表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/270

閑話 エインが居ない日 前編 ※シエル視点

 フィイヤナミアの屋敷に連れていかれて、何故かこの屋敷に泊まることになった。

 でも私はこの屋敷が好きなので、泊まれることは少しうれしい。


 だって綺麗なお庭があって、そこに精霊たちがたくさんいるのだもの。


 精霊たちが私――ではなくてエインだと思うのだけれど――を見つけると、こちらにやってくるのは可愛い。

 髪飾りに休みにきているだけなのだろうけれど、その前に私の周りをくるくる回るので、見ていて楽しい。


 それからエインはフィイヤナミアに、自分のことを伝えた。

 既に伝えていたエインセルという名前も含めて、私以外に伝えたのは初めてのこと。

 それだけフィイヤナミアのことを信頼したのだろうか。

 それとも、それくらいしても信頼を得ないといけない人ってこと?


 エインの言動から察するに後者。私としてはあまりエイン以外の人は信用したくないのだけれど、今までもカロルとか居たから絶対ってわけじゃない。


 あ、でもカロルと私は話したことがなかったわ。


 何て本当はこんなことを考えている余裕もなく、ふかふかのベッドに横になると眠ってしまった。





 朝起きて真っ白な天井に自分が今どこにいるのかを思い出した。フィイヤナミアの屋敷に泊まるように言われたのだった。

 いつか泊まった最高級の宿にも劣らないふかふかのベッドで、再び微睡みたくなる。

 二度寝したいって言うんだろうけれど、実は最近までは二度寝って言うのがよくわからなかった。


 何せ屋敷を出るまで、時間というものがわからなかったのだから。


 今も朝起きたら、エインが挨拶をしてくれるから目が覚める。

 そこで、ふと気が付いてしまった。

 いつもなら、もうエインの声が聞こえてくるのに、今日はまだ聞こえてこない。


 そのこと自体はたまにある。

 エインが魔術の研究をしていて、集中しているときとか無いわけではない。

 だけれど、今日は何となくそう言うのとは違う気がした。


「エイン、エイン? おはよう、エイン」


 口に出して呼びかけるけれど返事はなく、口に出さずに同じように呼びかけても意味はなかった。


「ねえ、エイン。エインセル。どこにいるの?

 どこに行ってしまったの? 私の声が聞こえていないの?

 エイン、エイン」


 何度もエインの名前を繰り返すけれど大好きな人は答えてくれず、いつまで待っても愛しい人は私の名前を呼んでくれない。


 お腹の奥がキューっと痛み始め、心臓がどんどん存在感を増していく。

 ドクンドクンと、全身が心臓になって鼓動しているように感じる。

 顔が熱くなる。呼吸がし辛くなる。


 エインが居ない。居なくなってしまった。


 ああ、前にもこんなことがあったわ。

 まだエインの名前すら知らない頃。話なんて少しもできなかった頃。

 あの時も悲しかったのよ。いえ、悲しいという感情もよく分かっていなかったのだけれど、今になって思うと悲しかったのね。


 あの時も悲しかった。だけれどあの時はショックを受けたとしか思わなかった。


 でも今は違う。たくさんの感情を知ってしまった。

 だから、今はあの時よりもつらいと思う。

 だけれど、あの時のように1日経てばエインが戻ってきてくれるかもしれないという希望もある。


 だから今日は本を読むのだ。数は少ないけれど、魔法袋の中に何冊か入っている。

 部屋の扉から最も遠い隅まで行って、本を取り出しあの日のように地べたに座って本を読む。


 文字が全然頭に入ってこないけれど、だからこそずっと読んでいられるから。





 ずっと本を読んでいる途中で、扉がノックされた。


 ……そうだ。ここには、私以外の人もいるのだ。


 思い出した瞬間、なんだか急に怖くなってきた。

 エイン以外の()とどう接すればいいのだっただろうか。

 今まではエインが居た。エインが私を守ってくれていた。魔術で守ってくれていたことに加えて、ずっと私の心も守ってくれていたのだ。


 だから私は人と接することができた。


 でも、今はエインはいない。

 それにここは他人の屋敷。私のテリトリーではない。だからこのまま黙っていても、あの扉は簡単に開いてしまうだろう。


「こ、こないで。絶対入ってこないで」


 扉の向こうにも聞こえるようにと頑張って出した声は、情けなく震えている。


「お食事ですが、扉の前に置いておきますので、お早めにお召し上がりください」


 そんな声が聞こえた後、扉が開くことはなく人の気配が遠ざかる。


 よかった。これでまた、本の世界に没頭できる。





 部屋が暗くなったら魔道具で明かりをつけて、再び本の世界に入る。

 できるだけ何も考えないように、とにかく今を忘れられるように。

 そうやって文字を追いかけ続けていたら、外が明るくなっていた。


 いつの間にか夜が明けていたらしい。

 それなのに、エインが近くにいる感じがしない。

 

「エイン……? ねえ、エインったら」


 名前を呼んでも返事もない。


 駄目よ、駄目。耐えられないわ。


「エインのいない世界なんて嫌よ。エインが居ないと私は生きていけないの。

 だからエイン。エイン。戻ってきて、また私の名前を呼んで。お願いよエイン……」


 何かがこぼれてきて、本がにじんだ。

 それが自分の涙だということにも気が付かずに、ただただエインの名前を呼び続ける。

 1回エインの名前を呼ぶと期待してしまう。返って来るモノがないと分かると、私の中から感情が無くなっていく。


 エインの名前を呼ぶたびに、それが虚しく響く度に、冷えていく。体ではなくて心が。


「エインのいない世界なんていらないわ。いらないのよ」

「それはそれは、とても物騒ね。この世界を消すのも、貴女が消えるのも一旦待っていてくれないかしら」


 声が聞こえた。エイン以外の声。

 私にとってどうでもいい声。だから応えない。エイン以外どうでもいい。


「これはなかなか強情そうね。食事もしていないみたいだし、何より顔色が最悪ね。

 そんな顔をしていると、エインセルちゃんが戻ってきたときに心配をかけるわよ?」

「エインが居ないのよっ! 戻ってきてくれるかもわからないのっ」


 エインの名前が聞こえたから、反射的に返してしまった。

 顔を上げて声の主を睨みつけたけれど、声の主(フィイヤナミア)は特に気にした様子もなく口を開く。


「まずは、そうね。エインセルちゃんはちゃんといるわよ。だって貴女を守る結界は生きているもの」

「エインの結界?」


 結界が生きている? つまりエインが結界を使い続けているの?

 何とかエインの魔力を感じようと思っても、エインの結界の有無は分からない。

 私とエインとでは、こういった技量の差が大きいから。


 エインの結界は私程度で気が付けるものではないから。

 だけれど、そうだ。確かめる方法はある。


 でも詠唱をするのも煩わしい。


 だから私は軽く腕を振るった。いつも魔物に向かってするように。

 そうして生まれる魔術を、今日は私の方へと向ける。

 真っ赤な炎が私に向かい、近づいてくる炎の熱を感じることもなく、見つめる私の目の前で何かに阻まれ消えてしまった。


 私は結界を使っていない。フィイヤナミアが使った様子もない。

 つまり炎から守ってくれたのはエインになる。

 エインはちゃんといるのだ。


 だとしたらどうして話しかけてくれないのだろうか。

 エインは何をしているのだろうか。


 疑問はあるけれど、確かにエインが居たということだけで十分すぎて、体から力が抜けてしまった。

 座った状態から、少しだけ体を起こしていただけだったのだけれど、まるで体重を支えられずに床に倒れる。

 そう思ったら、今度は体が宙に浮いた。どうやらフィイヤナミアが持ち上げてくれたらしい。


「ええ、ええ。そうなるわよね。エインセルちゃんの話をしたいけれど、まずはスープでも飲みましょう。その時にエインセルちゃんがどうなっているのか、(わたくし)の予想で良ければ話すわね」

「……ありがとう」

「良いのよ。良いの。貴女も彼女も、きっと(わたくし)の家族のようなものだもの」

「家族?」

「それもまた、後で話すわね。エインセルちゃんの方が気になるでしょう?」

「エインの話以外は、要らない」


 ここまで話して、ふと妙な違和感を覚えた。

 魔力を感じないというのは、エインと同レベルかそれ以上に魔力操作に長けているからだと思うのだけれど、それとはまた違った感じ。

 フィイヤナミアには、あまり恐怖を感じない。まるで初めて精霊を見た時のようだ。


 フィイヤナミアは精霊と仲がいいみたいだから、その関係かしら?


「フィイヤナミア様……は」

「フィイで良いわよ。その代わりシエルと呼んでいいかしら?」

「それは……」


 なんだかエイン以外にシエルと呼ばれるのは嫌だ。

 フィイヤナミアなら良いかなと思わなくもないのだけれど、何か嫌。

 だけれど、エインはフィイヤナミアには逆らわない方針だったし、もしかしたらやってしまっただろうか。


 しかし心配する必要はなかったようで、フィイヤナミアはふふふと笑って「そうよね」と納得した。


「だけれど、(わたくし)の名前は長いでしょう? だからフィイと呼んで頂戴な。

 ()も不要よ。話し方も話しやすいようにして良いわ」

「フィイは人?」


 本人が良いと言ったし、逆らわない方針であるはずだから、いつものように話すことにした。

 フィイは私の質問に少し驚いたような顔をしていたけれど、すぐに納得したように頷く。


「そうね、そうね。(わたくし)は精霊に近い……と言えるのかしら。

 あとで話すことになるから言っておくけれど、(わたくし)は区分的には神に連なるわ。

 最高神が精霊王と一緒に地上に遣わせたのが(わたくし)ね」

「神様?」

「神界にいる神とはまた違うのだけれど、説明が難しいわね。

 神の使いと思ってくれたらいいわね」


 あの金色のウルフとは違う、本物の神の使いなのだろうか。

 信じて良いのかわからないのだけれど、チラッと森精霊を見たときに頷いていたので、信じておこうと思う。

 それにフィイからは嫌な感じがしない。人とは違うと思ったのは本当だし、そういう点から見ても人ではないという話は正しいと思う。


「さてさて、とりあえずお話はここまでにして、何か食べましょう。

 きちんと食べておかないと、その体はエインセルちゃんも使うのよね?」


 長いテーブルにたくさん椅子がある部屋まで連れてこられたかと思うと、出入り口から遠い奥にある席に座らされた。フィイが正面に座っていて、私の方が少し出入り口に近い。

 正直何も食べなくてもこれくらいなら今日1日くらいは我慢できそうだけれど、エインのためと言われたら食べざるを得ない。

閑話も含めて100話、と思ったら、設定があるので99話ですね。

次の更新で100話です。後編になるのか、中編になるのかは分からないです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
64ve58j7jw8oahxwcj9n63d9g2f8_mhi_b4_2s_1


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ