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アンサーブラッド-果てなき魔術大戦-  作者: 朱天キリ
ACT.2 第一章 来たる悪夢-櫻井 潤-
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019. オブザーバー



 突然が話が飛躍しすぎているかもしれない。だがそれは彼のとって日常でしかなく、他人に譲れない部分でもある。


 ダグラス・ダンヴァーズが提唱する自身の存在の立証。そのひとつとして彼は平行世界について彼らに話した。


「平行世界は確実に存在する、と言ったらどうする?」


「何を根拠に」


 潤が反論する。そう急かすなとダグラスは右手でアピールしながら、どこか遠い場所を見つめて語り続ける。


「平行世界は確実に存在する。明日の晩メシがピザかハンバーガーか、それとも他の何かなのか。平行世界には明日の晩メシにピザを食った自分とハンバーガーを食った自分、そして他の何かを食った自分が未来には同時に存在している。少し違うがシュレディンガーに似ているな」


 未来には全ての可能性が眠っている、ダグラスはそう語ったが潤どころか他の三人にも彼が何が言いたいのかさっぱりだった。


「現在には、今君たちと話している私とそうでない私、あるいは別の誰かと話している私がいるかもしれない、そう思っていた」


「どういうこと?」


ガルカが思わず聞き返した。


「他人に嵌められていた、私が交信した先は平行世界の人間などではなく今ここにある世界だった。その時生きる気力を無くしかけたよ、そしてもう交信する手段は私には無い。人の手を借りなければ実験一つまともに成功できないんだよ」


「だから、なんなんです。そんなこと俺達には関係ないし、俺達が与えられた任務は興味のない話を延々と聞くことじゃない、貴方を捕まえることだ」


 残念そうな顔をするダグラスは四人をそれぞれ見つめる。変わらず銃を突きつけるブラック・ハンターズだったが、それを恐れることなく潤へ返答する。


「そうだな、だが私が与えられた任務も捕まることじゃない」


「戦う気か?」


「そんな訳ないだろう、今君達と戦って私が勝てる見込みはゼロに等しい」


 危機的状況であることは理解していたのか、彼は両手をあげる素振りを見せた。


「所詮私はここで終わるんだ、与太話くらい聞く耳を持てないのか?」


 彼は椅子に座り、両手を挙げる。自分には何もなく抵抗する意志を見せないと主張してみせたダグラスに対してガルカは迷いを見せた。


「どうするの潤?」


 潤に意見を求めると彼はすんなりと答えを出す。


「……いいだろう、ただ余計な話は一切するな」


「いいの?」


「ああ、捕まえたとして俺達が尋問出来る訳じゃない、本人が話すと言うんだから聞こう」


 文書では改竄されることの無い彼の本音が聞きたかった。真理とは何か、それを求めていた。


「俺達の上司があんたを真理に近づいた者、と称していた。どういう意味が分かるか?」


「真理か……心当たりならあるが」


 話せ、潤の口からすぐさま出たその言葉に従うダグラスは真理の意味を明かす。


「それはとある人間、だが人間とは形容しがたい存在だった。人々の心に足跡を残し消えていった」


 真理と呼ばれた人間とダグラスは昔馴染みだったという。ダグラスが大学の教授として働いていた頃、ダグラスの前に現れたのは当時学生のその人物だった。


 恐ろしいほどの知識量と物事に対する見解にダグラスは引き込まれた。立場など関係なくその人間に様々なことを教わったという。

 そして、真理と呼ばれた人間はやがて軍へと入隊した。様々な戦果を上げ一つの組織をまとめあげると、その人物はダグラスに招集をかけた。


 たった二人、私室で彼らは会話をしたという。

 観測をしなければならない、貴方にはその観測者となって欲しいと。


 潤は問いただした。


「真理者の名は?」


「今の私は観測者の側面しか残されていない、名前を思い出すことすら出来ない」


「魔術の能力は?」


「すまんが分からない」


 真理者に近づいたであろう者でさえその程度の情報しか持っていない。近付きすぎてしまったからこそなのかも分からない。

 世界に何が起こっているのか、何が起ころうとしているのか。予測さえもできない中、不安と焦燥だけが心に残る。


「だが使命は果たされたことは分かる」


「……は?」


 当然の疑問を浮かべた。今度はガルカがダグラスに質問する。


「使命とは何?」


「櫻井潤の観測、だろうな。対象が君かどうか自信がなかったが会って確信した」


「そういえば潤の名前を知っていたのは何故です?」


「私がそういう魔術を使うからだ」


 この際一切出し惜しみなどしないと、彼は自身のすべてをさらけ出そうとしている。対して潤たちが出せるカードが少ないことにささやかな憤りさえあった。


「私の魔術、アン・ソリューションは何かを代償にそれに見合う対価を得る。私は自分の記憶や身体を代償に世界についてや君や、君達の事を知った。君たちが来ることもね」


 その度に彼は記憶を失い、身体に支障をきたす。杖をついているのもそのせいだろうと推測する潤は続けた。


「俺は何に選ばれたんですか?」


 沈黙が五秒ほど続くとダグラスは口を開く。


「……分からない」


「くっ……アンタは本当に何も知らないのか!?」


 胸ぐらを掴み叫ぶ。何かもわからないものに対して恐怖してしまった彼を宥めるようにダグラスは潤の腕を握る。


「人を疑うことからは始まらんよ、櫻井潤」


 それは自身がノックスに放った言葉だった。

 セレス・シルバーヘイン。最後の最期に友人となった彼を信じなければここまで来れなかったかもしれない。そんな彼の事を思うと自然と力を入れていた手は緩んでいった。


「と言ってももう、私の話せる手札もない。あるとするなら研究結果かな」


 彼の研究結果など誰も興味が無かった。潤はそれよりも興味があることをごちゃごちゃしている頭の中から探そうとしているとルドルフが問う。


「軍がアンタのことを追っていることは知っていたはずだ、何故わざわざ見つかるような真似をした」


「それが使命を果たすのに一番近いと私が判断した、きっとこうすれば君達が来ると魔術を使った」


 戦闘向きでは無い魔術は幾らでも見てきたつもりだったが、このようなタイプには潤は出会ったことがなかった。それを理解しきるのもつかの間、ダグラスは話す。


「クローンについてだが、私は検体がどこへ行ったか、誰を使ったなんて知らない。実験を行ったのは別人で私はあくまで補佐だった」


 自分の発言にそう添えた。言い逃れともとれるが、彼を信じることからでしか動けない限り、信じることしか出来なかった。


「君達は私同様、まだ何も知らない。いつしか全てを知る日が来るかもしれないが、私には来ない」


「どうしてだ?」


 雲行きが怪しくなってきた。ダグラスは手遊びをしがらそう発言したが、潤は彼が何も知らないとは思えない。


「アンタは今ここにいる誰よりも真理者とこの世界に詳しいはずだ。それなのに何も知らないなんて、誰も知らないみたいじゃないか」


「事実そうだ、我々は何も知らないで生きている。世の真実気づくことも気づこうともせず、行き続けどこかで死んでいく。私だってそうなるはずだった」


 彼の次の言葉を待ち呆け、固唾を飲む。モニカは話について行くのに精一杯なのか一言も発さない。


「…………だがそれももう終わりだな」


 潤の期待とは逆方向の言葉だった。続きの言葉が聞きたいが、彼自身がその続きを知っているかどうかさえ怪しい。そのためその終わりという言葉に言及した。


「どういうことだ?」


「分からないか、文字通りの終わりがもうすぐ私に訪れる。つまりは、死ぬということだ」


「……え?」


 息を漏らすように吐いたのはモニカだった。彼にとっての終わりは国連に捕まることではない。ダグラスに死が訪れる、あまりにも飛躍した会話に誰もが驚きを隠せない。


「おい待て、話は終わってねえぞ!」


「貴方には聞きたいことがまだあるの!」


 銃口を向けながら彼に話しかける。ダグラスはそれでも動じず死すら受け入れているようだった。


「私が話せることはもうないと言っただろう、あとは真の意味での観測者となるだけだ」


 何も終わってなんかいない、そんなことをほざいて誰が信じるというのか。そう考えていたがある言葉が潤の脳裏によぎる。


 疑うことからは何も始まらない。


 眉間にしわを寄せて彼はダグラスに向かって叫ぶ。


「おい! 俺は……俺達はこれからどうなるんだ!」


「そうだな……」


 モニカ、ルドルフ、ガルカに下がれと命令し通路の方へと退避を始める。何かあってからでは遅いと分かっているからこそ、潤がダグラスに対する盾となるように、そして矛となるように銃を構えている。


「君達は絶望を味わうだろう、これからは激動の日々となる。それが、観測者としての最期の言葉かな」


 そう予言しながら胸ポケットについていたボールペンを取り出す。その絶望とはなにか、激動の日々とは。そんなことを聞く前に潤はダグラスに確認しておきたいことがあった。


「俺達が追っている事件の真犯人は分かるのか!?」


「いずれ分かる、そう早くないうちに」


 何でも知っているじゃないか。潤は胸に抱きながらも彼に感謝することは決してなかった。


「短い時間だったが楽しかったよ、では」


 そう言い残すと、ボールペンを握り締めていたダグラスは自分の頚動脈へ一突(ひとつ)き。

 アナログな方法だが確実に死んでしまえる技だった。


 ルドルフは彼の死に様に驚きを隠せず、瞬きひとつもしていなかった。自殺を目の当たりにした上、滴り落ちる血を見てモニカは気を動転させ気絶する。そんな彼女を抱えガルカは呆然と立ち尽くす潤を見ていた。



 あっという間だった。少ない会話と短い時間の中で得られた情報は無いも等しい。

 残されたのは自分達と大量の資料、何物にも変えることの出来ない恐怖と四人を嘲笑っているような死体だけだった。



 ルドルフに対して本部から通信が入っていることに気付いたのはそのすぐあとだった。


「はい、ヘルザーン上等兵……なに!?」


 大きな声を出すルドルフがいる方を向く潤とガルカ。視線を集めた彼が言い放ったのは大きすぎる衝撃だった。


「ノックス・マッコルガン大佐が……死体で発見されたの報告がありました」


「えぇ!?」


「嘘だろ……」


 彼らを取り巻く環境は劇的に変化し続けている。だが、その環境についていけることが出来るかどうかは別の話だった。

 潤は仕組まれていたのかも理解出来ない出来事の連続に悩まされていた。




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