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アンサーブラッド-果てなき魔術大戦-  作者: 朱天キリ
ACT.2 第一章 来たる悪夢-櫻井 潤-
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0=2/8/ ポスト・ベルルム



 明け方、仮眠をとり身体を休ませた四人は自分達の痕跡を森の中から消し、その場をあとにした。

 トランクに積まれていた予備のオイルを車に注入し、エンジンをかける。他愛のない話から作戦の概要についてまで車内で話し込んでいるとルドルフのリンジーに対する態度に変化があるのが潤から見て取れると微笑みを見せた。


 数時間経ちペンシルバニア入りを果たした彼らにマストからの暗号文が届く。


 情報局とガーディアンズによる合同先遣隊によると、レブサーブとブレイジス第三師団の一同はクリアフィールド郡に身を潜めているらしい。第三師団のメンバーと思われる人間の風貌をルドルフが事前に伝えていたお陰もあり、彼らの行動範囲を狭めることに成功している。


「あとは奴らの根城を叩くだけ、皆心して取り掛かるんだ」


 マッキーンからエルクへの道程の最中、潤は皆を鼓舞するようにそう言うと、隊員はそれぞれ決意を固めているようだった。

 ガルカもルドルフもリンジーも、きっとモニカも誰もが見知らぬ誰かの為に命を張ろうとしている。その意志は固く眼を見れば分かるほどに彼らは熱く、燃え滾っているようだった。




 そんな彼らを無情な水害が襲った。


「ぐあッ!?」


「うわあああ!!!」


 各々がソレに反応し車両からの脱出を試みる。あの時(下水道)と同じ様な水圧が車を打ちつけドアは既に凹んでいた。


「またかよ!」


 ルドルフが敵の攻撃のバリエーションの無さに苦言を呈してながら足掻こうとする中、潤はガルカに頼む。


「中からじゃ開けられそうにない、ガルカ!」


「分かった!」


 呼びかけるだけで何をすれば良いのか大体を理解したガルカは分解されていた槍を組み立て魔術を発動させる。


「アウルゲルミル!」


 冷風を呼び寄せるように発動させたそれは彼女の広範囲における氷の魔術。叩きつけてくる水を宥めるように食い止めると男二人は窓を蹴破る。それに追随するようにガルカとリンジーはそれぞれ開かれた扉から転覆した車を脱出するように這い出た。


 先に出ていた潤とルドルフに並び立つように止まるガルカとその後ろに立つリンジー。彼らの前には見覚えのある青年がいた。


「やあゴミクズ共、さっきので死んでおけば楽になれていたのになんでわざわざ外へ出てきた?」


 先日、アライアス・レブサーブの横に居座っていた金髪碧眼の青年が彼ら全員を見下すように罵った。まるで自分が潤達よりも上位の存在であるかのように。


「昨日の水のイクスも今のも、お前がやったって訳か?」


 潤が彼に質問すると潤よりも年下に見えるその青年は呆れ返るように首を振る。


「半分正解、半分不正解だよクソ野郎。俺が使うのはイクスじゃない」


 狂気を孕んだ笑みを見せながら男は高らかに暴露する。


「俺が使うのは、魔術だ」


「お前、魔術師なのか!?」


 ブレイジスに魔術師がいる、魔術師を絶滅させる為に作られた組織にその原因が存在している事が異常。ルドルフは驚きを見せていた。


ブレイジス(革命軍)も国連も、オレたちにとっては踏み台に過ぎない。お前らみたいなクソ共に任せるから俺の……」


 突然青年は言い淀む。何か言うのを躊躇っているようだったが、それを機と感じたルドルフは迷わず発砲する。


「チッ、人が苦しんでる間に狙おうってのか。相変わらずゴミみたいな兵士を作るなガーディアンズは。いいだろう、一人残らずブッ殺してやるよ」


「さっきから聞いてればゴミだのクソだの、何が言いたい?」


 潤は刀を抜き青年に問う。彼が返す言葉はたった一つだけの罵倒。


「お前は、黙ってろ!」


 瞬間、四人の背後から水の竜巻が迫り来る。ガルカがいち早く察知し彼女の魔術で食い止めるが持ちこたえるのもやっとだった。背中を任せるという意思表示を彼女に送ると潤は水の魔術師に刀を振る。


「はぁ!!」


 そしてまた彼も剣を出す。刃渡り四十センチ程の小型なども言える長さの物を繰り出すのが見えると潤は鍔迫り合いに持ち込む。


「近接戦闘は好みじゃないのか?」


「むしろ大好物だよ、お前を殺す感覚をこの剣で、直で味わえるんだからな!」


 なぜその憎悪を向けられるのか、理解し難いが力勝負には優勢を見せていた潤。時々後方を確認しガルカ達三人がどのような状況に陥っているのかを目視する。


「後ろを見る余裕があるなんて随分なことだ!」


「お前のパワーじゃビクともしないんでな」


 彼の汚い言葉に乗るように潤は青年を煽る。歯軋りを起こす青年の(あお)い瞳は益々殺意に溢れている。途端に力を緩めて男に連撃を食らわせるとその猛攻に耐えきれず隙が生まれる。


 潤は逃さなかった。


「これで終わりだ!」


「アクアスパウト!」


 首から腰にかけてがら空きになった防御に潤は剣を突き立てようとするが、水の竜巻は彼の手首に当たりその軌道をずらす。踏ん張って首へと方向を転換させると今度は男自身が避ける。

 そのチャンスの中で奪えたものは何一つ無かった。


「くっ!」


 流石に危険と思ったのか一度離れる彼に対して潤も同じように距離をとる。彼の魔術、アクアスパウトに襲われていたガルカ達も弱まっていくその力から抜け出し潤に加勢する。

 ブラック・ハンターズとは対照的に青年は息を荒くさせていた。


「体力が魔術に追いつけていないのか、大技を発動させた後なのか知らんが随分とお疲れじゃないか」


「黙れ、お前らなんて俺一人で殺してやると、言っただろ」


 哀れとすら思える。無謀にも一人で挑まず第三師団と思しき人間やレブサーブと共に戦えば勝算はあるはずなのに。

 そう考えていると潤は気付く、自分の近くに見知らぬアクセサリが落ちていることに。


「ん……?」


 先程の青年に対する攻撃の際に首を狙っていた所誤って引きちぎってしまったのだろう。罪悪感を微塵も感じずに彼はそれを手に取る。


「っ、お前……!!」


 青年が怒号とも言える声を出し切る前に潤はその首飾りを拾い上げよくよく観察する。ガーディアンズ所属を意味するドッグタグが二つ。


 名前を冠する欄に書いてあったのは、グルニア・ベルファング。そして、ヴェニア・ベルファング。


 潤は確かにその青年に見覚えがあった。ドッグタグを取り上げた左腕は力が抜けるように落ち、顔を見上げるとかつて共に戦った兵士の面影があった。


「お前……まさか……」


「そうだ、俺はグロリア・ベルファング。元ガーディアンズにして第三師団所属、亡き父ヴェニアの息子、そして亡き兄の弟だ」


 ドッグタグをぽろりと落とし、その事実に驚愕する。

リンジーとルドルフはピンと来ていないがガルカは彼、グロリアの言葉に驚きを隠せずにいた。


「お前らの無力さとブレイジスによって父さんと兄さんは死んだ! 俺はブレイジスもガーディアンズも憎い! だから俺はあの男の(がわ)についた!」


 その言葉の真意、それはアライアス・レブサーブという男の目的がブレイジスが掲げる目的とは別の場所にあるということだった。


「第三師団はブレイジスを離れた、のか?」


 ルドルフはグロリアの言葉の意味を探るが、その質問を受け入れいない態度を見せる。


「黙れ! 今の俺にとってお前らは殺すべき仇敵、櫻井(さくらい)(じゅん)、ガルカ・ヒルレー! お前らゴミは絶対に殺す!」


 何も言い返せなかった。個人の復讐劇に他人、まして復讐の対象が口を出すのも無粋の上、あの時の自分たちが無力だったのも事実。

 自分達が殺されないように、先に殺さなければならないという下らない循環に巻き込まれている今の彼らは、その復讐劇に殺人をもってでしか答えることが出来なかった。


 どうしようもない気持ちを抱く彼らにひたすらに殺すと宣言するグロリアとそれに一瞬の躊躇が生まれたガルカと潤。だが潤は走り出し地に膝をつけていたグロリアを殺そうとする。


「ふん!!」


 その時はその攻撃をを呼び止めるように異臭のする水が一帯にばら撒かれる。

 潤はその臭いを嗅ぐと途端に昔の記憶を思い出す。



 誰かが言っていた気がした。


 アリアステラの地にて最終決戦が行われた後の会議にて、相手の戦術の一つに戦場を業火に包みガーディアンズの士気と前線を下げるものがあったとされていた。


 短時間の中で数キロにも及ぶ戦線の殆どが炎に焼かれ実際に被害を受けた。偶然にもガーディアンズの戦略に堰き止めていたダムを壊し水計を行うものがあったお陰で被害は少なく済んだが、その会議に参加していた隊員はとある一般兵の証言を使いこう考えていた。


 兵士が言うには燃料して使われる油のような臭いが漂ってきていたとのこと。

 だが短時間で戦線一体に撒くには相当な人数と油の量が必要。そうすればガーディアンズに気付かれブレイジスの兵力にダメージが入ってしまう。


 だがそれを可能にする方法がたった一つ存在する。油を使うイクスを持つ者がブレイジスに一人いればその全て解決がする。



ガルカ達の距離にまで噴出された水が油だと気付くと潤は大声で警告する。


「油だ! 爆発するぞっ!!」


 その言葉と同時に誰かの指が鳴る。

 炎が突如として現れ誰もが危険と感じとるが煙臭い中、潤の言葉が届いたこともあって回避の体勢を取っていた三人。

 だが潤自体はその爆発とも言える発火をもろに食らった。地面に頭を打ちつけ軽い脳震盪(のうしんとう)を起こす。ぼやけた視界に入ったのはグロリアを肩を抱える男性だった。


「アリアステラの生き残りでしたよね、じゃあ僕と同じだ」


「待ちなさい!」


 ガルカがグロリアともう一人の男を呼び止めようとする声でなんとか起き上がろうとするが足がおぼつかない。


「凄いですね、やっぱりあそこの出身はタフだなぁ」


「あんたは一体……」


 ガルカの声がする場所を一度見ると彼女の後ろに慣れない手つきで銃を構えるリンジーとただ魔術とイクスの恐怖に足がすくんでいるように見えるルドルフがいた。


「僕ですか、僕はハイヴ。クリアフィールドに来るんでしょう?待っていますよ」


 聞いたことがないことからすぐさまブレイジスの人間だと察する。その名に聞き覚えは無いが、彼を止める理由は十二分にあった。


「待、てっ!」


 剣を地面に突き立て起き上がる潤に彼は目を見開いて拍手する。馬鹿にしているのか本当に褒め称えているのか理解し難いハイヴと名乗る男は続けた。


「僕の戦場はここじゃない、今やるべき僕の仕事はグロリア君の回収なので」


 あからさまな余裕とそれに見合うだけの規模の火災の中微笑むハイヴは再び口を開く。ガルカは聞く耳を持たずに彼に突っ込む。


「ではみなさん、またお会いしましょうか。今度はもっと凄いことになるでしょうね」


 再び指を鳴らすとハイヴとガルカの間に炎の隔たりが出来る。アウルゲルミルの力を使って無理矢理通ると既にそこに二人の姿はなかった。


 潤は再び腰を落とし、眠るように気絶してしまう。ガルカが潤を呼ぶ声がするが彼自身はあの二人について思考を巡らせていた。


 グルニアの弟であるグロリアとアリアステラ戦線の生存者のハイヴ。彼らと対峙することは潤の過去と、原点と立ち向かわなければならないことを示唆しているようだった。






ハイヴ・クルーリヤ

油を扱うイクス使い。アリアステラ戦線の生き残り。


グロリア・ベルファング

かつての戦争で天涯孤独となった青年。


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