88.黒と白の着せ替え人形
「私は分からないから、今日は見ていることにするわね」
なぜかシエル用に用意されていた衣装部屋に入った直後、シエルはそう言ってわたしを着せ替え人形にすることを早々に諦めた。
だけれどその目はとても輝いていて、普通にファッションショーを楽しむお客様になっている。
その姿を見てフィイヤナミヤ様は「そうね、そうね。それが良いかもしれないわね」と頷いていた。
シエルはセンスが悪い……なんてことはない。と言うか、未知数なのだ。
わたしはハンターとして無難な服しか選ばなかったし、シエルの容姿が目立つので何を着てもローブで隠してしまうことが多い。
派手な色を選べるような勇気はわたしにはなく、結果シエルのセンスは全く育っていないと言える。
強いて言えば、かつてセリアさんに教えてもらったこともあるけれど、2年以上前の1回だけだ。あの時からシエルも成長しているので、買った服はもう着れない。
だからここで学ぶというのは悪くない。
わたしが教材なのは腑に落ちないけれど、シエルのためを思えば耐えられる。
怖いのは一緒に来た5人のメイドさんのうち、3人が妙に張り切っていること。
それこそ良いおもちゃを見つけたと言わんばかりの目をしている。
鋭い視線でわたしを眺めると、サッと衣装に目を移す。
3人以外の1人はシエルとフィイヤナミヤ様のところに、もう1人はわたしのところにいる。
戦々恐々と眺めていると、わたしについていたメイドさんが「申し訳ありません」と頭を下げた。
つり目気味で眼鏡をかけた、なんだか真面目そうなメイドさん。身長がわたしよりも2回りくらい高く――と言っても別に高身長ではないけれど――、黙っていると冷たい印象を受ける。
「何がですか?」
「彼女たちのことです。フィイヤナミヤ様以外の方をお世話することがなく、エインセル様もシエルメール様も可愛らしいですから、はしゃいでしまっているのです」
「フィイヤナミヤ様といますけど、シエルも着せ替え対象なんですね」
「ええ、是非お二人が並んでいらっしゃる所を……いえ、シエルメール様もドレスなどに慣れておいた方が良いかと存じますから」
序盤が興奮したような早口で一瞬素が出かかっていたところを見るに、本当はこの人も服選びに参加したいのかもしれない。
それなのに、どうしてわたしのところにいるのだろうか。
そう言えばメイドさんたちの名前を知らないし、彼女たちがどこまでわたし達の事情を知っているのかもわからない。
だからどこまで話していいかわからない。
冷たそうなのは印象だけみたいなので、普通に聞けばいいか。
「良かったら名前を教えてくれませんか?」
「私ですか? 私はモーサと申します」
「モーサさんはあちらにはいかないんですか?」
わたしが服を選んでいるメイドさんたちの方を示すと、モーサさんはゆっくりと首を振った。
「私はエインセル様のお世話を勝ち取りここにいますので」
「勝ち取ったんですか?」
「はい。フィイヤナミア様のお客様のお世話を任せられるというのは、大変名誉なことでございますから。この屋敷にお客様として招かれる方は少ないのです」
なるほど。客を任せられるということは、それだけフィイヤナミア様に信頼されているということだろうし、名誉なことにはなるのか。
言われてみると、どことなくモーサさんの表情は誇らしげなのかもしれない。
それにたぶん、お世話って言うのは着替えの手伝いも含まれる。
だとしたら、やっぱり確認しておいたほうが良いか。
「モーサさんはわたしのことはどこまで知っているんですか?」
「何も……と申し上げたいところですが、いずれフィイヤナミア様と同等の存在になられる方だとは聞いております」
「驚かないんですか?」
「いいえ。驚きはしましたが、フィイヤナミア様のお客様ですので、さもありなんと」
この家のメイド達はフィイヤナミア様の正体を知っているということかな?
少なくとも、人外であることは知っていそうだ。それが神の使いと言う立ち位置だということを知っているかは別として。
姿が変わらず、食事も必ず食べないといけないわけではない。生ける伝説のような人なのだから、わたしみたいなのが来たとしてもインパクトは薄いかもしれない。
つまり神に十分の一ほど足を踏み入れているわたし達でも、思っていた以上にこの屋敷は過ごしやすいのだろう。
まあ、わたしが神になるみたいな話は、この屋敷にきて初めて知ったわけだけれど。
それまでは、単なる多重人格者だ。
「では、準備ができたようですので、移動をお願いします」
期待のこもった6個……いや10個の目に見つめられて、わたしは少し気まずい中で移動した。
◇
モーサさんと服を選んだメイドさんに手伝ってもらって、最初に着たのは白のドレス。
レースとフリルがマシマシのいかにも女の子が好みそうなものだ。
袖はなく、代わりに丈の長い手袋をつけられる。
漫画とかでは見たことがあるけれど、この手袋をつけるのは初めてだ。
夏場とか日焼け防止に良さそうだな、なんて益体のないことを考えてしまう。
コルセットもつけられた。まだ子供なので苦しくない程度だけれど、体型を補正するためのものなだけあって、女性らしさが強調されたように思う。
くっきりと姿の見える姿見の前で最終確認。
わたしは詳しくはないのだけれど、ここまでくっきり見える鏡は前世でもなかなか見られなかったように思う。
少なくともわたしの家の浴場にあった、曇りきったそれとは違う。
やっぱり魔法がある分、発展の仕方が地球とは違うんだなと妙な感慨を覚えてしまった。
肝心のわたしの格好だけれど、なかなかに可愛くなったと思う。
シエルが元になっているので当然だけれど。
ドレスが白いので黒い髪と瞳が目立つ。このままでも十分だけれど、少し物足りないかなと思っていたら、モーサさんが腰に青いリボンを巻いてくれた。
うん。これなら、良い感じかもしれない。
メイド2人で頷きあって、今度は髪に手を付ける。
今更だけれど、シエル準拠のこの髪はものすごく長い。何せ髪の毛は回路だ。切ればそれだけ回路が短くなるのだから、切るはずもない。あとたぶん普通の髪よりも強度があるから、簡単に切れない。
そもそもわたしが結界で守っているので切れない。切れるはさみがあったら、1つの兵器として使えると思う。
後ろで一つに縛ってみたり、編み込んでみたり、二つ結びにしてみたりといろいろ試しているのを姿見で見ていたけれど、髪形を変えただけで結構印象が変わってくる。
男でも髪を短くしたら印象が変わるのだから、髪形を変えたら当然印象も変わるか。
こういうのを見ているのは、なかなかに楽しい。
最終的にアクセントをつけるように、左側だけ編み込んで完成。
「とてもお似合いです」
「ありがとうございます」
感激したようにメイドさんが褒めるので、お礼を言っておく。
わたしとしても結構勉強になった。ドレスはともかく小物の使い方とか、髪形の効果とか。
完成したわたしを連れて、シエルたちがいるところに戻ると、真っ先にシエルが寄ってきた。
それからわたしの両手を取って、興奮したように話し出す。
「可愛いわ、可愛いわ! エインは白のドレスが似合うのね」
「シエルにも似合うと思いますよ?」
「どうかしら? 私としてはエインが可愛ければ何でもいいのだけれど」
「わたしに似合うんでしたら、シエルにも似合いますよ。もとは同じなんですから。
それにわたしは、シエルが可愛い恰好をしているのを見たいです」
シエルが着飾ることに興味を持ってくれたら良いと思うのだけれど、この様子だとわたしを着飾らせることの方が重要っぽい。
シエルに可愛いと言われることは、まぁ……悪い気はしないけれど、それでもシエルはシエルで可愛い恰好をしてほしい。
それから少しの間見世物になった後、次の衣装のためにまた移動になった。
◇
白の次は黒のドレス。二の腕くらいまで袖があるのだけれど、肩辺りからシースルーになっている。
黒のドレスはわたしの色と被るのではないかと思ったけれど、大きな真珠――だと思う――のネックレスをつけられると、バランスが良くなった。あと明るい色の髪飾りをつけて完成。
女性がアクセサリーや小物を欲しがる理由が分かった感じがする。
そんな感じで着せ替え人形をしていたのだけれど、思っていたよりは大変ではなくて、普通に楽しんでいたと思う。
わたし的にはシエルを着せ替えしていたようなものだし。
色が違うので同じものを着せると印象は変わるだろうけれど、着こなし方は分からなくもない。問題はここにある服が高級品ばかりだということだ。
同じようにコーディネートしようと思うと、いくらかかるかわかったものではない。
お金は結構あるとはいえ、個人での話……でもない気がしてきた。
わたし達ってどれだけお金を持っているんだろう。
なんて現実的な話は置いておいて、着せ替えられながらちらりと隣を見る。
目があったシエルがニコリと笑った。
何度かわたしの着せ替えが終わった後、シエルも人形側に回ってきた。
わたしと一緒に居られると言ったら、一瞬で落ちたらしい。シエル大丈夫だろうか。チョロすぎないだろうか。
と、惚けてみたけれど、わたしが関わっているからだろうなということは分かる。
それがなんだかくすぐったい。どうしても照れてしまう。
体がなければ誤魔化せるのに、今のわたしは全く誤魔化せていないだろう。
着せ替えが終わって、並んで姿見の前に立つ。
シエルが黒のワンピースで、わたしが同じ白のワンピース。
髪のセットも左右反対。着けているイヤリングはわたしが左でシエルが右。
細かいところ何もかもが左右反対で、反対色。
メイドさん達のこだわりが見て取れる。強いて言えば、シエルの瞳が青に対してわたしが黒というところだけがテーマに沿わないだろう。
こればかりは仕方がない。カラーコンタクトもないから。
鏡に映るシエルは自分とわたしを見比べて、嬉しそうにしている。
そしてぴたりと寄り添うようにくっついてくる。
「お揃いね、お揃いよ」
「そうですね、お揃いです。それにシエルに似合ってますよ」
「そうかしら? エインも可愛いわ」
キャイキャイとはしゃぐシエルを見ているとなんだか和む。
それに綺麗な格好のシエルを見ていると、なんだかとても着せ替えさせたくなってくる。
日本人カラーのわたしとしては、やっぱりシエルの白い肌は綺麗に見えるのだ。
本当に結界で日光から守っていてよかった。
髪の白さは回路化の影響だから、たぶん日に当たっても変わらないと思うけれど。
そう考えると、黒髪で回路って言うのは特殊なのかもしれない。
フィイヤナミア様の髪も白いし。
「エインセル様もそうですが、シエルメール様はハンターをしていたとは思えないほどに肌がきれいですね」
「エインが守ってくれていたもの」
「それは羨ましいですね」
シエルがメイドさんと普通に話しているのも、何だか感慨深い。
たぶんわたしが隣にいるから、切り替えが上手くいっていないだけなのだろうけれど。
流石にもう嫉妬はしない。ちょっと悔しいとかは、思っていない。
それなのにシエルがこちらを向いた。それからフフフと笑う。
なんだかシエルの方が大人みたいで、悔しい。
少し不機嫌になれば、シエルがわたしの頭を撫でてくる。
シエルには勝てないなー、と機嫌を直すことにした。
シエルのことをチョロいとか言ったけれど、わたしも大概だ。
最後の方はシエルとわたしとでそれぞれの服を選んでみて、お互いに着るみたいな感じになって、着せ替え人形会は終わりになった。