慰めてくれていたから。

 でも今日はその精霊たちの姿が見えない。


 私達が一緒にいるために気を利かせてくれたのだろうか。

 少し気になるけれど、今はエインと一緒なので2人きりと言うのは嬉しい。

 エインとの時間は邪魔されたくはないから。


 ここまでやってきたのは、かつての日課を行うため。

 昔は毎日エインの歌に合わせて踊っていた。私達の原点と言っても良いかもしれない。

 いつものようにタイミングはエイン任せ。歌いたいように歌うエインに合わせて踊るのが、一番楽しい。


 まだかしら、まだかしら、とワクワクしながら待っていたのだけれど、エインがなかなか歌いださない。

 どうしたのかしら? と思っていたらようやくエインが歌い出した。


 その声は澄んだ風のように伸びやかで、木漏れ日のように柔らかで、今までに聞いたことがなかった。

 今までにエインの歌はたくさん聞いてきたけれど、聞いてきたからこそ意味は分からなくてもエインの国の言葉がどういったものかはわかっているつもりだ。

 でも今エインが歌っている曲の歌詞は、エインが使っていた言葉とは違う言葉。


 だけれどエインの歌う歌。

 気持ちよさそうにエインが歌っているのだから、私がやることはただ1つ。

 この歌に合わせて踊ればいい。


 ううん。すでに体は動いている。

 まるで森の中にいるかのように錯覚させるエインの歌声を聞いて、私が踊り出さないわけがないのだ。

 直にエインの歌を聞きながら舞うというのも初めての事。

 体を動くままに任せて、エインの歌に耳を傾ける。


 エインの声の歌は不思議な力を持っている。歌姫だから当たり前なのだけれど、そう言うことではなくて職業(ジョブ)を得る前からエインの歌を聞くと、心が揺さぶられた。

 私に感情があるのは、エインの歌のお陰ともいえるかもしれない。


 今のエインの歌はいつも歌っていたものよりも、ゆったりとしている。1音1音が長く伸びていて、綺麗なエインの声がさらに際立つ。

 まるで森の中にいるような印象を与えてくれるこの歌を聞いた時のなんとも言えないこの感情を、私は言葉にすることができない。

 この感情に名前があるのか、だれも名前を付けられない感情なのかはわからない。


 だけれどこの感情は好き。

 エインの歌が与えてくれる感情はどれも好きだけれど、この感情はその中でも特に好き。


 エインの歌は楽しいものばかりではない。悲しいものもあれば、モヤモヤと心が曇るものもある。そんな感情も、エインの歌がくれたものであれば好きになる。

 だけれどやはり、この歌がくれる感情の名前は分からない。好き。


 歌の聞こえる方を向けばそこにはエインがいて目が合う。

 それがどれだけ素晴らしいことか。


 私が笑いかければ、エインも笑ってくれる。

 それだけでどれほど心が満たされることか。


 楽しさが溢れる。

 溢れた楽しさが魔術に代わる。


 エインが私の舞を見てくれている。

 楽しい、嬉しい。


 心の赴くままに舞い続ける。

 だけれどエインの歌は聞き逃さない。


 1曲終わってもすぐに次の曲。

 いつまでも、いつまでもこうしていたい。

 エインと一緒なら、永遠に踊り続けられそうだ。





 そんなことを思っていたのだけれど私にも体力はあって、私が疲れ始めたところでエインが歌うのを止めてしまった。

 楽しい時間が終わってしまって残念なのだけれど、私は肩で息をしていてこのままでは倒れてしまったかもしれない。

 どれくらい舞い続けていたのかはわからないけれど、今日はこれで良しとしておこう。


 呼吸が荒くなってしまって、まともに話せそうにないので、落ち着いたところでふと最初の曲の事を尋ねてみることにした。

 歌を聞いているときには黙っている以外の選択肢はなかったけれど、今なら聞いてもよさそうだ。


「こうやってエインの歌を聴くのは初めてね。

 最初の曲は何だったのかしら? 初めて聴いたわ。それにいつもの言葉じゃなかったみたいよね?」

「何処からか聞こえてきたので、一緒に歌ってみたんですよ」

「そうなの? 私には聞こえなかったのよ?」

「今のわたしの状態が関係しているのかもしれませんね」


 最初エインがなかなか歌わなかったのは、その歌が聞こえていたせいかしら?

 私に聞こえなかったのは残念だけれど、エインの声を通して聞けたのだから満足ね。

 それにエインにだけ聞こえた歌と言うのも、なんだか興味深くて、愉快なことよ。


「ええ、ええ。不思議ね。不思議だったわね。でも良い曲だったわ。

 また歌ってくれるかしら?」

「はい。もちろんです」


 エインと話していると、風が通り抜ける。

 運動していて火照った体を程よく冷ましてくれて気持ちが良い。

 舞うことに夢中になりすぎていたかなと思っていたら、エインが手招きをしていた。


 どうしたのだろうかと近寄ると、エインが地面に座っていた。

 エインが自分の隣をパンパンと叩くので、躊躇うことなく隣に座る。

 柔らかい草が潰される感触がするけれど、エインの結界に守られた私にはそれ以上の刺激はない。

 一度外でこうやって座るときにエインの結界を解いてもらったことがあるけれど、その時はチクチクと肌を刺すような痛みがあったのを覚えている。


 それにしてもどうして急に座るように促したのかしら?

 どうしてエインの腕が私の首に回っているのかしら?

 ゆっくりと倒されて、ここはエインの膝の上かしら?


 急なことでぱちくりと瞬きをしてしまったけれど、今の私の状況を説明するなら、エインの膝を枕にして横になっている。

 それに気が付いたら、何だか落ち着いていられなくなってしまった。


「この素敵な体勢は何かしら、何かしら!」

「膝枕ですよ。疲れているみたいですから、こうやって休んでいてください」

「そうね、そうね。そうさせてもらうわ」


 エインが近い。エインの顔が良く見える。なんて素晴らしい体勢なのかしら!

 休んでいてと言われたけれど、なんだかとてもそんな気分にはなれなくなってしまったわ。


 エインにもそれがバレてしまったのか、エインが穏やかな歌を歌い出す。

 私の心を落ち着けるように、私が休めるように。


 同時にエインの手が私の頬を撫でる。

 その優しい手つきにエインの気持ちを感じるようで、心がくすぐったくて顔に出てしまった。

 エインが私を見て微笑んでいる。


 今はその微笑みに手が届くのだと気が付いたので、すべすべのその頬に私も手を伸ばした。


 エインの頬っぺたはフニフニしているのね。

 エインがこんなに近くにいるのね。

 なんて幸せなのかしら。なんて贅沢なのかしら。


 だらしなく頬が緩むのがわかるけれど、それでも今の幸福を手放すなんてありえない。

 エインの歌を聞きながらエインの頬を触れるなんて、次にいつ出来るかわからないのだから。

 今日という日に体験したすべてのことは、次がいつになるのかわからないのだけれど。


 頬に満足したら次はエインの手に狙いを定める。

 そうしたら、エインが私の頬を撫でていた手を譲ってくれた。

 その手に私の指を絡ませる。


 ほどけないようにしっかりと。

 いつまでも一緒にいるんだという気持ちを込めて。


 空が青い。穏やかな時間が過ぎていく。エインと手をつないでいるだけで、安心してしまう。

 ゆっくりと瞼を閉じた私は、そのまま眠ってしまった。





 その目覚めは今までにないほど幸せに満ちていた。

 目を開けたらエインがいる。

 体を起こして座った状態になれば、こんな風にエインに抱き着ける。


 ギューッと抱きしめれば、エインも私の背中に手を回す。

 たったそれだけのことで、私は安心できるし、満たされる。

 エインに受け入れてもらえたのだと、そう思うことができる。


 寝ぼけた頭だからこそ、余計なことを考えずにこの幸福に溺れることができる。


 しばらく抱き合っていたら、エインが抱きかかえるように私を立たせた。

 あたりを見ればすでに暗くなりかけている。

 なるほど、もう夕食になるのか。


「そろそろ夕食だと思うのだけれど、それよりも前に汗を流したいわ」

「そうですね。それじゃあ、お風呂に……」

「一緒に入るのよね?」


 エインとこうやって顔を合わせることができれば、洗いっこをするのだとエインと約束したもの。

 当然一緒に入ってくれるわよね?


 という思いで問いかければ、エインは少し面を食らったような顔をしたけれど「えっと、はい。シエルが良いのであればご一緒します」と了承してくれた。

 一緒にお風呂に入るのはビビアナに取られてしまったけれど、洗いっこは私が初めてだと言っていた。エインの初めてを一緒にできるのは嬉しい。


 エインがフィイに許可をもらって、途中でルナではない使用人に着替えとタオルを貰った。

 なんだか私達のお世話をしたそうにしていたけれど、エインがそれを断っていたことでやっぱりうれしくなる。

 エインも私との時間を大切にしてくれているんだと思えるから。


 脱衣室までは一緒に来たけれど、そこからはエインと二人きり。

 私はお風呂には入る機会も多かったので、迷うことなく服を脱いだのだけれど、エインは何だか落ち着かなそうに眼を瞬かせていた。


 緊張でもしているのかしら?

 緊張する必要はないと思うのだけれど?


 でも緊張しているエインは、なんだか構ってあげたくなるような、守ってあげたくなるような可愛らしさがあるので黙って観察する。

 背中を向けてしまったけれど、それもなんだか奥ゆかしい……というやつなんだと思う。


 エインの身体はつまり私の身体と形は同じもの。

 自分の体形を客観的に見ることは今までなかったので、つい観察してしまう。

 でも今の私の体形が女性としてどうなのかはわからない。


 強いて言えば、ビビアナと比べると凹凸は少ないだろう。


 ふとエインが恥ずかしそうに身じろぎしていることに気が付いた。

 顔をほんのり赤くするエインも悪くない。

 私は悪い子なので、少しだけ恥ずかしがっているエインを堪能してから「私の身体ってこんな風になっているのね」と観察を終えた。

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