閑話 願いが叶う日2 ※シエル視点
着替えを終えたエインがカーテンの向こうから現れた。
その姿を見ると同時に、私はエインに近づく。
だって可愛いんだもの。
「可愛いわ、可愛いわ! エインは白のドレスが似合うのね」
気が付いたらエインの両手を取っていた。
いいえ。エインが見えるように、両手を取るに留めた。
抱き着いたら、せっかくのエインが見えないから。
エインの黒を際立たせる白のドレス。
腰の青いリボンもエインの可愛らしさを支えているようで、着飾ることの意味を理解できた。
それから髪型。今まで髪の毛をまとめている人と言うのは度々見てきたけれど、私達が髪をいじるということはしていなかった。
何と言うか、私達にとって髪は魔力を通すための回路で、体の小さい私達が他の人に大きくアドバンテージを取れる部分。
だから髪飾りはしても、髪を編むということはなかったのだ。
単にエインがやり方を知らなかっただけだったのかもしれないけれど。
男の人で髪をいじっている人はほとんど見かけたことがないから、女性特有なのだと思う。
私の言葉にエインは照れたように頬を染めてから、じっと私を見る。
「シエルにも似合うと思いますよ?」
「どうかしら? 私としてはエインが可愛ければ何でもいいのだけれど」
「わたしに似合うんでしたら、シエルにも似合いますよ。もとは同じなんですから。
それにわたしは、シエルが可愛い恰好をしているのを見たいです」
やっぱり私も着飾ったほうが良いかしら?
エインに可愛いと言われるのと、可愛いエインを見るのとでは……選べないわね。
だけれど、可愛いエインを見る機会のほうが少ないと思うから、エインを着飾る方が優先度は高い。街に出たらエインに似合いそうな服を探してみるのも面白そうだ。
ついでに私の服も買うくらいで良いと思う。
それにしてもエインは可愛い。
白が似合うけれど、もしかして黒も似合うのではないかしら?
むしろエインに似合わない服って何かしら?
エインには何を着せても可愛いという私の推論は間違っていなかったみたいね。
しばらくエインを眺めて、満足したところで次の服に着替えるためにまたエインがカーテンの向こうに行ってしまった。
◇
黒のドレスのエインも良かった。
何と言うか格好良かった。
エインの年齢は前世まで考えるとよくわからないのだけれど、見た目の年齢であれば私と同じはずなのに、黒のドレスを着たエインはとても大人っぽかった。
そこでふと、白の時のリボンとか黒のネックレスとか、服以外の存在がある理由が気になった。
だから頼んで外してもらったのだけれど、なるほど少し寂しい感じがする。
逆に派手すぎるものをつけると、そちらに目が行ってしまう――と思う。
どんな宝石よりも、エインの方が魅力的だもの。エインを見ないなんてことはない。
それに派手な宝石を身に着けたエインも似合うとは思うけれど、エインらしくはなさそうだ。
それからエインも着せ替えを楽しんでいるようで良かった。
私ばかり楽しんでも仕方がないから。エインと一緒に楽しまないと意味がない。
今までもわたしだけが楽しんでいる状況は何回かあったけれど、ほどほどで自重しようと心掛けてきた。
だから今回も、1回2回でエインが嫌そうにしていたり、疲れていたりしたらフィイに頼んでやめさせてもらうつもりだった。
だけれど心配いらなかったみたい。
次はどんな服を着てくるのかなと、ワクワクしていたらフィイが「そろそろシエルもあちら側に回ってはどう?」と尋ねてきた。
「私は今はエインの着せ替えを見ていたいのだけれど」
「そうね、でも、あっちに行けばエインセルちゃんと一緒に居られるわよ?」
それは盲点だったかもしれない。
一緒に着替えればエインと一緒に居られる時間が長くなるし、着飾ったエインをすぐに見ることもできるし、もしかしたらエインに可愛いと言ってもらえるかもしれない。
ここでドキドキしながら待っているのも良いけれど、「エインと一緒」と言うのはなんとも捨てがたい。
「わかったわ。どうしたら良いのかしら?」
「サウェルナと一緒に行けば、後は着替えさせてくれるわよ」
「そうなのね」
フィイにそう返した後で、ルナに「よろしく」と声をかける。
ルナは「畏まりました」とお辞儀をしてから、私が立ち上がるのを待って先導する。
ルナの雰囲気はカロルやビビアナみたいではなくて、セリアやフィイに近い感じ。身構えはするけれど、不快ではない。
やっぱり人との距離感は難しい。
人が全員リスペルギアのようではない、ということは分かっているけれど、確かにリスペルギアのような人もいるのだ。
フィイと打ち解けられたのも、人とは違った雰囲気があったからだと思うし、エインがいなければ一人でずっと引きこもっていることだろう。
人とのかかわり方については、近いうちにエインに相談してみよう。
でも今じゃない。今はエインとの時間を楽しむことが大切だから。
カーテンの向こうには、さっき見た服を着ているエインが居た。
周りではルナのような使用人がエインを見ながら、何やら考え込んでいる。
私が入ってきたことにエインがすぐに気が付いて、手を振ってくれた。
それだけで、こちらに来てよかったと思える。
「シエルも来たんですね」
「エインと一緒に居られると言われたんだもの」
「そうですか。わたしもシエルと一緒に居られるのは嬉しいですよ」
私の言葉にエインが頬を赤くする。
どうしてだか照れているみたいだけれど、その状態でも私を見ながら笑ってくれた。
その姿が可愛くて、可愛くて、思わず抱きしめてしまった。「やっぱりエインは可愛いわね」と言えば、エインの頬がさらに赤く、でも嬉しそうにしてくれる。
いつまでも抱き着いてはいられないので、すぐにエインを解放して並んで着替えることになった。
人に着せ替えられるというのは何だか不思議な感じで、当然エイン以外の人から触れられるわけだけれど、エインが隣にいると分かっているので十分抵抗感は薄れる。
あっという間に脱がせて、あっという間に着せるという彼女たちの技に圧倒されたというのも、不快感をあまり感じなかった理由だろう。
着替えが終わってエインと一緒に鏡に映し出された私は、エインと同じ格好をしていた。
正確には同じデザインの服に、同じデザインのアクセサリーで、色が違う。
エインが白のワンピースで、私が黒のワンピース。
髪型も左右反対で、イヤリングも片方ずつで色違い。
何だかお揃いが嬉しくなって、エインの右腕を捕まえて鏡を指さす。
「お揃いね、お揃いよ」
「そうですね、お揃いです。それにシエルに似合ってますよ」
「そうかしら? エインも可愛いわ」
一緒の服を着ているというだけでも、なんだか特別感があるのに、片方しかない一見欠けているようなアクセサリーが、エインと一緒にいて初めて完成するんだと思わせてくれる。
エインと私は2人で1人だと思わせてくれる。
それは何だか、言葉にするのは難しいけれど、とても素敵なことだわ。
ふわふわした気持ちの中で、ルナが話しかけてきたので会話をする。
そのあとでエインを見ると、なんだか頬を少し膨らませているようだった。
その姿が可愛くて、フフフと笑い声が漏れてしまう。
とうとうエインが唇を尖らせて不機嫌になってしまったので、エインの頭を優しく撫でた。
サラサラの黒髪はとても手触りが良くて、いつまでも撫でていたいと思ってしまう。
だけれどすぐにエインの機嫌が直ったので、惜しみながらも手を離した。
◇
さてここで1つ問題が発生してしまった。
せっかくだからと、私がエインが着る服を選ぶように言われてしまったのだ。
それ自体はとても楽しい。
私が選んだ服をエインが着てくれるなんて、夢のようなことだけれど、だからこそ責任は重大なのだ。
逆にエインも私の服を選んでくれているのだけれど、エインが選んでくれるなら喜んで何でも着ると思う。それこそあの白い布であっても着るだろう。
だけれど同時に、エインはそんなことをしないということも分かっている。
沢山の服に囲まれて、どうしようかと頭を悩ませてみるけれど、本当は一度全部着せてみたい。
この中で1つ選ぶとすれば、緑の服だろうか。
朝食の席でエインに渡された淡い緑のストール。エインにはそう言うのが似合っていると思う。
何と言うか、花畑の中にいても違和感がなくて、それでいて落ち着いた感じになりそうだから。
んー、茶色のドレスに、緑のカーディガンなんて言うのもよさそうだ。
エインの黒と合わさって、落ち着いた感じになるだろう。
常々エインのことは可愛いと思っているし、言っているのだけれど、それはあくまでも一面でしかない。
やっぱりエインは年上で頼りになるし、一緒にいると安心する。
暖かな日差しのような人。近くにいるとぽかぽかして、離れられなくなる。
基本的に落ち着いていて、包容力があるというのかもしれない。
激しい感情を見せることが少ないけれど、居るだけで私を満たしてくれる。
だから落ち着いた色はエインに似合うと思うのだ。
それにエインが好んで歌うのも、落ち着いた曲調の歌が多い。
澄んだエインの歌声は青い衣装にも似合いそうだけれど、やっぱり私は落ち着いた色の服を着たエインを見てみたい。
ルナに手伝ってもらいながら、何とか選び終えてエインのところに持っていく。
エインも選び終わったようで、お互いに持ち寄った服を交換した。
エインが持ってきたのは、袖のない水色のドレス。ひらひらとした装飾が多い割には動きやすく、くるっと回ってみた時に綺麗に裾が広がるこの衣装は、踊る事を前提として選んでいるのだとわかる。
用意されたアクセサリーも踊るときに邪魔にならないようなもの。
エインが選んでくれたというだけでも嬉しいけれど、私のことを考えて選んでくれたことがわかるようで口元が緩んでしまう。
「お似合いですね」
「ええ、ええ! エインが選んでくれたのよ?」
「シエルメール様のことをよくわかってらっしゃいますね」
「本当にね。この衣装ならそのまま踊っても良さそうよね」
「踊り……ですか?」
「私は舞姫だもの」
ルナにエインが褒められたことが嬉しくて、ついつい話をしてしまう。
勢い余って舞姫だと言ってしまったけれど、これはもう隠さなくても大丈夫よね?
ここはエストークではないし、フィイが雇っている人が他人の職業を言いふらすようなことはしないと思う。
エインの方も着替え終わって、私のところにやってきた。
やっぱりエインは何を着せても可愛い。今は綺麗と言ったほうが良いかしら?
落ち着いた雰囲気で、なかなか似合っていると思う。
それよりも何よりも、私が選んだ服を着てくれたということが手放しに嬉しい。
思わず駆け寄って、手を叩く。
「エイン、エイン。似合っているわ、似合っているわ!」
「シエルも変にならずによかったです」
「エインが選んでくれたんだもの。ただの布でも身に纏うのよ?」
「変だったら変だって、着ないで良いですからね?」
エインが困ったような笑みを浮かべる。
私が変な格好をするのはエインも本意ではないだろうから、万が一その時が来たらエインが選んでくれたものを取り入れつつ、見栄えが良くなるようにしなければ。
そう考えると、私自身のお洒落についても考えておかないといけないかもしれないわ。
「私のことを一番考えてくれているのはエインだもの。
その時が来ても無下にはしないのよ?」
「今回も考えて選んだのは確かですけど、何と言うか……。お洒落には自信がないですから」
「そうかしら? この服は好きよ?
エインから見てこの服は似合っていないかしら?」
「似合ってますよ。可愛いです」
「それならいいと思わない? エインもよく似合っているわ。綺麗なのよ」
何てちょっと生意気なことを言ってみたけれど、可愛いと言われて顔がなんだかにやけてしまう。
たぶん私の表情はふにゃっとしているだろう。
でも嬉しいのだから仕方がない。
エインに褒めてもらえるのは嬉しいから。
「そう言えば、この衣装はそのまま着ていて良いんですか?」
エインが誤魔化すように近くの使用人に尋ねるけれど、その頬っぺたがわずかに朱に染まっている。
やっぱりエインは可愛いわね!





