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91.これからの方針とベッドと子守唄

 お風呂から上がって、体を拭いてから用意されていたネグリジェを着る。

 起きた時に着ていた、謎のネグリジェ。

 これはいったい何なのだろうか。神様が作った何かのような気もするし、サービスで普通のネグリジェを着せられていたのかもしれない。


 フィイヤナミア様がわたしの受肉に気が付いて着せてくれた可能性もある。

 何にしてもやっぱり肩が透けるので、ストールが欲しい。


 ネグリジェを着たらシエルを呼ぶ。

 シエルも着終わっていて、首をかしげながら近づいてきた。


「エインどうしたのかしら?」

「髪を乾かしておこうかと思いまして。椅子に座ってもらえますか?」

「ええ、分かったわ」


 脱衣室の端っこにあった椅子を中央に寄せて、シエルに座ってもらう。

 しっとりと湿っている真っ白な髪は、別にこのまま放置していても痛むことはないだろう。

 何ならすぐに乾かすこともできるのだけれど、今回はドライヤーを使って乾かすように魔術を使う。

 シエルの髪を手櫛で整えながら、軽く頭のマッサージもする。


 シエルは目を閉じてじっとしてくれているので、とてもやりやすい。

 こういうのは、なんだか姉妹みたいではないだろうかとか、思ってみたり。

 姉妹のやり取りなんてわたしは分からないけれど。


 とりあえず、シエルが気持ちよさそうに口元を緩めているので、わたしとしては満足だ。


 乾かし終えたところで「終わりましたよ」と手を離すと、目を開けたシエルが少し残念そうにこちらを見た。


「もう終わりなのね。残念よ」

「いつまでも乾かしているわけにはいきませんからね」

「ううん。ありがとうエイン。気持ち良かったわ」

「それならよかったです」


 そう言って、シエルの前に手を差し出す。

 シエルがわたしの手を取り立ち上がったところで、夕食に向かうことにした。





 夕食もなかなか美味しかった。

 フィイヤナミア様と何か話をするのかなと思っていたけれど、残り時間も短いからとすぐにわたし達を部屋まで送り届けてくれた。

 今日一日で何度フィイヤナミア様に感謝しただろうか。

 後日何か恩返しできればいいのだけれど。


 でも今はシエルとの時間に集中しなければ。


「もう一日終わってしまうのね……」

「もう少し時間はありますから、シエルがやりたいことをしていいんですよ?」

「そうね……今のエインの身体ってどうなっているのかしら?」


 シエルがそう言って、わたしの二の腕をフニッと触る。

 興味深そうに、だけれど優しくフニフニしてくるが、なんだかおもしろい。


「魂を神の力で覆ったって感じでしょうか。

 ですから、この体だと本来は食事などは不要みたいですね」

「神の力ということは、私が神になればこうやってエインの身体を作れるようになるのかしら?」

「わたしはそう思いますが、絶対とは言えません」

「なるほどそうなのね」


 シエルがわたしと手をつないで、ニギニギしながら考え始める。

 なんだか手をつないでいない方の手が寂しいので、シエルの頬を撫でておくことにした。

 サラサラでやわやわなシエルの肌に触れているというだけで、なんだかとても幸福だったのだけれど、さらにシエルが空いている手を添えてくる。

 そうして幸せそうに微笑むので胸がいっぱいになる。


「私はね、エイン。ずっとエインの身体が作れないかなって考えていたのよ?

 だからね。こうやってエインと一緒に居られる可能性が見つかっただけでも、胸が張り裂けそうなほどに嬉しいの。本当よ?」


 そう言ってシエルはわたしをベッドに座らせると、わたしの頭を抱え込む。

 柔らかい感触の向こうで、確かにシエルの心臓は早鐘を打っていた。


 わたしはいつかシエルと触れ合える日がくれば、なんて曖昧にしか想像していなかった。

 むしろわたしの身体がどうにかできる前に、消えるべきだと考えていたのかもしれない。

 だからシエルがどれくらい喜んでいるのか、それを正しく図ることはできないだろう。


 最高神様に願いをかなえてもらうという機会を、わたしと触れ合うために使ってくれるシエルはきっとずっと前から考えていたと思うから。わたしとは望んでいた期間が違う。

 期間が違えば、それだけで思い入れもまた変わってくるものだ。


 でもわたしは知ってしまった。シエルと触れ合えることの幸福感を。何気ないはずの幸せを。

 そしてずっと手に入らなかった、当たり前の状態を。

 だからわたしもわたしの身体が欲しい。


 毎日ではなくていいから、でも今日だけと言うのは辛いから。


「わたし達の神化は不老に足を踏み入れるまでに長くて10年かかります。

 そこから完全に神化するには、さらに長い時間がかかるでしょう」

「そうね。そう言っていたわね」

「ですが、これを短縮する方法もあります」

「それはね、何となく気が付いていたわ。エインの話し方がそうだったもの。

 どうしたら良いのかしら?」

「神力をたくさん使うことですね。基本的に結界に混ぜ込んでいるだけでも、速まると思います」


 今はまだ、常に使い続けるということはできないけれど、魔力のいくらかが神力に変換されたら出来るようになるだろう。

 それでどれくらい早くなるかはわからないけれど、数年程度は早くなるんじゃなかろうか。


「そうなるとエイン任せになってしまうのね?」

「シエルはまだ扱えないでしょうからね。どの段階から使えるようになるのかはわかりませんが、あくまでわたしに引っ張られるので、どちらにしてもわたしメインにはなると思います」

「出来ればわたしも手伝いたいのだけれど……」


 シエルが考え込むけれど、1つ言っておかなければならないことがある。


「わたしもまた、シエルと触れ合いたいです。

 ですが、急ぎすぎるとシエルが成長し終わる前に不老になってしまいます。

 そのことは頭に入れておいてください」


 シエルはもうすぐ13歳。最大値である10年でも22~3歳で成長が止まる。

 神化が進行具合によって加速するならば、全力で目指せば数年で不老の域に達する可能性もあるわけだ。

 半分になったら17~8歳。もしかしたら、15歳くらいで成長が止まる可能性もあるわけだ。

 今でも十分に魅力的だけれど、大人の女性とは言い難い。


「エインは今の私では駄目だと思うのかしら?」

「いいえ。今のシエルも可愛いですよ。昔からシエルは可愛いです」

「それなら、構わないのよ。だから早く神様になれるように頑張りたいわ」


 ほんのりと顔を赤くしたシエルが宣言する。

 だとすれば、ちゃんと考えているのだろう。昨日わたしはそれで間違えたのだから。

 そう思っていたら、シエルが言葉を付け足す。


「だって、エインが望んでいるんだもの。

 私も早くエインと自由に触れ合えるようになりたいのよ。だとしたら、ためらう理由はないわ」


 少しだけ頬が緩んでしまう。でもすぐに気を引き締めて、毅然とした態度で返答する。


「わかりました。心がけて神力を使うことにします」

「それにね、神様がどれくらいのことができるのかわからないのだけれど、エインがあった神様は自由に姿を変えられるのよね?

 だとしたら、年齢を変えるくらいは出来るようになるのではないかしら?」

「言われてみるとそうかもしれませんね」


 確かにシエルの言う可能性もあるけれど、あくまで可能性だ。

 でも、シエルと触れ合うことはわたしの幸せで、わたし達は勝手に幸せになるのであれば、一刻でも早くわたしの身体を手に入れられるように動く。そう決めた。

 シエルが不幸にならない限り、わたしもわたしで、わたしの幸せを求めるのだ。


「そう言うことであれば、『人造ノ神ノ遣イ』を探してみても良いかもしれません」

「確かにそうね。あのウルフを倒したから、エインが神様になれるようになった……のだったかしら?」

「ざっくり言えばそうですね」

「だとしたら、同じように人造ノ神ノ遣イを倒したら、神化が一気に進むかもしれないわけね」

「試してみる価値はあると思います。問題は他にもいるのかですが……」

「とりあえずは調べてみれば良さそうね。

 あの男のことだから、それ以外にもなにかやらかしているかもしれないわ」


 動かなければ始まらない。中央に来たもののこれからどうする予定もなかったのだから、やることができたことは良いことだ。

 またエストークに足を踏み入れる気はないけれど、もしかしたら他国に逃げ延びているかもしれないし、見つからなかったからと言って神化できないわけじゃない。


「そうと決まったら、今日はエインを抱き枕にするわ、するのよ!」


 今後の方針が決まったからか、シエルが知りたいことが分かったからなのか、満足したような顔のシエルがわたしを押し倒した。





 ベッドの中。わたし達は手をつないで向かい合っている。

 最初は抱き枕にすると勢い込んでいたシエルだったけれど、実際にやってみると人の身体は抱き枕には向いていないことが分かったのか、いろいろ試した結果こうなった。

 シエル的には抱き枕にしたときに、わたしの顔が見えなくなるのもマイナス評価だったらしい。


 今の態勢になってからは、どちらから話すこともなく、特に何をするでもなく。

 つないだ手の感触と目に映る相手の顔で、お互いの存在を確かめている。

 視線が交差し、互いの瞳に目を奪われ、どちらともなくクスクスと笑いだす。


 それだけで、なんだかとても満たされた。


 どれくらいそうしていたのか、次第にシエルの目が眠そうにトロンとし始めた。

 瞬きの回数が増えて、今すぐにでも眠りに落ちてしまうだろう。

 それでも懸命に起きようとしているのが少しでも長くわたしと触れ合うためだと思うと、心がポカポカしてくる。

 いじらしくて、愛おしくなる。


「ねえエイン」

「はい、何ですか?」


 眠気のためか間延びしたシエルの声が聞こえる。


「歌ってくれないかしら? 今の状態でエインを感じながら歌を聞きたいわ」

「ベッドに座る形で良いですか? 寝転がったままでは歌いにくいので」

「手をつないでいてくれる?」

「もちろんです」


 そう言って一度起き上がり、ベッドの端に座る。

 それからシエルの左手を右手で捕まえて、空いた左をシエルの肩に持っていく。


 目をつぶって歌い出す。


 夢のような今日1日を思いながら。でも確かにシエルと触れることができた今日という日が、シエルの中で少しでも特別なものになるように。

 いくつか覚えている今までも何度も歌ってきた子守唄を1曲ずつ、丁寧に丁寧に。


 優しく優しく。それでいて、確かにシエルの耳に届くように。

 寝かしつけるように、トントンと左手でリズムをとる。


 次第にシエルから力が抜けていく。

 規則的な寝息が聞こえ始める。


 完全にシエルが眠ってしまったところで歌うのをやめた。

 月明かりにシエルの寝顔が照らされる。


 まるで妖精を思わせるように可愛らしく、同時に女神のような美しさを隠している見慣れた顔。

 その頬に手を持っていけば、眠ったまま嬉しそうな顔をする。

 普段のシエルが見せることがない、無邪気な表情にこちらまで癒される。


 雪のような髪を梳くように撫で「おやすみなさい。シエルメール」と呟いた。

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